4-114 ラフディボール(前半)②




 その他、ラフディーボール経験があるらしい『マレブランケ』の四人にも問題は無い。俺と『サイバーカラテ道場』によって連携した動きをする以上、彼らの存在は必須といえる。


 それよりも、俺の精神をかき乱しているのは、試合がもう始まろうとしているというのに何故か険悪な空気を発生させて味方同士でいがみ合っている三人の存在である。はっきり言って不安しかない。


「ここは戦士が競い合う栄光の殿堂だ、薄汚いこそ泥風情の居場所は無いぞ。そら、お帰りはあちらだ」


「誰かと思えば、みすぼらしい人形に入り込んだものだな。負け犬にはお似合いだがな。戦士がどうこう以前に」


「ていうかどっちもうざいから死んでいいよ♪」


 グレンデルヒ、ゼド、そしてアルマ。

 助っ人としてトリシューラが呼んだこの三人、途轍もなく仲が悪い。

 四英雄とその仲間ということで、身体能力に関しては不安は無いし頼りになるはずなのだが、どうしてこうなった。


 グレンデルヒがいるのはトリシューラが憑依用の機械の身体を用意したからで、ゼドは報酬を用意して雇ったため、アルマは怪我が治ったからとそれぞれ事情が異なるが、一応同じチームなのだから協調する素振りくらい見せて欲しい。

 うんざりしていると、視線を感じたのかこちらを向く三人。


「――報酬の半分、確かにミアスカの口座に振り込まれていることを確認した。約束通り、傭兵として協力させてもらおう」


 金で雇われた助っ人は、そう言ってテンガロンハットを被り直した。いや、試合用のヘルメット被れよと言いたくなる。

 盗賊王ゼド。学生時代はダーツ部とラフディーボール部を掛け持ちしていたとかいう話だが、陰気そうな顔を見ていても頼りになる感じはあまりしない。まあ四英雄だし、投擲能力は四英雄随一という話だし、前衛として三番の背番号を任せておくとしよう。


「狙った的は外さん。シューターとしての仕事は報酬の分だけする。どこかの苛つく道化に命中させてしまったとしたらそれはわざとだ。安心してくれ」


「安心できねえよ」


 どうやら道化グレンデルヒとの仲は極めて悪いようだ。

 まあ無理も無い。ゼドを馬鹿にしきった目で見下している蓬髪の壮年男性の態度も相当なものである。


「設定上はラフディーボールのトルクルトア代表であるこの私が力を貸してやるというのだ。精々貴様ら雑兵は邪魔にならないようにぶっ」


 グレンデルヒの顔面にグローブの裏拳が命中し、不遜な言葉が強制的に中断させられた。笑顔のアルマはそのまま網棒でグレンデルヒの首を地面に押しつけ、ゼドの頭部を鷲掴みにして凄まじい力を加えている。嫌な音が聞こえているのだが、まさか潰れたりはしないよな?


「この間は迷惑かけちゃってごめんね。コアちゃんを助ける為にも、借りはここで返すよ! ラフディーボールなら任せておいて、現代式も古式も両方いけるから」


 アルマはこの中では最も頼りになる助っ人だ。かつてはアマチュアリーグで名を馳せた名選手で、プロ入りのオファーを蹴って探索者になったのだとか。カーインと並ぶほどの長身が心強く見えた。ちなみにラフディーボールでは男女を分けない。チーム全体の体重で階級が分けられるのが普通で、これは種族差が激しいこの世界ならではの措置らしいが、今回は無差別級とのこと。ラフディ側のチームにも女性がいるが、何かえらく巨大だし酸性の液体を吐いてるし男女がどうこうとか考えていたら間違い無く痛い目を見る。

 

「サリアちゃんもいればもっと心強かったんだけどね。攻撃的中衛として全国レベルの動きができるから」


「そういやサリアって人は今なにしてるんだ?」


「んー、よくあるんだよね、黙ってどっか行っちゃうこと。多分、余計な情報を周りに知らせると未来がぶれちゃうからだと思うけど。それか、私に相談して失敗した回があったのかな」


(ああ、周回ループ中ってことかな? スキリシアに行ったってことは、あそこを起点にして何かやばいことが起きるのかな――まあセスカの【氷弓】があるなら任せても大丈夫だろうけど)


 ちびシューラが納得しているが、俺には何が何やらよくわからない。

 そんなやり取りをしている間に試合開始時間が迫っていた。


 各々配置について試合開始を待つ。両チーム、中衛一人が中央のサークルに入っていくことを許されている。

 ガロアンディアン側は背中に五番を背負う俺が、ラフディ側は同じ番号のルバーブがその役目を担う。試合開始直後の展開を決めるのは俺たち二人だ。


 ヘルメット越しに、視線が絡み合った。

 無言のまま時間が経過していく。

 試合時間は前半と後半に分かれており、共に1,800秒(三十分)。

 つまり合計で3,600秒(一時間)だ。

 しかし、俺にはルバーブと睨み合う時間がそれよりも長く感じられた。気付けば頬を冷たい汗が滴り落ちている。まだ何も始まっていないというのにだ。


 俺たちは網棒を前に出し、その間に審判が棘球を挟む。

 両チームに挟まれたボールは緊張状態の中でいまにも破裂しそうに見えた。

 しばしの静寂。

 角笛の音が響くと同時、拮抗していた力が一瞬で解放される。

 挟まれたボールが弾き飛ばされた。


 完全にパワー負けしていた。ルバーブが俺のスティックを押しのけてボールを狙い通りに弾く。既に軌道上に滑り込んでいた相手側の二番フォワードはボールを受け取ると、網の中に収まったボールを揺らしながら保持して疾走する。


 スティックを上下に動かして遠心力を生み、ボールを安定させているのだ。

 頭部より後ろで行われている為、ディフェンスに入った七番こと蠍尾マラコーダも簡単にボールを奪うことができない。そのままもう一人のフォワードにショートパスすると、中衛ミッドフィールダーと連携しながら一気に切り込んでいく。電撃的な疾走をしながらゴール前へ。


 地面に突き立った棒の上に取り付けられた円形のゴールは大人が両手を広げたほどもある。しかし前に立って守っているのはこれまた横幅の大きい九番、牙猪チリアットである。そう易々とシュートは決められないはずだ。


 その予想は次の瞬間容易く裏切られる。

 ラフディの三番フォワードは即座にシュートを放った。

 ただし、狙うのはゴールではない。ゴールと牙猪チリアットの少し手前にあるフィールドの地面に向かってシュートしたのだ。


 動画で何度も見たが、これがラフディーボール特有のシュートだ。

 正面からゴールを狙う直接シュートではなく、棘を炸裂させての間接シュート。

 まずは入るかどうかわからない九点よりも防ぎにくい一点から三点を狙いに行くという堅実な立ち上げだった。


 流れが相手に傾く、そう誰もが思ったその時、一人の男が走り込んできた。

 いつの間にか後退してマークを振り切っていた中衛の六番、グレンデルヒだ。

 男の膝が曲がり、腰が沈んでいく。低い重心を保ったままスティックを地面と平行に滑らせるようにして前へ。地面に激突して弾け飛ぶ寸前のボールをふわりと掬い上げると、そのままの勢いで投擲した。


 空高く、放物線を描いて跳んでいくロングパス。

 敵陣の左サイドを駆け抜けていくのは四番ミッドフィールダーであるアルマ。頭上からのボールを受け取ろうとするが、相手チームの中衛に激しくプレッシャーをかけられている。その上、相手は二メートル近い巨漢だった。上から押さえつけられたアルマは前を相手チームに許してしまう。


 と、今まで激しくプレッシャーをかけていたラフディ側四番ががくりとふらつく。いつの間にか、力が行き場を失っていた。

 急激に反転して相手の力をいなし、チェックから抜け出たアルマは高々と跳躍。ロングパスを受け取って走り出す。そこから一瞬で逆サイドから中央へと走り込んでいた三番フォワードに向かってパスを放つ。


 テンガロンハットを被った三番ことゼドはボールを軽やかに受け止め、耳の後ろで保持――しなかった。

 腕の振りすら霞んで見えなくなるほどのスピード。

 ラフディの後衛ディフェンスの顔の真横を抜けてゴールの円に突き刺さったボールが、そのまま地面に突き刺さって大量の棘を撒き散らす。


 角笛が鳴らされて、ガロアンディアンが九点を先取したことが告げられる。

 盛大に沸く会場。

 四英雄二人の名を叫んで熱狂する『上』の住人たち。そしてそれに匹敵するほど激しく連呼されるアルマの名。こちらは何故か女性の声が中心だった。


 完璧な防御からの一瞬の反撃。

 試合前は不安だったが、何だかんだ言っても彼らは地上有数のフィジカルの持ち主だ。球技であろうとそのパフォーマンスは十全に発揮される。

 シュートを決めたゼドがアシストしたアルマに向かって陰気な顔でふっと笑い、片手を上げる。アルマは無視して自分の守備位置に小走りに駆けていった。肩を落とすゼド。本当にこいつら仲悪いな。


 新しいボールが用意され、今度はラフディ側のボールで試合再開となる。

 当然と言うべきか、アルマたち三人へのマークはかなり激しいものとなった。

 ボールを保持していない相手への攻撃は禁止されているが、それでもスティックでプレッシャーをかけたりユニフォームやプロテクターを掴んで引っ張る程度のことでいちいちファウルなど取られない。


 相手の後衛から中衛へとボールが渡り、ルバーブが中央から右サイドに向かって攻めていく。ルバーブは俺のマークをあっさりと抜いて風のように駆け抜けていった。警戒されて徹底的にマークされているグレンデルヒの横を突破されれば一気にゴールまで攻め込まれてしまう。そうはさせじとハーフラインの手前まで出てきていた七番ディフェンス蠍尾マラコーダが立ち塞がるが、ルバーブは素早くラフディの二番フォワードにパスを出すと蠍尾マラコーダを躱して走る。チェックされた二番がルバーブにパスを返す。


 パスの軌道とルバーブの疾走が三角形の軌道をフィールドに描いていくのを、俺の視界は明瞭に予想していた。

 アプリケーションは正常に起動中。架空の予測線がボールと選手の進行方向を示し、最も蓋然性の高い未来を提示。それに対して最適な結果が選択肢として提示される。優先度の高い『監督シューラのオススメ選択肢』に従って全身が動き、俺はパスの軌道上にスティックの網を『置いた』。


 そうなるのが自然であるかのように、相手の前衛は俺に対してパスを出していた。未来を予測して動けば、このような横取りインターセプトも可能になる。

 相手チームのデータはまだ不充分だが、今の試合の流れは定石にある基本的なプレイであった為に対応できた。今後ラフディ側のデータを集めれば集めるほど予測精度は上昇するだろう。


 スティックを振りながらボールを保持して反撃に移ろうとする。

 と、その時だった。視界をアラート表示が赤く染め上げる。

 凄まじい重圧が前から押し寄せ、俺は咄嗟に飛び退った。

 直後、暴風を伴って目の前を抜けていくスティックの柄。


 明らかに頭部を狙った打撃。しかし角笛が鳴ることは無い。

 俺がボールを保持しているからだ。

 ルバーブがスティックを槍、あるいは棍のように持って激しく突きかかる。狙いは肩、脇、首などいずれもプロテクターで防御されていない箇所である。

 当然だろう、防御の厚い部分に攻撃を加えても仕方が無い。

 戦場では、装甲の薄い部分を狙うのが鉄則である。


 こちらの首を貫通させる勢いで突き出された刺突を回避。ルバーブの真横を抜けて右側へ走る。刺突は放った直後に最大の隙が生じる。

 そこに、こちらの後衛を振り切った相手側の前衛が攻め込んで来た。

 俺は横にルバーブ、正面に前衛という敵を抱え込んでしまう。


 正面の前衛はスティックを引いて突きかかる構えだ。

 棒や杖、棍や槍などの長物が怖いのは薙ぎ払いの制圧力だ。

 空間を一瞬で支配する横の一撃は戦場において圧倒的なアドバンテージを生み出す。ルバーブの初撃も躱せなければ危険だった。


 だが複数人で一人を攻める時に得物を横に振る奴はいない。

 同士討ちの危険性があるからだ。

 ゆえに、戦場では集団で槍を使う時には突くのが基本となる。

 真上から打ち下ろすのも有効そうに思えるが、実際には軌道の関係上やや斜めになったりして味方の武器とぶつかったりするので突いた方がいい。振り下ろした後の立て直しや得物が長物であることを考えればなおさら突きが理想的だ。


 セオリー通り、相手は突いてきた。軌道はやや斜め、俺の右側を狙っている。

 スティックで弾いて前に出ようとした時、誘導されたことに気付いた。

 右側への突きは俺の動きを制限する為の檻だ。

 俺は横を抜けたはずのルバーブのいる方に閉じ込められていた。

 

 続くルバーブの激しいチェックに対して、俺は抵抗できなかった。

 わかっていても対処の出来ない力強い動きでボールを一気に奪われ、そのままルバーブはゴール前でシュートモーションに入る。手前の地面に向けて放たれたシュートが、無数の棘を炸裂させていった。


 弾けた棘のうちゴールに入ったのはたったの一本。

 にもかかわらず、こちらの被害は甚大だった。

 放射状に飛び散った鋭い棘が後衛の蠍尾マラコーダ牙猪チリアットの手足に突き刺さっていたのだ。


 偶然では無い。

 ゴールと相手への攻撃を同時に狙ったラフディーボール特有の高等プレイだ。

 このラフディーボールというスポーツは、ゴールにボールを叩き込んで得点を競い合う要素と同じくらい、ボール保持者への攻撃やシュートの余波によるダメージを相手チームに与えることが重視されている。


 鮮血が滴り落ち、フィールドに吸い込まれていく。

 ヘルメットの下のルバーブの顔が獰猛な笑みを作った。 


「どうした。まだまだ球神への供物には足りんぞ。もっと血を流せ。もっと血を流させろ。贄たる我らが闘争によって魂を捧げてこそ球神はお喜びになる」


 これは呪術だ。

 血の臭いがする異邦の儀式。古代の神に捧げられる闘争。

 現代的価値観から遙かに逆行していく。

 流血こそ誉れと叫ぶ荒々しい戦士と呪術師の宴。

 それこそがラフディーボール。


 実際の所、これは杖術や槍術、集団での戦闘を模した競技武術に近い。

 最初にちょっとラクロスっぽいのかな、と思った俺は恐らくラクロスに対して非礼を働いてしまったと思う。格闘技と称されるほど当たりの激しいスポーツと言えばラクロスと水球だが、そんなレベルですらなかった。


 この世界は槍が尊ばれる異世界だ。

 陸上競技においては槍投げが花形とされ、武術の基本は槍術とされる文化圏。

 ならばスティックを使った球技に槍術や棒術が取り入れられていても何もおかしな事はない。元の形が戦争やまじない、狩りにあるのならばなおさらだ。


 負傷は手痛い消耗だが、こちらにはろくに交代要員がいない。

 応急処置として治癒符を貼り付けて試合を強引に続行する。

 あちらの苛烈な攻撃に気圧されかけたが、まだ試合は始まったばかりだ。


 【弾道予報Ver2.1】起動。

 視界いっぱいに『Ballistics Predict』の文字が表示された。【サイバーカラテ道場】を通じて【マレブランケ】の四人もこの視界を共有している。ユーザー間で思考や動きを同期させて最速の連携を行う機能。これを使わない理由は無い。

 

 ラフディーボールが球技であり格闘技であり武術であるというのなら、それはサイバーカラテが包括しうる分野だ。

 ならばここからは【サイバーカラテ道場シナモリアキラ】が相手になろう。


「発勁用意!」


 自らを鼓舞するように叫んで、俺たちは駆け出した。




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