4-21 星見の塔トーナメント④



 異様な雰囲気にコルセスカが身構え、行司シューラがラズリを制止するが、半裸の魔女を取り巻く呪力はより一層不気味さを増していくばかり。

 膨れあがった影のような力の渦が、呪文と共に凝縮されていった。


「其は煌めく星のように――【天招星歌・星夜光】!」


 かっと金色の目が見開かれ、瞳孔が砲身と化して呪力を放出した。

 ラズリの両目から放出されたのは、星の光を集めたかのような煌めきの束。

 光線が空間を走り、コルセスカへと突き進んでいく。

 コルセスカが咄嗟に邪視を発動して破壊的な光に抵抗した。


「今どき目からビーム?! まさかこれは、イングロールお姉様と同じ起源を持つ【星見の塔】の権能ですかっ」


「この【星夜光】を目からビームと形容した者を、わたくしは絶対に許さない! 命でその罪を贖うがいいでしょう!」


 危機的状況の筈だが、どこか緊張感の無いやりとりだった。

 しかしラズリの金眼から放出される光線の威力は凄まじい。あのコルセスカが凍結させて無効化するのに時間がかかっている。

 ――いや、というより、無効化できていないのか?


 まさか、と思った。

 だが、やがて疑惑は確信へと変わる。

 コルセスカの眼前で静止している光の束は、拮抗を打ち破ってじりじりと冬の魔女に迫りつつあった。


 邪視の座の末妹候補、コルセスカが、まさか邪視で圧し負けるなどということがあるとは思えない。

 だが、現実にそれは起きていた。

 コルセスカが、邪視で負けるというのか。


 いつも妙な余裕と自信に満ちた表情が、苦しさに歪んでいる。

 それが見ていられなくて、気付けば叫んでいた。


「何をやってる、それでも冬の魔女かコルセスカ! そのくらい、『アイスブラッド』なら余裕で跳ね返せるし、『幻想戦記』なら全て回避できるはずだっ」


 俺の言葉は多分、周囲のほとんどの人にとっては意味不明だっただろう。

 しかし、コルセスカはその言葉を聞いて、何かに気付いたように息を飲んだ。

 それは俺たちが子供のように徹夜で遊んだゲームのタイトル。

 参照したのは、その中に登場するフィクションの冬の魔女だ。


 コルセスカの三叉槍が青白い光に包まれて形状を変化させていく。

 変貌した【氷球】は自律的に呪文を作動させる呪具と化して【水鏡の盾】を発動。本来は水の鏡面を作り出す呪術はコルセスカが使用した事で氷の鏡となって極大の閃光を吸い込み、反射した。


 ラズリは影の塊となってその場から退避。観客席へ向かった光線をゼドが間一髪で迎撃する。

 行司シューラが試合中止を呼びかけ、ドローンが乱入する中を、ルールなど知らぬとばかりに二人の魔女が縦横無尽に駆け巡る。

 

 影となったラズリが神出鬼没に現れては目から光線を放っていくと、コルセスカは右の義眼と【氷球】の広範囲感知能力でそれを捕捉して全てを迎撃。

 乱反射する光がドローンを破壊し、駆け回って観客を守るゼドやカーインを疲弊させ、【霧の防壁】を維持するセージから罵声を上げさせる。


 戦いは既に武術の競い合いという枠を逸脱していた。

 両者失格としても問題無いほどの大迷惑な戦闘を繰り広げながら、コルセスカの動きは目に見えて良くなっていく。


 ラズリの移動能力と圧倒的な破壊力の光線攻撃が組み合わされば、大抵の相手は一瞬で敗れ去るだろう。

 だがその恐るべき『目からビーム』に対応する手段を、コルセスカは獲得しつつあった。

 それは、一瞬前までの彼女には無かった力。


 コルセスカは、戦いの中で成長していた。

 俺の言葉で気付きを得たコルセスカは、冬の魔女としての力を過去から引き出しつつあるのだ。


 気付けば白銀の少女の目の前に、おぼろげな半透明の、少女と瓜二つの幻影が出現している。

 それは、コルセスカが妄想の中で幻視した『冬の魔女』の姿だ。


 幻影は様々な冬の魔女に次々と移り変わっていく。

 それは転生者ゆえの特権。前の人生を参照して、技量や経験の『引き継ぎ』ができるという、ゲームで言うところの周回プレイ。


 神話のコルセスカの痕跡ゴースト。神話の幻像、前世の履歴。

 リプレイデータの参照。

 様々な能力、数々の戦いを潜り抜けてきた経験、無数のコルセスカ像。


 コルセスカは、歴代の冬の魔女たちのプレイングを参照して、その技術をなぞり、摸倣し、盗み、そしてレコードを乗り越えようとしている。

 コルセスカの足が踏み出され、より速く、より強く、より前へと突き進む。

 そして、幻影に追いつき――追い抜いた。


 無数の氷柱が星の光を引き裂いて、不定形の闇に突き刺さった。

 絶叫を上げるラズリだが、ヴェールに包まれた少女の顔とどろどろに融け合った牡鹿の頭部からは戦意が消えていない。

 金眼が閃き、錫杖が示す先に『それ』が現れた。


「その痕跡ゴーストは――!」


 コルセスカが瞠目する。

 ラズリの前面にも、コルセスカと同じように幻影が出現しているのだ。

 そして、その動きを摸倣して乗り越えようとすることで技量が精錬され、引き離されたコルセスカとの実力差が埋まっていく。


 両者、無数に切り替わる多種多様な幻影に追いすがり、時に追い越し、時にそれを見せ札フェイクとして相手の思考を誘導しながら、熾烈な戦いを繰り広げる。戦いの次元が高みにありすぎて、既に誰も二人を止める事はできなくなっていた。それは同じ四英雄のゼドであってもだ。


 熾烈を極める頂上決戦。

 地上と地獄という両勢力の探索者、その最高峰の戦い。

 互いに死力を尽くし、片方の攻め手がより高度な応手を引き出し、致命的な罠としての受け手が更に苛烈な一手を練り上げさせる。


 歓声は完全に止んでいた。

 制止しようとする副審たちも、ドローンを止めてその戦いに見入っている。

 拮抗した実力は時にお互いの力を限界以上に引き上げる。

 一生のうちに出会えるかどうかという、得難い好敵手。


 そうした運命的な関係に二人があることはもはや自明であった。

 高く跳躍し、天から舞い降りたコルセスカが氷の球体を三叉槍に変えて突き下ろし、迎え撃つラズリが枝角を触手として伸ばしながら青い翼を広げ、胴体から生やした少女と牡鹿の頭部から四条の光線を放つ。


 砕け散る氷とその中を乱舞する星の閃光、それらが極小の空間で超新星爆発のごとく煌めいて、踊る槍が、錫杖が、氷柱が、触手が、蹴りが、翼が、あらゆる空隙を埋めて激突していった。


 絶え間ない攻防を制して長柄武器の間合いに標的を捉えたのはコルセスカ。

 空中から落下することで位置エネルギーを――すなわち重力を利用して槍が振り下ろされる。

 

 しかし重力を味方につけているのはコルセスカだけではない。

 身軽さを武器にして縦横無尽に上方を跳ね回るのがコルセスカの歩法ならば、ラズリの歩法は地を這い、時に影の中に沈み込む下方へ飛び回る歩法。


 共に三次元的な『高さ』を重視した戦法。しかしその性質は上下に対極。

 天より来たる必殺を深く沈み込んで受け流したラズリは、そのまま股関節と膝を緩めながら円の動きでコルセスカの目の前から消える。


 先の攻防の再現。

 相手の虚を突いて背面から攻める流水の如き動き。

 錫杖を捨てて身軽になったラズリは回転しながら触手と化した足をコルセスカの足に巻き付けて完全に固定し、沈墜勁からの十字勁という緻密な重心制御と身体制御によってより速く早い肘打ちをコルセスカに叩き込む。今度は氷によって受け流されぬよう、肘先からは小さな枝角状の触手がスパイクとして生じていた。


 解放された力が十全に伝達され、発された威力はコルセスカを打ちのめした。

 俯せに倒れ込むコルセスカ。力尽きた身体が動くことは無い。

 勝利したラズリは息を吐き、


「残心がなっていませんね」


 頭上から落下してきた【氷球】に頭蓋をかち割られて倒れた。

 割り砕かれた頭部から黒い粘液が流れだし、無数の気泡を生む。

 その泡の中から次々と小さな牡鹿や縮小されたラズリが出てきて、甲高い声で口々に喚く。


「いたいですー」「ずるいずるい」「ひきょうものです!」「やりなおしをようきゅうします」「ものいいがはいりました」「おなかすいたですよ」「おねえさまー、ふゆのまじょがいじめるー」「ばーかばーかあなたのぜんせでべそー」


 何この、何?

 小さなラズリたちは一つに依り合わさってうねうねとしたイソギンチャクのような触手生物に変貌し、割れたラズリの頭部の中に入って内側から傷を埋めていく。頭部が修復されると閉じられていた目がぱちりと開き、本体が息を吹き返す。


 俯せに倒れたままそれを見ていたコルセスカが、小さな声で言った。


「転生者のゴーストに、【星夜光】の奥義。そういうことですか。トリシューラからは、何も聞いていないのですが」


「あの方は、ああですから」


 意味のとれないやり取りだったが、何かまたトリシューラの隠し事が露見したということに違いない。後で問い詰めよう。

 激闘を繰り広げた両者は共にかろうじて生存しているが、倒れ伏したまま動かない――動けない。


「わたくし、もう動けません」


「そうですか、奇遇ですね、私もです」


 両者戦闘不能。

 それ以前に、再三のルール違反により両者失格。

 準々決勝に進出した二人の探索者は、こうして双方敗北という形で退場することになった。


 担架で並んで運ばれていく二人。

 俺の目の前を通り過ぎるコルセスカは柔らかく微笑んで、小さく「ありがとうございます」とだけ言った。


 同じく俺の目の前を通過していくラズリが「ふわー」と頬を紅潮させていたようだが、本当に何なんだろうこの人。どこに反応してるの?

 二人が一度に退場したことで、次に行われる女子の部で勝利した者が準決勝を飛び越して決勝進出することが決定してしまった。


 公式大会の私的利用なのであまりおおやけにできない目的だが、俺の治療という成果を獲得するためにはコルセスカかカーインに優勝して貰うのが望ましかった。とはいえこうなってしまっては仕方が無い。


 それに、こちら側の陣営にはもう一人頼りになる存在がいる。

 女子の部に参戦する、陰の気を宿すサイバーカラテユーザーの黒帯保持者。

 【マレブランケ】のリーダー、マラコーダが試合会場に進み出た。


 その鍛え上げられた美しい肉体は男性のものだが、彼女のアストラル体は紛れもない陰の気を宿した女性のものだ。


 長身と長い脚から繰り出される蹴り技の鋭さはカーインのそれを単純比較において上回るほど。ミアスカ流脚撃術というこの世界独自の足技格闘技の達人は、順当にここまで勝ち上がってきていた。


 彼女もまたサイバーカラテユーザーのランキング上位者であり、基準点であるカーインを破ることが可能な安定した実力を有している。無論、それが単純にカーインよりも強い、ということにはならないのだが。


「さあて、それじゃあ行ってくるわね」


 俺に向けて軽く微笑んで颯爽と進んでいく彼女の腰に、常には無い異形が張り付いていた。

 生えていたのは、先端が尖った長い尻尾。


 マラコーダが形成した『蠍の尻尾』はとある古代生物の細胞を核に、第五階層の物質創造能力で外殻を構築した『尻尾の義肢』である。

 トリシューラが言うには、それは新型の擬態型寄生異獣であるらしい。


 俺を使い魔にしたことによって呪術師としての位階が上昇し、新しい感染呪術が試せるようになったのだとか。

 遠隔地であっても呪力によって切り離された身体部位は影響し合う。

 本人が死んでいても、それは有効である。


 古の闇妖精、蛇蝎王ハジュラフィンの怨念は残された遺骸に宿り、過去から現在へと呪力を伝え続けている。

 偉大な人物が残した遺骸、遺品などに呪力を見出す考え方があり、それらの品を聖遺物と呼ぶが、それはすなわち感染呪術的な思考と言える。


 更に関連して、『血が繋がっている』という関連は『基を辿れば起源を同じくする』という繋がりによって呪力を生み出す。

 旧時代に群雄割拠していた闇妖精の諸王たちの一人を祖先とするマラコーダは、強い繋がりによってその尻尾を使いこなすことができるのだった。


 記憶を司るという『藍』の色号が、彼女の蠍の尻尾を淡く輝かせている。

 『血族』という呪術基盤から祖霊を参照し、己の力となす呪術。

 本気を出したマラコーダの戦闘能力は序列上位の修道騎士に匹敵、あるいは凌駕するほどだ。


 よほどのことがない限り、易々と敗北することは無いはずだ。

 マラコーダの試合が始まるのと前後して、俺の端末にファルからの通信が入る。

 トーナメントを棄権した【変異の三手】の残る二人、黒衣の刺客らしき人物たちの正体が判明したのだ。


 エントリー名『イアー』が副長のイアテムで、『ニケ』が【死人の森の女王】であり、現在はそれぞれのブロックの控え室で大人しくしているらしい。

 だとすれば、黒衣を纏って夜の民を自称している最後の一人こそが、【変異の三手】のリーダー、グレンデルヒ=ライニンサルなのか。


 ――最初から、奇妙さは感じていた。

 グレンデルヒ=ライニンサルは男性だとされている。

 だというのに、エントリーされているその人物の性別は女性であった。


 呪術的な検査でも陰の気が検出されたため、女性の部に参加することを許可したのだが、本気で女性であると考えたわけではない。

 大方、俺とゼドが女装して潜入した事への意趣返しのつもりなのだろうと判断したのである。そのふざけた名前も含めて、こちらを翻弄するための策略だろうと。


 結論から言えば、それは半分ほど的外れだった。

 見上げるほどに背が高い女性が、ゆっくりと歩みを進める。

 すらりとしたマラコーダ、むくつけき巨漢であるカニャッツォやチリアットとほぼ同じくらいの長身、というより巨体。


 近頃ガロアンディアンで正式採用が検討されているメートル法換算で、およそ二メートルにやや届かない程度。

 今まで全ての対戦相手をただ一度突き飛ばしただけで場外へ押し出し、完全勝利を繰り返してきた、恐るべき膂力の持ち主。


 その登録名を、『アキラ』といった。

 それを見た俺は自然、ゼドから聞いた『ニセアキラ』の話を思い出す。

 同様にゼドも「気をつけろ」とだけ言ってその動向に目を光らせていた。


 今まではストレートで勝ち上がってきたが、相手がマラコーダほどの強敵であればその黒衣の内側を曝くことも可能になるだろう。

 対峙した二人の『女性』は礼をして、行司シューラを挟んで睨み合う。

 緊張が高まり、軍配団扇を構えた行司シューラが試合開始の合図を言葉にしようとしていた。


 その時、デフォルメされた少女の口元が、奇妙な歪み方をするのを、俺は見た。

 ――彼女は、あんなふうに、笑いを堪えるような、滑稽さを嘲笑するような表情をするタイプだっただろうか。


 実際にどうなのかはわからない。

 俺はトリシューラについて、まだ知らない事だらけだ。

 しかし、思考の隅に引っかかった違和感は、いつまでも消えない部屋の汚れのように何か形容しがたい不快さを残していった。


「発勁用意、NOKOTTA!」


 マラコーダは発声と共に疾走し、長い脚を生かした上段蹴りで先制攻撃を仕掛ける。更にその背後からは蠍の尻尾が後を追うという、二段構えの連撃である。

 最初の一撃を凌いでも、麻痺毒の呪いを宿した尻尾が襲ってくるという単純ながら効果的な攻めの一手。初撃としては順当だと言えた。


 ――相手が、尋常の使い手だったならば。


 一撃だった。

 誰も、何も言えずにその光景を唖然として眺めるばかり。

 戦術の分析だとか、理解不能な現象に対する驚きだとか、そういう一切が不要なわかりやすい結果に、逆に誰もが事態を理解し損なっていた。


 マラコーダの対戦相手は、単純な技をかけただけだ。

 ただ単に、それがマラコーダよりも速く、鋭く、重く、力強かっただけ。

 一切の抵抗を許さずに一撃で敗北するほど、圧倒的に。


 喉輪。

 黒衣の『アキラ』は、マラコーダの喉元を片手で真正面から掴み、もう片方の手で腰を、道着の帯を掴むと、そのまま上方に持ち上げて背中からマットに叩き落としたのだ。


 技の名は、喉輪落とし。

 行司シューラが決まり手が吊り落としという宣言をしたことで、ようやく勝負が一瞬でついたという事実がその場に浸透していく。

 それを吊り落としと呼んでいいのかはともかく――堂々たる勝者の女子の部優勝と、総合部門における決勝進出が決定したのは確かだった。


 巨体の横に浮遊する二頭身の行司シューラが、何故か得意げに胸を張って、こちらを見ていた――いや、それだけではない。

 黒衣の中、認識阻害の呪術の奥から、『アキラ』がこちらを見ているのが、はっきりと理解できた。


 そいつは、出し抜けに身に纏っていた黒衣を掴むと、まるでステージ上のパフォーマンスのように派手に剥ぎ取ってみせた。

 宙を舞う黒マント。

 内側から現れたのは、よく知られたグレンデルヒ=ライニンサルのものではなかった。


 予想に反して、と言うべきか。

 それとも、予想通りの外見、というべきか。

 屈強な女性だった。

 

 格闘家が用いるグラップリングパンツとレオタードが一体になった独特の衣装と、最先端技術が用いられた機巧廻しはボディアーマーとして民間警備会社で正式採用されている極めて強度の高い装備。


 剃り上げた頭部には頭髪の代わりに刺青のようにびっしりと刻まれた情報回路。

 最先端の脳侵襲機器とナノマシンが搭載されている事を示す頭部の前面には、精悍な、それでいて少し気怠げな顔立ちが張り付いている。張り付いているというのは比喩ではなく、制御可能な人工的な表情であるということだ。


 禿頭の側面に、【Neodetroit】の文字が輝く。

 恐ろしく太い首をこきりと鳴らして、女は眠たげな目をゆっくりと開き、穏やかな表情を獰猛なそれに変えていく。


 その姿を見て、俺の中に残留していた知識が呼び覚まされる。

 女子新相撲を経由して、屋外におけるモンゴル相撲、中国における柔術的要素を取り込んだシュアイジャオ、レスリングなどを包括する新競技として誕生した、今世紀最大の格闘技。


 SUMO《スモー》。

 従来の大相撲に対する訳語ではなく、新たな単語として世界規模で使われるようになったそれを行う超人たちを、力士スモーレスラーと呼ぶ。


「はじめまして、シナモリ・アキラ。私はゾーイ・アキラ。『問題』を『解決』しに来た――と言えばわかって貰えるかな」


 流暢な日本語で、彼女は俺に笑いかける。

 宣名によって放たれる呪術的現象は一切無く。

 しかし、俺のみに感じられる威圧感は途方もない戦慄をもたらしていた。


「正々堂々、正面から。貴方にも納得がいくように、完全燃焼させてあげにきた。何も教えないまま、抵抗も許さずに叩き潰すってのは趣味じゃなくてね――そうだな、とりあえずは」


 既に失われた過去の記憶。

 彼女――ゾーイ・アキラはそこから俺を追ってここまで来た。

 運命に追いつかれた。


 こんな時でも、首筋から広がる冷気が俺の拍動を整えてくれていることが、どこか可笑しく感じられる。

 恐怖はない。

 それでも、今が過去最大級の窮地なのだと、俺は理解した。


「こう言えばいいのかな――たのもう」


 サイバーカラテユーザーは、たじろがない。


「どうれ」


 椅子に座り、身体を冷やさないようにどてらを羽織り、額に保温符を貼り付けてごほごほと咳をしながら、俺はそう言った。

 ――まずい、今度こそ死ぬかもしれん。






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