3-91 黒百合の子供たち②
薬をキメた。
盛大に炎上し、母親に泣かれ、親戚に馬鹿にされ、ガルズに優しく窘められて以来、もうやるまいと思っていた。
もちろんミルーニャにも二度とやるなと厳重に注意されていた。
だが、今はそのミルーニャの許可が下りている。
彼女が厳格に管理する霊薬が注射針を伝ってリーナの腕に浸透していくと同時、どくんと心臓の音が鳴り響いて全身の『血』に満ちた呪力が活発化する。
背後から迫り来る最速の魔将。
その脅威から逃れるべく、違法霊薬がリーナ・ゾラ・クロウサーに限界を超えた力を発揮させる。
アストラル投射の限界速度を突破して、物理的実体が非現実に追随する。
「言理飛翔・十倍加速!」
『落ちこぼれ』と言われていた。
【空使い】のくせに。ゾラの血族のくせに。
――どうしてお前はそんな耳なのだ。
――どうしてそんなにのろまなのか。
――所詮はカラスとの『合いの子』か。
――箒にまたがっているのがお似合いだ。
――ああ、箒で飛ぶ事を馬鹿にしているわけではないぞ?
――あれは立派な
――せいぜい制限された速度の中で技術でも競っていればいい。
――ええ? ゾラのくせに生身で箒よりも遅い落ちこぼれがいるだって?
心身にかかる負荷は全て無視。
リーナはすぐそばにいるミルーニャを振り落とさないように最大の注意を傾けて、結界を維持しつつ暗黒の浄界を飛翔する。
――だからと言って、違法霊薬に手を出して何になるんですか。喧嘩を売ってきた連中を見返してやろうとしたのはまあいいですけど、やり方がまずいです。冗談じゃ済まないんですよ? 盗んだのが私の所だったからまだ何とかなったものの、いえ、そういうことではなく。
背後から追撃する魔将に、半分だけ血の繋がった姉が大量の呪具で攻撃を加える。厳しくて怖いけれど、彼女とはずっと一緒だった。
しかし、全て容易く防がれ、弾かれ、跳ね返される。
背後から迫る怒濤の反撃を、必死になって躱す。
――貴方は、本当ならもっと高く飛べるはずですよ。今はまだ思い出せないでしょうけどね。別に慰めとかじゃありません。端的な過去の事実です。ああもう、泣かないで下さいよ。仕方無いですね、少し手伝ってあげますから。
ミルーニャによる違法ぎりぎりの調律改造を施された箒によって、リーナは今までに無い速さを得ることができた。
浮かれてはしゃいで、毎日のように乗り回して。
気付けばぼろぼろになって、その度に修理して貰って。
道具としての限界が来ても乗り続けた、それはこの上なく大切な宝物。
リーナにとって、家族という居場所は己を束縛する鎖だった。
けれど、半分だけ血が繋がったアルタネイフ家は――クロウサー家の外側にある、もうひとつの家族はそうではないと思えた。
空を飛んでいる時だけが自由だった。
ミルーニャが与えてくれた箒と空が、リーナはたまらなく好きだったのだ。
「二十倍加速!!」
加速を繰り返していくと、やがて同じように魔将から逃げ続ける他の空の民たちと同じ速度域に到達した。
彼らは重力の偏向を引き起こす特殊な【空圧】を発動させて宇宙空間を疾走する魔将サジェリミーナを牽制し続けていた。
広大無辺の暗黒を、空の民たちが飛翔する。
いずれも劣らぬクロウサー家の精鋭たち。
その中でも翼耳を有するゾラの血族たちの標準速度は音速の五倍――
リーナの【言理飛翔】はもちろんその標準速度を基準にした加速である。
訓練された修道騎士とクロウサー家の最精鋭たる空の民たちは、音速の百倍という超高速で戦闘を行う。
その間の通信は、基本的に【心話】もしくは光学呪文表示によって行われる。
地上における最速を体現する彼らを易々と追い越し、切り裂いていくのは第五魔将サジェリミーナ。
地獄における最速と呼ばれた
それでも、飛翔するリーナとミルーニャの二人を守る為に空の民たちは必死に魔将に立ち向かう。
いずれも既に満身創痍。
ここに至るまでに激しい戦いを繰り広げてきたのである。
サジェリミーナの浄界、【
魔将が放った初撃は凄まじい熱を炸裂させたが、それは警告が間に合ったために完全に遮断された。
しかし電離放射線の遮断に失敗した者たちは肌を
ミルーニャの霊薬と治癒符、広域守護の
だが、それによって彼女はこの場で最も厄介な相手に目を付けられてしまう。
地獄最速の脅威に追いかけられながら、リーナはミルーニャを前に乗せて箒で宇宙を駆け抜ける。
大気のない空間を飛ぶ為の推進剤は、ミルーニャが用意していた大量の呪石弾である。
『ハハハ! 遅い遅い、追いかけっこはこれでおしまい!』
前方に回り込んだ銀霊に、横合いから襲いかかるのは異形の獣。
鷲、鷹、鳶など様々な鳥類の頭部と翼に、獅子や馬といった獣の身体を持った獣たちが、高度な呪術によって宇宙空間を疾走し、次々と魔将に体当たりを仕掛けたのだ。
『何をやっている、のろまな落ちこぼれめ! さっさとそいつから離れろ!』
帽子を被った空の民たちがリーナらの窮地を救う。
エジーメの血族の男は帽子の中から小さな使い魔を出現させると、呪術によって巨大化させて魔将にけしかける。
『そこの女には何か策があるのだろう! いいから構うな、行け! 時間は我々が稼いでやる!』
『ハハハ! どうやって稼ぐのかな?』
サジェリミーナが双頭の蛇が絡まった杖を一振りすると、暗黒の彼方から無数の宇宙塵が殺到する。
凄まじい速度で飛来した微粒子の群れによって屈強な使い魔たちが全身を引き裂かれ、その後ろの空の民もまた同様の末路を辿る。
『貴様、よくもユバを!』
空の民たちは魔将を結界内部に取り込み、重力を操作して結界の端に押しやった。帽子の中から解き放たれたのは大量の
その粘性の流動体に取り込まれたら最後、溶解して死亡する他は無い。
だが必殺の攻撃を、魔将サジェリミーナは意にも介さない。
軟泥は水銀の帽子の中に吸い込まれて消えてしまう。
高密度の呪力を纏った流動する水銀が自在に動き回り、高圧の刃となってエジーメの血族とその使い魔たちを切り刻む。
『リーナ、急いで離れて!』
護符をばらまきながら光学呪文で意思を伝えるミルーニャの指示を信じて、リーナは箒を走らせる。
暗黒の彼方から降り注ぐ隕石の超質量が修道騎士たちを鎧ごと圧殺していく。
星間物質を媒介して広大な宇宙全域に散布された魔将の圧倒的呪力が戦場を完全に支配していた。
二酸化珪素によって構成された巨大水晶の柱が上下左右から飛来して逃げ場を奪う。呪文円から召喚された恒星表面から立ち上る紅の炎と硬質な岩石が迫り来る。
『無駄だよ無駄だ。フィレクティ閣下から直接教えを賜った私の占星術は望むままに惑星の配列すら支配する――このように』
巨大な暗黒宇宙の中心たるサジェリミーナを観測者として、浄界内部の天球座標が凄まじい勢いで書き換えられていく。
天体の運行から意味を見出す占星術と己の認識で世界を書き換える邪視とが複合し、サジェリミーナの宇宙では天体は創造主に都合のいい配置に移動していく。
『出でよ、非情なる三角錐!』
錬金術の守護天使たるペレケテンヌルを象徴する三角形の配列が完成した。
作り出された次元の裂け目から、全身を破損して自己修復作業中の機械天使が出現する。光学素子が発光して、無茶をさせるなと非難の意思表示。
『おやあ?』
必殺を期した召喚術は、機械天使が戦える状態になかったことで不発に終わる。そのまま異次元の向こうへと帰って行くペレケテンヌルを見送りながら首を傾げるサジェリミーナに、ミルーニャの攻撃が直撃する。
『間抜けっ、左手親指
爪が弾き飛ばされると同時、【
しかし、錬金術を窮め尽くした魔将にそのような呪術は通用しない。杖の一振りで電撃が消滅する。
光の線で結ばれた星々が象徴的な星座を作り出し、ありとあらゆる意味が発生し続ける。無限に増幅される呪力が宇宙規模の破壊を生み出し、一つの惑星を軽々と打ち砕き、連鎖的に恒星を中心とした惑星系が次々と破砕されていく。
逃れ得ぬ破滅。
リーナやミルーニャたちが恐るべき魔将の猛攻を凌ぎきることができているのは、まずサジェリミーナが遊んでいることが一つ。
もう一つの理由は、ミルーニャが使用している模造神滅具、【成し得ぬ盾】の模造品――というよりも改良品のお陰である。
伝承によれば、本物は盾を砕いた者の魂を打ち砕き、同時に持ち主の魂を砕くという道連れの呪具。
ミルーニャはその伝承を逆に解釈し、『攻撃者と防御者が無事である限り決して砕けぬ盾』、『すなわち盾が無事ならば両者は絶対に傷つく事が無い』という絶対防御を実現した。
欠点は、効果発動中は敵対者を傷つける事まで出来なくなってしまうこと。
効果範囲が自分を中心としたごく狭い領域でしかないこと。
あくまでも状況を停滞させる為の防具であり、相手を倒す為には絶対防御を解除するしかないのである。
そして、最後の一つの要因は。
『うわああああ無理無理無理もう絶対死ぬ! っていうか無茶過ぎるよこれええええ! 他の魔将ってここまで無茶な強さじゃないよね多分?! 私らだけ罰ゲーム過ぎるうううう!!』
『視界がうるさいですよ! いいから加速! 加速です!』
『わかってるってば! 言理飛翔、三十倍加速!』
標準速度――極超音速から三十倍に加速する。
音速の百五十倍。
恐るべき破壊から生き延びる事に成功しているのは、この速度ゆえだ。
だが、その圧倒的速度域に軽々と追随してくる魔将は、リーナにとってもはや悪夢の具現にしか思えなかった。
『ハハハ! お返しだ!』
超高速移動を行いながら高位呪術たる【心話】を同時に操って摸倣子を媒介して直接意思を伝え、更に水銀の刃や【球電】による攻撃を次々と繰り出してくるサジェリミーナ。
高速移動しながら魔将は杖を掲げる。
すると景色が一瞬で切り替わり、そこは暗黒の宇宙ではなく無窮の蒼穹と変幻自在の雲、そして大地が広がる世界となった。
『地上?!』
空間転移――ではない。
サジェリミーナが世界の座標を書き換えたのだ。
『ここがどこか』という現実は、創造主たる魔将の意のままということだった。
箒の周囲に展開している結界が大気の断熱圧縮によって熱の壁に掴まるが、高度な呪術障壁によって容易く克服。この速度域を突破できる強力な空の民たちは誰でも加速以上に強力な呪術障壁を習得している。
『大気さえあればこっちのものだ!』
いつの間にか同じように空間を転移させられていた空の民たちが風を操って様々な呪術を魔将に叩き込む。
もちろん、光速の通信によってミルーニャは既に絶対防御を解除している。
その中の一人、試作型神働装甲一型を身に纏った修道騎士が短杖を手に突撃した。大気の鎧が水銀の刃を、球状の電撃を遮断していく。
修道騎士は短杖をくるくると回転させた。
すると、その動きに従って杖が巨大化。呪文による質量操作と邪視による事象改変によって巨大な棍棒――否、柱になった質量体を魔将に叩き込む。
杖の適性を併せ持った、空の民と三本足の民との混血。
呪具である柱が内蔵された錬金回路を作動させ、同じく錬金術によって維持された魔将の水銀に干渉する。
発動媒体である杖が巨大化したことによって効果範囲が拡大した必殺の一撃。
錬金術のメソッドによる対抗呪文【静謐】は対象を原子レベルにまで分解する。
流体によって構成されたサジェリミーナの全身が解体されていく。
かつて
『この私が、そんな馬鹿なああああ!!』
絶叫を上げながら飛散して、全く同じ呪術で修道騎士を分解していく魔将。
極小にまで分解された無数のサジェリミーナが一斉に馬鹿笑いする。
更に宇宙のありとあらゆる天体が姿を変え、地上が、海が、空が、雲が、星々の配置が、サジェリミーナの顔を形成して笑い出す。
『私こそは不滅の化身にしてジャッフハリム最大の錬金術師サジェリミーナ・ウィ・サジェミリーナ。ややこしいから愛称でススと呼ぶ者もいるね』
『やっぱ被ってたじゃん!』
天に輝く星の全てがサジェリミーナ座となって創造主に力を与えているのだった。苦しみ、のたうち回る演技をしながら即死級の攻撃を無造作にばらまき続ける魔将に、この浄界の中で勝てる道理は無い。
『も、もう終わりだあああ修道騎士の精鋭部隊とクロウサー家に立ち向かうなんて最初から無謀だったんだああああ死んでしまううううう』
そんなことを口にする魔将の背後で火山が大噴火を起こし、不自然な軌道を描いた溶岩が高速でリーナたちを追尾してくる。
『くっそー、あいつ馬鹿にしやがって!』
『挑発に乗らない! それより準備完了です! 『あれ』行きますよ!』
『よっしゃ待ってた!』
ミルーニャの合図に従って、今まで逃げ続けていた箒の向きが反転する。
リーナがまず呪文による音声認証で第一安全装置を解除し、続いて箒のヘッド部分に隠された第二安全装置を解除。
ミルーニャの承認によって隠された機能が解放される。
アルタネイフの錬金術と、クロウサーの呪文による質量操作の融合。
箒が流体のように溶けて二人を包み込み、質量を増しながら全く異質な形へと瞬時に変貌していく。
それは、巨大な白いカラスだった。
修道騎士ナトが使用していた神働装甲を更に二回りほど巨大にして、より速度を追求したような鋭角なシルエット。
白を基調としながらも細部に藍などの青系統の色彩を交えた優美な外観。
長い嘴から続く流線的な全身は唯一箒の名残を残す金色の尾で終わっている。
左右に広がる翼は大気を両断する鋭角な刃。
機体下部に接続された巨大な砲塔は、三本目の足を連想させた。
『霊魂導子の励起状態を確認。アストラルエンジン起動!』
『おっしゃーぶっ飛ばす!』
右翼に刻まれた呪文【思考】と左翼に刻まれた呪文【記憶】がそれぞれの意味を掌握し、超高速で演算を行いながら搭乗者二人の保有呪力を推進力に変換。
機体の操縦を担当するリーナが魔将に突撃。
水銀の身体が周囲に張り巡らされた球状結界に捕獲される。
相対位置を固定されたまま、機体前方で笑いながら【心話】によって呪文を紡ぐ魔将に、火器管制担当のミルーニャが攻撃。
嘴内部から迫り出した砲身から呪術の光が溢れ出す。
『【ヲルヴォーレの雷火】発射っ!』
あらゆるものを焼き滅ぼす荷電粒子の砲撃を、繰り返すこと七回。
成し得ぬ盾による絶対防御を解除しての危険極まりない攻撃。
無防備な瞬間を狙った錬金術と占星術の反撃ごと貫いて、水銀の身体に大穴が空き、呪術を発動させる鍵となる帽子、鎌、杖が一時的に破壊される。
その一瞬、魔将本体が無防備な状態となる。
反撃が出来ない魔将を四十倍の加速で一気に運び、最前まさしく魔将が噴火させた火口へと突っ込んでいく。
黒々とした噴煙を切り裂き、水蒸気、火山灰、火山岩などが摩擦して発生する火山雷の中を真下へと飛翔しながら、超高熱、超高圧のマグマ溜りへと突入。
あらゆる生物が死を免れないその空間を、成し得ぬ盾の模造品によって生存したまま突き抜けていく。
『は、予想通り! ふっるい球形大地の宇宙観を内面化してましたね!』
ミルーニャは思惑通りに惑星の地殻、マントル、中心核へと潜行していることを確認して邪悪な笑みを浮かべた。
魔将サジェリミーナが生まれた年代は、最低でも銀霊という種族が確認された時期よりも前である。
それは世界が球状だったころ。
サジェリミーナが展開する浄界は、その常識を基準として構築されている。
事前に参照していた魔将の資料と占星術による攻撃方法からその事を看破したミルーニャは、絶え間ない移動でひたすらに世界の中心、すなわち観測者視点での基準となる有人惑星を目指した。
必ずそれは存在する。
錬金術師であるミルーニャにはその確信があった。
なぜならば、錬金術という杖の呪術は観測者がいなければ成立できないからだ。
誰も観測者の観測者になることはできない。
液体の外核を突き抜けて、個体の内核に到達。
恒星の表面温度にも等しい灼熱の金属核に押しつけられた魔将の鼻先にカラスの三本足が突きつけられる。
『アルタネイフとクロウサーと智神の盾、その叡智の結晶を受けて死ねっ! プロトプラズマ収束弾、接射!』
機体下部の砲身から魔将に向けて直接発射された表意文字。
絵の如き文字群の中から更に小型の形態素が大量にばらまかれ、それらが瞬時にプラズマ化していく。
プラズマ化した無数の自由形態素が魔将に直撃するが、成し得ぬ盾の絶対防御は両者を完全に守り続ける。
そしてミルーニャは狂気の行いに出た。
まず左手小指の【極寒奏鳴曲】と右手小指の【繁茂の粉塵宝玉】を同時に解放し、二つの模造神滅具を惑星の中心核に叩き込んだ。
氷の腕とプラズマ弾が大量に複製されて視界の彼方まで覆い尽くしていく。
それと同時に、成し得ぬ盾の絶対防御を解除したのである。
魔将を守っていた矛盾論理の障壁が崩壊し、圧倒的な攻撃と中心核の灼熱が前後からサジェリミーナに襲いかかる。
当然のように二人を乗せたカラス型の箒にも破滅の猛威が襲いかかる。
自爆覚悟の捨て身の戦術としか思えない無謀な行動。
しかし、次の瞬間。
遠く離れた暗黒の宇宙に無数の粒子が集まったかと思うと、それは白い三本足のカラスの流麗な機体を再構成していた。
『模造神滅具、【雲霞の鎧】による摸倣子テレポート。ぶっつけ本番でしたが、上手く行きましたね』
『怖い怖い超絶怖かったよー! 死ぬかと思ったぁー!』
外側から、その現象は『非実体の二人に実体が追いついた』ように見えた。
アストラル体のみを安全地帯に飛ばしていた二人は、遠隔操縦で機体を操作。機体と肉体を瞬時に分解し、アルトラル体の下に引き寄せ、再構成したのである。
『ハハハ! 無駄だよ無駄。この世界そのものである私は不滅だ!』
『その不滅っていうのは、この宇宙限定のことなんでしょう?』
『何?』
星座を結ぶ光線を顔の形にして嘲笑するサジェリミーナに、冷淡な瞳を向けるミルーニャ。
その指先に光るのは、複雑な呪文の式だ。
『なら宇宙全体を殺してしまえばいい。神話の火竜退治になぞらえて、疑似氷血呪によって貴方の呪術発動媒体は封印しました。プロトプラズマ収束弾の本領はここからですよ』
サジェリミーナの浄界【
浄界を維持している間は神の如き力を振るえるが、言い換えれば体内に敵を取り込んでいるに等しい。
この世界は一つの生物、一つの生命が形作る
ならばそれは、ミルーニャが専門とする領域である。
観測基準たる惑星、すなわち世界の心臓にして脳たる中心核に撃ち込まれた
それらは複数の状態に分化していき、アストラルのエクトプラズマやミルーニャの万能細胞を再現したネオエクトプラズマとなって浄界の基礎構造に侵入。
自己増殖、自己分化、自己再生、自己複製を繰り返す最悪の癌細胞が、サジェリミーナの宇宙を浸食していく。
『ハハハ! ハハ、ハ?』
笑い続ける星座が歪み、無数に存在する星々の輝きが次々と消えていく。
世界が、宇宙が、静かに終焉を迎えようとしていた。
正常な『生から死』というサイクルを維持できず、ただ膨張と拡大を続けることによって世界そのものの許容量を突破してしまう。
サジェリミーナは不滅にして絶対の存在だ。
しかし、不滅であるがゆえに際限なく増大する呪力を消滅させることができない。新陳代謝を忘れた巨大な宇宙の内部で、肥大化した機能の系同士がぶつかり合い、お互いに阻害し合う。
結果として生まれるのは無限の苦しみと機能不全。
破綻した世界に待つのは、どうしようもない行き止まりだ。
ミルーニャが弾丸として放ったのはサジェリミーナの『世界観』への批判という名の呪文である。
宇宙が引き裂かれ、歪曲し、無数の星々が奇形となっていく。
正常な形を維持できなくなった浄界は、サジェリミーナを内部から破滅に誘おうとしていた。
『いずれ、
ミルーニャの言葉には、勝利の余韻はない。
少しだけ寂しそうに目を伏せる姉を見て、リーナは何か声を掛けようとした。
――その時。
『やあ、流石に驚いた。私の真の浄界にここまで肉薄する者が現れるとは』
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