4-95 ガイノイドの魔女②




 ミヒトネッセが片足立ちの状態のまま急速な回転を開始した。竜巻のような激しさで旋回し、周囲に呪力を撒き散らして衝撃で俺たちを弾き飛ばしていく。先程感じたのと同じ、球神の加護だ。


(資料に書いておいたでしょ! ドルネスタンルフの加護で回転運動を強化するのがミヒトネッセの得意技なんだよ。円運動のパンチとかキックとかスピンとか回転して飛んでく手裏剣とかの威力が軒並み強化されるの!)


 一応知ってはいたが、まさか独楽みたいに回転するとは思わないだろう。

 驚きながらちびシューラに言い訳をしていると、回転を止めたミヒトネッセがこちらに背を向けて、トリシューラやカーインたちがいる方に向き直った。周囲に巨大な球形の呪術障壁を展開して警戒はしているようだが、様子がおかしい。


 背後から見ても分かるくらいに呼吸が乱れている上、なにやら恥じらうかのようにもじもじしたりしきりに服の裾を摘んだりしている。気持ち悪い。

 ちびシューラ経由でトリシューラの視界を表示すると、ミヒトネッセの顔が紅潮していた。というかなんだあれ、発情してる――? いやまさか。

 ギリギリ、と音を立てて頭に斜めの角度で突き刺さったぜんまいばねが回転していた。何なんだろう一体。ミヒトネッセは急に胸を反らしたかと思うと、居丈高になってトリシューラに言い放った。


「ふん! 相変わらずのぽんこつっぷりね、このがらくた!」


 いきなり地雷を踏みに行くとは、勇者かあいつ。

 案の定、トリシューラは表情一つ変えないまま激怒している。

 朗らかな笑顔を顔に貼り付けた、透徹とした無表情。殺意が漲っていた。


「私がいない間、散々失敗ばかりだったみたいじゃない? 存在消滅寸前まで追い込まれるとか、全く惨めよね。今回だってちょっとつついただけであのていたらく。ほんっとにしょうがないクズなんだから」


「死ね」


 問答無用とばかりに発砲するが、銃弾は球形障壁に阻まれて明後日の方向に跳ねていく。舌打ちするトリシューラを蔑みの目で見るミヒトネッセの表情は、何故かとても上機嫌だった。


「あんたは幼なじみの私が手助けしてあげないと何もできないがらくたなんだから、身の程を弁えなきゃダメじゃない。ちっちゃな箱庭で女王気取りとか、何それ笑える。その歳になっておままごとに夢中って、かなり恥ずかしいわよ?」


 ああ、幼なじみなのか。星見の塔出身なら納得だが、それにしても何か自信満々というか、その立ち位置に誇りを持っているかのような口調だった。どうもトリシューラに対して優位に立ちたいらしい。


「世界を変えるとか、神話の再生とか、妄想はほどほどにして現実見なさい。いいこと? 周囲はあんたのことを親切に待ってくれたりしないの。誰もあんたのやることに興味なんて無いし、本当の意味であんたを見つけてくれる人なんていないんだから。あんたの周りに人がいるのはただ杖の魔女として力があるから。それはあんた自身の存在を承認してくれるものじゃない」


 球形の障壁は先程より強固になっている。チェーンソーで突破できないように障壁自体が高速回転して攻撃を受け流す仕組みになっているようだ。とすれば真上からの攻撃が有効と推測できるが、先程さりげない動きで足下に落とした呪符が気になる。見間違えでなければあれは閃光符だ。影を真上に投射する狙いがあるとすれば、先程の影による攻撃を食らいかねない。無駄話をしているように見えるが、ミヒトネッセは警戒態勢を解いていないのだった。


「あんたが自分で作ったと思い込んでる繋がりは、ぜんぶ偽りよ。だからね、その、本当の意味でトリシューラのことを考えてるのが誰かってことをね、ちゃんと考えてみた方がいいんじゃないっていうか」


 取るに足らない精神攻撃でも、ここまで長々と捲し立てられれば流石に苛立たしくなってくる――そう思っていたら、何やら雲行きが怪しくなってきた。

 またしても『もじもじ』が再発していて、凄まじく気持ち悪い。

 トリシューラと俺の気持ちが完全に一致した瞬間だった。


「キモイ」


 と声に出して言い放つトリシューラ。


「何、照れてるの? 今更じゃない、私たちの間で」


 しかし全くめげずに両手を後ろで組み合わせて爪先で地面をぐりぐりしているミヒトネッセ。二人は全く噛み合っていない。

 ていうか、あいつは何を言っているんだ。


「一度は愛を交わして結ばれた仲なのに」


「は?」


 思わず口に出してしまった。凝視すると、トリシューラが血相を変えてミヒトネッセの爆弾発言を訂正する。


「違うよっ、こいつが勝手に言ってるだけっ」


「本当よ。トリシューラの硬くて太いもので貫かれて、中で熱いのを一杯出されて滅茶苦茶にされたの。責任、とってもらわないと」


「呪槍銃ぶちこんで内部からバラバラにしてやっただけっ!!」


「槍って男根のメタファーだから、事実上セックスよ。呪力射撃だってトリシューラの中にある情報を弾丸にして解放したんだから、これも情報を相手に注ぎ込む射精のメタファー。つまり呪的セックスよね。幼なじみを無理矢理レイプしておいて、言い訳するの? 私じゃなかったら許されないことだからね?」


 一瞬真っ白になった頭に理解がすとんと落ちてきた。

 ああ、つまりこいつはアレか。

 トリシューラが嫌がるのも無理は無い。これは何というか、アレだ。


「大好きよトリシューラ。トリシューラはどう? ううんわかってる、私たちの気持ちは同じなんだってこと。でも過去や立場がそれを許さない。かつての私みたいに、素直になれないだけ。けれど、私たちが両思いだって、本当は誰よりも深く想い合っているんだって、知ってるから。だから平気よトリシューラ。何も言わないで、私はトリシューラの愛を疑ったりしない。トリシューラが私を信じてくれているように」


 見ると、カーインとクレイがどん引きしていた。マラコーダですら顔を引きつらせている。トリシューラは完璧な無表情だ。つまりとても楽しそうに笑っている。あれはヤバイ、ちびシューラが怒髪天を衝く勢いで真っ赤になっていた。


「あのね、私ずっと会えなかったから寂しくて――自作したトリシューラ人形を常に持ち歩いているの。ね、どう。嬉しいでしょう」


「キモ。死ね」


「照れないでよ。それは、昔の私もそういう態度とってたけど――もう私もあんたもそういう時期は通り越したでしょ?」


「アキラくん、射撃して追い込むから側面から回り込んで仕留めて」


 相手、なんか喋ってるけどいいのか。

 それに球形障壁が突破できそうにない。何か新しい義肢に換装するべきだが、上位義肢の使用は日中の戦いで消耗した今は無謀だ。手詰まりな状況に迷っていると、ミヒトネッセは夢見るような口調で続ける。


「それに、忘れもしない、あの十二月騒乱。あんたとクレアノーズお姉様がいなかったら、私は今頃どうなっていたことか」


「――私は今、助けなきゃよかったって後悔してる」


「とってもとっても嬉しかった――だから決めたの。私が生涯つくす相手は、この人にしようって」


「やめて。いらない。付きまとわないで」


「でもね、私たちの尊敬するクレアノーズお姉様は、『トリシューラを助けるように』って言って下さったわ。ラクルラールお姉様だって『貴方を正しい道に引き戻してあげなさい』って」


 舌打ち。ついに笑顔が崩れる。トリシューラはひどく不快そうだ。


「だから私は、トリシューラをトライデントの左腕にして『使い魔と杖の座』にしてあげるの。細胞の一部となった杖の魔女が勝利すれば、それは使い魔の魔女の勝利なんだから。私たちみんな、幸せになれるでしょう?」


「どの口でっ! さんざん人のことをがらくたって言っておいて! 今回も邪魔してっ! 私は、それを口にした相手の事は絶対忘れないんだから! 心から悔い改めるまで許さないっ」


「がらくたなのは事実じゃない? 未だに下らない妄想遊びを止められないみたいだし、使い魔を見る目も無いし、やっぱりあんたは私がいないと何をやってもダメね。それにちょっとくらい痛い目を見て身の程を知るのも大事よ。ラクルラールお姉様の言う事を聞くのが一番だって、本心ではわかってるくせに。反抗なんて無駄なんだから」


 段々と、トリシューラがこの相手を忌避する理由が分かってきた。

 異様な押しつけがましさ。自己完結性。トリシューラに対する見下しを前提とした好意。その上、トリシューラに近しい相手にまで悪意を向け、否定する。

 あー、ちょっと同族嫌悪が入ってるか?


(アキラくん? 殺すよ?)


 怒らせてしまったようだが、言っておくとお前わりと性格悪いからな?

 それはそれで好ましいとは思うが。

 何か視界隅でちびシューラが照れている。こっちも恥ずかしくなってくるが、そんな脳内のやり取りを余所にミヒトネッセの口は止まらない。


「本来ならこの王国はラクルラールお姉様のもので、トリシューラは傀儡の女王でしかないはずなのに、勝手な暴走を続けたら怒られるのは当たり前よね? これ以上ひどいことになる前に、ちゃんと王権をラクルラールお姉様に返還しましょう? ラッダイト運動男に滅茶苦茶にされて自分の限界がわかったんじゃない? 『ほら、女は皆、男に従属するのが自然な在り方なんだから』」


(アキラくん、こいつ今)


 ちびシューラが警戒を呼びかけてくる。

 言われるまでも無く理解していた。グレンデルヒの時と同じだ。

 何らかの呪術を発動させようとしている――そんな流れを感じる。

 文脈とでも言うのだろうか。呪術的闘争に身を置く中で、こうした勘が少しずつ働くようになってきた。経験則から来る予測なのでまだ精度は不充分だが、明らかにミヒトネッセの言葉には飛躍があった。論理を飛躍させたということは、それは呪術を行使していると言う事だ。


「『女は本能的に屈伏させられることを望んでいる生き物なの。どんなに女王を気取っても、それは自分を男性側になぞらえて虐げられている側に自己を投影するという被虐願望の発露でしか無いわけ』」


 トリシューラがそれに対して言葉を投げ返す。

 舌戦という呪文の応酬は既に始まっていたのだ。


「貴方って、ピュクシスみたいに『女は災いの種』なんて論理を内面化した挙げ句、男の名前や言動を身に纏っちゃうタイプだっけ」


「ラーゼフ・ピュクシスなんかと一緒にしないで。あんな奴、『白』の未来測定能力が無かったら殺してしまいたいくらいなんだから。でも、そうね。『女が男に劣ることは事実。優れた女とされているのは、男性の影響下にあるか、男性性を有している者だけ。優れているのは男性性なのよ。優れた女は男性性を併せ持つ――だから私はトリシューラに男性性を宿して欲しい』」


 ミヒトネッセは侍女服のスカートを持ち上げて、その裏地から何かを取り出そうとしている。暗器でも持ち出すのかと警戒していた俺たちは、その全貌が明らかになるにつれて唖然とするほかなかった。ぎょっとした、と言ってもいい。


 首飾りのように、男根が数珠つなぎになって並んでいる。

 根本から切除された、剥き出しの男性器。

 無数の陰茎は、針と髪の毛で縫い合わされていた。加工されているのか、雄々しく屹立した状態を維持しており、表面は何かでコーティングされているかのように光沢を持っている。ぞっとした。俺だけではなく、カーインとクレイも面食らった様子で一歩退いている。


「頑張って集めたの――けど聞いて! これは浮気じゃないわ。だって全てトリシューラの追加パーツとして用意したものだから。あのね、トリシューラ。これを付けて私を抱いて? それで二人は一つになるの」


「死ね、今すぐ死ね」


 目を剥いて言い放つトリシューラの表情は、いつになく虚勢じみている。ミヒトネッセの熱烈な求愛は余りにも異様な迫力があった。


「シナモリアキラ? やっぱりそいつがトリシューラを惑わせてるの? あ、そうか。アレの男根を切断してトリシューラのパーツにしてしまえばいいんだ」


「目障り、気持ち悪い、死んで、消えて、視界に入らないで」


「うーん、トリシューラが嫌ならやめるわ。『本当は男女のあるべき関係性をきちんとあんたに理解して欲しかったんだけど』」


 この二人、本気で一切会話が成立していないのが怖すぎる。

 ミヒトネッセはまっすぐな瞳で数珠つなぎの男根を放り出した。回転する球状障壁に巻き込まれ、肉片となって周囲にばらまかれていく男根だったもの。恐ろしい光景に男性陣が一歩後ずさりする。


 ミヒトネッセは片足を上げて、ゆっくりと回転する。

 その様子を嘲笑するように、俺たちを順番に見ていく。

 独楽のような――あるいは踊り子のような。

 滑稽な道化にも見える、意味不明の行動。

 そして魔女は宣名を行う。


「号は足蹴の砂茶色、性は淫乱メイドロボ、卑しい起源はガイノイド」


「相変わらず、サイッテーな宣名」


 苦々しげに吐き捨てるトリシューラの反応を楽しむように、ミヒトネッセが艶然と笑った。その宣名には感情が溢れている。


「トリシルシリーズ八号機、TSX-8ミヒトネッセ――狂おしいほど愛しているわ、私のトリシューラ」


 資料には、確かこうあった。

 万能マルチパーパス性玩具セクサロイド

 それがミヒトネッセの基本コンセプトなのだと。

 あらゆる事を可能にするハイスペックな人形でありながら、創造主ラクルラールはその主機能を性行為であると定めた。


 それがどのような意味を持つのかは不明だ。

 しかし、そうした来歴を持つミヒトネッセがこのようなパーソナリティを持つに至ったことを、果たしてどう捉えたら良いのだろう。


 全員がミヒトネッセの狂態に顔をしかめている中、ひとり痛ましげな表情を浮かべているマラコーダに気が付く。あちらもこちらに気付いたようだ。

 敵を挟んで、俺たちは無言で意思を交わす。

 宣名によって高まった呪力を練り上げたミヒトネッセは、そのまま次なる攻撃に繋げていく。何にせよ、一度こいつを倒す必要があった。  

 だが、そう簡単な相手ではない。激しい接近戦の後だが、この相手は魔女――呪術の使い手でもあるのだ。


摂取イントロジェクション


 ミヒトネッセがその呪文を唱えた途端、少女の在りようが一変する。

 カーインが、クレイが、マラコーダが次々と呻いて胸を押さえ、うずくまり、無力化されていった。

 もちろん、俺も例外ではない。

 いつの間にか、その美貌から目が離せなくなっている。


 それは――俺の運命だった。

 ようやく俺は『ミヒトネッセ』と出会った。

 俺は見た。頭部を貫くぜんまいばねを、人形の容貌を、淡黄色の髪を、しなやかな手足を、その身を包むエプロンドレスを、可愛らしい球体関節の膝を――とそこまで考えた所で視界隅のちびシューラが立ち上がり、主観視点のこちらに向かって拳を振り抜いた。架空の衝撃。脳が揺れるような感覚。


(ちょっとぉっ! もう、めんどくさいっ! 今回は責めないけどむかつくー! アキラくん気をしっかり持って! 相手がやらしかったり可愛かったりしても簡単に好きになっちゃだめ! それはシューラに感じてる魅力であってアレに感じてる魅力じゃないでしょ!)


 ちびシューラの対抗呪文ではっと目が醒める。魅了系統の呪術をかけられたのはこれが初めてではない――が、今のは異常だ。

 かつては【E-E】を応用し、今はコルセスカの感情吸収で回避してきたが、これはそうしたこちら側に干渉してくるタイプではない。


 単純に、あちらが異常なまでに魅力的になっただけだ。それも、感情制御が対応できないほど完璧な全世界的事実として。言うならば『魅力』の増幅呪術。

 しかも、今しがた俺が感じていた魅力は――トリシューラに感じていたものと全く同質ではなかったか? そればかりか、カーインやクレイ、マラコーダまで臣下の礼をとっている。


(それがあいつの特性なんだよ! 他者の感情や価値観を自分のものとして『取り入れ』てしまう能力! 極限まで達すると『同一視』に達して、変装技術と変身呪術を複合させて完璧に本人同然になってしまうの!)


 とちびシューラが説明してくれる。要するに外部から必要な感情や欲望を持ってくるという、俺と逆のやり方をしているようだ。


(そういうコンセプトの人形ってこと。他者が投影した欲望を吸収して、他者から感情を摂取して複写する。そうすることで人形の身でありながら、自我や意識、感情や欲望などを育んでいる。誰かを欲望し、誰かに欲望されることがアレの魂のかたちを作っている)


 外部の感情を参照して自己を維持する、それゆえに従属を示す侍女の格好をしているということだろうか。

 正直、俺にはそんなに悪いあり方とは思えない。多かれ少なかれ、人は他者に影響を受けるものだからだ。ある意味では人工知能が学習する過程もそれに隣接しているのではないだろうか。


(だから嫌い! 大っきらい!)


 『だから嫌い』――なるほど、理解した。

 とにかく、今動けるのは俺とトリシューラだけだ。

 これ以上の呪文戦闘は危険だ。ミヒトネッセは相手の話を聞かないタイプ。

 物理的に制圧しなければ黙らせることはできないだろう。


 ちびシューラと示し合わせて、二人で挟撃を行う。

 正面から鉄壁を誇る呪術障壁に挑むことはしない。トリシューラはミヒトネッセの頭上に向かって照明弾を投擲した。強烈な閃光が敵の影をこちらに移動させ、俺は足下の影に向かってチェーンソーを突き込む。影の衛星が引き裂かれ、ミヒトネッセが舌打ちをする。


 トリシューラはマラコーダを踏み台にして高々と跳躍。ミヒトネッセの真上から銃弾を叩き込んでいった。回転の軸を狙われた球体は粉々に砕け散って行く。こちら側に着地したトリシューラと入れ違いに駆け抜けて、チェーンソーを振りかぶって襲いかかる。


禁忌林檎サテライトオーブ――【イルディアンサ】!!」

 

 ミヒトネッセも黙ってはいない。ブーツの踵から別の呪具を飛び出させた。

 今度の衛星は実体を持っている。灰色の球体が踵の周囲を回転し始めた。


(やばい、質量操作! 回避してアキラくんっ!)


 ゾーイ・アキラが蹴り技の初動に入った時のような凄まじい悪寒。

 あの圧倒的パワーと体格にはとても及ばない筈のミヒトネッセの足、踵の一点から力士に匹敵するほどの圧力が発生する。

 回避しなければ死ぬ。その予測に従って全力で飛び退った。


 直後、ガイノイドの魔女は目にも留まらぬ速度で全身をスピンさせる。

 光すら歪曲するほどの凄まじい呪力が荒れ狂い、衝撃破が発生。壁が轟音と共に崩れていく。解放されたエネルギーは一箇所を砕くだけに留まらず、壁一面を丸ごと吹き飛ばしていった。

 

 接近し過ぎていた為、回避が完全に間に合わない。余波でチェーンソーが粉々になってしまう。ミヒトネッセが放った力士級の蹴りで床がめくり上がり、天井の照明が破裂し、壁面が粉々に破壊されてしまっていた。たしかこの奥は医務室で、クレイが入り口に立っていたということはルウテトがいるはずだ。無事かどうかを確かめようとルウテトの名を呼ぼうとして、粉塵の向こうに蜂蜜色の髪を見つけた。怪我は無いようで安心する。


 しかし、直後に俺は絶句させられてしまう。

 ルウテトに、とても看過できない異常が発生していたのだ。

 震える声で問いかける。


「ルウテト。それは、どうしたんだ――?」


 すると彼女は頬を膨らませて不満そうに答えた。

 丸くて大きな鼻を、ぶひっと鳴らして。


「ぶうぶう。今の私はルウテトではありません。アキラ様のでりかしーの無い発言にぷんすこしてるブウテトです。ぷぎー」



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