4-36 死人の森の断章6 病的グランギニョル③
「ふざけるな」
ルバーブの鋭い声を、男とも女ともつかない賢者は無視した。
「この舞台の上で競い合おうではないか。というよりも、この世界を利用させてもらうと言った方が実状に即しているかな。私にもちょっとした目的があってね。この舞台を壊して君たちを蹂躙するのは簡単だが、それは少々勿体ない。使えるものは有効に使うのが私の主義だ」
男と女の声が交互に入り交じる。余裕を感じさせる語りは長く続いて、あたかもその場がたった一人の為に用意された舞台であるかのようであった。
緊迫する空気。
そんな状況に一石を投じようとしたのか、マラード王が口を開く。
「しかし、お前は、お前、は――」
だが続く言葉が途絶えたまま、王は口を開閉させながら固まってしまう。
虚空をさまよう王の腕を、ずり落ちそうな重い髪の毛を、忠臣の左手がそっと支え、戻した。
「陛下、招かれざる客人とはいえ、グールイェン殿、いえ」
ルバーブはそこで言い直し、
「グレンデルヒ殿は十二賢者が一人。他の賢者の方々と同じような応対をなさればよろしいかと」
と賢者グレンデルヒに対する態度を決めかねていた王に指針を示したのだった。
狼狽していたマラード王はその言葉で落ち着きを取り戻したのか、幾分か力の抜けたふうに安っぽいつくりの玉座に深々と腰掛けて、王らしい尊大な態度で振る舞った。
「良いぞ、賢者グレンデルヒよ。お前も俺に知恵を貸して見せよ。真の恋がいずこにあり、どうすれば手にはいるのか、答えてみせよ」
世界が荘厳な雰囲気を取り戻していく。
マラード王は豪奢なつくりの玉座から、疵一つ無い硬い大理石の床に立つ賢者を見下ろして問いかけた。天頂の採光窓から降り注ぐ光は変わらず王を神々しく照らしている。グレンデルヒは不敵に笑いながら言った。
「私としましては、そのまま放埒に、軽やかな恋愛を楽しんでいただくのがこの国にとって最も良いと考えているのですがね」
すでに女の声は跡形もなく消え去り、男そのものの声質と口調が取り戻されていた。力強く、自信に満ちあふれ、不遜ともとれる態度である。
「この国にとって、とはどういうことだ? 説明せよ」
「陛下が特定の相手を抱え込まず、短い恋愛を楽しまれるのは素晴らしいことなのですよ。この王国において最も富める者が大量に消費してこそ、市場は活発になり、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる。自由な市場の在り方に委ねることが一番なのです」
賢者グレンデルヒの言葉に、マラード王は目を白黒させていたが、対照的に忠臣ルバーブは額に皺を寄せて眼光鋭く語り手を睨み付けた。
続く言葉を聞いて、肥満体の男の眉は更に危険な角度に吊り上がる。
「大抵の商品は粗悪な檸檬のようなもの。しかし、こと恋愛市場における商取引は古代の考え方で、どれだけ上手く品質を誤魔化して高く売りつけるかという詐術の延長線上にあります。陛下がこの質の悪い檸檬に口をつけることで、全ては中古品として一定以下の価値となり市場に放出されます。貧乏人たちにも手が出しやすくなるわけですな。更に中古品どもは自らの身の程を知り、わきまえるようになる。こうして需要と供給が一致するようになるのです」
「陛下、この男の妄言に耳を貸してはなりません」
ルバーブが鋭く長広舌を遮るが、マラードは不満げに言い返す。
「何故だ。賢者に知恵を借りよとお前が常日頃から言っていることであろうに。いや、しかし、グレンデルヒ殿。私が求めているのはそのような答えではない。なにやら国のため、民のためには現状を維持しろと申しているように聞こえるが、俺はそれが耐えられんのだ」
王にとっては、賢者の持論よりも自らが望む答えが与えられることが重要なのであった。外部の権威によるお墨付きさえあれば、放埒な王は好き勝手に振る舞えるからだ。賢者は薄く笑って返答を告げる。
「これは失礼。ではもっと簡単な解決策をご教授いたしましょう。何のことはない、商品の価値が下がっているのが問題なのですよ」
「何?」
発言の意味がとれなかった王が訊き返すと、グレンデルヒは簡単な算術の問題を子どもに教えるかのごとき口調で解説を続けていく。
「恋愛の価値とは相対的に変動するものです。勝者であり、魅力と価値を有する陛下のもとには何もせずとも女が集まってくる。そして数が多すぎるがゆえに恋愛、そして恋人ひとつ一つの価値が下がっているのが陛下の抱くご不満の原因です。大量に溢れた品々をいかにするか。供給量を絞り、質の悪い、価値の無い商品を減らせばよろしい」
「減らすとは?」
「言葉通りです。廃棄すればよろしい」
グレンデルヒはこともなげに言ってのけた。
それから大仰に両手を広げて、耳に心地の良い美声で言葉を連ねていく。
まるで、美しい詩歌を吟じるかのごとく。
「この世には紛い物が多すぎる。そのような愚かで醜い偽物を導いてやるのが我々のような賢く美しい本物の使命。とはいえ、我らに奉仕するためであれば適度に間引くことも正しいと言えましょう。何しろ我々の方が優れている。劣った者、努力の足りない者とどちらが重んじられるべきか、考えるまでもありますまい」
「陛下、どうか私めにこの男を追い出せと命じて下さい!」
ルバーブがもはや絶叫に近い勢いで嘆願するが、マラードは片手を振ってそれを退けた。グレンデルヒの言葉にひどい不快感を覚えているらしき臣下とは対照的に、主たる美貌の男には感じ入るところがあったらしい。
「やはり、俺が今まで交わしてきた恋の全ては偽りだったのだな。だからあんなにも虚しく、満たされなかったのか。本物を手に入れればこの飢えも消えるのだろうか。いや、もはや俺はそうする以外に道を知らぬ」
「さようでございます、陛下。そして真贋を隔てる指標は価値の有無に他なりません。つまり価値が高まればより本物に近づいていく。質の悪い品や中古品は全て廃棄処分するがよろしい。さすれば供給量を需要が上回り、本物と巡り会える蓋然性が高まります。また、重要なのは群がる貧乏人の男どもを殺さぬことですな。分不相応に夢を見た愚か者どもの目の前で高級な品を買い上げ、惨めに這い蹲らせながら愛を交わすさまを見せつけてやるのです。大量の敗者を踏みつけてこそ真の勝利が得られるというもの」
「そうだ、かつてこの王国を、都を再び築き上げた時もそうであった。俺の目の前には未だ見ぬ新たな道が開けていた。その先には雄大なる我が城がそびえ立つ。本物に至る道筋は自らの手で切り開く、それこそが王道!
王と賢者はかみ合っているようなかみ合っていないような会話を交わしながら、
ルバーブは憤怒の表情で糾弾する。
「ほざけっ、貴様はただ徒に国を乱したいだけであろう! もはや容赦はせぬ、即刻その首をへし折ってくれる!」
再び挑みかかったルバーブは、だがあまりにもあっさりとねじ伏せられてしまう。
大人が子供の手をひねるが如き光景だった。
グレンデルヒは侮蔑を込めて肥満体を足蹴にして言い放つ。
「塵芥に等しい貴様が、本物の男同士が交わす会話に入ってきてはいけないな。みすぼらしい人生の敗者、惨めな貧乏人は平伏していればいいのだ」
「グレンデルヒ殿、その者は俺の臣下、俺のモノだ。いかに賢者といえど、そのような振る舞いは許されぬぞ」
マラード王は不快感を露わにして抗議するが、グレンデルヒは深々と嘆息してこれを拒否した。物わかりの悪い生徒にものを教えなければならない教師の労苦、そんな空気を滲ませながら。
「やれやれ。いけませんな、陛下。このような人生の敗者を身近に置くこと、それ自体は間違ってはおりません。陛下の美しさがより一層引き立ちますからな。ですが、そのような甘い扱いではいけない。身の程を教え込まないからこのように思い上がり、自分がまるで本物の男であるかのような勘違いをしてしまう」
グレンデルヒが肥満体の男に向ける視線、口調、全てが対等な相手に対するものではなかった。それは自分よりも劣った存在、家畜などの動物か、それ以下の物に対するまなざしである。
「人生に失敗し、さらにはその自覚すらなく自分が強いと理由もなく信じ込むその愚かしさ。醜い中年の童貞男が生きている価値など、本物の価値を相対的に押し上げる為にしかないというのに」
「何を、いわれなき誹謗中傷を。ルバーブには奥方とご息女がいるのだぞ。結婚式では俺からも祝福の言葉を贈ったものだ。そこに偽りなどなにもない」
「関係ありませんよ、陛下。この男は魂の形が惨めな童貞の敗残者なのです」
グレンデルヒは長い足でルバーブの鼻面を蹴り上げた。豚のような悲鳴を上げて転がっていくその姿はひどく惨めである。点々と床に落ちていく血は潰れた鼻から流れ出したものだろうか。
「良いですか、結婚しただの幸せになっただの、そんなものは現実を直視できない童貞の逃避と言い訳に過ぎません。十代で女を抱けなかった者は永遠に、死ぬまでその鬱屈を抱え続ける。その傷はけして癒せません。生まれながらの勝者、本物を妬みながら、内面だの能力だの財産だのといった空虚な偽物にすがりつくのみです。この世は生まれ持った運命と器量と才能が全てであることが明白であるにも関わらず!」
力強い叫びに気圧されるように、マラードは頷いた。
彼が座しているのは玉座であり、彼が立っているのは王という立場だ。
ゆえに、グレンデルヒの言葉に否定する箇所などありはしない。
だが、納得しながらもその視線は地を這うルバーブへと向かう。未練のように。
「この惨めな男は、自分は敗者であるという傷を生涯抱え続ける。本来己の力で勝ち取り、従えるべき妻に哀れまれ、慈しみの心で嫁いで貰った、という屈辱に耐えなくてはならない。そしてそれに甘んじている以上、これは男ですらない。精神が、魂が去勢されている。これは人生に既に失敗し、ただ生き残っているだけの肉の塊」
ついにグレンデルヒの口調から蔑みすら消えた。
後に残っているのは、ただただ冷淡な、人間ではない物に対するまなざしだ。
「そもそも、娘というのもこれの胤かどうか怪しいものだ。いかに知恵と意志の足りない女風情とはいえ、果たして尋常な精神の持ち主が惨めな中年童貞の子を産みたいと思うだろうか? より優れた血を我が子に与えてやりたいと思うのが自然な親心では? まあ、仮にこの無様なモノの血を引いているとしよう。だが最新の科学理論では子供には女が以前に交わった男の形質が受け継がれるという結論が出ている。処女が中古品よりも高い価値を有するのはこの為だ。これの妻になるほど安上がりな女ならば間違いなく払い下げの中古品。となればそれまでの使用者の形質がどれほど混ざっているか知れたものではない。全く、ぞっとするな。貧乏人の世界とはかくもおぞましい」
吐き捨てるように言って、グレンデルヒは再び教え諭すように王へと語りかける。
「これが現実。これが真実。残酷な世界の理。この世には勝者と敗者が存在し、美しく優れた本物と醜く劣った偽物が存在する。この差は厳然として埋めがたい。だが、その正しい世界認識を得てこそ人は己の振る舞いを正しく位置づけられる」
「しかし、それではあまりにも」
「言い訳は弱者がすること。敗残者がどれだけ顔を真っ赤にして事実を否定しようとも、それはただ惨めさを露呈させているだけに過ぎない。本当のことを言われたからこそ彼らは必死になって理論武装をし、自分たちにとって都合の悪い現実を受け入れようとしない。その見るに耐えぬ姿こそ、現状をありありと映し出す鏡だとも気付かずに」
「だが、グレンデルヒ殿」
「くどい。勝者であるはずの貴方が、なにゆえにそうまでしてこの者を庇うのです? まるで自分自身のことを言われているかのようだ。貴方は生まれながらにして天与の美貌を持っていた、本物の男。貴方のそれは敗残者をより貶める偽りの慈悲に他なりません。しょせん、これらは我々とは同じ場所に立つことなどできはしないのだから」
もはや、王には返す言葉が無かった。
もとより弁舌の立つ方ではない。賢者の立て板に流れる水がごとき口舌を前にして、ひたすらに圧倒されるばかり。ついには心に抱いていたはずのなにがしかの思いすら見失い、己が虚空にさまよわせていた腕、忠実な従僕へと差し伸べようとしていた手と言葉すらかき消されてしまっていた。
明暗はここに分かれた。
光差す世界には見目麗しきマラード王と力強く賢いグレンデルヒ。
その外側で惨めな姿をさらすのは敗れたルバーブ。
言葉以上に、光景こそが雄弁にグレンデルヒの意志を表していた。
だがそのとき。
光の射し込まぬ暗がり、空間の片隅からじわりと染み出すようにして、何者かの影がその場に現れた。その小さな、どこか不吉な空気を纏った人物は、ゆっくりと倒れ伏したルバーブに歩み寄る。
「本当に、そうでしょうか。それだけなのでしょうか」
鈴が鳴るような、幼さの抜け切っていない少女の声。
蜂蜜色の髪と灰色の瞳、異国風のゆったりとしたドレスに身を包んだ新たな人物の言葉は、下から上に向かって放たれた。見上げるような高さの壮年男性に、果敢に挑みかかるようにして。
「貴方は」
マラード王は、呆然と少女を見つめながら問いかけた。
視線は強く幼いかんばせに吸い寄せられている。まるで魅入られたかのように、まばたきの時間すら惜しいとばかりに凝視を続ける。
少女はあるかなきかのほほえみを浮かべて、王に己の名を告げた。
「私の名はセレス。人呼んで冥道の幼姫。十三番目の賢者にございます、陛下。貴方様に生と死の神ハザーリャの祝福があらんことを」
そう言って、優雅に腰を折る少女――賢者セレスの振る舞いは見た目の歳からは想像もつかないほどに精錬されていた。
マラードは自らが王であることすら忘れてしまったかのように、忘我の表情でセレスの愛らしい容貌、小さな頭や赤らんだ頬、柔らかそうな唇を順番に見つめていたが、やがて我に返ると、取り繕うように問いかけた。
「十三番目の賢者だと? 聞いたこともない! しかしその美貌、その振る舞い、きっといずれかの王家かそれに連なる高貴な血筋の姫君に違いあるまい。良いぞ、その方も賢者として迎えよう」
グレンデルヒが不平を申し立てるが、マラードにはもはやその言葉が届いていなかった。小さな子供の魔性に囚われてしまったかのように、その目にも耳にもたった一人の言葉と振る舞いしか届かなくなってしまっているのだ。
「では、十三番目の賢者よ。俺に知恵を貸して欲しい。真の恋とは、一体どうすれば手に入るのだ?! この飢えはどうすれば満たされる?!」
「逆に問いましょう。陛下。貴方様は、今必死になって真の恋を求めていらっしゃいます。そうまでして本気で欲し、心から求め、愛したはずと思った相手が真の恋人ではなく、二人で築き上げた全てが偽りであったとしたら、いかがいたしますか? 私が、これが本物の恋でございます、と用意したものを信じて受け入れ、それを後から、実はそうではなかった、と明かされたとすれば?」
「そのような無礼な真似をすると申すか!」
気色ばむ王に対して、少女は澄まし顔で応じてみせた。
「たとえ話でございます。偽物、本物、それらはただの言葉。誰かにそうだと決めつけられたからと言って、その時まで抱いていた確信が揺らぐなどおかしな話」
「だが、俺はいつも気付いてしまうのだ。これは違う、本物ではないと!」
「それは錯覚です。失礼ながら陛下、貴方様はあまり賢くはございません。でなければ賢者の知恵を借りようなどとは思わぬはず。違いますか?」
「それは確かにその通りだが」
「であれば、貴方様の気付きとは間違ったものなのです――よろしいですか、陛下。貴方様の鬱屈、その原因を外側に求めるということがそもそもの間違いです。問題は貴方様の内側にある」
賢者セレスの灰色の目は王をひたむきにまなざし、その外側にいるもう一人の賢者グレンデルヒを完全に排除した。魔性の輝きを宿した色彩に魅了されたのか、マラードはもはやグレンデルヒに関心を向けることは無い。
少女の微笑みは幼くも妖艶にひとりの男をとらえて離さない。
「私が、貴方の病を見事癒してさしあげましょう」
見つめ合う少女と男。
その様を、グレンデルヒは険しい表情で睨み付けていた。
「どういうことだ、あれは!」
俺は強引にチリアットの身体の制御を奪うと、ヴィヴィ=イヴロスの胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。
キュトスの魔女は表情を動かさずにこちらを見返してくる。相手の反応は冷静だ。こういう揺さぶりは無意味だと判断して手を離す。
ここは舞台袖で、今は幕間――の更に幕間だ。ラフディの王マラードと賢者セレスにまつわる劇中劇は前半が終わり、ひとまず幕となった。そこで、最初の劇中も一度幕を閉じるという段取りを踏んでようやく『いまここ』というレベルにまで戻ってくる。面倒なことだが、必要な手続きだった。
「アキラ、落ち着いて」
現在は幼い姿となっているコルセスカが牙猪チリアットが演じている俺を窘める。もちろん彼女のお陰でこの上なく落ち着いているので、今更そんなことは言われるまでも無い。だが、それでも理性的に腹に据えかねるということはある。怒りを態度として相手に示して威嚇する事が必要な場合は俺はそれをやる。
「やれやれ、まるでチンピラだな――日本語の用法はこれで正しいかな?」
「――合ってるよ」
舌打ちしたいのを堪えて答えた。
相手の態度、表情に含む所は無さそうだ。なによりコルセスカが一切警戒を示していない。
どうやら、ヴィヴィ=イヴロスはこの件に関しては関係が無いらしい。
「正直、私も驚いている。私の浄界にこうも容易く侵入され、あまつさえ破壊されかけたばかりか利用されるとはね」
「あれは、間違い無くグレンデルヒだった。それでいて中身は、あれは――」
「力士のゾーイ・アキラでしたね」
コルセスカが俺の認識を保証する。
俺が白昼夢を見ていた可能性もこれで消えたというわけだ。
場面が一旦終わった瞬間、あの男あるいは女は忽然と姿を消してしまった。それが上級言語魔術師としての呪術なのか、力士としての瞬間転移能力なのかは判然としないが、いずれにせよ最悪の事態が起きていた。
「
二人の魔女と情報を整理したところ、結論はこうなった。チリアットが役者として俺を演じて俺本人が『役』としてこの空間に存在できているように、ゾーイが役者となることで、グレンデルヒもまた『役』として存在できている。そうすることで、この劇による過去干渉に横槍を入れようとしているらしい。
「スムーズに事を運ばせてくれないどころか、相手の都合の良い過去改変をされればより現代の状況が悪化しかねないってことか」
「あちらが同じ土俵で勝負しようとしていることが救いと言えば救いですね。どうやら、即興で台詞を組み立てて脚本の流れを改変しようとしているようです」
ということは、それに流されず本来の流れを守りきればこちらの勝利となるわけだ。劇を破綻させないように相手の台詞に応じながらも、予定された結末に辿り着かせることが必要だった。
「冷静に対処すれば、有利なのはこちらです。ただ」
「さっきのグレンデルヒの誘導、かなり露骨に残虐な方向に誘導しようとしていたな。下手したら舞台の方向性や空気が台無しになる」
頭が痛かった。
突然のゾーイとグレンデルヒの介入、妨害、過去改変、即興劇にも似た特殊なルールでの戦い。果たして、本当にこの調子で最後まで演じ切れるのか?
「大丈夫」
コルセスカは、灰色の瞳で俺を真っ直ぐに見つめて言った。
その時、俺はまるで自分が長い髪の王になったかのような錯覚を覚えていた。あの鬘は、今は外されて小道具と一緒に置かれているというのに。
「私がいます。昔話では、良い魔法使いは悪い魔法使いなんかに負けたりしないものですよ。もちろん、傲慢な王さまも最後には改心するんです」
いつも通りの温度の低い声は、ひどく柔らかい響きを伴って俺の心に溶けていく。矛盾するようなイメージの組み合わせだが、その冷たさに、俺は安堵の暖かみを感じていた。
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