4-116 ラフディボール(後半)②
続いて、応援競技が行われる。
男女混合のチアリーディングだ。
最初にラフディ側、続いてガロアンディアン側のチアリーディングチームが応援を行うが、どちらも中心となっていたのは樹木に似たティリビナの民たちだった。
ティリビナの民はこうした協力して何かを表現するダンスや体操などが得意なのだという。木に登ったり森を駆け巡ったりと優れた身体能力を誇る彼らは、高く飛び跳ねたり意外なほど柔軟に手足を動かしたりして派手な動きで観客の目を楽しませていた。
ラフディにティリビナの民が数多く流入していることが気になったものの、今はどうすることもできない。あちらの演技が終わって、こちらの順番となる。
と、フィールドに進み出るティリビナの民たちの中に見慣れた姿を見つけた。
特徴的な白い猫耳を見間違えるはずもない。思わずカーインに話しかける。
「あれ、どういうことだ?」
「知らなかったとは意外だな。レオ様はしばらく前から交流の一環として彼らとチアリーディングを練習していた。最初は私も何事かと思ったよ」
まさか実際に練習の成果を披露することになるとは誰も思っても見なかったことだろう。レオは大柄なティリビナの民たちの中に埋もれてしまいそうなほど小さな身体で、少しだけ緊張を滲ませた表情で足を前に進めていく。
だが演技が開始されると彼は目を見張るほどに快活な笑顔と弾けるような動きを見せてくれた。ティリビナの民たちと連携した動きは一糸乱れぬ見事なものだ。
体操競技さながらの倒立回転や宙返り、アクロバットなジャンプにターン、更には複数人で足場を作ってレオを空高く打ち上げるという豪快な技を次々と繰り広げていく様は圧巻の一言だ。
膂力に優れ安定感のあるティリビナの民が土台となり、体重が軽く猫のようなしなやかさを併せ持つレオが上で躍動するというのは適材適所なのかもしれない。
レオが着ている黒と白のユニフォームが激しい動きと共に揺れ動く。ショートパンツの裾のすぐ下で、小さな膝がばねとなってたわんでいた。力が解放され、空中で身体を捻りながら回転してティリビナの民たちに受け止めてもらうレオ。
練度の高い動き。周囲との確かな信頼関係が形になって表現されていた。
ラフディ側の演技が行われた時よりも大きな歓声が響く。少なくともレオたちのチアリーディングはこちらに良い流れを引き寄せてくれたように思えた。
隣で、静かに息を吐き出す音が聞こえた。
「失態を晒し続けるわけにも行かない、か。シナモリアキラ、後半からは私にボールを回してくれ。必ず決めてみせる」
「いい位置にいたらな」
短く返して、自分でも気合いを入れ直す。
レオのあの姿を見て、奮起しないわけにはいかなかった。
その後もイベントが続く。もはや球技がメインなのか余興がメインなのかわからない。しかも今度の儀式は極めつけに奇妙だった。
ラフディはフィールドに巨大な団子虫や猛り狂う大型ハリネズミを放して狩りをはじめたのだ。ルバーブたちがラフディーボールを手榴弾として投げつけて獲物を鮮やかに仕留めていく。飛び散った棘は散弾のように獲物に突き刺さる。こうしてあの棘球を見ると、命中率に優れており使い勝手も良いという、狩りに適した道具であるということがよくわかる。
元々は獲物を追い立てる行為も含めてラフディーボール(の原形となった儀式)であり、その名残としてハーフタイムにこうした狩りを行うのだという。
呪術的な力を高めるため、獲物はその場で解体して食べるらしい。
虫の硬質な外殻を剥がし、獣の皮を剥ぎ、内蔵を綺麗に取り分けて食べられる部分を取りだしていく。強烈な匂いは香草を焚くことによって和らげられていた。
そんな光景を眺めていると、ルバーブを中心とした相手チームが獲物を手にしながらこちらにやってきて血の滴る肉をこちらに差し出してきた。食べろということらしい。当然のように加熱調理をしていないのだが、正気か。
「この薬草と一緒に食べれば問題は無い。これは血を補給するためでもあり、球神への感謝を捧げて血と罪悪に塗れた闘争に許しを請う為に必要な行為でもあるのだ。少量で構わないので口にして欲しい」
巨大な団子虫は球神が遣わした聖なる虫であり、神への感謝を捧げながら敬虔な気持ちで食すのだとか何とか。あちらも食べているし、断るのも角が立つ。勢いのまま口にする。塩を振っただけのシンプルな味がした。
皆、微妙な顔になりながらもなんとか完食できた様子だ。
アルマは何故か薬草を取り分けて肉だけを食べていたが、偏食だろうか。
そんな一幕を終えて、後半戦が始まる。
傷だらけのチームを【サイバーカラテ道場】で纏め上げ、精神修練
国対国との戦いであるにも関わらず、楽しい余興によって観客席の雰囲気は和やかだった。あくまでもスポーツをエンターテインメントとして消費する空気が生まれているのだ。実質的に戦争の代替行為であっても、これは楽しいイベントであるという認識は人間の世界観を書き換えることができる。
血の流れる戦いすら娯楽に変えてしまえるのが人というもの。
恐るべきラフディーボールもまた、愉快な遊びに過ぎない。
そして開幕直後、俺はルバーブのタックルで吹っ飛ばされていた。
冗談のように宙を舞う身体。ぐるぐると回る視界。地面に追突すると同時に、ルバーブが後衛たちを躱して九点シュートを決めた光景が目に入る。
動きの質が前半とは全く違っていた。
こちらの体力を削ることを主眼としたプレイングではない。
後半からのラフディは、全員がボールをゴールに叩き込むことを意識して動いていた。身体へのブロックが手緩くなったというわけではない。むしろ更に激しく、吹き飛ばすような強烈な動きが増えていた。
手を抜いていたわけではなく、防御側に消耗を強いることで後半からの攻勢を通しやすくしていたというわけだ。全く消耗していない万全の状態ならば耐えられるタックルでも、今の状態では踏みとどまることができない。
更に、前半大きく稼いでくれていたゼドは徹底的にマークされて動けない。
こちらの動きを予測して、必ずゼドに二人が付くようになってしまっていたのだ。それ故にその分他が手薄になるのだが、そこをカバーするのが風の速度でフィールドを駆け巡るルバーブの働きだった。
明らかに一人で二人、それどころか三人分の役割をこなしていた。単純に運動量が凄まじいのもあるが、周囲を把握して的確な位置に移動する守備範囲が恐ろしく広いのだ。ラフディチームはルバーブをリーダーとして纏まっており、彼がいる限りその堅牢な守りは決して打ち崩せないように思えた。
試合前にトリシューラに聞いた話を思い出す。
ラフディの言い伝えに曰く。
ボールを占有している者には球神の遣わした天使が憑依するという。
そう信じられているということは、実際にそうであるということだ。
ボールを持つチームは球神の加護を得て試合の主導権を握り、相手側の得点機会を奪いつつじわじわと攻めることを許される。
シュート機会を与えないようにするというのは守備的な考え方であるように思えるが、ショートパスで攻めていく前衛の突破力が優れていれば何の問題もない。
丸々としていながらも雄々しい闘士として完成された肉体を持つルバーブは、さながら荒ぶる球神が遣わした戦いの天使。重さと速さを両立させた脅威の疾走がフィールドを蹂躙し、立ちはだかる全てを圧倒する。大地の民たちはその姿を見て彼こそは英雄であると歓喜し熱狂するのだった。
ルバーブを基点として前衛に放たれていくパス。
繋がれたボールが疾風となってゴールに叩き込まれ、時に地面で炸裂してこちらにダメージを与えていく。後半に入ってからのラフディの追い上げは尋常では無かった。あっという間に十点差まで押し込まれてしまう。
このままではまずい。
焦りがミスを生み、あろうことかカーインに出したパスが大きく逸れてしまう。
どうにかスティックを伸ばしたカーインだが、ボールは網を嫌って枠に弾かれていく。相手のゴール近くで場外へと飛んでいくボール。折角のシュート機会を無駄にしてしまった俺の呼吸が止まる。
その時、逆サイドにいたアルマが叫んだ。
「追って!」
フィールド全体を揺るがすかのような大音声。近くにいたラフディの選手が鼓膜を破壊されて耳を押さえる。カーインは弾かれたかのようにしてもう追いつけないはずのボールに向かって走り出した。同様に、近くにいたラフディの七番が疾走する。果たして、ボールを目指した激しい競争を制したのはカーインだった。
ボールを場外に出したのは最後に触ったカーインではあるが、ラフディーボールでは最もボールの近くにいた選手のチームがボールをフィールド内に投げ入れる権利を獲得できる。カーインが繋いだボールを無駄には出来ない。
前に出てきていたグレンデルヒはマークを振り切ると、カーインからボールを受け取って即座に中央へと切り込んでいく。シュートを狙うと見せかけてアルマやゼドへのパスを匂わせる――が、それもフェイクだ。今まで目立った動きの無かった
つまり、こういうこともできる。
【弾道予報】が『俺たち』の視界に弾道予測線を表示していく。ゴール直前の地面に繋がるラインと、そこから放射状に広がっていく幾つもの棘の軌道。
俺はその付近へと走り込んでいく。
シミュレーション通り、放たれたシュートが地面で炸裂していく。
プロテクターを容易く貫通する恐るべき棘をラフディの後衛が慣れた動きで回避していく。そして彼らは、ゴールに入らないと分かっている棘を意識から外す。
そこがこちらの付け入る隙になる。
俺は【弾道予報】が描き出す棘の軌道にスティックを割り込ませ、豪快にスイングした。一度に三つの棘が軌道を変えてゴールに叩き込まれていく。
棘の軌道を強引に変化させてシュートに変えることは、ルールでは禁止されていない。ボールに比べて小さく、弾速もボールスピードを遙かに超えている。それをスティックで弾いてゴールに入れるというのは馬鹿馬鹿しい上にリスクに対するリターンが小さすぎる。危険を冒して手に入るのは数点ほどだ。
だが、小さくても得点は得点だ。
それに、この成功がもたらす影響は攻撃だけに留まらない。
「前半のデータと過去の試合映像の数々から解析はほぼ完了した。あとは『勘』で微調整すれば――」
【サイバーカラテ道場】はその真価を発揮できる。
失敗と苦境はより効率的な成果を生み出すための材料でしかない。
多くのフィードバックが、前進のためのエネルギーとなる。
ラフディ側のシュートが地面で炸裂し、後衛に襲いかかる。
しかし、もう棘が彼らを貫くことは無い。
【弾道予報】は既にラフディーボールを見切っている。
ボールの軌道、弾け飛ぶ棘の軌道、そして更に棘を弾いた際に飛んでいく軌道。
それらの情報を元にして【サイバーカラテ道場】がユーザーたちの動きを制御。
正確にダメージを防ぎ、ゴールへのルートを塞いでいく。
劣勢が覆ったわけではない。
それでも一方的な状況が改善され、ラフディ側の勢いが衰えていく。
そして遂に、あちらの前衛が放った九点シュートがぼろぼろの
受け取ったアルマがそのままシュートを放ち、三点を決める。そこに駆けつけていた
直接ゴールにボールを投げ入れる九点シュートは本来至難であり、ゼドやルバーブのような芸当はそうはできない。
だが研鑚を積めばアルマのように安定して三点を入れることは可能だし、堅実に積み上げた三点に追加で一点二点と重ねていけばその差は馬鹿に出来なくなる。
棘を弾くという【弾道予報】の力は攻防に強い影響力を及ぼしていた。
早い話、これは多少狙いが甘くても修正が効くと言う事だ。
カーインが無理な体勢から放ったシュートがゴール前で炸裂するが、棘はいずれもゴールに向かう軌道をとってはいない。そこに俺が駆け込んで棘の一つを強引にゴールへと叩き込む。
本来なら失敗に終わっていた筈のシュートを僅かな得点に変える。
これが積み重なればどうなるか。
埋まりかけていた両チームの得点差が、再び開き始めていた。
逃げ切ろうとするガロアンディアンと、猛烈に追い上げるラフディ。
消耗度ではこちらが圧倒的に不利。
だが同時に【弾道予報】という要素はあちらには無いこちらだけのアドバンテージだ。サイバーカラテとは半ば独立した『弾道学』という『杖』呪術分野。
銃士でもあるトリシューラが再現した異界の技術、その生まれ変わり。
過去から亡霊として甦ったのは、六王たち再生者だけではないのだ。
猛烈に追い上げてくるルバーブたち。
そうはさせまいと踏み留まる俺たち。
残り百秒を切った時点で差はたったの二点。十分に覆りうる点差だ。
ボールを保持した俺は逃げ切るべくフィールドを駆けていくが、そこにルバーブが襲いかかる。もう何度目になるかもわからない激突。
この瞬間だけ、ラフディーボールは長物による試合に変化する。
相手を打ち倒す為の槍術、棒術として力と技を競い合う武芸の世界がフィールドを染め上げていく。腰を落とし、相手の力の流れを読んで弾き、受け流し、反撃に繋げるべく前に踏み出す。
だが、それは間違いだ。
こうした激しいブロックが行えるのはボールを持っている相手にだけ。
結局このラフディーボールの主役はボールに他ならない。
突きや払いで攻めるか、弾きや回避で受けるか、足を踏み出してどの位置に移動するか、敵のヘルプは迫っていないか、味方の動きはどうか。
流動的な戦場の状況を把握しての駆け引きは戦場さながら。
だが、俺はルバーブが持ち得ない選択肢を持っている。
ボールを投げることができるのだ。
ブロックするルバーブはこの時選択を強いられる。
俺の動きがフェイクで、実際はそのまま突破することを狙っているのか。
それとも本当にパスなのか。
逆もまた然りだ。
『そのまま棒を打ち合わせて戦おうとする』というフェイクが有効になる。
――【七色表情筋トレーニング】起動。
ルバーブの目を睨み付け、戦意を剥き出しにした顔で俺は挑むように笑った。ルバーブが試合前に見せたような獰猛な表情。お互いの武を比べ合おうという意思の表明。ルバーブの瞳の中でかっと炎が燃え上がり、鋭い突きが繰り出される。
そして、
それと分からないように頭の後ろに網を隠して背後のグレンデルヒにボールをパスしていた俺の身体にルバーブが突きを直撃させたからだ。
凄まじい一撃に俺は吹き飛ばされ、同時にルバーブが一発退場を申し渡される。
愕然とした表情のルバーブに対して湧き上がった強い罪悪感と後悔を凍結させ、俺は晴れやかな気分で作戦の成功を喜んだ。
チームの柱を失ったラフディはそのまま総崩れとなり、カーインが見事に九点シュートを決めてみせると同時に試合が終了となった。
最終的な点差は十一点。
ガロアンディアン対ラフディの試合は、ガロアンディアン側の勝利に終わった。
異様なほど波乱の無いまま。
弱いはずのチームが勝つという不自然な結果だけが、不気味なほど静まりかえった試合会場に浸透していく。
そして。
会場のどこかで、誰かが『十一点差であること』を喜んだ。
同じように、この特に意味が無いように思える点差に対して歓喜の声と、悔しがるような声が上がる。『勝った』とか『負けた』という叫びは試合内容に関してというよりも、もっと別のことを意味しているように思えた。
「これってさ」「賭博でしょ?」「日本語でなんていったっけ」「八百長じゃねえの?」「買収ってこと?」「やらせかよ」「元々そういう取り決めだったとか?」「神聖な試合でなんという」「そうだそうだ、卑劣ながらくたトリシューラを許すなー!」「あんなのよりずっと綺麗で素敵なレッテがいるラフディが正しいに決まってるよ!」「ふざけんな!」「偉大なる球神への奉納儀礼を何と心得る!」「金返せ!」「最後のガロアンディアンのプレイ男らしくなかったよねー」「勝負から逃げるとかあいつ最悪」「まあるいドルネスタンルフの裁きあれ!」
広がるざわめきは次第にブーイングに変わっていく。
空気が、世界ごと変質していく。
敵意は選手をはじめとしたチームに、更には所属する勢力そのものに対する敵意へと変化していく。
楽しい試合観戦というイベントによって一体となっていた雰囲気が、真っ二つに引き裂かれていく。対立する勢力が閉鎖空間に押し込まれ、爆発寸前の緊張が空気を加熱していく。膨れあがる疑惑、猜疑、敵意、そして――
ラフディーボールという血塗れになることが当たり前の競技によって感覚が暴力に順応していた観客たちの一人が、対立する勢力に向かって個人的な罵声を浴びせる。最初は言葉の暴力。そこから手が出るまでそう長い時間は必要無い。
どちらが先だったか、など論ずるのは馬鹿馬鹿しい。
いずれにせよ、それは起きてしまった。
トリシューラは試合に勝った場合と負けた場合の両方を想定して『ガロアンディアンが最終的に勝利するシナリオ』を組み立てていた。
だが、この展開は全くの予想外だった。
あまりにも急激で、それでいて極端すぎる。
観客たちはまるで何者かによって操られるかのように暴徒と化した。
予定調和の結末。
平和的な解決など到底望めるはずもなく、愉快なエンターテインメントとしての球技大会は完全に破綻した。
そして、暴力と騒乱に満ちた新たな娯楽が幕を上げる。
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