4-91 悪夢の饗宴


 ややこしいことになってきた。

 俺たちガロアンディアンと死人の森は、共通の敵であるラクルラールと戦うことを決意したものの、懸念されるのはトライデント勢力と全面戦争になってしまうこと。しかし、元トライデントの細胞だったというマラコーダによりもたらされた情報でその心配が不要であることを知る。

 トライデントは細胞同士で方針の違いから派閥争いをしているというのだ。


(総体としては、自然とトライデントの為になることをするようになってるんだけどね。とりあえずは中枢細胞の復活が至上目的なはずだよ。ただ、そこに至る過程で自分が得をしたかったり、中枢細胞を意のままに操って実質的にトライデント全体の実権を握ろうとしている人たちがいるってわけ)


 ありがちで、凄まじく俗な話だった。トライデントという勢力に感じていた漠然とした不安感、巨大さへの恐れが薄れていく。

 大きく、とらえどころが無い。それは長所であり短所でもあったわけだ。

 とはいえ、リーダーが不在ゆえに起きている混乱だろうから、中枢細胞とやらが復活した後も今のまま内部がガタガタというのは楽観的な見方だろう。


(油断は禁物。っていっても、今は足場固めるのでそれどころじゃないけど)


 ちびシューラの言葉通り、今は目の前の事だ。

 円形のイベントホールでは既に催しが始まっていた。

 用意された調理設備や器具、様々な食材を利用し、各自で創意工夫を凝らして食事を作ろう、というものだ。多分毒殺防止アピールも含んでいるのだろうが、再生者相手に不要な気遣いな気もする。


 より優れた料理を作って映像や匂い、食感や味を記憶に焼き付け、サイバーカラテお料理道場に情報をアップロードすると評価点が得られるとか。他にもレシピを共有したりコメントを付けあったりして文化的交流が活発に行われている。よく即座に準備できたなと思ったが、単に別のイベントのために用意していたものを流用したらしい。理解はしたが、本来予定していた方はどうするんだそれ。


(ほんとは試験合格お祝いをリーナたちと一緒にする予定だったんだけど、シューラは試験受けられなかったから、いいかなって。あっちも色々あって、こっちに来るの遅れるらしいし。ちっちゃいにゃんこ軍団がスキリシアに殴り込みするって大暴れしてなだめるのに必死らしいよ)


 後半がよくわからないが、とりあえず地上も色々大変ということだ。

 そういえば、試験のことは残念だったな。

 俺には次の試験で頑張ってくれとしか言えないが。


(うん。同じく試験内容ボロボロで落ちるの確定なリーナと慰め合う予定。多分しばらくしたらメートリアンとにゃんこ連れて来るんじゃないかな。リールエルバの事もあるしねー)


 そうか。なんか知らん間に普通に俺より仲良くなってるな二人。

 まあそういった諸々の事情は置いておくとしよう。

 ルウテトや六王といった古代王朝の再生者たちが、こうした催しを通してガロアンディアンと親交を結ぶというのがトリシューラの狙いのようだ。

 うちの主がルウテトに対して悪感情しかないわけではなく、ちゃんと協調していく気があったことに安心する。

 だが、その裏側で懸念すべき事態が進行していることを思うと暢気に食事をする気にはなれなかった。


(そういうの、今は顔に出さないでねアキラくん。アプリ使って表情筋制御して。ルウテトたちにはシューラから伝えるから)


 ちびシューラの言葉はもっともだ。死人の森との関係性も、今のガロアンディアンにとっては極めて重要なのだから。

 ホールには乱闘を終えてへばっているトーナメント参加者たちと、暴徒を鎮圧した【マレブランケ】のメンバーがいた。


 並んだテーブルや簡易調理設備などの間を抜けていく。トリシューラたちはすぐに見つかった。ルウテトに曲芸じみた包丁捌きを見せつつ凄まじい速度で調理を行っている。

 魔女二人の姿を見て、少しだけ目を見張る。二人は着替えていた。今日一日の戦いで衣服がぼろぼろだったのでそれは別に構わないのだが。


(気合いを入れるためだよっ)


 狼のアップリケが付いたエプロンをかけたちびシューラがそんなことを言う。本体のトリシューラも同じデザインのエプロンを身につけていた。

 トリシューラの赤い髪は左右に流れ、肩の前で緩やかに巻かれた毛束がくしゃっとした黒いシュシュでまとめられている。


 背中を見てわかる装いはシンプルなフリルワンピースに合成皮革スエード腰巻きサッシュベルトというもの。珍しくクリーム色という明るい色調を纏うトリシューラの中心で、黒く上下を分割するラインが全体の色合いを引き締めているようだった。


 黒革の編み上げ長靴ブーツは上等な品だが、紐が複雑に絡み合って独特な呪紋を描いており、やはり彼女は呪術師なのだと再確認する。アクセサリとして、左手首にビーズのブレスレット。赤と黒の色彩が良く似合っていた。


 コルセスカの身体を借りたルウテトはと言えば、今は左右共に白く細い肩を剥き出しにした白いワンピースにいつもの白手袋、編み上げの革長靴はトリシューラと揃いのデザインだが焦茶色なのが相違点。全体的に大人しい雰囲気だが、長くなった髪を後ろで束ねるために蝶と繭が一体になったかのような髪留めを使っているのが目に留まった。付け加えるなら、服の胸元を押し上げるボリュームが普段のコルセスカよりもかなり――


(アキラくん目付きー視線ー自重ー)


 ちびシューラに怒られたので訂正。

 ――付け加えるなら、左右の尖った耳に光る小さな耳飾りの存在だろう。

 右は琥珀、左は翠玉、ということをちびシューラが解説してくれたが、どうしてか口調が暗い。


(やっぱりリールエルバの事を伝えるの、気が重いよー)


 彼女のことだから、実際に『気が重い』わけではなく競合する評価の案が複数存在していて悩んでいると言ったところなのだろうが、それを踏まえた上で共感せざるを得ない。

 カルト教団による要求は、ドラトリア、ガロアンディアンだけではなく死人の森までもを巻き込んだものだ。


 テロリストに屈するわけにはいかない――だが、リールエルバを失うことは絶対にできない。ドラトリアの承認があればこそ、ガロアンディアンはかろうじて国家もどきという体裁を維持できているのだから。

 そして当然、死人の森との関係も現時点では壊したくない。

 だというのに要求が六王の一人カーティスを引き渡せ、とは。


(正直勘弁して欲しいよう)


 励まして欲しい、とちびシューラの顔に表記されていたので、適当に頑張れと言っておく。投げやりな激励に憤慨したちびシューラが、配膳用の機械を操作してこちらの足にぶつけてきた。すみませんでした。


 一方、上と下の食文化が混交したガロアンディアン料理はルウテトや六王のお気に召している様子。六王は周囲に威圧感を与えないように小さい姿のままだが、一時的にルウテトから呪力供給を受けて実体化しているようだ。自分よりも大きな皿に挑むようにして必死に料理に食らいついている。


「ふむ。巨大な挽き肉に申し訳程度に添えられた萵苣レタス、炒めた米に麺、とろけんばかりの卵料理、そして容赦なく繰り出される圧倒的な麺麭パンの山。これらは中に具材が入っているのだな。この統一感の無い大ざっぱな食文化、確かに竜王国の魂を受け継いでいるようだ」


 とアルトがコメント。直接的なつながりは無いとはいえ、ガロアンディアンの前身である竜王国の王になんてもん食わせやがると思ったが、なんか気に入って貰えたらしい。


「えっ、これって家畜の餌じゃないの?」


「無論、この世の全てはブレイスヴァの餌に等しい」


 純真な瞳に疑問符を浮かべて首を傾げる太陰の王子ヴァージルは、おそらくかなり異質な食文化で育ったと思われる。何しろ月面育ちだ。呪文を唱えて召喚した三つ首のサイザクタートに料理を食べさせているが、まあ好きにすればいいと思う。オルヴァは平常運転だ。


「これが現代の食事なんだね。いつになっても、スキリシアの外側はおもしろいものがたくさんあって刺激的だ。ルバーブ、マラード、君たちもどうかな?」


「陛下、どうぞ、お召し上がり下さい」


「ああ、頂こう。それにしてもこの顔ぶれで食事をしているとジャッフハリム遠征を思い出すな。我がラフディ工兵の素晴らしき土木工事による拠点設営と道路敷設は完璧であった。練度の高い輜重兵たちが支えた兵站がなければ定命の者共は早晩壊滅していたであろうな」


 カーティスは目に映るもの全てが珍しくて楽しいといった様子で、影から触手を伸ばして少しずつ味見していた。かと思うと影を粘土のようにこねて本物そっくりの模造品を作ったりしている。さながら黒い食品サンプルだった。

 そんな吸血鬼の王と親交が深いのか、近い位置でマラードが気分良さそうに手づかみで食事を食い散らかしていた。ルバーブが手際よくナプキンやボウルを用意し、口元を布でぬぐう。マラードは慣れているのか、されるがままだ。


「下らん茶番だな、貴様ら。永き眠りのせいで寝ぼけているのか?」


 挑発的に言い放ったのはパーン・ガレニス・クロウサーだった。長方形の眼鏡レンズがきらりと光る。何故かルウテトの頭上に浮遊して腕組みをしており、デフォルメされた機械の腕がびよんと伸びて天に突き出された。ちゃちなおもちゃのようだと思ったが黙っていた。


「いいか、外交という名の闘争は既に始まっているのだ。文化という武器を用いての戦いがな。このような精錬の足りぬ雑な、ふん、餌に、はむ、いいように、はふはふ、やられっぱなしとは」


 何か、口の中でもぐもぐやってる。どうも、立食パーティ用の自動機械がトーナメント参加者にも配っているライスボールとかサンドイッチとか総菜麺麭とかを食べているらしい。誰か飲み物渡してやれよ、と思ったのだが空高くに浮遊しているので自動機械たちが渡せないのだった。


「これは国力の指標たる文化を誇示し、こちらに対して優位に立とうとする奴らの戦略だぞ。ジャッフハリム遠征の時も有象無象の連合軍どもが散々仕掛けてきた小癪な手だ。そのような時、我らはどのように振る舞った?」


 パーンの言葉に、平和に食事を楽しんでいた王たちははっとなった。

 各自の小さな瞳に決意の炎が宿る。


「我ら六王、生まれと育ちは違えど、終の棲家は根の国と定めた再生者。ならばやるべきことは一つ! 根菜と残飯の名に於いて、死人の森の軍勢はこれより食材の選定を開始する。各自、余り食材を集めて再生させよ!」


 パーンの号令の下、おう、という声が唱和した。何だこいつら。

 すると、彼らを見守っていたルウテトが手を重ね合わせて言った。


「すてきですね。それじゃあ私も久しぶりに料理してみましょうか」


 途端、六王の動きが一斉に停止する。それから全員の顔が蒼白になり、あわてたようにルウテトに詰め寄って、


「いや待て、上に立つ者というのは何もせず鷹揚に構えていればいいのだ。貴様は何もする必要は無い!」


「その通り、それに姫の美しい体に傷がついてはいけない。ここは俺たちの華麗なる調理技術に期待して、どうか、頼むからおとなしくしていてくれないだろうか」


「お、おお、審判の時来たれり。ついにブレイスヴァが!」


 などと騒いでいる。どうしたのだろう。コルセスカは味の好みから激辛料理や暖かいものを好むが、決して手ずから作った辛い料理が不味いということは無く、むしろ美味い。それに他人に出す際には辛さを控えめにするという配慮だってできる(それでも辛いことは辛い)。


 転生して味の好みが変わった?

 それとも調理技術の手続き記憶が欠落した?

 もしや、舌が腐敗して味覚障害になってしまったのか?

 不安からルウテトをじっと見つめていたら、目があった。


「あっ、アキラ様! よろしければ私の料理、召し上がっていただけませんか? 一生懸命作ります!」


 トリシューラを見ると、承諾しろと目が語っていた。

 いやな予感がするが、断る理由も無い。

 承諾すると、六王は俺を見て複雑そうな顔をした後、どこかほっとした様子で散り散りになっていった。食材を探しにいったようだ。

 と、ルバーブが俺を気の毒そうに見ていることに気づく。


「申し訳ない。本来ならば陛下の代わりに私が申し出るべき役目だったというのに。されど献酌役を任じられるは臣下の誉れ。せめて、誇りを胸に食されることを願います」


 丸々とした体型の男はそう言って、マラードの方へと向かっていった。

 本当に何なんだ、不吉過ぎるだろ。


(あ、けんしゃくってお酒を注いだり酒倉を管理したり、あと王の毒見したりすることだよ。骨は拾ってあげるよアキラくん)


 ちびシューラまでひどい。

 一方で、ルウテトは歌い出しそうなくらい上機嫌に料理の準備に入っていた。可愛らしいフリル付きエプロンをトリシューラから借りて、移動式の即席キッチンの中に入っていく。それから、トリシューラに食材を用意して欲しいと頼んでいるようだ。トリシューラもこの場で揉めるつもりは無いらしく、あらかじめ用意していた多種多様な食材から選んで渡していく。


 先ほどまでの不仲はトリシューラなりの演出や演技だったのかもしれない。ガロアンディアンが舐められないため、とかだろうか。実際には手を組むのだから、無意味に関係を悪化させる必要は無いのだ。彼女なりに考えがあるのだろう。


 ルウテトは楽しそうに調理を進めていく。手順におかしな所は無く、妙な事をしている様子は無い。というか、そこまで複雑な作業をしていないので間違いようが無いのだ。普通に食材を切って焼いて茹でて煮て塩などで味付けするだけ。別に量が多すぎるということもなく、適切に味見しつつ調整している。

 

 出来上がったのはイングリッシュブレックファースト的な、至ってシンプルな料理だった。分厚い皮のソーセージが主役として皿に乗り、ゆで卵にベイクドビーンズにハッシュドポテト、大小の焼きトマトにベーコン、マッシュルームソテー。そしてこんがり焼けたトースト。


「なんだ、おいしそうじゃないか」


 ほっとした。思わせぶりな前振りはやめてほしい。まあ今は夜なのだが、そのくらいは別にいいだろう。早速いただこうと足を踏み出したその時、ルウテトが奇妙な行動に出た。

 完成したはずの皿に、何か正体不明の粉をぱらぱらと振りかけている。

 それだけではなく、ソーセージやベーコンの裏側に何かを塗りつけている、だけでなくフォークやスプーン、皿やコップにまで何か塗っていた。何だ?


「ルウテト? それは一体何だ?」


「青酸化合物です」


「はい?」


「あとこっちは死体を苗床にして育つ不思議な花々を粉末状にしたもので、様々な幻覚、悪運、激痛などが味わえます。あとこのお薬は私の死の抱擁によって絶命した動物の心臓と脳をスキリシアの汚泥で煮詰めたもので、臨死体験ができる霊薬です。アストラル体がとっても不安定になって、肉体から遊離しやすくなります。帰ってこられない事もありますわ♪」


「不味いとかそういうレベルじゃなくてただの毒じゃねえか!」


 悪気の無い不味い飯ですらなく、ただ純粋な悪意だけが詰まった猛毒だった。

 ルウテトは不本意そうにこちらを見て、


「そんなことありません。生死の狭間を彷徨うだけで、殺意はないのです。ただ、生命の実感と死の恐怖を同時に味わっていただきたい、と思って」


 と本気の口調で言った。頭のおかしい理屈を並べる狂人は、更に先ほどから何かを煮込んでいる鍋の前に移動する。蓋の中に何があるのかはここからは見えない。嫌な予感が膨らんでいく。

 

「まさか、それも毒か」


「いえ、こちらはそれとは違う一品です。今のは一見おいしそうで味も普通なのに、という方向性ですけれど、やはり王道はこうでしょう」


 蓋が持ち上げられた。途端、解放された熱気と共に嗅覚への暴力が空間を荒れ狂う。その場の全員が悲鳴を上げた。例外は鼻を防護するマスクで防備していた六王やクレイたちだけだ。鼻がきくトリシューラやチリアットは身を震わせてうずくまっている。


 くさやかシュールストレミングかというような、凄まじい臭さ。鼻が曲がるを通り越して鼻そのものがもげるかと思うような、敵意すら感じる圧倒的感覚。

 あまりの不快感に嗅覚を遮断、しようとするが失敗。

 何だこれは、コルセスカが感覚を遮断してくれないだと?

 理解不能の現象。ルウテトが笑顔で鍋の中身を示す。

 粘りけのある紫色の液体が、泡を弾けさせながら湯気を立ち上らせている。

 浮かんでいるのは、巨大な目玉を持った深海魚だ。


「料理は目で味わうものです。ならば、相手のことを考えてきちんと苦しめてあげるには見た目からして毒々しく、期待を裏切らずにきちんと不味い悲惨な料理でないと。普通にやっているだけではこういう見た目にならないので、結構大変なんですけど、うまくできました」


 こいつ、わざと不味い料理を作っていやがる!

 味がわからないとか、料理が下手なわけではない。

 まともに料理はできる。できるが、食べる相手を苦しめる為、あえて不味くすることにその技術を費やしているのだ。なんて奴。ルウテトは汚物を掬って味見をしている。細く形の良い眉が歪む。


「うう、気持ち悪い」


「自分で作ったんだろうが」


 顔をしかめながらも満足そうなルウテト。相手の事を考え、目的を定めてから料理をし、味見をして完成をしっかりと確認してから相手に出す。料理をする者としてあらゆる意味で正しいが、前提が既に間違っているので間違ったものしかできようがない。


「アキラ様が悶え苦しむ姿が見たい。アキラ様の悲鳴が聞きたい。アキラ様という生きるに値しないごみくずに一刻も早く死んで欲しい、けれどそのまま愛しい生き恥を晒して欲しい。そんなことを考えて、心を込めて作りました」


 頬を染め、恥じらいながら何かよくわからないシチューっぽいものを深い皿に注ぎ込むルウテト。あ、冗談とかじゃないんだ。生死を司る女神だからそういう方向性にいっちゃったのかーそっかー。


「ふざけん、むぐっ」


「アキラくん、ここは我慢して。私とガロアンディアンの為に!」


 背後からトリシューラに口を塞がれ、マラコーダとチリアットに左右から両腕を掴まれる。動きを封じ込められた俺は、迫り来るルウテトから逃げられない。


「はい、あーん♪」


 トリシューラの指によって強引に口を開かされ、匙が俺の中に潜り込む。

 ずん、と灼熱が体の芯を貫くような感触があって、遅れて舌が震え出す。

 言うまでもなかった。

 不味い。黒焦げの魚を骨ごと飲み込んだ方がまだマシと思える程不味い。


 更に、喉の奥で何か細長く粘ついたものが蠢いていた。「ゲェッ、ゲェッ」と不快な鳴き声を俺の体に響かせて、食道を動き回っていく。胃に到達すると、「イダイ、イダイイダイイダイイイイッ」と苦痛の声を上げて暴れ回る音が聞こえた。俺はたまらずにうずくまり、あり得ない事実に気づく。


「バカな、不味さや不快感、苦痛を遮断できないだと?!」


「ふふ、それは相手の紀に直接はたらきかける根源的でありながら究極的な味覚。狩猟採集時代の味気無さ、普遍的な苦味、そして飽食の末にたどり着いた味覚の混沌。紀人であるアキラ様の存在すら削り取る、神殺しの料理です。それは打ち消せず、また軽減できない」


 愉悦に満ちた声で俺の滑稽な姿を鑑賞するルウテト。

 生と死を実感できる致死毒のような食事、全てが劇物、口にすると死ぬ(一歩手前)。実際に殺すわけではなく、生かさず殺さず臨死体験のような不味さを実現する確かな技量。普通に無害で美味しいものも作れるが意地でも作らない。むしろ美味しさは不味さを引き立たせる為の脇役。

 意図的に不味い料理を作って相手を苦しめる加虐的メシマズ女を見ていると、コルセスカの殺人的な激辛好きが可愛らしい嗜好に思えてくる。


「ああ、アキラ様、とっても可愛いですよ。さあ、もっともっと、貴方の苦痛を、聞かせて?」


 熱っぽい吐息を漏らしながら、料理の形をした悪夢を差し出してくるルウテト。残された悪夢のような料理の量を見て、目の前が真っ暗になった。


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