4-20 星見の塔トーナメント③
それにしても。
準決勝で激突する両者は、奇しくも揃って敗北しながらも勝ち上がっている。
勝利条件など、状況次第でいくらでも変わるため、強さの単純な比較はあまり意味がない。
それでも、人は強さを序列化することが好きだ。かく言う俺も、自分やカーインらの第五階層における強さのランキングが変動する度に一喜一憂している。
いや、憂いは一方的にコルセスカだけに預けてしまっているのだが。
強さとは何か。
ルールを厳密にすればするほど、それはゲーム、スポーツ、競技としての色合いを濃くしていく。
『制限を設けないこと』こそ最強とするなら、最終的には天変地異かウィルスあたりがそうであると結論付けるという極論に行き着いてしまう。
その意味では、ウィルスを相手に感染させるカーインの厄介さはこの上無いと言えるだろう。
逆に『制限の中での強さ』を想定すると、それはその
人の時間は余りに短く、それに焦り、絶望する者もいる。
ゆえに技術を体系化し、継承させていくことで強さを研ぎ澄ませていく、拡散させて多数の人海戦術によって精度を上げていくといったアプローチが生まれる。
しかし、それは人の命が限られているという前提に立った上での話だ。
その寿命が無限である不老不死者ならば。
あるいは、輪廻転生を繰り返して知識や技術を引き継げる者ならば。
その思考実験を形にした存在が、今まさに現れようとしていた。
整えられた練武場の中央に、細やかな光の粒子が舞い落ちる。
それは氷の欠片。
風もない室内を不自然な北風に乗って銀なる白が踊っていた。
やがて様々な明色はその輝きの度合いを増していき、遂には天井の照明すらも超えた眩さで人々の目を覆い尽くしていく。
光が収まり、困惑する人々はそれを見た。
広大な空間に屹立する、巨大な氷の三叉槍を。
その名を誰かが呼ぶより早く、淡く光るオブジェクトに亀裂が入り、盛大な音と煌めきと共に内側から白い少女が現れた。
刃を潰した氷の模造三叉槍を器用に回転させながら左右と頭上の氷片を吹き飛ばした冬の魔女は、右の義眼を強く輝かせた。
三叉槍の穂先が鋭く前に突き出され、対戦相手の方を挑発的に指し示す。
ど派手なパフォーマンスに会場が一斉に湧く。
大盛り上がりの観客たちの声援を受けても、そんなものは慣れっこだとばかりに涼しい顔をしているコルセスカだが、俺は知っている。
あの演出は、徹夜でやったゲームに出てきた冬の魔女の登場シーンそのままだ。
フィクションの影響を受けやすいというか何というか。
それが神話の魔女ということなのだと思うのだが、事情を知っているとなんというか、妙な子供っぽさを感じてしまう。
多分ここにいる大半が素直に格好良い四英雄の姿を見ているのだと思うと、どうしてかそれが可笑しかった。
意思が伝わったのだろうか、青い視線が一瞬だけこちらを向いて、小さく微笑みを作った。
挑戦を受けて立つように、俺の傍から進み出るのは店員さん――ラズリ・ジャッフハリムだ。
ヴェールに隠れた表情は引き締められ、静かにコルセスカを睨み付けていた。
手にしているのは普段使用している錫杖で、尖端は円盤に似て鈍器としての威力は十分ありそうに思える。
殺傷は無しとはいえ、下手をすれば怪我くらいはしかねない。
ただし、相手は地上最強の四英雄の一角だ。
これまで勝ち上がってきたとはいえ、下方勢力の探索者が勝てると本気で信じている者はあまりいないだろう。
聞くところによればラズリ・ジャッフハリムという名前は地獄においても無名らしい。第五階層に来てから頭角を現した探索者であり、評価こそ急上昇しているものの、その名声値は地上の四英雄に匹敵する程ではないという。
というより、どうやら地獄は探索者の総数が地上よりも少ないようだ。
四英雄に相当する強力な探索者もおらず、そうした職業に就く者は地獄でもアウトロー的な存在らしい。
どうも社会体制の違いがこのような差を生んでいるらしいが、詳しい事まではわからない。いずれ地獄についてもきちんと知っておきたいものだが。
「ラズリ・ジャッフハリム、参ります」
宣名はそれなりの迫力を静かに醸し出したが、コルセスカの圧倒的な呪力に抗しうるほどのものではない。
陽の部の反対ブロック――陰の部の準々決勝第一試合。
それはすなわち、呪術的事情によって陰陽の部に分かたれたこの特殊ルールの星見の塔トーナメントにおける、女子の部の準決勝を意味していた。
陰陽二つのトーナメントで練り上げられた二種の呪力。
それぞれの部の優勝者同士がぶつかり合うことで、極限に到達した呪いによって強引に俺の肉体に陰陽の調和をもたらすということらしいが、正直それ理屈が通っているのか? と不安になる。理屈が通ってない呪術なのかもしれないけど。
行司シューラの試合開始宣言と同時に、両者は同時に踏み込んだ。
突き出されたコルセスカの槍をラズリの錫杖が打ち払い、円盤型の尖端が弧を描きながら横に振るわれた。
初手から派手な撃ち合い。相手の出方を待つ事などどちらも考えてすらいないかのような熾烈な武器と武器のぶつかり合いに、会場の熱気が増していく。
双方、長柄武器を手にしての戦い。
一定の間合いを維持しながら必殺の機会を待つ、繊細な読み合いの勝負が繰り広げられる――俺はそう予感したが、そうはならなかった。
ラズリは大振りの攻撃を次々と繰り返した。隙を圧倒的な速度と錫杖の威力で埋めながら、広範囲の横薙ぎで面を制圧していく。
圧倒的な先端重量が可能とする力任せのゴリ押しだ。
武器の特性を考えれば、払いよりも打ち下ろしの方が適しているようにも思えるが、真下へ叩きつけた錫杖が空振りになれば大きな隙が生まれてしまう。
横方向の薙ぎ払いで相手を追い詰めつつ上から下への速度のある攻撃でとどめ、という戦術だろうか。
対するコルセスカは、薙ぎ払いの軌道を正確に読み切ると円盤の根本に三叉槍を突き込み、引っかけ、武器の軌道を逸らしていく。
三叉武器の使い方としては定石とも言える技だが、基本形を丁寧になぞった古流の槍術はラズリの体勢を大きく崩した。
得物を取り落とす事は無かったが、かえってそれが良くなかった。
床に先端を落とされた錫杖は完全に動けなくなっている。
三叉槍で相手の武器を封じ込めたコルセスカは素早く踏み込んで間合いを詰めると、左の掌底を勢い良くラズリの胸元へと叩き込んだ。
それを、
「――手ぬるい攻めです」
ラズリの全身が粘土のごとく歪んだかと思うと、コルセスカの掌打が体内に飲み込まれてしまう。
極められた。
それも、肉体をどろどろに融かして変異させるという異様な手段で。
咄嗟に三叉槍から手を離したコルセスカはその手でラズリの顔に貫手を放つ。
回避したラズリは黒色の塊となって床を這っていき、瞬時に離れた場所で人型を取り戻した。
ヴェールに覆い隠された表情が、微かに緩んだ。
「冬の魔女――貴方は攻め手になりたがっているだけ。本質的には受け手です」
「何を」
「これからわたくしが、本当の攻めというものをご覧にいれましょう」
夜の民という種族特性が可能にする、俺の理解を絶した体捌き――それを体捌きと呼んで良いのかどうかすら俺には判断ができない。
あまり前衛向きではなく、触手槍術と呼ばれる独特の武術を使う種族だと聞いていたが、それは決して夜の民の前衛が弱い事を意味しないようだった。
恐らくラズリ・ジャッフハリムは単純な膂力に於いては準々決勝に残った者の中でも弱い方だろう。
しかし、肉体を精緻に使う手段、体内のエネルギーを制御、運用する効率にかけてはサイバーカラテユーザーをして唸らされるものがある。
ラズリは腰を低く落とし、爪先を内側を向けて八の字にしていた。
柔らかい膝と股関節は静かに脱力しているようだが、内側に向かう運動エネルギーは充溢し、足の底は左右どちらかの方向にはじき出されるのを今か今かと待っていることは間違い無い。
足底が僅かに持ち上げられて、地面をなぞるように移動していく。
まるで影の中に足を沈ませ、その中から足を引き抜かずに滑らせていくかのような歩法――いや、それを歩くと称していいものなのか。
柔らかく股関節を動かして地を『泳ぐ』、円弧を描くような流麗な歩法。
それこそが彼女が用いている武術の要であり奥義なのだと、俺は理解した。
重力を利用した沈墜勁を制御・維持したまま自在に動き回る精密な体捌きは、地を這う影の如き種族、夜の民ならではの完成度だ。
足裏は背後に存在する確かな体系を踏まえながら、一切の淀みなく舞踏や演武のように運ばれていく。
八歩で完成する二重の円周、螺旋の動き。
相手の認識からかき消える零の瞬間、空隙の姿勢。
そこに最後の一打が加わり、合わせて九の動と零の静が曲線を一枚の絵画のように連結させていく。
内実である九節と空虚なる零の一節。
それは足から始まり掌で終わる。
自他の間合い、確度、高さまでもを計算に入れた螺旋勁。
足底から発して足首、膝、大腿、腰、背、肩、肘、前腕、手首、そして掌へ。
完璧に制御された体軸が横回転しながら四肢の末端へとエネルギーを伝達していく。呪術的には、それを丹田から発する内力、などと形容するのかもしれない。
打撃を行う右腕の反対側、左腕もまた同様に伸びていた。全身の調和と共に放たれた力は、静かな流水のようでいて、激流のような重さを宿している。
杖術を織り交ぜながらの連撃を、コルセスカはかろうじて拾い上げた三叉槍で捌いてみせたが、今度杖を手放したのはラズリの方だった。
コルセスカの背面に回転しながら回り込み、腕をとると同時にコルセスカの踵を足で固定して鋭い肘の一撃。
しかしコルセスカは恐るべき神経反射を発揮。視界からかき消えたラズリの動きに反応して見せた。
コルセスカの身体が脱力しながら僅かに沈み、同時にラズリの打撃が冬の魔女の体表面を滑っていく。
その背中を、氷が覆い尽くしていた。
摩擦が無くなった背を斜めに滑るラズリの肘。
夜の民としての異形の歩法の次は、冬の魔女としての奇怪な防御。
共に尋常ならざる呪術と武術、その複合。攻防の後、旋回した槍と杖とがぶつかり合い、快音を響かせる。
両者、飛び退って体勢を立て直した。
コルセスカが左目を眇めてラズリの足を凝視する。
「
「正解ですわ、冬の魔女。禹歩も少し混じっていますけれど」
翻訳なのか俺の前世からの引用なのか判断に困るが、いずれにせよラズリ・ジャッフハリムが使っているのはただの武術ではあり得ない。
それは一目瞭然、見ただけで誰にでもわかる。
なぜならば――それは呪術であったからだ。
「――易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず」
太極とは万象の根源であり、両儀とは天地すなわち陰陽、四象は日月星辰すなわち太陽・太陰・少陽・少陰を意味する。
自然に俺の中に知識が浮かんできたということはやはりこれは引用だ。
異界から引き出された意味が、呪力となってラズリの周囲に充溢する。
呪術の使用は、自らの肉体に影響を与えるものに限れば許可されている。
よってこれは反則ではない。
ラズリが通過した後に、痕跡としての影が張り付いていた。
それがゆっくりと浮き上がると、黒々とした文字の形を成していく。
それらは呪文であると同時に夜の民としての身体の一部である。呪文を身体性の拡張であると捉えているのならば、呪文の行使はすなわち『武術』だ。肉体言語魔術も非殺傷用途ならば許可されている。その意味では殺傷しかできない剣詩舞士のクレイは不運としか言いようがないが、それはともかく。
「わたくし、お客様にはとっても感謝しているのです。何しろ、これだけ強くなれたのはあの方が日本語を――漢字をこの世界に持ち込んでくれたからですもの」
『店員さん』の周囲を乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤の八文字が浮遊している。それらは点と線で繋がっていき、白と黒の象徴的な図像に内包されていく。
『離』と『震』の二文字が白の中の黒点に凝縮され、錫杖の円盤と重なり合った陰陽の図像を巨大な呪力が取り巻いていった。
「色々な表意文字を試したのですが、漢字が一番しっくり来ました。この戦い方が完成したのも、全ては異界信仰のミームの賜物なのです。その意味では、これもまた異界の
流れるような移動と一体となった錫杖の突き、払い、打ち掛け、振り下ろし、巻き込み、捻り、開きという多用な変化が次々とコルセスカに襲いかかる。
ラズリが足を踏み出す度に足下から浮かび上がった漢字が白あるいは黒の光を纏いながら錫杖先端へと導かれ、呪力を纏って威力を増幅させる。
目の前で起きていることが信じがたい。
対応が追いつかず、コルセスカが押され気味になっていた。
気がつけば、ラズリ・ジャッフハリムの存在強度は宣名時とは比較にならない程高まっていた。
観客たちの見る目も完全に変わっていた。
四英雄コルセスカの引き立て役ではなく、その存在を危うくする強敵として。
絶え間ない歩法の繰り返しの中で、いつしかラズリの全身は不定形の影となって形状を崩壊させていた。
それでいて、極めて安定した流れを維持している。
まるで水だ。
影となったラズリ自身が文字に変幻して、錫杖を持った『辰』の字がその内側に無数の星々を煌めかせながら円弧を描いていく。
「辰とは日月星を含めた全天、すなわち星辰配置のこと。占星術師が扱う領域であり、翼持つ者クロウサーの掌握範囲。そして元々は
「夜の民だというのに――マロゾロンド以外の古き神の加護を?!」
防戦一方となったコルセスカにもはや打つ手は無い。
あらゆる反撃の機会を悉く潰されて、受けに回って有効打を避けることで精一杯となっている彼女の青い瞳に、焦燥が浮かぶのがわかった。
「槍神の従属神、パーシーイーの神働術――その身で受けるといいでしょう」
低く、低く、黒い影が沈んでいく。
ばねのように力を撓ませて、極限まで張り詰めた沈墜勁が影を疾走させる。
錫杖を振り上げた影が変幻していき、漆黒の枝角を生やした鹿の頭部が吠える。
青い鹿頭に有翼の人身という獣人となったラズリの勢いは止まらない。
「八卦良ーい――のこった♪」
可愛らしい声と共に、険呑極まりない連撃が放たれた。
ありとあらゆる方向から錫杖が、触手が、翼が、枝角が、足による動きの固定が、肘が、掌底が、コルセスカを滅多打ちにしていく。
勝敗はここに決した。
倒れ伏したコルセスカを見下ろしながら、ラズリは冷淡に言い放つ。
驚くほどの長広舌は、まさしく自意識の強い呪術師そのものだ。
「参照可能なあらゆる異世界は、数学の系が同一です。ゆえに、数字という記号は内包する意味を保持しやすい。その神格性を数字によって表記するパーシーイーはどのような『音』に変異しても同一の性質のまま、強大な神格としての存在強度が発揮できる――槍神の従属神であり知名度は低く、キュトスに付随するハザーリャのような存在ですが、その格は決して低くありません。むしろ主神の力を最も強く受け継いでいると言う事もできましょう。所詮は受けに回るしかできない神格の加護では、この私とパーシーイーの攻めには勝てません」
槍神の従属神から加護を引き出した結果があの圧倒的戦闘能力だとすれば、その力は確かに恐るべきものだ。
感心したような声が響いた。
「なるほど、両性あるいは無性、中性の神格ですか。マロゾロンドと通じますし、夜の民の信仰する神として相性がいいのは確かなようですね」
ラズリは愕然と金色の目を見開いた。
そして、コルセスカの全身が粉々に砕け散るのを目の当たりにする。
氷の像と幻影による偽装。
そこにはコルセスカは存在しない。
行司シューラから反則だという声は上がらなかった。
なぜならば、その氷はコルセスカの血液を凍らせて作りだした彼女の身体の一部であるからだ。自らの肉体に呪術を行使することは認められている。
元々一つであった肉体の一部は遠隔作用によって相互に影響を及ぼし合う。それが感染呪術の考え方であり、【生贄】の呪術の極意である。
しかし、時空を操作する凍結の邪視者コルセスカにとって世界の全ては『場』として捉えられるものでしかない。
摸倣子への干渉によって生じた『呪力場』の歪みによる近接作用。それは時間軸を凍らせながら物語を生起する人間の本性、認知可能な事象を整理する時間的秩序をすり抜け、『隔離された今』への退避を可能とする。
自分の血液のみを消費してほんの一瞬だけ発動させた氷血呪。
虚空に出現した無数の氷鏡。硝子のようなそれらが次々と砕け散って行く。最後の一枚をぶち破りながら飛び込んできたコルセスカが、本来の時間軸に帰還する。
そして、雨――否、雹の如き連撃が繰り出される。
虚空に保存されていた『攻撃時間』が一斉に解凍され、一瞬のうちに夥しい数の刺突がラズリを襲ったのだ。
黒紫の衣服が無惨に引き裂かれ、ぼろ切れとなっていく。
衝撃で鹿の獣人としての形態が維持できなくなり、元の霊長類型の形態に戻されてしまう。
露わになった肌を隠しながら、ラズリは悲鳴をあげて蹲った。
俺は思わずぐっと手を握って快哉をあげる。
「よし、でかしたコルセスカ!」
鮮やかに逆転したコルセスカを褒めただけですが、何か?
やめろ、揃って俺を白眼視するのはよせ。
レオにまでそんな冷たい目で見られると傷付く(コルセスカが)。
本当にコルセスカの勝利を喜んだだけなのに、どうして信じて貰えないのだろう。日頃の行いが悪いのかもしれない。
腕で胸元を押さえて頬を羞恥に染めるラズリは、恨めしそうにコルセスカを睨み付けて言った。
「ああ、服がこんなに。下のポイントこっちで使えないのに。出費がまた――それにこの服気に入っていたのに、ひどいですひどいですー!」
ラズリの悲痛な叫びが練武場に響く。ポイントってなんだろう。
コルセスカは冷ややかに座り込む対戦相手を見て、言った。
「どうやら、加虐嗜好を気取っているだけの被虐嗜好はそちらのようですね?」
「ううー!」
じわり、とラズリの目尻に大粒の涙が浮かぶ。
店員さんを泣かせるとか普通なら許し難いが、コルセスカなのでむしろ良くやったと褒め称えたい。涙目の店員さんがもっと見たいので更に苛烈に虐めていいぞコルセスカ。
頬を膨らませているラズリ・ジャッフハリムは下唇を噛みながら上目遣いにコルセスカを睨み据え、それから幼子がいやいやをするように首を振って、最後に癇癪を起こした。
「――あなた嫌いです。戦ってみてわかりました、冬の魔女はやっぱり悪者です。いい子にしてないと冬の魔女がやってきて氷漬けにされちゃうって、クエスおじさまの言っていた事は本当だったんだわ」
「そうですか。私も何故か貴方を見ていると無性に腹立たしくなります。気が合いますね」
「気が合うのは嫌なのでやっぱり好きです――はっ、わたくしったらなんてことを! 違うんです、そう言う意味ではなくて、ああお姉様ごめんなさい!」
何言ってるのかわからないけど馬鹿っぽい店員さんも素敵だ。
と、彼女は俯いて聞き取れないほど小さく何かを呟いた。
それからきっと視線を持ち上げて、勢い良く立ち上がる。
「――不埒者。数々の無礼、まことに許し難い。冬の魔女、忌まわしい我らが怨敵。積年の恨み、ここで晴らしてみせましょう」
ラズリの声が一段と低くなって、金色の目が険呑な色合いを宿す。
奇妙な感覚だ。外見は変わっていないのに、何故か別人に見える。
まるで彼女の中に、誰かが入り込んでしまったかのように。
「星間追放の刑に処す」
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