3-96 それは、世界がこんなにも光に満ち溢れているから②


 圧倒的な暴力を塞き止めたのは。歌姫の攻撃で傷ついた古代兵器。

 第九魔将ピッチャールー。

 無機質な瞳は人の物語など感知しない。

 ただ目の前の敵を排除するためだけに、減ってしまった多腕で私に襲い掛かる。


射影即興喜劇アトリビュート天眼透徹アイアゲート

 

 第四の金鎖を砕く。大量の紙片が消失すると同時に左手が灰色に輝いた。

 ピッチャールーの猛攻を全て回避していく。

 本来の私の身体能力なら到底無理な超人的な先読みと体捌き。


 その技量の持ち主はここにはいない。

 だが、模倣と類似によってつながった私たちは離れた場所でも完全に遅延の無い情報伝達が行えていた。それは優れた精神感応の力に由来するものでもある。

 

『アズ、受け取ってっ』

 

 ミルーニャの時のように、メイファーラだけに過度の負担をかけたりはしない。

 完璧な同調。

 私たちは今、『遡る』という類似点で繋がっている。


 灰色の左手から伝わってくる、膨大な情報量。

 過去を視る能力。

 フィリスの為に用意されたかのような、私にとって最も必要な目。

 

 メイファーラが情報を集めて、私がそれを元に解体する。

 フィリスの新しい使い方を編み出した今でも変わらない、私の『必殺技』だ。

 猛攻を掻い潜って巨体の懐に飛び込むと、筒状の胴に左手を押し当てる。


「遡って、フィリス!」


 メイファーラの解析と一体化したその能力が、ピッチャールーという古代ジャッフハリムで作られた兵器の来歴を詳らかにしていき、その役目が既に終わっているという事実を掌握。

 意味を失った兵器は、朽ち果てて壊れていくだけ。


 機能停止してゆっくりと目を閉じる古代兵器の横を通り過ぎた。

 歌姫とプリエステラの攻撃が直撃したのか、背後で盛大な爆発音。

 構わずに走る。これで五人。


 左手の方向で、激しくナトとサイザクタートが戦っている。

 無数の遠隔誘導攻撃端末が飛び交うが、空間を歪めて守りを固める魔将に決定打を与えるには至っていない。

 物量と正確性は十分。ならば。


射影即興喜劇アトリビュート明藍飛翔スカイストーン!」


 五つ目の金鎖を砕いて、明るい藍色に輝く左手を前に出す。

 速度と質量を操作する呪文がナトの攻撃端末に干渉。

 その影だけが巨大化していく。魔将は急激に加速した羽型攻撃端末に対処し切れなかった。結界を貫通した攻撃端末が三つ首犬の全身を引き裂いていく。


「いたいいたい、いたいよおおお」


「でも僕たちは夢、サイザクタートの夢だから、幾ら傷ついても大丈夫!」


 朱色の靄が魔将の全身を覆い、傷を瞬時に癒した。

 しかし。


「番犬が居眠りするなんて、躾が必要だなっ!」


 ナトの両腕が射出され、呪力を纏った鉤爪がサイザクタートの中央の頭部を狙う。魔将が再び展開した結界によって眼前で制止する腕。

 その影が伸張し、真下から触手となって伸び上がる。衝撃でおしゃぶりが弾き飛ばされ、豚の『がらがら』が砕け散った。

 すると中央の頭部の輪郭が歪み、その存在が希薄になっていく。


「あれれ? サイザクタートが、僕たちの現実が消えちゃうよ?」


「夢を見てるのはサイザクタート、僕たちは彼の夢――ああ、そのはずが!」


 『自分たちは夢の世界の住人である』という無敵の自己認識が崩壊していく。

 双子が同時に見ていた『自分たちを夢に見ている本体』という夢が消滅し、圧倒的な呪力が霧散していった。

 ナトの放つ攻撃端末と私の触手が、今度こそ魔将の全身を引き裂いて致命傷を与えた。六人目。


 彼方から憤怒の叫びが響く。

 夜空から飛翔してくるのは黒々とした靄――瘴気の翼を生やした巨大な大蜥蜴だった。

 漆黒の亜竜の名は魔将ダエモデク。その頭部に乗っているのは朱色の長衣を纏った壮年の男、魔将クエスドレムだった。


 相手をしてくれていたあの探索者集団は敗れてしまったのだろうか。

 いや――向こう側でまだ激しく戦っている音が響いている。

 そして、亜竜に乗ったクエスドレムの背後から、もう一人のクエスドレムが姿を現した。あの魔将はどうやら分裂能力かそれに類する何かを持っているらしい。


 天上で呪文竜と亜竜が正面から激突し、歌姫とユネクティアが超威力の呪文と邪視を相殺し合い、成長したプリエステラがペイルとイルスと共にベフォニスと渡り合う。そして二人のクエスドレムは亜竜の頭から飛び降りてくる。


 黒い衣を纏ったもう一人のクエスドレムが黒ずんだ棍棒を手にナトに襲い掛かり、朱色の衣を着たクエスドレムは瀕死のサイザクタートに駆け寄っていく。


「おお、サイザクタートよ、なんと言う事だ!」


「クエスドレム様、ごめんなさい、僕たち、ちゃんと役目を――」


「もう良い、良いのだ」


「第三階層を、お守りできず――ジャッフハリムへの、ご恩に、報い――」


 最後まで言い切ることが出来ず、かろうじて息があった片方の首から生気が失われる。クエスドレムは光を失った目をそっと閉じて、灰になっていくサイザクタートを背にしてこちらに向き直る。


「後はこの朱のクエスドレムに任せよ――貴様ら、残らず打ち首にしてくれる!」


 激怒を朱色の目に宿して、第四階層の掌握者であった朱大公クエスドレムが私に殺意を向ける。

 指をぱちりと鳴らす。対処不能の強制空間移動。

 しかし私が左手を藍色に輝かせると、魔将の呪術は失敗に終わる。


「貴様――なんだその重い影は」


 神働装甲の影に群がる異形の怪物たちは、私を引き寄せることができずに不満の泣き声を上げていた。

 私は鎧の質量を増加させ、彼らが動かすことが出来ないようにしたのである。


 本来、私たち夜の民は実体世界の重さを実感するのが苦手なため空の民が使うような質量操作を苦手としている。

 空の民もまた、影を操ることは不得手だ。


 本来はありえない、相容れない筈の組み合わせ。

 影が藍色に変化していくという異常事態は、どのような偶然の悪戯か。

 左手に感じる自由奔放な呪力を、私も未だに掴みかねている。

 影の触手で怪物たちをなぎ払うと、彼らは奇声と共に影の中に逃げていく。


 クエスドレムの影に潜む、心臓の怪物たち。

 悪霊レゴン。【影喰いガーランゼ】と蔑まれるスキリシアの猛獣たち。生者の足を引きずりこんで食らうとされる異形の諸部族グロソラリア


 クエスドレムは世界内に存在する異世界から使い魔を呼び出す召喚者にして支配者の魔将である。そしてその使い魔はレゴンだけではない。

 朱の瞳を爛々と輝かせ、魔将は袖口から呪具を取り出した。

 四十枚一組のカード型端末。その一つ一つが使い魔たちを参照する。


「よかろう、我が軍勢の総力で葬ってくれる! 【珊瑚の角を持つ蛙の国】より来たれジヌイービども! 【フィソノセイア】より現れよ精霊ども!」


 赤い角が生えた蛙の戦士たち、水や炎を纏った浮遊する半透明な人型たちが現れる。宙に浮かんだ札からこの世界に投影された『内世界人』たちの影。

 それらはクエスドレムの指示に従って私に襲い掛かる。


 増え続ける多種多様な軍勢を影の触手を巨大化、加速させることで対抗するが、圧倒的物量に次第に追い込まれていく。

 その時、誰かが流星のように軍勢の中に突っ込んだ。


 【空圧】をばら撒きながら使い魔たちを次々と吹っ飛ばしていく三角帽子に箒の魔女。駆けつけたリーナは軍勢の真ん中で急停止すると、箒から金色の輝きを放出しながら私の左手と呪力を同調させて叫ぶ。


「言理飛翔・十倍減速!」


 私の【束縛バインド】とリーナの速度操作。

 二つの呪術を即興で組み合わせ、アレンジして新たな術を作り出す。

 リーナが箒から落とした影が広がっていき、領域内に入ってしまった軍勢の動きが目に見えて遅くなる。


 その足元から影の触手がゆっくりと這い上がり、次々と使い魔たちを拘束していく。クエスドレムもまた減速と影の触手に捕まるが、かっと朱の目を見開くと強引に呪文に抵抗する。


「小賢しい、地上の狂信者どもがっ」


 四十枚の『札』が全てクエスドレムの体内に融合していく。

 魔将の全身が裏返り、その質量が増大していく。

 多種多様な生物を繋ぎ合わせたような合成獣となったクエスドレムが咆哮した。


 ありとあらゆる異界の生物の特性を併せ持つクエスドレムにはフィリスの解析と解体が通用しにくい。

 もはや人型であることすら放棄した群体生物が、邪視、呪文、使い魔、杖という呪術の四系統を全て網羅した攻撃を放ち、更には地獄の呪術体系たる色号の五種を同時に操作する。


 圧倒的な物量。完全な全方位攻撃。逃げ場は前後左右のどこにもない。

 あるとすれば、上か下。


「リーナッ」


「任せてっ」


 リーナが空高く飛翔していき、私はマテリアル体の質量を操作して希薄化させると、そのまま影の中に沈んでいく。

 私は翼を持った牡鹿に変身するのと同時に神働装甲を変形させた。

 影の鎧の可変機能。胴体や頭部を黒い装甲が覆っていく。


 クエスドレムが支配する異界生物たちの中から飛べる者、影の中を移動できる者たちが私たちを追撃する。

 つまり、敵の戦力は分断されている。


射影即興喜劇アトリビュート真翠玉エメラルド!」


 六つ目の金鎖が砕け散った。

 枝角にプリエステラの時よりも鮮やかな緑色が宿る。

 そして、共鳴する呪力が影の世界で待機していた仲間を呼んだ。


「やっと出番ね、待ちくたびれたわ!」


 深遠の彼方から現れたのは鮮やかな緑色の髪と禍々しい赤色の瞳を持った少女、リールエルバ。

 吸血鬼としての本性を露わにした彼女の口からは長い牙が伸び、均整のとれた姿態は絶えず黒い霧や蝙蝠となって蠢いている。


 更に、その背後から大量に現れたのは同じく吸血鬼となった『従者』たち。

 【支配ドミナント】と【アンクレット】という使い魔系の呪術によって魂をリールエルバに掌握された彼女の手足。

 

 エスフェイルに心折られ、殺害されたというのは全て見せかけだけのまやかし。

 彼女は密かに呪文ウィルスをアストラルネットに流し、更には鼠や蝙蝠といった小動物まで媒介させて市街地に吸血鬼の因子を広げていた。

 そうして、着実に下僕たちを増やして伏兵を用意していたのだ。


 もしガルズの計画が成功し、エルネトモランに被害が出てしまった場合の保険。

 それが彼女による吸血鬼化である。

 天の御殿にアクセスして再生している死者の記憶を吸血鬼化させることはできない。魂に蓄積された死者としての自己認識が深化してしまっているからだ。



 しかし、死亡して間もないのなら吸血鬼の因子に感染することで蘇生が可能だ。

 リールエルバに魂を捧げる下僕となることが救いかどうかはともかくとして――リーナが「きっと悪いようにはしないと思うよ」と言っていたので信じることにする――これである程度被害が抑えられる。


 強靭な心身を誇る吸血鬼たちがクエスドレムの使い魔たちと激突する。

 血走った目で悪霊レゴンたちに飛び掛る大勢の男女。

 リールエルバに忠誠を誓った彼ら彼女らが心臓の怪物たちを引き裂いて、牙を突き立てては【生命吸収】で大量の血液を吸い取っていく。


「ふふふ、いい感じに血に飢えているじゃなぁい。さあ働きなさい卑しい下僕ども! 最も優秀な者にはこの私が直々に精神融解ドラッグを注入してあげる!」


 主が示した『餌』に、吸血鬼たちが男女問わず歓声を上げ、リールエルバの名を叫ぶ。士気は極めて高い。


「この恥ずかしい豚ども! 幾ら私が美しいからといって、あんなエロスパムを踏んでウィルスに感染するなんて恥を知りなさい! 性欲しか頭に無い万年発情期のお馬鹿さんたちが社会に復帰するのなんて無理よねぇ? でも安心しなさい。永久に私の下僕としてこき使ってあげるから――幸せよね? 幸せって言いなさい」


「我々はこの上なく幸福です! リールエルバ様!」



 声を揃える従者たちの統率は完璧だった。

 罠にかけたのも、その恵まれた肢体を使って魅了の呪術をかけたのもリールエルバだが、誰もが彼女を救世主のように崇め、心からの感謝を捧げている。


「ああ素敵! 私の支配力が高まっていく――承認こそ私の力!」


 半透明の脆いアストラル体の存在強度が飛躍的に上昇していく。

 歌姫が聴衆の熱狂で力を増すように、サイバーカラテが入門者から集められた信用と情報に応じて強化されていくように――リールエルバもまた下僕たちの数に応じて強力な吸血公ヴァンパイアロードになるのだ。


 リールエルバは人の性的欲求に干渉し、精神を支配することを得意としている。

 彼女の呪文と使い魔の二重系統を複合させた感染呪術にかかれば、死人たちが有する死への衝動を反転させて性的衝動に変換、吸血鬼化させることも可能だ。

 性的衝動はあらゆる欲求に変換可能。リールエルバはそれを『主への忠誠』と『吸血衝動』に設定することで大量の配下を獲得していた。


 影の世界から攻めあがった吸血鬼の軍勢はクエスドレムの軍勢を蹂躙し、感染し、支配下に置いた。

 私が同じ能力を発動させ、効果を相乗させていることも大きい。

 リールエルバとは氏族は違えど同じ夜の民。呪力の波長はとても良く合う。


 真下から、内側から感染していった翡翠色の呪いがクエスドレムを構成する群体を侵食していく。

 使い魔系の呪術師、支配者としての力量の比べ合い。


 私が触手で妨害し、リーナが空中で敵を引き付けているため、クエスドレムの勢力は弱まっていた。

 そして、感染と拡大を続ける吸血鬼の力は強まり続ける。

 勝利したのはリールエルバだ。


「すまぬな、サイザクタートよ――私も、そちらに逝く事になりそうだ――」


 主要な構成部位であった心臓から朱色の血液を残らず吸い取られたクエスドレムが、灰となって消滅していく。

 リーナを追っていた敵もまた消え去ったようだった。


 一方で、ナトともう一人のクエスドレムとの戦いも終わっていた。

 ただし、勝利したのはナトでは無く、黒い魔将の背後に立つ男。

 片手片足でどうやってここまでやってきたのか。

 守護の九槍第八位、ネドラドの腕がクエスドレムの胸を貫通していた。


「いやあ、参った参った。おじさん、これ以上はちょっと動けないな。残り二人のクエスドレムも【吟遊詩人】がなんとかしてくれてるだろうし、あとは若い人にまかせるよ」


 吐血し、断末魔すら無いままに灰となって消滅する第十三魔将。

 それを確認してばたりと倒れたネドラドはそれきり本当に動かなくなってしまった。同じようにナトも神働装甲が限界を迎えたようだ。

 他にもクエスドレムはいたようだが、相手にしているのが四英雄の一人である吟遊詩人ユガーシャであるならば任せても問題は無いだろう。


 七人目に続いて八人目だ。

 私は枝角を明藍と翡翠の色に輝かせ、リーナとリールエルバの二人に無言のまま合図を送った。

 アストラル体が拡散して黒い霧となり、上空のリーナに纏わりつく。


 時に、第一位の眷属種、空の民は『雲』に喩えられる。

 そして、ある血統の吸血鬼は『霧』に変身する能力を持つ。

 その類似からの連想を、私が繋いで形にする。


 想像する。参照するのは、果てしないようにも思えた繰り返しの中でサリアが話してくれた、始祖吸血鬼の一体との戦いのこと。

 彼女が身に纏っていた影の鎧の元になった存在――伝説の真祖、その幻想をアリュージョンしてリーナとリールエルバに重ね合わせる。


「出でよ、エルネトモランの吸血雲!」


 リーナとリールエルバが一つになり、黒々とした巨大な暗雲になる。

 霊長類の形を大きく逸脱した姿。

 しかし、リーナは黒百合宮の経験で、雲としての自分を操作することに慣れ切っている。


 呪文竜と激戦を繰り広げる黒き亜竜、ダエモデクに向かって突き進む吸血雲。

 吐き出された瘴気を吸収して更に巨大化すると、亜竜の胴体に形の無い牙を立てて【生命吸収】を発動する。


 暴れ狂う亜竜の攻撃を、全身を希薄化させて回避。

 更には使い魔として無数に分裂させた雲が亜竜の全身を次々と食らっていき、黒い体は痩せ細っていく。


「ああ、誰かの糧になって死ぬ――僕は、ずっと、こんな風に――」

 

 弱々しい声を上げて、暗雲の中に飲み込まれていくダエモデク。

 八人目の最後を見届けると、私は翼を広げて飛翔、加速していく。

 ガルズたちにはすぐに追いついた。


 時の尖塔の中央入り口付近で、修道騎士や自動鎧たちを片端から薙ぎ倒しながら今まさに侵入を果たそうとしているガルズ、マリー、そしてエスフェイル。

 追いついてきたリーナが合体を解除して、リールエルバが解き放った吸血鬼の軍勢と仮想使い魔の蝙蝠たちが一斉に攻撃を仕掛ける。


 相手がそれを対処している間に、リーナが帽子から袋を取り出して私に預ける。中にはずっしりとした重さの呪石弾。

 ミルーニャから託されたそれを、今この場で最も有効活用できるのは私――というよりも、私が再現する力の持ち主だ。


射影即興喜劇アトリビュート真琥珀アンバー!」


 霊長類に変身し、黒衣を翻して進む。

 第七の金鎖が砕け散った。

 透き通るような黄色い輝きが左手に宿り、私はリーナから渡された袋を掴むと左手で投擲した。


 エスフェイルに向かって投げつけられた大量の呪石弾が、光り輝くと共に無数の呪宝石へと変化していく。

 そこにリーナの質量増加とリールエルバの呪文の強化が加わり、凄まじい威力となった呪宝石弾がエスフェイルを襲う。


 凄まじい数の敵に対処しているエスフェイルの回避が遅れ、二重の防御障壁すら貫通して極大の威力が炸裂する。

 爆煙が晴れた後、そこに立っていたのは、


「馬鹿な、ベフォニス、なぜ」


「ち、うるせえよクソエスフェイル。てめえに死なれると困るんだよ」


 プリエステラやペイルの追撃を振り切って、エスフェイルを助けるためにここまでやってきたベフォニスは、凄まじい威力の呪術をその身に受けて満身創痍だった。庇われたエスフェイルは唾を飛ばす勢いで叫んだ。


「このような事で、私は貴様を――」


「うるせえボケ、さっさと先急げ」


 迫り来る私の前に立ち塞がって、ベフォニスはエスフェイルのそれ以上の言葉を断ち切った。

 エスフェイルはそれでも何か言いたげな様子だったが、そのまま無言で時の尖塔へと急ぐ。無数の影の棘が入り口の大扉を破壊していった。


 既にベフォニスは瀕死だった。

 弱々しい拳をかわして懐に飛び込むと、左手を押し当てると、静かに呟く。


「ナーグストール」


 ベフォニスの岩肌から浮かび上がった呪宝石が黄色に輝く。

 呪宝石一つ一つの内側に、小さな生き物が出現する。

 それらは呪力を炸裂させながら呪宝石を割り砕き、ベフォニスの体内を破壊して外の世界に飛び出した。


「お帰りニア」「と姉様は仰っています」「セリアもそう思います」「セリアもそう思います」「セリアもそう思います」「セリアもそう思います」


 二頭身くらいの小さな三角耳の少女たちが、魔将を引き裂きながら次々と飛び出してくる。言うまでも無く、聖姫セリアック=ニア本人である。


 事前に買い取ってあったという第一区の宝石店からも、既にセリアック=ニアが大量に出現しているはずだ。

 今頃はあちこちで大暴れして死人たちを倒しているだろう。


「ったく、俺って奴は――」


 全身を内部から破裂させられては岩の硬度を持つ肌も意味をなさない。

 ベフォニスは立ったまま全身に亀裂を走らせ、そのまま灰と消えた。

 これで九人。

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