4-63 死人の森の断章9 ひとりぼっちの王さま




 王さまはいつもひとりぼっち。

 こうもりとねずみと、たくさんの不気味な生き物たちが王様の中にいるから、王様は平気だと言います。けれど、どれだけおおぜいでいても、本当はたったひとりなのだと、みんな知っていました。


 ――この夜に、自分はずっとひとりきり。

 だから、せめて誰かひとりでいい、自分の中には入ってこない相手が欲しい。そう考えた王さまは、自分に相応しい相手を占いで探し出して、攫ってきました。

 これで、ひとりぼっちじゃなくなるんだ。王さまは喜びました。攫ってきた女の子はひどく怯えていましたが、すぐに打ち解けてくれるだろうと思っていたので、あまり気にしませんでした。


 けれど、そんな王さまの望みはすぐに消えてしまいます。

 王さまは、内側にたくさんの王さまを抱えているから寂しくないのです。

 もしすぐ傍に誰かを置いて、一緒にいて寂しく無いことを知ってしまったら、今の王さまの心を守っている『一人だけど一人じゃない』という思い込みが嘘だとわかってしまいます。王さまは自分をだまし続けるために、女の子を自分にしてしまうことに決めました。王さまたちは女の子に噛み付いて、一つになろうとしました。ですがその時です。たった一人だけ、王さまたちに反対するものがありました。それは王さまでした。


 その王さまは、たくさんの王さまたちの中でただひとり、自分の寂しさよりも女の子が怯えていることに心を痛めていました。王さまはたった一人で王さまたちに立ち向かい、女の子に逃げるように言います。すると、怯えていたはずの女の子は不思議な表情を顔に浮かべて、それから小さな両手を広げました。


 そのあと女の子は微笑んで、途方もない人数の王さまたちを丸ごと抱きしめたのです。全ての王さまたちが、女の子の優しさに心をうたれ、何もかもを赦されたことで救われました。王さまは女の子を自分にするのではなく、自分が女の子についていきたいと考えます。これからはあなたが私の女王さまですと言ってひざまずき、女の子の足下から伸びる影に口づけをしました。


 それは余りにもぶしつけなことだったので、女の子は無理矢理さらわれてきたことも合わせてたいそう恥ずかしがり、怒りました。けれど最後には赦して、おおぜいの王さまたちの頭を一人一人撫でていきます。こうして、女の子は女王さまとなって、王さまと一緒に夜の王国を良く治めたそうです。


 ――というお話になるはずだったのが、どうしたことか、女の子が一番最初に書いた本の中では、全く別の物語が繰り広げられています。

 それは物語というよりも、何度も終わりを先延ばしにしてどうしようもなくなった子供の思いつきのようでした。


 だとすれば、やはりこれは自分が書いたものなのかもしれない。

 女の子は悩みます。最初に出来たと思っていた収まりの良いお話は、空想の中では上手く行っていたのに、実際に形にしてみるとあちこちがでたらめで全く持っていいかげんな代物になってしまったのかもしれない。そんなことを考えて、女の子は不安になってしまいました。


 女の子は、新しく仲間に加わった眼鏡に片腕の男の人に相談しようと考えましたが、近付くと睨まれてしまいます。やっぱり怖かったので、相談するのは片目の人にしました。これまでに黒い本から出てきた五人の男の人たちの中で、どうにか会話が成り立つのがその人だけだったからです。


 ところが、一人に相談に乗って貰っていると、どこからか話を聞きつけて他の男の人たちもやってきてしまいます。そうして、我こそが女の子の役に立つのだと張り切って次々に意見を出し合うのです。中には見当外れの考えもありましたが、みんなのそうした心づかいが女の子にはうれしく感じられました。


 そうしているうちに、その他のしびとたちもお腹からパンやチーズを零しながらやってきて、女の子を励ましてくれます。

 女の子の不安はいつの間にか消えて無くなっていました。

 今までと同じです。自分は間違っていない、おかしいのはこの本なのだと信じることができたのは、こうやって慕ってくれるしびとたちがいてくれたおかげ。


 女の子は本を書き換えることを決めました。

 一冊目の中では、未だに全ての内容が明らかになっていない八冊目からやってきた人たちがぐるぐると同じ所を行ったり来たりさせられています。

 この世界を裏から操る恐ろしい存在に悪さがばれて、六冊目から一冊目までの道のりを繰り返し繰り返しなぞらされているのです。一冊目に辿り着いたらそこからまた六冊目に戻り、その流れに終わりはありませんでした。


 女の子は、季節が一巡りして、春と冬が入れ替わるように、この世界が一巡すれば、また同じ世界が巡ってくることを知っていました。女の子の書いた本は一冊目から六冊目まで順番に並んでいるのですが、この世が終わってしまえばまた一冊目が最初から始まるのです。この本の世界はまあるく閉じた環っかになっていて、はじまりと終わりはくっついてしまっているのだというお話は、ちょうど三冊目で確認したばかりでした。十字の目をした王さまが、彼が信じる神さまの名前を叫びながら気を失ってしまったので、しびとたちが彼を運んで行きました。


 けれど、それだけでは前に進めないと眼鏡の男の人が偉そうに言います。とても怖い言い方でしたが、彼の言う事はもっともなのでした。終わりの無いことが女の子が赦し、しびとたちを受け入れた新しい世界の在り方ですが、それでも区切りは必要です。


 閉じた環っかではなくて、ぐるぐると昇っていくらせんがいいと、兎の男の子が言いました。そうすれば同じ所を周りながら、違う所へも行けると、少しだけ寂しそうに空を見上げます。


 つい最近も、まあるいものが好きな髪の長い男の人がしびとたちに命令して、館の中に見事ならせんの階段を作らせたばかりでした。女の子はその階段をぐるぐる上り下りするのが大好きだったので、その意見に賛成することにしました。


 終わりを無くしてしまった三冊目、始まりであり終わりでもある六冊目、それから女の子たち全てを包み込む九冊目。この三つは、同じ位置の違う高さにある本なのだと、眼鏡の人が教えてくれました。片目の人が、こちらから手を伸ばせばきっと届くだろうと背中を押してくれました。女の子は仲間たちを信じて、新しい仲間を行き詰まった世界から引っ張り上げようと手を伸ばします。


 これまでの長い長い旅路は、このためにあったのだと、今の少女にはもうわかっていました。自分が何者なのか。どうしてしびとたちは自分の事を女王さまと呼ぶのか。終わりがないことは、けっして苦しいだけの罰だけではないのだと女の子は信じています。だから女の子は、八冊目からやってきた人たちの旅を悪い事だと決めつけて、終わらないことを罰にしている神さまたちが赦せませんでした。そんなものは、みんなが望んだしびとの森の幸せなんかではありません。


 女の子が怒る姿を、眼鏡の男の人が嬉しそうに見ています。彼もまた、高慢な神さまたちに対して怒っていました。何故なら彼は、神さまたちよりもずっと高慢で、威張り散らしていて、自分が誰よりも偉いのだと信じ込んでいるからです。


 そして、女の子はそれよりも更に偉いものを理解していました。

 自分が一番上であると知っている神さまたちより、自分が一番上であると信じている眼鏡の人より、一番上にあるものを理解している女の子。


 女王さまは、そう呼んでくれる人々の尊敬無しには上に立ち続けることはできません。その振る舞いが間違ったものであるとき、上に立つ女王さまはその地位に居続けて良いのかどうかを問い直されなくてはならないのです。


 それがしびとの森の決まり事。

 そしてその約束は、女の子が生み出してきたどんな言葉の力よりも強いものなのです。それは女の子だけに許された力ではなく、たくさんの人々の間で約束される、黒と青の入り交じった色をした言葉です。


 女の子は願いと共に八冊目と九冊目の本を手にとりました。

 そして、一冊目の本の中に呼びかけます。 

 手を差し伸べるように。

 なにもかもを両手で抱きしめるように。

 青と黒のかがやきが、互い違いに重なり合って、どこまでも続いてく道を作り出していきます。暗闇の中へ、目の醒めるような青色が大河となって続いていきました。悠久の流れへを渡っていくのは、言の葉で編まれた黒い船。夜の世界へ、二冊の本は真っ逆さまに落ちていきました。






 約束があった。

 決定的な敗北を喫して、何もかもを失ったあの後、彼女と俺は契約を交わして、全てを受け入れ合うと決めた。

 

 触れ合う冷たさに耐えきれずに俺が倒れたあの時、どのようなコルセスカであっても全部受け入れると許容した。

 前世の記憶に自らの人格を浸食され、醜い側面を呼び起こされることに苦しんでいたコルセスカ。それでも俺は、それも彼女の一部として認めたいと思ったのだ。彼女が、俺の全てを受け止めてくれているように。


 それが罪だというのなら、きっとそれを裁けるのはお互いだけだ。

 無法者である俺が、たったひとつだけ守らなければならない法がある。

 それこそが、その約束なのだと、そう信じている。 



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