4-115 ラフディボール(後半)①
【サイバーカラテ道場】によって共有された視界が現実と重なり合う。
フィールドを多角的に把握。
【弾道予報Ver2.1】によるボールの軌道予測及び想定しうる数秒後の選手たちの動きを表示。流動的な戦局に合わせて最適な集団戦術を導き出してオートで実行。
『広い視野』と『的確な判断力』を両立させた、『自律的に判断する仮想司令塔』こそが【サイバーカラテ道場】である。
だが、未来を示す道場にアラート音が響き渡る。大量のエラーによって作戦は修正を迫られ、動きの精度は見る間に下がっていった。
敵の呪術師による妨害だ。
ラフディ側の九番
ラフディーボールでは呪術の使用が認められている。その上、グレンデルヒを倒す為の演劇呪術によってサイバーカラテはラフディで独自の発展を遂げていた。
相手もまた呪的な通信網によって連携を図り、更にこちらの連携を妨害することまでしてくる。つまり初期条件は五分なのだが、それゆえに地力の差がはっきりと表れてしまっていた。
縦長の場内が加熱する中、二つのチームが入り乱れる。
ボールを巡り、激しいぶつかり合いが続いていた。
ラフディーボールの基本の一つは、パスでボールを左右に振って防御側の人員配置を偏らせ、薄くなった防御を突破していくことだ。
ゆえに両翼の選手は突破力が求められる。
右からの攻めの軸となるのは一番で
常に走り続けるこのポジションはとにかく忙しい。
だがラフディーボールにおいては、このポジションにはもう一つ厄介な仕事が加わることになる。ボールの中継点である中衛は、その性質上ボールに触れる時間、つまり受け取って運んだりパスをしたりする時間が長くなりがちだ。
ゆえに、最も苛烈な
とりわけ俺はフィールドの中央付近を移動する為、『
チーム競技では、数の力は個人技を容易く圧殺可能だ。
中衛というポジションには、一対多の状況でもボールを守りきるだけの能力が要求される。幸いにも、俺はそうした経験が豊富だった。
センターライン手前でボールを受け取った俺の目の前にルバーブが立ちはだかる。更に左右から相手チームのフォワードが接近してきていた。
一対一が基本となるマンツーマンディフェンスであっても、中衛や
口にスティックを咥え、地に両手を突いた四足走行で疾走してくるラフディの三番は小柄ながら独特の存在感があった。草原の肉食獣もかくやという勢いで跳躍し、こちらに飛びかかる。空中でスティックを持ち替え、右斜め上方からの刺突を繰り出した。同様に、前からはルバーブの突き。
跳躍からの刺突は弾けない。落下の速度を利用した攻撃を受け、衝撃でよろめいた隙をルバーブが見逃してくれる筈も無いからだ。
膝を曲げて腰と上体、頭を低くして刺突を回避。水面を潜る水鳥のような動きでそのまま前へ。スティックを前に出し、ルバーブの刺突をぎりぎりで弾く。
すれ違いざまにルバーブに一撃を繰り出そうとするが、ルバーブはあんこ型力士のような体型であるにもかかわらず風のように軽やかにそれを回避してみせた。
追撃を仕掛けようとしてくる相手の気配を察知して、前を走るカーインにパスを繋ぐ。ボールを手放してした相手に刺突を繰り出すのはルール違反だ。ルバーブたちは素早く目標を切り替えて自陣に戻っていく。
一瞬の攻防。緊張の糸は張り詰めたままだ。
カーインは苛烈な突きを受けても危なげなくボールを守りきっているが、相手の後衛は粘り強く彼の前に立ちはだかり続ける。『相手を倒す』ことや『攻撃を防ぐ』ことならばカーインの得意分野だが、『防御をかいくぐってボールをゴールに入れる』という動きに苦戦しているようだ。
攻めあぐねている所に、逆サイドでゼドがマークを外して走り込んだ。どうしてもヘルメットを被ろうとしないテンガロンハットの男はパスを華麗に受け取り、そのまま守りを振り切って弾丸のようなシュートを決める。ゼドはアルマと並ぶこちらの得点源だった。実に五割がゼドの得点で、とにかくシュートを外さない。
こちらの得点に九点が追加された直後、角笛が鳴り響き前半の終了が告げられる。前半終了時点でこちらが既に百点を超えているのに対して、ラフディ側は未だに八点という状況である。
ゼドは困難な九点シュートを一度も外さずに決め続け、アルマは三点分の棘をゴールに叩き込みつつラフディの後衛を消耗させていくという正攻法で着実にアドバンテージを稼いでくれていた。卓越した守備技術と優れた戦術眼で攻撃に繋げるまでの流れを作り出していたグレンデルヒの働きも大きい。
にもかかわらず。
圧倒的大差をつけてリードしているというのに、まるで優勢という気がしない。
荒い息を吐きながら次々と膝を突いていくガロアンディアンチームの面々。カーインは腕を押さえ、グレンデルヒは露出した体内の機械部品から煙を吹き、後衛の三人が一斉に倒れ伏す。ゼドの穴だらけになった帽子が地面に落ちて、青痣のできた顔が露わになる。俺も同様に、身体の各所を軋ませていた。
これからしばらくハーフタイムとなる。その間に、どうにか態勢を立て直さなければならない。トリシューラ率いる救護班が到着し、医療用ドローンが負傷者をベンチに運搬しつつその場で治療を行う。
前半のラフディは激しい攻撃で俺たちを苦しめた。彼らはゴールではなく選手を狙って得点を稼いでいたと言って良い。ラフディーボールでは、得点のアドバンテージよりも選手の消耗度が重要視されるからだ。とりわけ前半戦は。
ラフディは自陣で故意に
古式のラフディーボールにはこういう奇襲じみた攻撃が存在するらしい。
相手の方は手慣れたもので、たった一点の失点でこちらの選手に大打撃を与えてきた。カーインは左の腕と肩に創傷を、グレンデルヒに至っては左腕の肘から先が使い物にならなくなっている。その上、ラフディの九番が吐き出した硫酸が顔面から上半身にかかり、トリシューラ製の機体が激しく損壊してしまっていた。
他も酷い。特に後衛の被害が甚大で、
そんな中、比較的平気そうなのがアルマと
コルセスカの仲間として前線を支えているアルマの防御技術が卓越しているのはわかるとして、ゴールに攻め込んでいく前衛の
「え? ああ、だいぶ前にあのボールには散々苦しめられたんで、避けやすい位置取りが得意になってたんでしょう。あとはほら、俺って【弾道予報】の調整が銃士用でかなり高精度ですし」
こちらの疑問に答える
手榴弾代わりに用いられる殺傷力の高められたラフディーボールは修道騎士が使用する鎧を貫通してくる為、大量の死傷者が出たのだという。
負傷者の手当も慣れたもので、重傷の
「そういえば、元修道騎士だったな」
どことなく飄々としてつかみ所の無い男を見ながらぽつりと呟く。
その言葉に、近くにいたアルマが反応した。
「ああ、どっかで見たと思ったら、バルのとこの。確か名前、ライガだっけ?」
「いや、本名は知らないが」
「面識が?」
「ほとんど無いよ。ちょっと見かけたことがあるくらいかな。父親の方とはそれなりに縁があったんだけど」
今日の球技大会も会場警備などを任せているらしい。
それはいいとして、何故アルマが修道騎士とかかわりがあるのだろうか。
不思議に思っていると、視界隅でちびシューラが「うーんと、えーと」と何か言いづらそうにしていた。
「んー、まあ色々あって」
アルマもまた曖昧な笑みで言葉を濁す。
不審に思ったが、何となく追求することが躊躇われて会話はそこで途切れた。
ラフディボールのハーフタイムは長い。
元々治療時間として長めにとられているのもあるが、慣例として様々な呪術的儀式を行うことが認められているからだ。今回はそれに加えてガロアンディアンの技術力やラフディのヘアスタイリング・服飾技術アピールの為ということで両勢力が様々な余興を用意していた。
前衛的な電子音楽に合わせて踊る機械人形たちと、幻影のスクリーンに表示されていく美しいカットモデルたち。鏡を使った念写の自分撮りによって美化されたモデルたちの映像は煌びやかだったが、それらを全て霞ませているのがマラードによるヘアアレンジの実演だった。頭髪は彼の領土であり、彼はその王だ。肩に流れる髪束の広がりを支配し、乱れる毛先を屈伏させ、怠惰な前髪を動きのある働き者に生まれ変わらせる。鮮やかな手並みと不敵な笑み。観客席から黄色い声が上がる。
アピールの華やかさではあちらが上であることは認めざるを得ない。
単純にマラードの見栄えが尋常ではないのである。
人の価値の中で見た目がどのくらいの割合を占めるのかは条件によって異なるだろうが、少なくともマラードに限っては外と内とを分けて考える事はできない。
美しいことが自我の基礎となっている彼にとって、それらは不可分のものだ。
「アキラくん。あのカットモデルだけど」
治療を一通り終えたトリシューラが話しかけてくる。
俺は小さく頷いた。
「ああ。人形だな」
眼球が機械的な音を立てて視界映像を拡大する。
マラードと共に即席のステージに上がっている少女は、紅紫の妖しくも美しい髪をしていた。トリシューラやコルセスカたちよりも大人びて見えるが、それはどこか無気力な諦観を表情から漂わせているからだろう。独特の
「誰かに似てるな、あの人形」
服を着ていても首や手といった箇所を見れば彼女が球体関節人形であることは明らかだった。彼女こそがラクルラール派のもう一人の刺客、アレッテ・イヴニルに違いない。ミヒトネッセのように正面から襲撃を仕掛けてくるわけでもないのが不気味だった。
「マラードの子孫、って自称してるみたいだね」
本当かどうかわからないけど、とトリシューラは呟く。
だが、俺が言いたいのはそう言うことではない。
気怠げな空気を身に纏ってはいるが、アレッテの佇まいは六王たちにも似た『貴人』のそれに見えた。あたかも侍女姿のミヒトネッセと対になるかのように。
マラードのような圧倒的な存在と同じ場所に立っているが気後れした様子はまるでない。それが当然、というような意識を当たり前に持っているとでもいえばいいのだろうか。自負や誇りではなく、ただそれを生来の常識として身につけているような感じ。君臨する女王というよりも籠の中で大切に育てられた姫君のような。
何となく、彼女は六王たちと共通する空気を持っているような気がした。
不思議と、『王子』と呼ばれるヴァージルや直接関係があるらしいマラードよりも、強く想起させられたのはアルトだった。
理由は恐らく、視線だ。
どぶのような瞳が、ぬめりつくような邪視となって世界を撫でていく。
機械の肌が粟立つかと思うほどに強烈な世界観。
コルセスカのクリアな邪視とは全く違い、重苦しく巨大な質量を世界に押しつけるような呪わしい視線。
邪視に宿る強大な力。それが、単眼のみで亜竜の爪を具現化するアルトを連想させたのだろう。そう言えば名前の響きも何となく似ている。
「それはそうだよ。男性形と女性形なだけで同じ名前だもの」
トリシューラが意外な事を言う。
それはつまり、ジョンがジョアンナになったりジェーンになったりするような話なのだろうか。イワンとイヴァンナでもいいが。
「そんな感じ。アルトって良くある名前だから。ていうかラフディチームの四番がアレト=アーキフって名前でしょう?」
確認すると本当にそうだった。カタカナ表記の下に併記されたアルファベットを意識でフォーカスすると地上の大陸共通語で文字が表記される。アルトとややスペルが違うようだが、国や時代によって微妙に変化しているということなのだろう。
「本当は、アルトの正確な発音はアレ=トーって感じなんだけどね。
アルトの場合は神の息子とかそんな感じの意味合いだとか。確か演劇ではアルトは神の血を引く半神とされていたので、納得の行く名前ではある。
アレ=トー。
神に造られたもの、すなわち人間や子供、更にそこから派生して人形。
即席の舞台から降りて特設の貴賓席へと移動していくマラードとアレッテ。
アレッテがマラードに顔を寄せて何かを囁くと、何か冗談でも言ったのかマラードが笑顔を見せる。随分と仲が良いようだ。唐突に現れたにもかかわらず怪しまれるわけでもなく信頼を勝ち得たアレッテの手腕は見事と言わざるを得ない。
ふと、同じようにじっと二人を見ている者の存在に気付いた。
ルバーブだ。
並んで歩く美しい男女に静謐な視線を送るルバーブの姿が、どうしてか普段より小さく見えて仕方が無かった。
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