4-33 死人の森の断章8 過去から過去へ、劇から劇へ




 破壊された舞台を復旧させるべく、舞台袖で待機している間、俺とコルセスカは他愛ない雑談を交わしていた。

 話題は主にこのヴィヴィ=イヴロスの浄界【世界劇場】に関する事柄だ。


 背景を演出するための大道具は、限られたスペースで劇の世界を表現するための工夫がなされている。遠近法を駆使した技法により、実際以上の奥行きや広がりを感じさせているのだ。


 そして、平面的な背景は一度呪術的儀式としての劇が始まれば圧倒的な臨場感と迫真性でもって現実化する。奥行きの表現が、本当の三次元的な広がりをもたらすのである。


 視覚的効果は時に空間的な錯覚をもたらす。ヴィヴィ=イヴロスの劇場は、いわば杖的な裏付けがなされた疑似的な浄界である。

 そう説明してから、コルセスカはこう付け加えた。きっとこの技法はトリシューラの為にこそある、と。


 邪視が苦手なトリシューラが、その代替として『固有の世界観』を手に入れるための一助となるはずだというのだ。たとえば彼女の世界たるガロアンディアンの街並みに騙し絵トリックアートの技法を取り入れ、呪術的な街並みを作ってはどうか、などと楽しそうに未来の展望を語る少女の表情は明るかった。


 巡り合わせの問題なのか、コルセスカが師事していたヴィヴィ=イヴロスの技術をトリシューラが得ることはできなかった。しかしそれも星見の塔時代は、という但し書きが付く。トリシューラが未だ不完全な存在なら、これから完全になるために様々な事柄を学び、積み上げていけばいい。


 トリシューラに関係した明るい話題を選ぶコルセスカに、俺は彼女なりの気遣いを見た。今は感じられないあの小さな脳内妖精の姿を忘れないように記憶に焼き付けて、せめて俺は彼女の在り方の一部を摸倣する。デフォルメされた自らのイメージが、彼女を常に思い出させてくれるように。


 そんなことを上演の最中に思い出してしまったのは、目の前の大道具が余りにも生きているかのように見えたからだろう。

 それはこの劇場が呪術的な性質を帯びている事を如実に示す水準点にも思えた。


 年老いた三つ首の虹犬、サイザクタートは精巧な大道具だった。

 よく見なければそれが作り物であるとは分からないほど見事な、『きぐるみ』だったのである。おそらくは、ヴィヴィの使い魔が中に入って動かしているか、きぐるみそれ自体が自律的に動く使い魔なのだろう。


 それほどまでに精巧な作り物は、劇中に於いては『本物』となる。

 コルセスカが演じる名も知らぬ少女が、口に手を当てて驚きの声を上げる。


「ねえ、お爺さん。一体どうして、あなたの頭は三つもあるの? それに、まだお日様も高いのに、二人ともぐっすりだわ。お寝坊さんなのに、起こさなくていいのかしら?」


 少女の無邪気な質問に、老犬はしわがれた声で愉快そうに笑い、垂れ下がった目蓋の片方を持ち上げて答えた。


「この身体は生まれつきだよ、お嬢さん。儂の曾爺さんもこうだったと言うから、儂の一族にはたまに生まれついて三つ首になっちまうもんが出てくるんだろうな。それと、こいつらがぐうすか眠っているのも生まれてからずうっとだよ。こいつらは今までに起きたことが一度も無いどうしようもない奴らさ。一体どんな夢を見ているのやら」


 左右の頭部が目を閉じて眠っているのは、技術的な問題ではないかと推測していたのだが、どうやら元からそのような設定らしい。見れば左右共に、中央の老犬に比べると若々しい。俺は虹犬の年齢を正確に判別することはできない。しかしなんとなく、【マレブランケ】の新入りであるグラッフィアカーネと同年代なのではないかと思えた。


 他愛ないやり取りを経て、話は本筋に戻っていく。予定にない進行で、コルセスカは恐らく即興で今のやり取りを組み立てた筈なのだが、ごく自然なやり取りに思えた。ヴィヴィの生徒だっただけあって、こうしたことはお手の物らしい。

 老いた首が穏やかな声でチリアットとコルセスカに語りかける。


「よしよし、通行許可だね。劇団はいいとして、お前さんらは一体どんな目的でこの国を訪れたのか、教えてくれるかい? ちょうどお祭りの時期だから、観光だとは思うが、一応規則でね」


「いいえ、違うの。私たち、神様に会いに来たのよ」


「おお、それは感心なことだ。遠くにも我らが神の教えが届いているとは、喜ばしいことだ――ううむ」


 老サイザクタートは一瞬だけ声に喜色を滲ませたが、すぐにそれは色褪せてしまう。唸り声をあげた相手を不審に思ったのか、チリアットがどうしたのかと訊ねると、老犬はぽつりぽつりと語り始めた。


「実を言えば、このヒュールサスは今、未曾有の危機に陥っているのだよ。それもこれも全ては我らが神――生と死を司る、大いなるハザーリャが狂ってしまったことが原因なのだ」


 音を立てながら舞台装置が駆動する。上から降りてくるスクリーンに光学映像が投射されて、老犬の語りと連動して映像が切り替わっていく。

 劇の中で、昔語りが始まった。




 古来より王国の統治者は、代々その地に祀られた神によって『王権』を付与されることによってその呪的権威を維持していた。

 神授された王権により、王は強大な呪術の力を振るう事ができたのである。


 国土に豊穣をもたらし、外敵を退ける大いなる力。

 歴代の王たちはよく神に感謝を捧げ、貢ぎ物を捧げた。

 祭祀こそは政治の要であり、まつりごとはすなわち神を祀ることであった。


 そんなありふれた呪術国家の一つ、ヒュールサス。

 生と死の神ハザーリャの加護に守られた、十二賢者山脈の北西に位置する小国では、王とは神の代理人であり、巫女であり聖女でありつまり霊媒を意味していた。


 原因が何で、発端が何時であったのか、誰も知るものはいない。

 だが、それは突然始まった。

 ハザーリャが、『零落』したのだ。


 堕落した神は悪魔や邪神と呼ばれ、恐怖され、忌み嫌われる事によって人に害をなすようになる。まさしくその振る舞いこそが忌避感を引き立て、それが一層邪神としての性質を強めていくのだった。ハザーリャはおぞましい存在であるという認識と信仰は瞬く間に広まり、現実と化した。


 元々、不死の女神キュトスの随伴神であったハザーリャは、その特異な性質を別とすればそれほど位の高い神ではない。

 しかしそれでも神は神。

 堕落した神格は自然の荒ぶる側面となって人々を苦しめた。


 ヒュールサスでは悪疫が蔓延り、凶作によって人々は飢饉に苦しみ、嵐や豪雨が河川を氾濫させ、井戸は赤く染まり鉄錆が浮き上がった。

 夫婦は子宝に恵まれず人口は減少し、共同墓地からは夜な夜な『起き上がり』が現れるので、その土地由来の土葬の習慣を改めることになった。


 人々は荒ぶる神を鎮めようと、生贄を差し出すことにした。

 大多数が生き残るため、少数を切り捨てるという選択。その犠牲となったのは、今まで民を導き、守ってきた王の一族。当代の巫女である。


 巨大な外壁に覆われた小国、ヒュールサスの中央には、巨大な柱が屹立している。それはハザーリャを象徴する神体である。

 そこに、一人の少女が括り付けられていた。

 彼女こそがこの国の巫女。ハザーリャの霊媒である。


 名は、クレナリーザ。

 かつて貴人であった少女は、邪悪な神の傀儡と成り果てていた。

 『奴隷の女王』というのが彼女の二つ名。

 神と共に貶められた、それが呪術的に破綻した国家の末路である。


 柱に磔にされた女王の周囲を、踊るように複数の少女たちが回っている。

 全員が、先端に松かさが付いており、葡萄の葉や房、蔦が巻き付いた杖を持っていた。呪術的な意味を持つ道具なのか、一定の規則に従って先端が虚空を泳いでいる。だがそれ以外にも、歩行を補助するという役割も果たしているようだった。


 少女たちの歩みはどこかぎこちない。みな、片足を引きずるような動きで、それでも必死に神へ奉納するための舞を踊っていた。


 彼女たちもまた、クレナリーザに及ばぬまでも高い霊感を有する巫女たちである。呪術的な国家において、聖職者は敬われ、高い地位に置かれるのが普通であるが、このような堕ちた国家では事情が異なる。


 神への奉納を行う巫女たちに、品のない野次や罵声、唾や食べかすなどが投げつけられる。

 そうした行為を行うのは主に男たちだったが、聖職にない女たちもまた蔑みの目で巫女たちを見ていた。


 我々の生活が苦しいのは全て、神の代理人たるお前たちが不甲斐ないせいだ。

 そう口にすることで民衆は溜飲を下げるが、一時の心の安らぎを得た所で待っているのは苦しい現実である。心が安らぐ事は無く、鬱屈は蓄積し、また解放のはけ口を求めて同じ所に行き着くのだった。


 そうした全てに、神事を行う女たちはただ黙して耐えるのみ。

 社会に於いて高みに位置付けられながらも蔑まれるという、転倒した構図がそこには存在していた。


 全員が足を引きずっているのは、男たちに足の腱を切られているからである。

 曰く、みだらな女たちを罰するための正当な行為。

 巫女たちは聖職者であり、同時に娼婦であった。


 古代のヒュールサスにおいて、春を売るという行為は厳密な意味では成立していなかった。貨幣経済の成立、性行為を交換可能であると見なして契約を行うという認識、そして性をひとつの商品として売買を行うという制度。家父長制を基軸とした『家族』という呪術が未発達であった時代。


 情交は現代よりも奔放に、そして野蛮に、かつ無慈悲に行われるものだった。

 しかし、神という秩序が正常に機能している限りに於いて、その行為は神聖であると見なされ、ある種の慎重さと敬虔さによって暴力的な衝動は抑制されていた。

 ハザーリャが暴走する以前のヒュールサスもそうだった。


 情交は呪術的に重要な意味を有している。それは生殖行為に呪力を見出し、生誕や豊穣を祝福する儀式であるからだ。

 王国に於いて最も重要とされた、原始呪術。天空神と地母神の交合を疑似的に摸倣することで人間世界に神々の奇跡を再現するという、類感呪術。


 古代における演劇の一形態であったと表現することもできるかもしれない。

 その名を、『聖婚』と言う。

 ハザーリャの大いなる神体と聖婚を行う女王クレナリーザは、本来ならば神殿であり宮殿でもあるヒュールサスの中心で一身に尊敬を集めるはずだった。


 高い社会的地位と学識を持ち、病気を癒す力を持った呪術医にして聖職者であり高貴なる女性。それが神聖娼婦という存在である。

 だが、神の権威が反転した失敗国家においては、神聖娼婦の地位はどこまでも貶められてしまう。


 『必要だが卑しい職業である』という認識の下、市街の中心で神聖な儀式を行い、荒ぶる神を慰撫し、その対価として人々から侮蔑され唾を吐きかけられる。

 それがヒュールサスという王国の現状だった。


 巨大な柱に括り付けられた奴隷の女王が絶叫した。

 周囲で舞う巫女たちが精神を昂ぶらせ、この世ならざる場所から神を呼ぶたびに、その叫び声は大きくなっていく。


 やがて、地の底から何か汚穢に満ちたものたちが這い出してくる。

 それは白骨化した手、腐乱した頭部、命の絶えた屍の肉体であった。

 大量の死人が地の底から這い出し、柱に群がると、骨張った手で女王の全身をまさぐり、鋭い指先を柔肌に突き刺していく。


 流れ出した鮮血が死人や柱に降りかかると、目に見えない巨大な存在が歓喜の声を上げた。勢いを増すようにして、無数の死者たちが白骨を女王の全身に突き刺していく。苦痛の呻きがヒュールサスの穢れた風に乗せられて広がっていく。それが神に捧げられる贄だった。


 幾度も幾度も女王クレナリーザの腿や膝に突き刺される白骨の指。

 間断無い挿入行為は出血と苦痛だけを産みだしていく。それが生と死を司る神が行う情交であり、それは当然の摂理として子を宿すことに繋がる。


 神と人との間に生まれた、半神とも言える存在。

 血と苦痛に塗れた交合により、急速に女王の腹が膨らみ、腹部を突き破って赤子が生まれてくる。鮮血に塗れた子らは、腐乱した肉体、あるいは白骨の骨格のみを持って生まれてきた。


 生まれたての死人は、がらんどうの眼窩で暗い世界を目にして、カタカタと歯を打ち鳴らして泣いた。この世に死にながら生まれてしまったという絶望を、理解してしまったがゆえに。


 ヒュールサスでは、もはや子供が生まれることはない。

 よって子供の姿はここでは見られない。

 霊媒たる女王が神とその眷族たる死人たちと交わって産み落とす、死にながら生きる死人の子供たちを除いては。


 人々はその子供たちを呪いを込めて【再生者オルクス】と呼んだ。

 その赤子たちは、新しく生まれた命ではなく、過去に死んでいった人々が甦った存在であったからだ。


 ハザーリャの巫女クレナリーザは自らもまた生きながら死んでいる再生者となり果て、永遠に終わらない苦役を、再生者を増やし続ける政務を行い続けるのだ。このヒュールサスが、完全なる死人の王国になるまで。




 陰惨な語りを終えて、老サイザクタートは深い溜息を吐いた。


「せめて、幾多の催し物や演劇によって大いなるハザーリャの荒ぶる心が慰められれば、この悲惨な状況もどうにかなるだろうに」


 鬱屈を吐き出すように言ってから、このような話を小さな少女に聞かせてしまったことを悔やんだのか謝罪する。しかし謝罪された方はというと、それどころではないようだった。眉根を寄せて、なにやら考え事をしている様子だ。


 老犬は疲れ果てたように言葉を繋いだ。


「儂がもう少し若ければ、遠方へ赴き、いにしえの時代に盟約を結んだ六つの国々に助力を仰ぐこともできたかもしれぬが」


「そのような繋がりがあるのなら、あなたでなくても心ある誰かが動けば良かったのではありませんか」


 『俺』は鼻息も荒く、老犬を憤然と問い詰めた。もちろん、言っているのはチリアットだが、俺も似たような気持ちではある。このヒュールサスという国は、余りにも悲惨だ。おそらくは『仕方無い』と誰もが現状を諦めてしまっているのだろうが――それでもひどい嫌悪感があった。入ることを躊躇うほどに。


 老犬は悄然と項垂れて、それから言葉を探すようにしばし口を開いたり閉じたりしていたが、やがてこう言った。


「そうやもしれぬな。しかし、動けたとしても恐ろしい神を相手に、矮小な人間に何が出来るだろうか。先程は六つの同盟国を頼ると言ったが、その六王国もまた遠い昔に災厄に見舞われて衰退するか、滅びて王朝が変わるか、この世ならざる場所に隠れてしまうかしてしまったのだ」


 災いはヒュールサスだけを襲ったわけではなかったのだ。

 近隣諸国は例外なく、悲惨な状況にあるらしい。

 この時代、この地域は、ひどい状況にあったのだと、老犬の言葉と表情が物語っていた。古代とは、かくも苦しみに満ちた時代だったのだろう。


「――いずれにせよ、もはや何もかも手遅れだ。かつて盟約を結んだ力ある王、そして大いなる神々もまた『零落』してしまったと聞いている。助力を求めたとて、落ちぶれた王たちに何かができるとも思えん」


 『零落』――またその言葉を聞いた。

 全てはその現象から始まったということだが、一体何が原因なのだろう?

 神々の位が堕ち、悪魔や邪神へと貶められる。


 現在、槍神教が圧倒的な多数派として地上を支配し、そうでない宗教は序列化されてその内部に吸収されるか、排除されて地獄に落とされている事と、何か関係があるのだろうか。

 疑問は尽きないが、そうして俺が思索にふける間にも劇は進んでいく。


「いずれにせよ儂はこの場所を離れられぬ。門番として、ヒュールサスの守護を担う事がこの身に課せられた使命。そうでなくとも、中原のジャッフハリムがいつ攻め込んで来るとも知れぬのだ」


 知っている国名が出てきて、少し驚く。

 それは、地獄の中心に存在する王国にして巨大都市の名ではなかったか。

 世界槍が貫く巨大な国家にして、第九階層。

 上方勢力の最終目標にして、下方勢力の最大拠点。


 そういえば、背景には天を衝く槍が描かれていない。

 もしかすると、この時代にはまだ世界槍が出来ていないのかもしれない。

 そして、天地もまだ分かたれていなかったということも考えられる。


「邪知暴虐なる奸婦と悪名高い、あの呪詛レストロオセが大軍を率いて侵攻をしかけてきた時、儂がいなくてはこの小国は呆気なく飲み込まれ、おぞましい虐殺が始まってしまうだろう。儂はそれを防がなければならぬのだ」


 使命感に溢れる老犬の言葉には、強い意志が込められていた。

 自らの出来る役割を果たし、それでも力及ばぬ事に対して罪悪感を感じている老犬を、誰も責めることはできないと俺は思った。


 いずれにせよ、ヒュールサスの現状はそうそう変えることはできない。

 邪神によって支配された王国は、滅びることもできないまま苦しみを抱え込み続けるだけに思われた。


 入国審査が終わり、老犬が門を開けたその時だった。

 今までじっと考え込んでいた幼い少女が顔を上げて、ぱっと表情を輝かせた。

 そして、快活な口調でこんな事を言い出した。


「おままごとをすればいいのです!」


 にこにこと笑う少女を、老犬も牙猪も困惑したように見つめた。

 周囲で話を聞いていた流れの劇団も首を傾げている。唯一、昨夜彼女に一人芝居を見せた若者が何かに思い当たったのか口を開く。


「それは、君も何かを演じてみたいということかい?」


 少女は頷いた。


「みんなが仲良く、平和に暮らせるような劇にすればいい。そうすれば、みんな元気になると思います」


 すると老犬が悲しそうに首を振った。


「残念ながら、それはできないよ。ハザーリャは演劇の神でもある。その意に沿わぬ芝居をしてしまえば、劇の途中で天罰を下されてしまうだろう。そうすれば演じ終えることもできず、まじないは失敗してしまう」


「じゃあこうしましょう。その六つの王国の劇をするの」


 少女が示した代案が意外だったのか、老犬は皺だらけの目蓋を持ち上げて目を見開いた。そして「どういうことだね」と問いかける。


「ここの神様に逆らうような劇はしては駄目なら、関係無い場所ならいいということでしょう? 六つの王国を『再演』によって救い、その力を借りてヒュールサスを救って貰うのです。いかに相手が神といえども、六つの王国が力を合わせれば、『やっつける』ことだってできるはず」


 完璧な名案を口にしたとばかりに得意げに胸を張る少女。

 演劇という呪術儀式による過去の改変。

 その理を完璧に理解しているかのような、幼い少女の理路整然とした提案に、誰もが呆然としていた。


 老犬が、慌てたように問いかける。


「しかし、いかに芝居が力を持つとはいっても、過去を変えてしまうほど大掛かりになれば、神にも等しい力を持った大魔女でもなければとても最後まで演じ切ることはできないのではないかね」


 想像通り、再演による過去の改変はそう簡単なことではないらしい。

 キュトスの姉妹という、分割された女神の一欠片であるヴィヴィ=イヴロスであるからこそ可能な大呪術なのだ。

 しかし、幼い少女ははっきりと断言した。


「できます」


 それは確信というより、ごく当たり前の常識を口にするかのような口調だった。

 まるで、それが『歩いてその場所に向かう』ことと同列であるかのように。


「私には、それができるのです。私は、それを既に知っている」


 灰色の瞳が、淡く光り輝いたような気がした。

 全ては古の六王国の助力を仰ぐため。

 更なる過去へと遡る、再演の旅がまたしても始まるのだった。

 


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