4-92 六人の王さま



 長い長い悪夢を見ていた気がする。

 暗闇を抜けて、俺はようやく覚醒した。目蓋が重く、開ききらない。まぶしいのは擂り鉢状の天井から降り注ぐ照明のせいだろうか。仰向けに寝かされている。後頭部に人体の感触。目をしばたたかせながら身を起こした。意識がはっきりしてきて、誰かの膝枕で寝ていたことに気づく。振り向いて礼を言った。


「ありがとう、トリシューラ」


「いや、悪いが私だ」


 カーインの渋面が目の前にあった。何と言っていいのかわからず、しばらく黙り込んでしまう。いや、多分得意の点穴とか東洋医学(っぽい呪術)を駆使して介抱してくれていたのだろう。それはわかるが、膝枕は、ええと。


「なんだ、そんなことか。私の故郷ではごく一般的な介抱のやり方だ。あまり気にすることは無い」


「そうか。悪いな」


 まあ気にしても仕方がない。少しの気まずさを無視して立ち上がる。聞けば気を失っていたのは数十分ほどで、ホールの隅の方で休まされていたらしい。肉体の痛みや臓腑を内側から焼こうとする苦しみが消えている事に気がついて、改めてカーインに礼を言う。レオの指示だから気にすることは無い、と言われてしまったが。


 やはり、今一つ立場がよくわからない奴だった。が、店員さん同様に再演の旅路でなんとなく背景は見えてきた。偶然名前が一致しているだけであのパーンが誘いをかけたりするとは思えない。十中八九、過去で見たカーインの末裔なのだろう。つまりは、ジャッフハリムの勇士に連なる者。あるいはその関係者。


 だからといって何かがわかったわけでもないのだが。

 しかし、そこから浮かび上がる一つの推測がある。

 確証は無いのだが、レオやカーインと初めて関わり合った第六階層の死闘、あの誘拐劇は、最初から茶番だったのではないだろうか。


 レオとは偶然出会って主従になったとカーインは言い張っているが、実際は初めからぐるで、狂言誘拐だったのでは?

 レオの正体不明さ、地獄の高貴な血筋という素性、セレクティが彼を見て撤退したこと。そしてカーインの不自然な俺への肩入れ。全てを総合すると、二人は怪しすぎる。


 その狙いまではわからないし、今のところ敵意も感じない。レオの記憶喪失も、トリシューラとコルセスカの見立てなのだからほぼ間違いがない。

 ま、いいか。どうせスパイとかそんなんだろ。

 トリシューラが放置してるんだから俺もそれに倣えばいい。今のところはこちらに味方してくれているんだし、ラクルラールと戦わなくてはならない状況で敵を増やしても仕方がない。


「なあ、例の薔薇とか投げてた大昔の」


「忘れてくれ頼む」


 探りを入れようとしたらもの凄い悲しげな顔で懇願された。しまった、直球過ぎたか。俺はこういう会話の駆け引きが苦手だ。

 それはそれとして、カーインをこういう風に下手に出させる事ができるのは楽しいな。趣味が悪いとは知りつつも、もっと苦しんでいる顔が見たくなる、がやめよう。本気で嫌がっている気配がある。


「お互い、無理難題を言いつけてくる女王に仕えていると苦労するな」


「今の主であるレオ様は男性なのだが」


 あっはい。もう余計な事を言うのやめます。所詮、俺ごときがカーインに言葉で挑んで何か情報を得ようとする方が間違っていたのだ。下手すると誤情報と先入観で間違った結論を導き出しかねない。


 周囲を見回す。宴もたけなわと言ったところで、六王の料理が出来上がろうとしていた。なんと全員小さい体のまま調理している。時間がかかる料理とかは無理だし制限のある中で頑張っているな、と思いきや。


(オルヴァが使う時空間操作の邪視で、手間のかかる煮込みの行程とか早回ししてるみたいだよー。なんかオルヴァ、あれで他の五人とコミュニケーションとれてるの意外)


 そういうわけで、六王は問題なく料理を完成させた様だ。さて、ルウテトよりひどいということはないだろうが、どんなものができたのやら。

 カーインと共にホールの中央に向かう。レオも自慢の一皿を披露してくれるとのことなので、とても楽しみである。


 集まった男たちの中で、真っ先に腕前を披露したのはラフディ勢だった。

 意外にもそれは人参のケーキ。色合いといい形といい素朴な感じで、綺麗な円形をしていた。平らな表面に埋め込まれているのは甘く煮込んだ豆。時間加速により素早く焼き上がったケーキをルバーブが切り分け、周囲に集まっていた人々に配っていく。一口いただいたが、控えめな甘さで食べやすい。トリシューラ製の高感度味覚センサーが快の感情を湧き上がらせた。


「へー、ルバーブさん、流石上手だねー」


「見事だ。器用なディルトーワが興したラフディは見事に栄えてくれたな」


 ヴァージルやアルトが口々に誉めそやすが、忠実なルバーブはエプロンを着けたまま謙遜し、一歩下がってマラードを立てていた。誇らしげに胸を張り、皿を見せて回るマラードは少しばかり子供っぽい。


 ルバーブは他にも大根や牛蒡といった食材を使って煮物や炒め物を用意していた。目立った所は無いが、味わい深い家庭の料理といった風情である。それにしても、きんぴらごぼうに感じるこの奇妙な郷愁は何なのだろう。前世で好きだったのかもしれない。


 更にラフディの伝統料理と聞いて、周囲で様子を窺っていたラフディ系の人々が集まってくる。トーナメントにも結構出場していたのだが、時代が下り混血が進んでいるため身体的な特徴からそうとわかる者は少ない。強いて言えば髪が長く、ふくよかな体型の者が多いような気がする。これは文化や習慣が残っているということだろう。


 ただ、彼らはラフディの古い文化を詳しく知らなかった。長い時の中で失われてしまった『自分たちらしさ』というものに飢えている、トラディショナルな雰囲気に弱い現代人なのだ。古代人という触れ込みのルバーブの料理を食し、未知なるラフディの文化に酔いしれている様子が見て取れた。


 ルバーブは周囲に対して友好的に振る舞った。不器量な顔も、破顔すると愛嬌が見え隠れする。まるまるとした体で機敏に動き、にこやかにラフディ系ガロアンディアン人たちにおみやげを持たせていく。鍋から掬って小瓶に移したのは、赤っぽいマーマレードらしきものだ。香りからすると杏あたりだろうか。


(アキラくん、あれは大黄ルバーブだよ。あるいは、この世界における大黄に相当する植物かな。細かく刻んだオレンジの皮を混ぜたりするんだ。酸味が結構強いけど、好きな人は多いよ)


 検索すると、葉が大きく細長い感じの植物の画像が出てきた。というか、ルバーブの名前はそれが由来か。植物の名をそのままとってくるのはこの世界ではありふれた命名方法のようだ。それがまことの名か通称かは不明だが、和訳されたことでそのように表現されているようだ。思えば公社のセージとかもハーブの一種だ。料理中のレオにひっつこうとしてカーインに引き離されているのが見えた。


 いずれにせよ、ルバーブのおかげで死人の森に対する印象が良くなったことは確かだ。このイベントで振る舞われた料理の情報はアストラルネットに拡散される。ラフディ系住民たちがSNSなどで広めてくれているのだ。それだけではない。トリシューラが招き寄せたマスメディア系呪術師たちも早速会場の映像を目に焼き付けて脳内記事を作成し始めている様子だった。


(ねえねえ、アキラくん。あれ見て)


 ちびシューラが指さす方向に、所在なさげに立ち尽くしているマラードがいた。長い髪を指でいじりながら、ルバーブをじっと見ている。美貌の王が醜い従僕に向けている視線に込められた感情は、羨望か、それとも別の何かだろうか。


(マラードもラフディの伝統料理を作ったみたいなんだけど、選択が良くなかったね。シューラはラフディの食文化ミームを摂取できておいしかったけど、異文化受けするタイプのお料理じゃなかったから)


 マラードの隣の卓上に並べられた皿を見て、なるほどと納得する。

 柔らかく煮込んだ甲虫。丸まった幼虫に火を通して調味料をまぶしたもの。イナゴの佃煮や蜂の子らしきものや、蟻をまとめた団子、そして大量のミミズを器用に結んで炒めたぱっと見はパスタにも見える料理。ラフディ人が大地の民、針モグラと呼ばれる理由がよくわかる虫料理だった。


 ここには昆虫食に馴染みがない人も多い。敬遠されてしまうのも無理はなかった。異文化を持ち込んでも、受容されるとは限らないという現実がある。その点をルバーブはよく理解して行動したが、マラードはそうではなかったということだろう。マラードのやったことは別にラフディ文化を伝えるという意味では間違ってはいなかったため、ルバーブも止めることができなかったのだ。

 ただ、この流れは余りよろしくない。ルバーブは主の様子に気づいているが、周囲の対応に追われてフォローできていないようだ。


「ん、味付け濃いめだけどわりといけるな」


 箸や匙などもあったが、あえて手掴みで幼虫ソテーと蟻団子を頂く。味付け自体はそう悪くないので、心理的な壁さえなんとかすれば続いてくれる人もいるだろう。ついてきたカーインが、蜂の子を口に入れて「ほう」と感嘆する。


「おお、この良さをわかってくれるのか!」


 マラードが喜びの声を上げる。俺とカーインが虫料理を摘んでいると、チリアットやらカニャッツォやらの剛胆な連中がそれに続き、その様子を見ていた探索者たちが少しだけと言って試しに小さな虫を口に入れる。評価はまずまずだ。


(アキラくん、よくできました。はなまるをあげよう)


 正直、抵抗が皆無というわけではなかったのだが。

 それでもある程度平気だったのは、前世で昆虫食が一般的だったからだろう。具体的な記憶は無いのだが、それが常識であることは知識として覚えていた。

 といっても、心理的な抵抗感を軽減するために粉末やスティック状にしたものなどがほとんどだが。いずれにせよタンパク源として普通に食していたはずなので、今でも大丈夫だろうと判断したまでである。


 周囲から無視されなかったことでマラードは安堵し、ルバーブも同様に表情を緩ませる。軽く目礼されたので、同じように無言で頷き返した。なんとなく、ルバーブとは友好的な関係性を築けそうな気がした。従僕、下僕としてのシンパシーかもしれない。


 宴は続く。

 アルトが屠殺前の食材に知性を与えて食育もどきの事を始めたり(「私たちは犠牲の上に立っていることを自覚するべきだ。尊い命に感謝を」とかまあわからんでもないけど余所でやってほしい)、ヴァージルが煌めく水晶のオブジェや精巧な石の彫像を持ってきて「さあどうぞ召し上がれ」と言い出して周囲を困惑させたり(トリシューラやファルファレロ、その他太陰出身の者たちは端末を操作しながら美味いと言っていた。意味不明だ)、オルヴァがブレイスヴァの食べ残しがどうのと言いながら野菜の皮や葉といった生ゴミと見なされていた部位を活用した料理を披露して宗教的な断食を乗り切ろうとしたり、レオがでかい骨付き肉をどんとそのまま出して場に衝撃が走ったりと色々あったのだが、その中でも際立っていたのは次の二つだ。


 パーン・ガレニス・クロウサーの目線が低い。

 いつもは誰よりも高く浮遊している男が、今は誰よりも下で小さな体を震わせていた。というのも、


「おいパーン。おまえ一番偉そうにしておいて、まさかの失敗だと? こんなに醜く焦がしても平然と食べてくれるのは我が麗しの姫君だけだぞ」


 マラードが憤慨した様子で言った。長い髪が動いてパーンの皿を示す。

 そこには、何というか、黒い炭があった。原形を留めておらず、もはや何を作ろうとしていたのかさえわからない。

 まさか、この一見完璧超人っぽい男がこんな失敗をやらかすとは。

 ルウテトがアレだったので、まさかの伏兵という感じだった。


「違う、やめろ、その目はなんだっ、これは調理器具の性能がっ、俺の要求水準を到底満たすものではなくっ」


 ひどい言い訳を聞いた。

 カーティスが影で作った眼鏡の位置を直しつつ、そっくりな物真似をする。


「『料理とは杖の叡智が生み出した工学製品を完璧に運用する技術のことだ。この俺の計算に狂いは無く、よって至高の一皿が完成する(キリッ)!』って言っていたよね」


「カーティス貴様っ」


 夜の民の習性に対して怒り狂うパーンに、後ろから突き刺さる言葉の数々。


「ファルファレロという眼鏡の少年が似たような事を言って失敗していたようだ。パーンの調理技術は彼と同じくらいの水準にあると見た」


「ブレイスヴァであっても喰らうのを後回しにするのではという出来だ。いやブレイスヴァならばあるいは?」


「姫みたいに面白い不味さってわけでも無い、普通の失敗作だよね。うわっ、つまんなーい。これでもパーンさんには一目置いてたのになあ、幻滅です。サイザクタートもそう思うよね?」


 怒濤のパーンいじりが始まっていた。六王の関係は大いなる女神の下に対等であるはずだが、パーンはその性格からか居丈高に振る舞う傾向があるようだ。実力が伴っているので容認されているのだろうが、その分失敗をやらかした時に叩かれやすいということだろう。その調子でギャグキャラ化して、クロウサー家への恨みとかも忘れて頂きたい。


 暴れ出しそうになったパーンを止めたのは、カーティスだった。というかカーティスの影から溢れ出した様々なカーティスらが一斉に飛びかかってパーンを押さえつけたのである。全員が小さい為に緊張感の無い絵面だったが、この二人は過去に因縁があるのだった。相変わらず相性が悪いままらしい。


 そのカーティスが披露した料理がまた目を引くものだったので、パーンがぐぬぬと呻きながら殺意を込めて吸血鬼王を睨みつける。人を殺せそうな視線を軽々と受け流しつつ、スキリシア料理を紹介するカーティス。


 同じ漆黒の料理でも、カーティスの皿はひと味もふた味も違う。

 立体的になった影絵の料理、と表現すればいいだろうか。

 ホールに存在する料理の影を少しずつ拝借し、様々な味や形をミックスした影の造形芸術とも言うべき不可思議な品だった。


「無数の私の中には、一流の料理人も含まれているのだよ。スキリシアが誇る模倣と混淆の調理技術をご堪能あれ。本音を言えばネズミステーキも振る舞いたかったのだが、あれは日の当たる世界の住人には評判が悪いから自重したよ」


 賢明な判断と言えよう。

 カーティスの人海戦術を利用した料理はそれだけに終わらない。動物の血液を利用したブラッドソーセージは少々クセがつよいものの中々に美味で、レバー炒めなどといった様々な内臓を無駄なく使い尽くした料理は味わい深いものだった。俺は機械の体ゆえに血を作る意味はないのだが、トリシューラが言うには血は呪力の源なので紀人としての俺の活力となってくれているらしい。


 最後に、幻灯機が食べ物のシルエットを映し出し、その正体を観客が当てると実体化した影絵料理が貰えるというアトラクション型の催しをしたことで場は大いに盛り上がった。これはどこに行っても外さない夜の民定番の芸らしい。


「これは、私が一位、パーンが最下位ということでよろしいかな、諸君?」


 カーティスの宣言に、猛然と反論したのはパーンとヴァージルだ。というかいつ競争することになっていたのだろう。


「ふざけるな、こんな事は認められん!」


「えー、僕のだって結構良かったと思うんですけど」


 直前までそれなりに和気藹々としていた六王たちの雰囲気が急速に悪化していく。個性が強すぎる彼らが、何事もなく協調していくのはとても難しいのだ。

 カーティスがパーンに向かって苦言を呈する。


「そもそもパーン、君はいつもそうやって駄々をこねているけれど、周囲がそれを支えなければ我が儘も通らないってことを理解しているかい? カーインやミーシャ、オーファたちがどれだけ君に振り回されて苦労していたことか」


「今は連中のことは関係ないだろうが!」


「これでも私は六王であると同時に四十勇士の末席に名を連ねていたから、無関係ではないよ。特にミーシャは大変に心を痛めていたと思うけれどね」


「二人とも、不要な争いはやめておけ。この場は亜竜王アルトが預かろう。一度落ち着いて、今我々がいる場所がどこかを考えるのだ。内輪揉めなど見苦しいばかりでなく、我らが一枚岩でないかのような印象を与えかねんぞ」


 と、そこで言い争う二人の間に割って入るアルト。

 続けてヴァージルが口を開き、場はいよいよ混乱し始める。


「アルトおじさんが説教臭いね、サイザクタート?」


「ヴァージル、今なんと言った?」


「まあまあ、そこまでにしておけ。カーティス王は場を盛り上げたし、アルト王の言うことは正しい。下らぬ争いなど美しくないぞ?」


「うるさいな、虫でも食ってなよ。ルバーブさん、邪魔だからそれ黙らせて?」


 落ち着き払ってマラードが調停を試みるが、ヴァージルの反応は冷ややかだ。

 更に、オルヴァまで口を挟んでくる。


「針モグラの土人国家は相変わらず竜王国とドラトリアに付和雷同するだけか? 従属国時代の奴隷根性が抜けていないと見える。先ほどの卑しい虫喰らいといい、文化の程度が知れるな。偉大なるカシュラムに懲りずに攻め込んでは愚かにも敗北していた蛮族のままと見える」


「貴様らっ、いつもいつも我がラフディを見下してっ」


 口論の様子から六王の力関係や人間関係が窺えたが、どうも根が深そうだ。それだけに手の出しようが無い。今のところ、小さな亡霊たちが喧嘩しているだけなので周囲にはさほど深刻にとられていないようだが、長引けばどのように印象が転ぶかわからない。再生者たちはガロアンディアンでは新参者なのだ。初期のティリビナ人のように排斥されることだってあり得る。


 一触即発の空気。高まっていく緊張を切り裂いたのは、次々と六王たちの口に放り込まれた白い骨だった。どこの部位かは知らないが、犬にでも噛ませる為にあるかのような代物に見える。会場の隅でドッグフードを食べていた骨狼のトバルカインが羨ましそうに顎を打ち鳴らした。


「はい、おしゃぶりですよー」


 骨を投擲したのはルウテトだった。背後にはどこかで見たようなつり目がちの女性。死人の森の女王は従者の女性に手を差し出して、


「リザ、剣を」


「はい、陛下おかあさま


 リザと呼ばれた女性はブラウスの前ボタンを開くと腕を自らの腹部に突っ込み、胎内から骨の剣を引きずり出す。それは灰や緑といった色の幻想的な炎を纏う骨の剣。ルウテトは剣を手にゆっくりと六王に近づいていく。蒼白になって逃げ出そうとする六王の前に、両腕を手刀の形にしたクレイが立ちはだかって逃げ道を塞ぐ。


「喧嘩はめっ、なんですからねー」


 にこやかにそう言ったルウテトは、笑顔のまま剣を振った。

 一撃で吹き飛ばされ、宙を舞う小さな六王たち。

 更にルウテトの下腹部から溢れ出したおびただしい数の亡者たちが六王を捕獲していった。骨が十字架状に固まり、六人が磔にされてしまう。


 余りにも鮮やかな手際だった。クセの強い部下を完全に統率しているのも頷ける。圧倒的な力を見せつけたルウテトは、六人の額をそれぞれ軽く指先で叩いて、「めっ」と叱っていく。おしおき(?)されている六王たちの表情が満足そうなのがなんだこれ。


(ガチ不和っぽかったけど、見事にパフォーマンスに変えられちゃったね。見て、アキラくんみたいに甘えんぼな人たちがルウテトにメロメロにされちゃってるよ。自分から再生者になりに行きかねない)


 ちびシューラの言葉で気づく。これもまた戦いなのだ。武力による争いではなく、人気を集める為の戦い。信仰や承認が存在の基礎となる神々の戦いだ。信者獲得の為により多く効果的なパフォーマンスができた方が第五階層の覇権を握ることになる。休戦などとは言っても、実際には水面下では違った形の戦いが継続していくのだった。


 一瞬にしてネット上に【ルウテト様に『めっ』てされ隊】などというコミュニティが誕生していた。社会福祉の面でも、トリシューラの医療・義肢技術とルウテトの再生者化は競合している部分が大きい。心理的な壁さえ取り払ってしまえば新しい技術の導入は加速度的に進む。これは、この数ヶ月でオカルト義肢が普及していることで証明済みだ。


 敵対的な振る舞いで憎悪を掻き立てるようなタイプの敵――たとえばグレンデルヒのような――はかえってこちらの結束を高めてくれる事もある。

 だがこのように友好的に近づいてくる敵と言い難い勢力は、それよりも更に厄介なのではないだろうか。むしろ、トリシューラの資質や器量が試されるのはこちらの敵と相対した時なのではと思わされるほどだ。


「みんな、ちゃんと仲良くできますよね?」


 子供に呼びかけるようなルウテトの言葉。

 はーい、と揃って返事をしてる六王はほんと何なんだよ。

 ルウテトもルウテトだ。「いい子ですねー」じゃない。

 よくわからないうちに場が収まり、磔から六人が解放され、亡者たちがルウテトの胎内に回帰していく。


(死人の森幼稚園かな?)


「もりぐみのくれいくん――」


「貴様、殺されたいのか」


 ふざけていたら怒られた。ごめんなさい。

 そして、揃って叱られた事で六王たちの間には連帯感のようなものが生まれたらしい。六人で輪を作り、中心で手を重ね合わせている。

 隣を見ると、カーインが何とも言えない表情をしていた。多分俺も似たような表情をしていたと思う。


「レストロオセとの戦いを乗り越えた我らは、生まれや育ちは違えども、死人の森という御旗の下にあるかぎりずっと仲間だ。このドルネスタンルフの如き美しき円陣がその証明」「うむ、違いを認め、手を取り合うこと。それが無限の力を生み出すのだ」「仲良くするのはいいことです。ね、サイザクタート?」「ブレ」「ふん、せいぜい俺の邪魔にならぬように励むがいい」「やはり君たちといると退屈しない。夜の国からこちらに来て良かった」


 ルウテトが見守る中、我らは冥道の守護者であるだの何だのと宣誓して結束を見せつける六王たちだったが、わりとどうでもいい。


(めっちゃ使い魔ノリだー。飲み込まれないようにほどほどに距離を置きつつ利用していこうね、アキラくん)


 ちびシューラの言葉を胸に刻みつつ、こちらも攻勢に転じるべく反撃を開始する。密かに進めていたサイバーカラテお料理道場のデータ収集と最適レシピの選出が完了。死人の森による料理の展開を攻撃と見なした上で、それを味わった直後に食すのに最も適したレシピを繰り出せば、それが最上の反撃となる。

 そして俺とトリシューラによる、デザート作りが始まった。


(アキラくーん。決めゼリフはー? キリッてしないのー?)


 なぜこいつは人を茶化さずにはいられないのか。

 絶対にやるものか。





余談


「おお、ブレイスヴァ! 永劫の夢と刹那の記憶がここに!」


 オルヴァは料理の際、何故か左右の手から灰色の光と紫色の光を発生させていた。ちびシューラがうんざりした表情で説明してくれる。


(時空間操作の呪術だね。頭おかしいように見えるけど、あの人いちおー大賢者だから。キャカール十二賢者の一位っていう世界最高峰の言語支配者)


 時空間操作とか、とんでもないことするなカシュラム王。と思ったが、コルセスカやチリアット、それから広義ではルウテトも同じ系統の呪術を使える上に、ジャッフハリムでは灰の色号という名で体系化されている邪視と呪文と杖の複合呪術らしい。思ってたよりポピュラーな技術だった。それとも三系統の複合だから高等技法なのだろうか。そういや減速符とか自分でも使っていた。あれもか。


(ちなみに紫は、朱と藍の色号を複合させたものだよ。両方とも邪視と使い魔の複合呪術で、朱が邪視寄りで人類の集合無意識を利用した夢の呪術。藍が使い魔寄りで血統や種の記憶を利用した記憶の呪術。二つを複合させた紫は人類の根源にアクセス可能な超高等呪術で、失われた秘術なの。未だ完成させた者がいない黄緑ライムの色号と合わせて幻の色号と言われているよ)


 あれ、色物枠っぽいオルヴァ、もしかして物凄い人なのでは。

 てっきりブレイスヴァブレイスヴァ言ってるだけのブレイスヴァ芸人かと。


(灰の色号も、邪視と杖の複合呪術である白と、古の言語魔術である黒の複合だから高等呪術なんだよね。現存する色号の基本五種と幻の紫が全部使えるちょっと頭おかしいレベルの大呪術師だよ)


 おかしいのは頭だけじゃなかったってことか。

 いよいよ一筋縄ではいかない連中である。

 そして、残飯を利用した節約料理は中々うまかった。

 なによりコストが安いしこれ上手く活用すれば商機に繋がるのでは。


「おお、今日も終端は貪られなかった。ブレイスヴァを崇めよ!」


 本人にその気は無いみたいだ。

 平和でよろしい。


(ちなみに色号はこんな感じ!


基本五種

時間を司る灰(邪視と呪文と杖・字/絵/像、近代以降の杖的呪文)

知識を司る白(邪視と杖・錬金術/占星術/神学もどき)

夢を司る朱(邪視と使い魔・心理学ちっく)

記憶を司る藍(使い魔と邪視・トライデントっぽい)

言語を司る黒(未分化な古代呪術/言語魔術・歌/舞)。


特殊

失われた紫 人類の根源へのアクセス

有り得べからざる黄緑 詳細不明


 ちなみに地獄には各色号を極めた天主っていうのがいて、広い地獄に散らばっているの。その一人である藍の天主がジャッフハリム魔軍のトップ、セレクティなんだよ。紫はいないけど、オルヴァほどの大賢者ならその資格は十分ありそう。本人は多分関心無いけど。


 っていうはいはい設定設定、でしたー!)

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