4-87 転章/未来転生




 蜂蜜色の髪を揺らす左右で生死が非対称な女性は、改めて俺にルウテトと名乗り、ひとまずトリシューラとコルセスカとの和解に合意してくれた。ルウテトが従えていた巨獣は八つの断章の中に吸い込まれていき、六王もまた姿を消した。

 今後ガロアンディアンと死人の森がどのような形に落ち着くか、あるいはこれから行われる話し合いが決裂して再び争いが起きるのか――未来は定かではないが、今のところは休戦ということになったようだ。


 戦いが終わり、トリシューラがドローンを操作して【変異の三手】の残党を捕縛していく。度重なる戦闘や鮮血呪の使用で激しく消耗していたのが、グレンデルヒに勝利したことで得た名声によって完全に回復していた。地上の英雄に敵対する者として憎悪まで一身に集めているが、それもまた『認められる』ということだ。ガロアンディアンの女王として得意げに振る舞うトリシューラはいつになく活き活きとしていた。


 グレンデルヒは紀人としてサイバーカラテ道場に封印される形になっており、俺やトリシューラの意思によって呼び出される使い魔となった。敗北したことや正体を隠していたことが露見し、全盛期よりもかなり存在が零落しているようだ。またそれによって本来地上の法では取得できない各種資格などを剥奪され、地上のメガコーポからも見放されかけているようだが、本人はふてぶてしい笑みを浮かべてまるでへこたれた様子がない。叛逆の危険性は大きいが、そう簡単に無力化できるような相手ではないので、トリシューラの選択を俺は尊重することにした。


(捲土重来――これからはサイバーカラテに切り替えていく。本物のワイルドさ、強さを知らしめていきたい)


 ――あまり懲りていない気がするが、言動が過剰になったらその都度反面教師として悪役をあてがうことにしよう。


 他者の欲望に影響され続けてきたグレンデルヒがどのような性質を持つかは、環境次第で変わるのだ。ならば俺たちガロアンディアンやサイバーカラテ道場がどう在るかがこれからは重要になってくるだろう。

 グレンデルヒがその邪悪さで俺たちに牙を剥いてきたならば、それは自業自得による自滅なのだから。


(ぽっと出のアイドルや優男の吟遊詩人、私の後釜の色物マスコットなどに負けてたまるか。これからの私は激悪オヤジ、ダンディズムを超えた知性派マッチョイズムが一世を風靡するだろう)


 とりあえず、今のところは無害そうだ。

 拘束帯の付いた道化服を着せられたグレンデルヒは仮想道場の隅に置いておくとしよう。どうでもいいが、こいつトリシューラがアルレッキーノという名前で縛ったにも関わらず平然とグレンデルヒと認識されたままである。グレンデルヒという名前が世界に定着しすぎてグレンデルヒ・アルレッキーノ=ライニンサルというセカンドネームを追加された状態らしい。腐っても英雄、存在の強度は恐らく【マレブランケ】随一だ。上手く使いこなせば俺たちの切り札になり得るだろう。


 そんな中、俺はひとまずコルセスカの憑依状態を解除することにした。今はアストラル体として俺の中にいるコルセスカだが、ルウテトと一つになることを決意した以上、元に戻る必要性がある。


 ルウテトはひとまず身体の主導権をコルセスカに譲るらしい。

 その後どうなるかはトリシューラとの話し合い次第だが、コルセスカがルウテトに対して妙に信頼を置いている様子だったので、俺とトリシューラも敵意を剥き出しにすることなく対話することができた。


 そんなわけで、コルセスカはルウテトが使っている物理的身体――というか『紀元槍内部において存在の領域を占めている位置』に戻ったらしいのだが、説明を聞いても何の事やら意味不明だった。俺の意識の中心で布団を被りながらゲームパッドを持っていたコルセスカがのそのそと這い出して出て行こうとする。寝具とかゲーム機とかは置いて行くようだ――おい、菓子類を散らかしたまま行くのはやめろ。


 ――コルセスカは俺の中から出て、元の状態に戻っていく。少し寂しい気もするが、ようやく一安心といったところだ。

 落ち着ける場所へ移動しようということで壊れた巡槍艦へと向かう道すがら、コルセスカがこんなことを言い出した。


「ちょっと、ルウテトが話したがっているので交代しますね」


 言い終わらぬうちにコルセスカの肩くらいまでの長さの白銀の髪が、背中まで伸びる蜂蜜色に変化して行く。右の義眼は虚ろに、光妖精と再生者を左右で分け合った眩暈のするような容貌の女性が現れた。

 

「この世界ゼオーティアには、太陰の運行を基準とした暦をはじめとして幾つもの歳月の区切り方があります。巡節という数え方もそのひとつ」


 出し抜けにそんなことを言いだしたので、俺は意図が読めずに怪訝な表情を作った。どんな顔をしているかは、俺にさえもうわからない。だがルウテトの瞳が湛える灰色は、俺という曖昧な存在をしかと見据えていた。


「アキラ様、ちょっと、いやかなりお顔が、その、凛々しく、というか、とっても素敵に――ああ、そう、好みに――え? 好きなキャラ要素を毎日自由に組み込み放題? そ、そう」


 ルウテトは俺を見たり自分の内側の誰かと対話したりしながら何やら戸惑っている様子だった。

 傍をついてくる骨狼のカイン――いや、今は新たな名を得たトバルカインがカチカチと鳴き声を上げてルウテトに擦り寄っていく。やはり母なる女王に良く懐いている。ルウテトは骨の右手でトバルカインの頭を撫でながら言葉を続けた。


「春季と冬季で分けたとか、諸説あるのですが、こういう言い伝えがあります。巡節というのはかつては六王巡節と言われており、再生者の女神が最も力の強い眷族である六王にその半身を不死の果実として分け与えた逸話に由来すると」


 ルウテトによれば、女神がその果実を一ヶ月に一度六王に分け与えたことから、巡節という区切りが生まれたのだと言う。

 力を分け与えた事で、女神は一時的に弱体化する。

 それは、生と死の女神が力を月のように満ち欠けさせる過程であり、命が凍り付いて行く冬と、生命が誕生していく春を象徴しているのだと。


「生と死の女神は、未来転生者でした。遙かな未来から過去へとやり直しにきた時間遡行者。『もう一度』という願いを実現するために、彼女は今度こそ女神になろうとした。自らの力、その可能性を極限まで追求して、冬という本質を拡張し続けたのです」


 ルウテトの語りはいまひとつ要領を得ない。

 要するに、よくあるタイムスリップとかの話のようだが、再演で過去改変をしてきた俺たちにとっては今更な話だ。それが一体、現状にどう関わってくる?


(アキラくん。あのね)


 突然視界の隅に現れたちびシューラが真剣な顔で何かを言おうとして、躊躇いがちに目を伏せた。不審に思っていると、ルウテトの言葉が重なっていく。

 

「やがて、女神が思い描いた物語――不思議な本の中から『理想の使い魔たち』を呼び出すことができるようになった時、その転生者のところに迎えがやってきました。車椅子の女神――ありとあらゆる路を往く女王にして車輪てんせいを司る不死なる化身」


「それは、ヘリステラのことか?」


 キュトスの姉妹の長姉ヘリステラ。彼女には道を示して貰った恩がある。ここで出て来るということは、キュトスの姉妹絡みの話なのだろうか。


「その通り。そして転生者は、大いなる地母神キュトスの生まれ変わりの

一人として認められました。キュトスの姉妹として迎え入れられたのです」


 未来から転生してきた、六王を従える生と死の女神が、キュトスの姉妹に?

 というか、これは目の前にいるルウテトの話なのか?

 だとすれば、彼女の正体というのは――。


「――私はキュトスの死。敗北と喪失、選ばれなかったという結末から生まれる、有り得ざる可能性。そう、前世の決定的な死が、私を再生と死を司る女神として転生させたのです」


 風が吹いた。

 俺は、そこがガロアンディアンであるにも関わらず、異なる景色を幻視する。

 瓦礫は消えて、柔らかな腐葉土の匂いが立ちこめた。

 屍が横たわるそこは、はじまりの森。

 夜の森が次々と手を叩き合って、不気味な音楽を奏でる。

 森には美しい円錐形となった糸杉サイプレスが並び、じっとこちらを見つめていた。細く高く、彼らは静かに佇んでいる。森に満ちる死の香りに寄り添うように、調和するように。


「前世では叶わなかった願いが、生まれ変わってから違った形で叶うだなんて、皮肉な話。けれど、私は諦めきれなかった。私が望んでいた在り方は九姉ではない。もう一度、今度こそ、末妹に――それが叶わないのなら、自らそうなれる子供たちを育て上げるだけ」


 妄執のような響きの重さに、息を飲むことすら忘れる。

 いつしか、ルウテトの語る対象は三人称ではなく一人称に変わっていた。

 もはや誤解の余地なく、これはこの女性の物語だ。

 だとすれば、彼女の名前は、そしてその前世とは一体何なのか?

 蜂蜜色の髪のルウテトは、灰色の目で俺を真っ直ぐに見据えた。

 その大人びた顔立ちに、見慣れた左右非対称の容貌が重なる。

 そして、がらんどうの眼窩に燐光が集い、右目が音もなく凍結した。


「私の前世みらいでの名前は――コルセスカと言います」


 


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