4-109 ゲームスタート②




 前線の仮設拠点に戻ると、トリシューラが着替えていた。女王や王女といった存在はファッションリーダーであるため、王族の着替えはそれだけで一つの呪的行為となる。身につけたブランド品一つで経済を動かすのが王というものだ。


「士気高揚のおしゃれミリタリースタイルだよ!」


 赤と黒を基調としたカラーリングはいつも通りだが、ダブルブレストの軍服とボウタイブラウスを合わせたようなワンピースを纏ったトリシューラは華やかでありながら凛々しくもあった。大小のシューラは揃いの軍帽を被っているが、ちびの方はサイズが合わないのかずり落ちてくる帽子の位置を何度も直している。


 髪型はいつも通りに左右に分かれた二つ結び。平べったく編み込んだフィッシュボーンになっているのが新鮮だ。 髪型といえば、道場にいた女性陣の髪型が普段と違っていたような気がする。流行などに合わせて変えているのだろう。こんな非常時でも、髪型くらいは気を遣っていたいという細やかなこだわりが感じられた。


「それなんだけどさ」


 俺が到着するなり何かを訊ねようとするトリシューラ。少し心配そうな表情だが、何かあったのだろうか。


「正直な感想を聞かせてアキラくん。髪型を変えた人たち――例えば、事務員のシアナさんのお団子と私のこれ、どっちが良い感じ?」


 と言って二つ結びの髪束を手で持って示す。平たい編み込みはややラフな感じがするが、それがかえってカジュアルっぽくて悪くないと思えた。軍服っぽいスタイルにも適度に花を添えているのではないだろうか。素直な感想を伝えると、トリシューラは難しそうな顔をした。


「アキラくん、私が何しても褒めるからなあ」


 そんなことを言われても、良いと思うのだから仕方ないだろう。

 それから「これを見て」と端末から立体幻像を立ち上がらせる。様々な髪型の女性モデルたちだ。

 頭の後ろで輪を描くような髪、薬品で髪の毛を波打たせたパーマネント、それからシアナさんのようなお団子頭。


 画面が切り替わり、長い髪を靡かせた男が登場する。

 片手にハサミ、片手にヘアアイロンを持ち、頭の上と腰のあたりで互い違いに左右に向けている。

 『カリスマ美容王マラード』と紹介された男が斜めの角度で微笑みながら白く光る歯を光らせている。なるほど、彼らしい広告映像だ。

 

「蟹みたいだな」


「アキラくんそれひどいよ」


 とりあえず冗談を言ってみたが、トリシューラは深刻な表情だった。どうやらマラードの『カリスマ』という言葉に危機感を覚えているらしい。


「カリスマ、つまり王の資格。マラードに髪型の流行を押さえられて、美容師としての地位を確立されたら、私は王として彼に負けていることになる」


 そうか? と一瞬思ったが、考えてもみればトリシューラが目指すのはファッションリーダーとしての女王である。文化の中心としての立ち位置を奪われるのは、領土を奪われるよりつらいことなのだ。


「こうなったら、春物コーデで反撃するしかない!」


 今は晩冬だから、丁度春物の服を売り出していく時期だ。春の魔女として負けられないと気合いを入れるトリシューラだった。ファッション呪術の使い手、きぐるみの魔女の本領発揮だった。


 しかし、その五日後。

 トリシューラは涙目になっていた。


「どうしようアキラくん、こっちの出方を読まれてるよ」


 ラフディは春物コーデに合わせるようなゆるふわヘアを流行させ、こちらの呪術攻撃を受け流し、自らの力として取り込んだのだ。剛というより柔。相手の呪力を利用して自らの呪力に転化するその技こそはサイバーカラテの呪的発勁に他ならない。


「サイバーカラテ古流・ラフディ相撲か。敵に使われるとこの上なく厄介だな」


「私のデザインが添え物になってるー。後出しの癖にずるい!」


 トリシューラはご立腹だ。彼女の発表した服が否定されたわけではなく、むしろ相乗効果で売れているのだが、マラードの方がより強い印象を残したことが気に入らないのだろう。実際、自分たちの得意分野だけで勝負していくスタイルは見事と言わざるを得ない。


 文化戦争において一勝したラフディは勢いづいたのか、直接のぶつかり合いでも成果を残した。

 翌日、ラフディは前回より遙かに大規模な侵攻を開始。どうにか防ぎきったもののこちらの損耗が激しい。

 荒れ果てた仮設拠点で、軍服ワンピースを煤で汚したトリシューラが叫ぶ。


「マラードの顔だけメテオ嫌い!」


「あいつのイケメン爆撃は確かに厄介だな。大通りが穴だらけにされて、あれじゃまともに通れない」


 物質創造能力で建造物の被害は比較的すぐに立て直せるのだが、物資や人的被害は中々そうもいかない。

 トリシューラが大量に保有している戦闘用ドローンも無尽蔵というわけではないのだ。


 アルトも獅子奮迅の活躍を見せてくれているが、指揮系統がガロアンディアン側と違う竜王国軍は混乱を避けるために別の戦場を任せることになっている。今回も地下を掘り進んで攻めてきたラフディの奇襲を見事防いでくれたものの、その間にトリシューラの指揮するドローン部隊がかなりの打撃を受けることになってしまった。 


 ラフディは砲による遠距離の撃ち合いでは勝てないと悟ったのか、地下から攻めるという戦法を選んでいた。第五階層の地下に広がる下水道と白骨迷宮に穴を開け、こちらの真下から直接白兵戦を仕掛けてくるのである。


 気配を遮断する呪術のせいで土木工事の音などは全く聞こえず、結果として無防備なまま敵の接近を許してしまっていた。更には石像兵を使った陽動や地下の爆破といった度重なる奇襲がこちらを苦しめる。


 ラフディとの戦闘開始から早くも八日が経過していた。

 当初の予想とは異なり、かなりの苦戦を強いられている。くたびれた軍帽の位置を直しながら、トリシューラが複数表示された幻像を眺めている。


 幻影の中に映る戦況は芳しくない。

 第五階層の一区画をジオラマ化したゲーム盤の前に立ったトリシューラが、どこかで見たような駒を動かしていく。戦争がまるでゲームのようだった。

 いや、実際にこれはゲームなのか。


「はい、ミリョ餅」


 唐突に、トリシューラが謎の餅を差し出してくる。薄い桃色で、白い粉がかかっている。


「なんだそれは」


「昔からある携行糧食だよ。運気が良くなるってジンクスがあるから戦場での生存率が少しだけ上がるの」


「あー、粘り強いとかそういうアレか」


「そうそう」


 全軍に配っているらしい。大勢で食べることでガロアンディアンの勝率が上昇する計算だとか。こんなものに縋らなければならないとは、トリシューラも必死である。口に入れると、もちもちして甘かった。


「むー、マラコーダのスキルはまだチャージ終わらないしなあ。重装甲ドローンで受けるのもコストが足りないし、ここは通すか」


 トリシューラはジオラマの街を駆け抜けてくる大型の石像兵を見ながら呟いた。どうも、防御せず素通りさせるつもりらしい。


「いいのか? この先に被害があるんじゃ」


「うん、もうちょっとしたら、四日前に建造した美術振興センターと美術館が呪力納税してくれるから、それでコストはどうにかなる。レスラーカニャッツォ出して受け止めるよ」


 トリシューラはブルドックの駒を動かして、石像兵がこちらの重要施設である呪術医院を破壊する寸前に差し込んだ。耐久力に優れる彼なら石像兵を倒せないまでも足止めすることはできる。


「あとは設置しといたドローンでちまちま削っておけば最小限のコストで倒せる。幸い、背後が呪術医院だから壁役の回復には困らないしね」


 その後もトリシューラは施設を取り壊して呪力を回収、そこに別の建物を築いて土地リソースをやりくりしつつ敵の攻撃を凌いでいく。


「建築のデザインレベルをもうちょっと上げておきたかったな。ガロアンディアンには芸術系呪力を生み出せる良い建築家があまりいないんだよ。大地の民がこういうの得意なんだけど、みんなガロアンディアンから抜けちゃったし」


 建築物、特に文化的な施設は存在するだけで呪力を生み出す。いわば低コストの発電所のようなものだ。

 美術館や博物館といったものならば展示物の質などが重要になってくるが、その他にも建物自体のデザイン性が呪力を生むのが重要な点だ。


 はっきり言ってラフディの建築が発生させる呪力は他の追随を許さない。生み出されるエネルギーは莫大であり、遠距離からの砲撃や空からの爆撃を全て球状障壁で無効化するほどである。


 圧倒的火力に任せて砲撃と爆撃を繰り返せばいいだけの戦いなど、どこにも有りはしなかった。

 認めなければならない。

 ラフディという国の強さを。




 戦端が開かれて今日で九日目。ラフディに対抗する為にある作戦を準備中だった俺たちは、不穏な噂を耳にする。


「トリシューラが裏切った?」


 思わずトリシューラを見る。きょとんとしていた。

 知らせを持ってきた蠍尾マラコーダは、女性たちの間でそんな話が広がっていると教えてくれた。何でも、ソーシャルネットワーキングサービスなどよりも避難所や配給待ちの間に発生する会話などの口コミで広がっている噂らしく、トリシューラの耳に届いていなかったのだ。


「なんでも、おちび陛下が悪さをするところを見たって人がたくさんいるみたいなのよ」


 蠍尾マラコーダの話だと、そのちびシューラは端末に悪さをして悪質なウィルスを仕込んだり、眼鏡にブラクラを張り付けたり、【きぐるみ妖精ドーラーヴィーラ】ブランドはダサい、これからはラフディの民族衣装が流行る、などと吹聴したりしているらしい。


「私、そんなの知らない」


(シューラだってそんなことしてないよ!)


 大小のシューラが身の潔白を主張する。

 疑うわけではないが、それにしても噂は気になった。

 というかどう考えてもラフディ側が何らかの工作を仕掛けてきている。


 そんなわけで俺たちは噂の調査を始めたが、犯人はあっさりと見つかった。

 トリシューラが新作の服の展示を行うと大々的に告知して、服をとあるイベントホールの備品室に置きっぱなしにしたのだ。餌におびき寄せられた小さな影が監視されているとも知らずに現れる。


「シューラ参上! ふっふーん。こんなところに大事な服を放置するなんて、危機管理がなってないね」


「えいえい、めちゃくちゃにしちゃえ! ラクガキだ!」


「シューラはあっちこっちに運んでバラバラにするよ!」


「じゃあシューラと競争ね! どっちが悪さできるかな!」


 なんか、ちびシューラがいっぱい居る。

 しかし、俺のすぐ傍にいるちびシューラとは全く様子が違っていた。

 いずれも派手なアイシャドウで目の縁を強調し、悪魔的なメイクで可愛らしい顔を凶悪そうに見せている。といってもベースはちびシューラなので大した迫力は無いのだが。


(悪いシューラ――いわばワルシューラだよ! 何者かによって汚染されて悪堕ちしちゃったんだ!)


 ワルシューラというネーミングセンスはともかく、由々しき事態だった。

 どうやらあそこにいるのは、ヴァージルに奪われた省庁シューラたちらしい。


(あれは文科シューラ、それも競技スポーツ部分だけを切り分けて独立させてるんだ! その上なんか変な改造されちゃってる!)


 ガロアンディアンの中枢を担う、重要な『妖精こうむいん』たち。ヴァージルに奪われたことで国家としての機能の大半が一時的に制限されているのだが、まさかこんなところで出会うとは。


(他にも運輸シューラや国土交通シューラがいるね。ん、でも河川関係と気象関係が抜けてる。ヴァージルが勝手に分割したのかな)


 厄介なことになってきた。

 ラフディだけでも面倒だというのに、ヴァージルまで暗躍し始めている。あの少年の狙いはおそらくトリシューラの権威の失墜。改造したちびシューラたちに悪さをさせることで女王としての評判を落とそうとしているのだ。


 子供の嫌がらせのようだが、きわめて効果的な攻撃である。ガロアンディアンが国家として再び立ち直る為にも、ヴァージルに奪われた省庁シューラたちを取り戻さなくてはならなかった。


 【断章】集め、王の資質の証明、その上ワルシューラの奪還。やることは次々に増えていくが、突き詰めれば一言に集約できる。

 トリシューラが女王めがみになること。

 

 物事が極度にデフォルメされたゲーム的な世界観になっているからこそ、その大目標だけは何より分かりやすく、それでいて揺るがない。

 ここはコルセスカが用意してくれたゲーム盤の上だ。

 ならば、どんなに苦しい状況でも、どんなにキツくてハードな難易度であっても、必ず活路は存在するはずだ。


 戦いとは、全てゲームなのだから。

 俺はちびシューラと共にある決意を固める。

 今まで準備してきた作戦を実行に移す時が来たのだ。

 ちびシューラが広報メールを第五階層にばらまいていく。そこには、こう書かれていた。


『球技大会開催のお知らせ! スポーツを通じて文化交流をしよう! 詳しくは大会運営本部まで』









【後書き】



「ワルシューラってネーミングセンス、なんかコルセスカが朝に見てるアニメ感あるよな」


「うん、私もそれ思った。【コキュートス】の影響かな?」


 ぼんやりと与太話をする。実際、コルセスカの浄界は元々ゲームっぽかったこの世界を更にゲーム的に改変していた。それが良いか悪いかは状況によるが、どんなに弱い勢力にも勝ち目があるという所は希望に溢れている。 


 まあそれでもラクルラールが一番厄介そうなのは変わらないのだが。他者を操るという力は強すぎると思う。

 今のところクレイに頼るしか無いのだが、肝心の彼は囚われの身だ。


「ちなみに、クレイがラクルラールに対抗できるのは【王国の剣】だからだね。ガロアンディアンも同じ『法』のシステムを構築してしっかり運用できればラクルラールの支配に抗えるかもしれない」


「ラクルラールは『法』で倒せるって? なんかよくわからん話だ。敵の正体は犯罪者か何かか?」


「似たようなものかな。規模が段違いだけど」


 ちびシューラはラクルラールの正体に心当たりがある様子だが、確証が無いのかはっきりと言葉にはしなかった。

 というより、はっきりと名前を付けて正体を確定させてしまうことを避けたのか。それが強大でどうしようもない存在ならば、『よくわからないが強そう』くらいの認識のほうがまだ与しやすい。

 ちびシューラは続けてこう言った。


「ヴァージルに攫われたちびシューラのうち、未完成状態の裁判所シューラと法務シューラ、そして文部科学シューラ。このコたちを取り戻して完成させれば、あるいはラクルラールに届く剣になるかも」


 ガロアンディアンの裁判はアストラルネット上で仮想的に行われ、法律もほとんどが借り物でしかない。とはいえ無法というわけにもいかず、暫定的な法秩序を維持しているのが裁判所シューラだ。


 裁判所シューラの活動を裏で支えるのが法務シューラで、膨大な判例を集積して管理し、司法に関わる事務の一切を行うシステムである。

 一方で文部科学シューラは、文化、競技、科学、技術の四本柱を適切に管理、振興する役割で、呪的資源に関わる国家の根幹とも言える省庁シューラだ。


 これらが未完成なまま稼働しているというのはかなり致命的であり、現在の第五階層の荒廃ぶりもいずれ訪れる試練であったのかもしれない。

 内戦と分裂、戦国時代に無法の横行。

 ガロアンディアンは今、失敗国家となりつつある。


 しかしそれを回避する為になりふりかまわず『大国』に縋ればその中に取り込まれてしまうだろう。

 トリシューラの視座。トリシューラの王国。

 そのあるべき姿は、まだ見えない。



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