3-77 睥睨するエクリーオベレッカ②
枝のように伸びた第一区の根本付近、分岐する枝の集まる区画。
葬送式典の会場は、その中心で威容を誇っている。
擂り鉢状の客席は二十万人を収容可能だ。これは地上でも有数の規模であり、アルセミット国ではこれを上回るものは首都アルセミアの大聖堂しかない。
浮遊する積層型の映像投影鏡は今日のために運ばれてきたものであり、本番では中央の祭壇――舞台の詳細が大写しにされる。
もちろん、この場に来ることができなかった遠い地の人々にもその映像は配信される。地上全土に配信されるこの葬送式典は、厳粛な儀式であると同時に娯楽でもあるから、多くの人が注目するのだ。現在も鏡には広告主である多数の複合企業体の名前が次々と表示されている。広告幻像が乱舞する会場に、一般客たちがざわめきながら着席する。
特設された貴賓席にセリアック=ニアとリールエルバを案内していく途中、ミルーニャとプリエステラから連絡が入り、準備が整っている事を確認する。
私たちの出番は最後の最後まで無いので、何事もなければこのまま特等席で娯楽要素たっぷりの式典を眺めていられるのだが、おそらくそういうわけにもいかないだろう。
会場の周囲には修道騎士たちが厳重な警戒網を敷き、更には各国の来賓たちが連れてきている護衛はいずれも歴戦の強者揃いである。
貴賓席の端に見えるのは、中原の騎馬民族である草の民たちだろう。一人一人美しい毛並みの馬を連れており、席の横には馬専用の空間が用意されている。
馬と共に生きる彼らは眷族種としては三本足の民に分類されるが、独立心が強く槍神教との小競り合いを繰り返してきた。
その隣には魚を思わせる耳をした一団。南東海諸島からやって来た【ウィータスティカの鰓耳の民】だろう。複数の布を重ねたような服の肩に、第四位の天使デーデェイアを示す大蛸の紋章が縫い付けられている。
内陸部であるエルネトモランでは鰓耳の民は少数派だ。しかし今日だけは、遙か遠方から主要三大氏族であるリク族、テロト族、キュラト族の族長やその代理といった要人たちがこの場に集まっている。
周囲を固める戦士たちは巨大な銛を手にしており、呪術師たちは彼らが開発した水流のコンピュータを羽衣のように身に纏っている。
更に北辺帝国の有力諸侯、東方諸国や三千都市連合からの使節などが続く。伝統的な槍を構えて身辺を警護しているのは統制のとれた【ジャスマリシュの天眼の民】たちだ。第七位の天使シャルマキヒュの加護によって優れた索敵能力を持つ彼ら彼女らがいれば、いかなる敵だろうと敵意を露わにする前に察知可能だ。
「うへー、壮観だー。つかこれ私らの出番無くね?」
リーナはそう言うが、そういう油断こそが一番の敵だと思う。
というか、決戦に向けて意気込んでいたあの格好良さはどこに行ってしまったのだろう。
仲良く並んで腰掛けるリーナとセリアック=ニアはほどよく落ち着いている。
空は晴れ渡り、この世のあらゆる悲惨な出来事が嘘のよう。
ふと、私は新たな集団が貴賓席に現れた事に気付く。
棒で吊された四角い
第六位の眷族種【イルディアンサの耳長の民】たちは、垂れた耳をぱたぱたとうごかしながらせっせと駕籠を運んでいく。
御簾に遮られて内側はわからないが、それを見て私は思わず声を上げそうになった。信じがたいほどの強烈な呪力が駕籠の隙間から漏れ出ているのだ。
近くで駕籠を担いでいる兎は抗呪繊維で編まれた長衣に身を包んでいるが、呪波汚染の凄まじさに額に汗を浮かべ、ついにはふらついて倒れそうになる。
駕籠が傾きかける。近くにいた私は咄嗟に駆け寄ってその兎と棒を支えた。
「大丈夫ですか?」
「も、申し訳ありません」
顔面蒼白な兎はどうにか持ち直し、所定の場所に駕籠を降ろす。私たちの席のすぐ隣だった。と、御簾の中から声がかけられる。
「ありがとうございます。親切な夜の民の方」
ひどく儚げな、喧噪に掻き消されてしまいそうな女性の声だった。
発言の直後に、小さく咳き込むような音。身体が弱いのだろうか。
「顔も見せぬ無礼をお許し下さい。ですが、私がこの駕籠から出れば穢れを地上に振りまいてしまうのです」
「いえ。それを言うならば、私たち夜の民だって常に全身を隠しております。人にはそれぞれ事情があるものですし、それを咎める権利はこの地上の誰にもないと思います」
「そう言っていただけると助かりますわ。素敵な人がお隣で良かった」
穏やかに言って、ここまで駕籠を運んで来た兎たちを労い、倒れた者に休憩するように言いつける。兎は一礼し、私にも感謝の言葉を告げてその場を離れる。
「あの子には可哀想な事をしてしまいました。私は本来ならばこの地上に降り立つ事も許されぬ身。我が侭に付き合わせて、私は人の上に立つ者としては失格ね」
どう返事をするべきかわからない。肯定するわけにもいかないし、貴人らしき相手の言葉を否定するのもどうかと悩んでいると、相手の視線がこちらに向かうのを感じた。強烈な呪力の波。なるほど、これは高い呪術抵抗がなければ傍にいるだけで体力を消耗するだろう。
「――貴方が、アズーリア・ヘレゼクシュね?」
面食らう。とは言え、貴賓席にいる夜の民は私だけである。更に今日の私が身に纏う黒衣は暗い青の縁取りがされた最上級の礼装。葬送式典の進行の概要は発表されているので、推測は容易だ。
肯定すると、何故かしばしの沈黙。
「――ふうん。なるほど、ね」
黒衣の内側まで見透かされたような感覚。どうしてかぞっとする。
が、その感覚はすぐに消えた。ほっと一息を吐く。
相手はまだ何かを言おうとしたが、その時またしても新たな集団が現れる。
貴賓席に用意されていた一番大きな空間。
他の座席よりも数段高い位置に設置――というよりも浮遊しているそこに、同じく浮遊しながら移動する一団が到着する。
それを見て、リーナが「げ」と呻く。
高みから眼下を睥睨する雲上人たち。第一の眷族種【エルネ=クローザンドの空の民】たちが厳かに登場する。
高位の邪視者や言語魔術師たちの護衛の中央に、誰よりも高い位置を浮遊する長身の老人がいた。
白い頭髪は背後に流され、顎から伸びた髭は胸元まで垂れ下がっている。
白と青を基調とした長衣は最上級の逸品で、すっと伸びた背筋は老いをまるで感じさせることが無い。
爛々と光る眼は恐るべき威圧感で大気そのものを屈伏させていた。
そして、霊長類ならば両耳がある場所からは長大な翼が生えている。
純白の翼耳。ゾラの血族の証として有名なそれが、周囲の大気を掌握する。
息が苦しい。窒息しそうだ。
「頭が高い。頭を垂れよ地虫ども」
その場に立っている者が、全員揃って膝を突いた。すぐ傍にいた空の民たちも例外ではない。
ありとあらゆる貴種たちが集うこの場所で、誰よりも高みから全てを見下ろすこの老人こそ、他でもないクロウサー家の当主。
四つの血族を束ね上げる家長、サイリウス・ゾラ・クロウサーである。
老人は一瞬だけリーナを一瞥したが、声をかけることなく通り過ぎていく。
その代わり、同じく白と青の長衣を着た男がリーナに目を止めて話しかける。
「おやおや。誰かと思えば落ちこぼれのリーナじゃないか」
「――どーも」
目を会わせないように三角帽子を目深に被っていたリーナは、観念したように顔を上げて相手に視線を向ける。
にやにやと笑うその男は、円筒状の鍔突き帽子を被っていた。リーナの黒い帽子とは対照的に色は白。
「妾種の分際で一体何を勘違いしてこの場に紛れ込んだ? 全く、ガルズといい地虫の血は碌な結果を生まんな。ほら、お帰りはあちらだぞ」
「っんのクソ従兄弟、調子乗んなよこの場でぶっ飛ばすぞ」
「おお怖い怖い。野蛮なカラスもどきが何かわめいているようだ。ここは大人しく退散するとしよう。いくぞユバ」
「うむ。だが俺にはお前が何を言っているのかわからんぞハルティール。そこに何かいるのか?」
「俺もユバと同じだよ兄さん。俺達の高貴な邪視には雲の中に紛れた卑しい白カラスなど映らないのさ」
「おっと、そうだったなウィティールよ。すまんすまん」
帽子を被った空の民の男――ハルティールは高笑いしながらその場を通り過ぎていく。同じように通り過ぎていく男たちもまた、同様に様々な色彩と形状の帽子を被っている。
中にはリーナを見て露骨に嘲笑を漏らしたり、鼻を鳴らしたりする者もいる。
私は心の中で一回ずつ全員を吊しながら、帽子を被った連中を見送った。
その次に通り過ぎていった空の民は耳が鳥の羽のようになっている。彼ら彼女らはリーナに対して何かを言うことはなかったが、リーナは居心地悪そうに俯いたままだった。
その両耳は、典型的な霊長類や三本足の民と同じものだ。
まだ黒百合宮にいたころ、空で雲をいじって会話する遊びをしながら、ふとした拍子にリーナが零したことがある。
『あのね、私は翼耳が無いから、本当はあんまり高く飛べないんだ。でも、私はお姉ちゃんと一緒のこの耳が好き。おかげで箒の扱いも空の民としてはかなり得意な方だしね』
自分の耳を好きだと言ったリーナは、けれどそのせいで一族の中で肩身が狭い思いをしているのだろうか。
あの言葉は決して強がりだけじゃない本心だと思う。
けれど、私はなんだか腹が立ってしょうがなかった。
リーナは落ちこぼれなんかじゃない。そう力一杯叫んでやりたい。
――駄目だ。今はあんな連中に注意を向けている場合じゃない。
深呼吸して落ち着く。
気がつけば、葬送式典が開始される時刻だ。
私は激発しそうなセリアック=ニアを抑え続けているメイファーラの負担を和らげるべく、彼女に【安らぎ】をかける。ごめんね。私がセリアック=ニアに話しかけると余計にこじれそうなんだ。
そんな風にしているうちに時間は過ぎていき――遂に、その時が訪れた。
式典の開幕と同時刻。
全ての修道騎士に、下方勢力が第四階層に侵攻を開始した事が知らされる。
審判ヲルヲーラは戦闘の開始を受諾し、第四階層の掌握者たる守護の九槍第七位を中心に第三位、第四位、第六位率いる修道騎士たちが防衛戦に入る。
地上に配置された兵力の半数はこのまま式典会場の周囲で待機とされたが、残りもう半分が急遽再編成されて第四階層に向かうことになった。
侵攻の規模が、想定を超えていた為である。
「
私が思わず声を漏らすと、メイファーラは囁き声で返す。
「うん。第十七魔将ガドール率いる
「巨人って、先代の団長に大負けしてから第八階層に引きこもってるんじゃないの? 名誉を賭けた決闘の掟に従った休戦協定がどうとかで」
「そのはずなんだけど、過去に戦った氏族とは別の少数氏族みたい。智神の盾の分析によると、シェデク邪神群とフォドニル=フルス邪神群っていう旧時代に信仰されていた神々らしいよ」
よくわからないが、地獄は地獄で面倒な派閥争いみたいなものがあるのだろう。
いずれにせよ、相手はかつて槍神教に追いやられた『かつて神だった存在』たちだ。零落した邪神とは言っても、全個体が固有種であるその力は最強の異獣と称されるに相応しいと聞いている。
「アズ、なんかあたし、嫌な感じするよ」
「だね。というか、偶然じゃないと思う」
第四階層への侵攻によって、地上の警備は手薄になった。
まるで、地獄が葬送式典に対する襲撃を支援するかのように。
――逆だろうか。この時に地獄が侵攻を始める事を知っていたからこそ、ガルズは葬送式典の襲撃を計画した?
いずれにせよ、ガルズやマリーといったトライデントの細胞は地獄と通じている。それはわかり切っていたことだが、恐らくあの二人だけではないのだ。
内通者は、恐らく私が想像していた以上に地上の奥深くに入り込んでいる。
式典は迷宮の戦いとは関係無しに進められていく。
小さな蝋燭の火によって死者を慰撫する厳粛な祈りをその場の全員が捧げ、神官たちが厳かに祈祷の文言を唱え、伝統的な疑似火葬を行う。
巨大な杯の上に踊る橙色の猛火の中に故人を模した人形や棺桶が運ばれていく。
炎の中に消えたそれらは実際は舞台の下に消えているのだが、火葬の形式をなぞることで迷宮で散っていった命を葬送したことにするのである。
今まさに、迷宮で多くの命が散っている事を思うと、酷く暗鬱な気分になりそうだった。
立ち上る煙が浮遊する積層鏡の中に吸い込まれていく。ああして鏡という異界の入り口に吸い込まれた魂は、現世とは異なる位相に存在する天の御殿に届くのだと言われている。
炎の葬送が終わると、続いて水を用いての葬送。美しく光を反射する水流が舞い踊る鰓耳の民の周囲で複雑怪奇な絵図を描く。
更には無数のカラスたちが舞い踊り、浮遊する墓石が積み上がって巨大な塔を作り上げ、穏やかな風が色とりどりの紙吹雪を散らせていく。
様々な手法の弔いが行われ、最後に現れたのはプリエステラである。
彼女が杖を降ると、色とりどりの花々が舞台から咲き誇る。
それから詠唱と共に小さな苗を舞台の中央に置くと、それはぐんぐんと成長して立派な黒檀となる。
と、反対側から祭服を纏った黒檀の民の男性が現れる。
イルスだった。彼は膝を突くと槍神への祈りを捧げ、更には『樹木の天使』であるレルプレアと精霊たちへの祈りを高らかに唱えていく。
静まりかえっていた会場から再びざわめきが聞こえ始める。目の前の光景をどう受け止めるべきか、判断しかねているのだろう。
実を言えば、私はこの件に関して詳しい経緯を知らない。
意識が無かったり、その後は部屋に籠もりきりで作業をしていたからだ。
ただ、プリエステラとイルス、そしてハルベルトやソルダとの間で何らかのやりとりがあったらしい。
槍神教の有力者が数多く死亡した結果、エルネトモランではちょっとした混乱が起きた。
そんな状況の中、黒檀の民出身の有力神官が協力したことで実現したのが目の前の光景なのだと聞いている。
これが地上にとってどのような意味を持つのか、今はまだ何とも言えない。
ティリビナの民と黒檀の民、ひいては槍神教との和睦の第一歩なのか。
それとも、ティリビナの民が誇りを捨てて地上に隷属したことの証なのか。
その場のだれもその正否や善悪を判断できぬまま儀式は終わり、プリエステラとイルスは退出していった。
その後に現れたのは両耳をすっぽり覆い隠すほど大きな
葬送式典の為に地上に残らされた守護の九槍第五位を中心として、聖火楽団と聖歌隊が並んでいく。
眠たげな眼が突然ぱちりと見開かれ、世界が一変する。
第五位が展開した浄界が会場をすっぽりと覆い尽くし、大聖堂となったその場所に神を讃える音楽が鳴り響く。
第五位は周囲に途方もなく巨大なアストラル体の
彼女が半透明の鍵盤を叩く度、無数のパイプに呪力を纏った風が送り込まれて荘厳な音を鳴らし、槍や槌矛の代わりに弦楽器や管楽器を手に持った修道騎士らが流麗な旋律を奏でていく。
アストラル体に直接響いてくるかのような圧倒的な音に当てられて、先程の一幕で動揺していた会場が再び落ち着きを取り戻していく。
その場に復活する、槍神への絶対的崇敬。
洗脳にも似た圧倒的な神働術――教会音楽という小儀式によって、プリエステラやその賛同者たちに釘が刺されているのだと感じた。
やがて演奏が終わり、浄界が解除される。
それが葬送式典の前半、つまり厳粛な儀式が終了したことを示す合図だった。
宗教画が描かれた大聖堂の天井が消失していくと、澄み渡った青空に巨大な構造体が出現していることに誰もが気付いた。
天空から逆さまに屹立し、四方にある大きな門から大量の呪力を放出していく。
半透明のアストラル体によって構成された、超巨大な建造物。
それは無数の槍のような尖塔を有する宮殿であり、同時に墓標だった。
第一位の天使、睥睨するエクリーオベレッカ。
この日、この最も天に近い場所で、所定の儀式を行うことで出現する、建造物の天使。
天を覆い尽くす逆さまの御殿にして墓所にして槍そのもの。
その威光に誰もが祈りを捧げ、そこから会場は明るい雰囲気に包まれる。
娯楽性の度合いが一気に増し、煌びやかな
更には次々と打ち上がる大小の花火。
それと同時に、会場の隅で情報を管理していたフラベウファが骨花によって襲撃を受け、第一区の各所に設置された呪力信号の発信塔が爆破される。
この日のために運び込まれた墓石に紛れていた呪石が妨害呪術を発動したことで、あらゆる通信網が途絶していく。
情報の遮断によって会場に供給されていた呪力が一時途絶え、会場は呪術的に孤立してしまう。
その瞬間、貴賓席の周囲に緊急事態に備えた呪術障壁が展開された。
貴賓席が外部から完全に切り離される。
そしてそれこそが敵の狙いだった。
クロウサー家の一人の腹を突き破って現れたマリーは、サイリウスの背後をとるとその延髄に鑿を突き込む。
必殺を期した一撃。
だが、マリーの身体は私の放った拘束帯によって縛り上げられ、リーナが放った【空圧】で地に叩き落とされ、メイファーラの短槍を首に突きつけられて身動き一つとれなくなってしまう。
サイリウスはというと、微動だにしていないどころか背後を振り返りもしない。
「なんで、こんな」
「こちらメイファーラ。目標を捕縛しました」
マリーは妨害したはずの通信を平然と行っているメイファーラの声を聞いて、愕然としていることだろう。
「まあ、このくらい予想済みってこと。ほら、あっちも無駄」
リーナが指差した先にある舞台では、状況を混乱させるべく現れた巨大な腐肉人形がペイルによって粉砕されていた。
筋骨隆々とした上半身裸の巨漢が怪物を倒していく光景は松明の騎士団の模擬演舞か何かだと解釈されているのだろう。
天を衝くような巨大な人体骨格が擂り鉢状の会場に張り巡らせた結界を引き裂いて襲いかかろうとするが、その頭蓋に無数の弾体が直撃、後退させていく。
太陽を背に飛翔するのは、装甲に覆われた人間ほどの大きさのカラスだった。
優美な白い翼から羽型の攻撃端末が次々と射出されていき、【空圧】を纏わせた強烈な全方位攻撃が巨大白骨を破壊していく。
更にカラスは変形を繰り返し、内部から装甲に覆われた手足を迫り出させて翼を持った騎士となる。
腕に取り付けられた三つの刃を降下しながら振り下ろしていくと、巨大白骨はがらがらと崩れていった。
『まずまずの成果ですね。智神の盾とアルタネイフ工房の技術力があればまあざっとこんなもんですぅ。あ、一応ついでにきぐるみ女の基盤技術も』
ミルーニャからの通信が入る。
あのカラス型と人型、二つの形態を使い分ける新型の甲冑は、神働装甲と名付けられた新武装である。
その試験運用を担当しているのはペイルの仲間としてかつて私たちと刃を交えた三本足の民、ナトだ。
ミルーニャによって四肢を奪われた彼は、その凄惨な体験を経たことによって呪術の適性が大幅に上昇した。
四肢の欠損や臨死体験など、極限の状況に晒される事で魂がより高みへと引き上げられることがあるという。
再現性の無いあやふやな事例だが、ナトは運が良かったらしい。
ミルーニャはかえってナトから感謝されてしまったことがたまらなく嫌な様子で、『不快ですがあのきぐるみ女の真似をするとします』などと言いながら手足の代わりとなる神働装甲の開発を手伝っていた。
ナトはあの鎧の四肢を攻撃端末を操る要領で使い魔として使役しているらしい。膨大な数の羽型攻撃端末を同時に操作するその実力は恐らくかつての比ではない。
「こんな、こんなダメダメなはずじゃ」
絶望の声を漏らすマリーを、私たちは哀れみに満ちた視線で見下ろす。
途絶した呪力の供給はとうに回復し、通信網も復旧している。
会場の外から襲撃を仕掛けていた骨花の使い魔たちを全て破壊されたことを確認して、私は溜息を吐く。
異獣憑き、そして呪動装甲の内部に入り込んだ金鎖細胞は鎖状の円環構造を類似とみなして、離れた場所であっても類感呪術通信を可能とする。
かといって中枢たるフラベウファをどうにかすればそれで通信ができなくなるようなシステムではない。
全ての金鎖が相互に分散処理を行っているため、仮想的なフラベウファは決して死ぬことがない。
そして通信設備を襲撃するであろうこと、妨害呪石を密かに用意していたことは予想ができていた。
ソルダの指揮の下、あえて作られていた警備の隙を狙った骨花の群れはあえなく伏兵たちに潰される。
彼が個人的に雇った(ただし資金は松明の騎士団から出ている)探索者協会の人員たちが、この日のために用意された襲撃用の使い魔を全て駆逐したのだ。
予備の通信機材が起動し、速やかに復旧作業が完了。
そして、マリーを更なる絶望が襲う。
舞台の中央。
円形に空いた穴から迫り上がってくる足場。
その中央に立つ、美貌の
少しだけ尖った両耳と僅かに青みを帯びた長く美しい黒髪、黒玉の瞳、奇跡のような美貌。
ゆったりと広がったスカートが綺麗な青と黒のドレス。
複雑に重なる布を揺らしながら、この会場、それどころか地上全土で登場を待ち望まれていた歌姫が姿を現す。
「嘘、嘘だ! 確かに、確かに殺したのにっ!」
マリーは信じられないと絶叫する。
いつもはフードで隠していた両耳は高度な偽装呪術によって半妖精の質感と映像を被せられている。たとえ触れたとしても彼女の耳が左右非対称であることは誰にも分からないだろう。
歌姫Spear――またの名をハルベルト。
盛大な歓声に出迎えられながら、この日の主役が登場したのだった。
それとほとんど同時に、遙か遠くの第五階層からの要請に従って、この場所の映像と音声がアストラルネットに広がっていく。
更にもう一つの仕掛けが駆動する。
やや恥ずかしいが、寝ずに突貫で『加工』した物語素体。
どうにか形になっているといいのだけれど。
私は願う。
遠く離れた場所で戦っている彼の勝利を。
私たちのこの勝利が、遙かな迷宮まで届けばいいと、そう思った。
ディスペータお姉様による『あとでテストに出ますからね』コーナー
【門】:「転移門、大扉とも言われる遠く離れた二点を繋ぐ装置ですよー。空間を切り貼りして繋ぐタイプのものとトポロジー型圧縮異空間でショートカットするタイプが主流ですが、今回出てきたのは後者ですね。列車に乗らないで地下鉄の路線図の上を歩いたら駅に到着、みたいな感じです♪」
【アルセミット】:「お話の舞台である迷宮都市エルネトモランのある国ですね。首都のアルセミアは槍神教の総本山です」
【ドラトリア】:「吸血鬼王ドラトリアが興した東方の国家で、首都はカーティスリーグです。現在では、霊長類系の有力貴族であったオルトクォーレン聖大公を中心に国政が行われていますが、政情は不安定みたいですね。ニアちゃんのそっくりさんは聖大公のご息女だったそうです」
【ドルネスタンルフ】:「まあるくてごろごろ転がります」
【猫の取り替え子】:「生まれたばかりのニアちゃんは取り替えられたのです。彼女は猫のナーグストール? それともニアちゃん? きっとそれは、あの子たち次第」
【獅子王キャカラノート】:「ニアちゃんと同じ猫の取り替え子。古の言語支配者にしてフィリスの創造主たちの一人――あら、これは有罪かしら」
【トリシル】:「クレアノーズの命名だけれど、余りにも酷すぎると思います。どちらにとってもです。トリシューラに負ける度、あの子ったら酷く沈み込んでしまって。見ていられませんでした」
【浄界】:「己の心に描いた世界で現実を書き換える、邪視者の奥義です。術者によってそのかたちは変わりますが、第五位さんのものは実在のアルセミア大聖堂をそっくりそのまま再現するようです」
【神働装甲】:「呪動装甲と何が違うのかと言えば、それぞれの守護天使に関係のある形態に変形できる所ですね。今回使用されたのは第五位型の試作機で、その他の位階に対応した神働装甲も試作機を開発済みだそうですわ」
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