3-76 睥睨するエクリーオベレッカ①




「ゆーるーしーてーよー」


 部屋まで起こしに来たリーナの声を、私は完全無視した。

 昨夜の事を未だに引き摺っている、わけではない。

 呪文の構築に悩む私のために、視点を変えてアキラに助言を頼んでみたら、などと言っていたが、あのにやついた顔は絶対に何か妙な事を勘ぐっていたに違いないのだ。まったくこのお調子者はいつもこうだ。

 とはいえ、いよいよ葬送式典の当日だ。

 リーナに怒りを向けている場合ではない。

 無視しているのは、何をされても許す相手だと侮られないための措置である。

 ミルーニャに言われてずっと無視しているが、流石に少し心が痛む。


「ていうか第五階層がやばいって気付いたの私なのにー! 手伝いとか色々やってるのも私なのにー! いっぱい働いてるのに扱いが悪い! 許されざるよ!」


「――うん。だよね。なんかごめんね。アキラが大変なことになってるって、考えてもみれば当たり前だったのに」


 守護の九槍の一人、第九位キロンが第五階層に向かったことは知っていた。

 そして、王獣カッサリオがいるということは近くに迷宮の主もいる可能性が高い。第五階層に異変が起きつつある事くらい予想がつきそうなものなのに。

 命の恩人と妹――その二人がアキラと戦うかもしれないと考えると、なんだかひどく心が窮屈になって、息ができなくなりそうになる。


「ま、なんとかなるよ。あっちにはフルブライトとノーレイのお化け姉妹がいるんだし。私、あの二人に一回も勝ったことないよ」


 リーナの気楽な声は、いつだって私に救いをもたらしてくれる。

 部屋を出る準備をしながら私はリーナの明るい黄色の髪を左右で三つ編みにする。今度は、左右両方ともしっかりと。


「そう、だね。それに、アキラだって負けてない」


「大狼の投爪を投げ返して、魔将と渡り合える前衛、だったよね。サイバーカラテ、だっけ。なんか先輩がめっちゃ興奮しながら『もっとはやくこれに出会っていれば』とか言って奇声を上げてたけど」


 私にとっては、これが一番意外だった。

 ミルーニャは私たちの中で一番あのサイバーカラテなる武術に関心を示し、早速ネット経由で入門をしたらしい。

 ミアスカ流脚撃術という武術を体得している彼女は恐らく強くなる事に関して貪欲なのだと思うけれど、そう言うことをしても大丈夫なのだろうか。なんか武術とかそういうのって掛け持ち? みたいなことしていいのかな。


「あとはこっちの仕掛けが間に合うかどうかだよね。こっちが先にライブやっちゃえば、あとは録画と録音でどうにでもなるんだけど」


「そこは、あっちが持ち堪えてくれることを祈るしかない」


 そうすればきっと、ハルベルトがアキラを――みんなを救ってくれる。

 通し稽古での白昼堂々とした凶行は完璧に行われた。恐らくマリーはこのまま最終日の今日、呪術儀式を行う為にこの場に現れるだろう。

 だからこの十三日目、葬送式典こそが正念場。


「さ、行こうか。みんなが待ってる」


「おっし、それじゃあいっちょ行きますか!」


 まずはこの都市の外周部。

 もうすぐ遠い異国から【門】を渡って訪れる幼馴染み、セリアック=ニアを迎えに行こう。




 エルネトモランの外周部からは地脈列車の駅から線路が複雑に交差しながら外へと伸びている。呪術的に意味がある幾何学模様が淡く光を放ち天に向かう柱を作り出す。その先で浮遊しているのは空港で、毎日数多くの航空機や飛翔型の使い魔が訪れ、また飛び立っていく。

 個人単位の車輌や箒といったものも陸路、空路の別を問わずに行き交っている。葬送式典があるこの日、エルネトモランには遠路はるばるやってきた人々が殺到する。熱心な槍神教信徒はもちろん、物見遊山の観光客はいつもの倍以上。

 修道騎士たちの多くは警備と交通整理で休む暇もない。

 メイファーラもまた私の警護ということで朝から合流することになった。

 私、リーナ、メイファーラの三人が向かうのは、基幹となる交通機関とは別に存在する、各国の要人たちが使用する転移門。

 九つの円柱が半球状の屋根を支え、その下で浮遊しながらゆっくりと回転する巨大な円環。それが転移門である。

 軽く足を上げれば円環内部をくぐれる程度に細く薄いが、その高さは途方もない。ミルーニャの石像とプリエステラの樹木巨人が肩車をしてようやく端から端に届くほどだろうか。

 同じ都市の外周部であってもその他の交通機関など重要な設備からは遠ざけられているのは、かつて転移門が軍事利用されていた時代の教訓である。

 移動コストを大幅に減少させる転移門は、同時に安全保障の面で繋がった双方の地に大きな危険を抱えさせてしまう。

 国際法で厳重に規制され、その運用には細心の注意が払われるのだが、使用できないというわけではない。

 リールエルバが方々に手を回して膨大な事務手続きを処理してくれたお陰で、セリアック=ニアは無事にエルネトモランに到着した。

 美しくカットされた呪宝石が散りばめられた浮遊する円環型転移門は、ドラトリアの呪宝石加工技術が使われており、アルセミットとドラトリアとの友好の証であるとされている。

 アルセミットの武力の象徴たる松明の騎士団の本拠地エルネトモランと、ドラトリアの首都カーティスリーグが繋がっている事実は、険呑な想像をかきたてずにはいられないけれど。

 聖姫セリアック=ニアは、円環の中で揺らめく光の膜から、ゆっくりとその姿を現した。

 かつてと変わらない――いや、かつて以上に美しく清らかに成長して、セリアック=ニア・ファナハード=オルトクォーレンは異国の地にふわりと降り立った。

 ドラトリアの至宝と謳われた宝石のような瞳はきらきらと純真に輝き、黄色い髪はゆるやかにカーブしながら背中に流れている。

 乳白色と薄い黄色のドレスは控え目であり、首飾りに光るのは豆粒よりも小さな宝石ばかり。けれどその全てが最上級の仕立てであり、国宝級の呪力を宿していることは間違いが無かった。


「まあ、リーナ!」


 出迎えの為に集った修道騎士(私たち含む)の槍や棍を天に向ける敬礼には目もくれず、セリアック=ニアはリーナを見つけるとぱっと顔を輝かせてスカートを摘んで駆け寄っていく。

 私は礼装である黒衣姿で槌矛を立てたまま、高い踵の靴でよく走れるなあと感心した。

 霊長類型の耳とは別に存在する、頭頂部の三角耳がぴんと立って微かに動く。喜びの表現だった。


「ニアちゃーん! 直に会うのひさしぶりー!」


「会えてとっても嬉しい。今日はよろしくね」


 旧交を温める二人を微笑ましく眺めながら、私は首を傾げる。

 おかしい。ここに来る予定だったのは、セリアック=ニアを含めた護衛や神官、使節団を含む総勢百人にも及ぶ集団だったはずだ。


「あの、殿下? 他の方々はどうされたのでしょう?」


 恐る恐る問いかけてみるが、セリアック=ニアは私の言葉が聞こえなかったかのようにリーナに話しかけ続けている。

 仕方無く、同じ内容をリーナが繰り返すと、


「ああ、それならもうすぐ到着します。ほら」


 セリアック=ニアが示した先で、転移門から巨大な質量が転がり落ちた。

 存外に柔らかく着地したそれは、球体だった。

 私はそれを見て、小さい頃に読んだ絵本を思い出した。

 かつて大地が球体だった頃に第九位の天使だった、まあるいドルネスタンルフ。

 ふくよかな体型の人を喩えるときによく出てくる名前だけど、しかしそれは人というか、人のような何かといった方が適切に思えた。

 白から褐色のグラデーションを描く、肌色の表面。

 よくみると、体毛や関節の皺、うっすらと浮き出した血管が見えている。

 まるで、人の皮を用いた大玉のようだ。

 だが継ぎ目は一切見当たらない。最初からそうであったかのように、自然な生き物として球体はそこにいた。

 時折、各所から骨ばった何かや人の顔じみた輪郭が浮かび、微かな呻きが聞こえるのがひどく不気味だ。


「あの、殿下、あれは一体」


 私の問いかけを無視するセリアック=ニアに、仕方無くリーナが同じ問いを投げかける。

 セリアック=ニアはにこりと微笑んで、


「みなさんです」


「うーん、ニアちゃん、最初から説明してくれる?」


「護衛と神官団に刺客が混ざっておりまして、出立の直前に襲撃されました。特に問題なく撃退したのですが、事前に規定の人数を申請した以上、それを曲げては姉様の顔に泥を塗ってしまいます。そこで、生きたまま一緒に来ていただいたのです。それに護衛の数が足りないとなればドラトリアの威厳にも関わりますから」


 最後の理由をついでのように付け加えるのがセリアック=ニアらしいといえばらしい。しかしだとしても、全員まとめて肉団子にする必要までは無いはずだ。

 リーナがその理由を問い質すと、セリアック=ニアは首を傾げて、


「まだ内通者がいるといけないので。それに、儀式やお話でしたらあの中からでもできるでしょう? 護衛の方々には外周部で中心部の方々を守っていただくということで、合理的ではないでしょうか」


 セリアック=ニアの手招きに従って、ごろごろと肉塊が転がってくる。

 並んで道を作っていた修道騎士たちが一歩退き、その異様さに呻いている。


「あれが猫の取り替え子か」


「おぞましい、なんと冒涜的な」


「しっ、聞こえるぞ」


 囁き声から滲み出るのは畏怖と嫌悪。

 視線は、自然と極めて稀な身体的特徴である三角の耳に集まる。

 非霊長類系の耳など珍しくも無いが、それが幻獣【猫】ともなれば話は別だ。

 かの獅子王キャカラノートと同じ特徴を有するセリアック=ニアは、敬われる以上に忌避される存在である。


「ニアちゃん、さっすがにやり過ぎじゃないかなあ。ってかあれじゃ苦しくて儀式とか無理だと思うよ」


「それならそれで良いのです。葬送式典の御霊送り程度、セリア一人で十分ですもの。誰かの手を借りるまでもありません」


 セリアック=ニアはこれまで一度も私の方に視線を向けていないが、その言葉が棘を剥き出しにしているのは明らかにこちらの方向だ。

 私もまた、マロゾロンドの使徒として葬送儀式の締めくくりに参加することになっている。

 だから、その補助のために訪れたセリアック=ニアとは協力して儀式にあたらなければならない、のだが。


「そういえば、セリアがお手伝いするはずの使徒様はどこでしょう。先程から探しているのですが見当たりません。遅刻ですか」


「あの、ここにおります」


「あら使徒様。お久しぶりです。背が低すぎて見えませんでした。ふふ、今日も小さくて可愛い夜の民流のぶりっこがお上手ですね。今度はどなたに媚びていらっしゃるんですか?」


「ニアちゃーん、抑えて抑えてー」


 にこやかに毒や敵意を向けてくる相手に対して、私はただ縮こまるしかない。

 セリアック=ニアは姉であるリールエルバと昔から仲の良かったというリーナを除けば、私に対してだけ個人的な感情を露わにする。

 それは誰に対しても無関心な笑顔を見せる彼女としてはとても珍しい、怒りや恨みに類する感情だ。

 私がアズーリアとしての自分を取り戻したあのフィリスの事件まではそんなことは無かったので、原因は二つしかない。

 ひとつは、あの頃から私とリーナが仲良くなって、セリアック=ニアと一緒に過ごす時間が減ってしまったこと。同じ理由で、なんだかミルーニャに対しても態度がやや冷たい。

 そしてもっと大きい理由は、私の中にいるフィリスが彼女の師であったディスペータお姉様を過去に追放してしまったこと。

 あの時、私に意識は無かった。

 けれど、大好きなディスペータお姉様と引き離されてしまったセリアック=ニアとしてはそう簡単に割り切れるものでもないのだろう。

 その時、セリアック=ニアの背後にうっすらとした輪郭が滲み出る。

 姉のリールエルバが、超遠隔地からアストラル投射をしているのだ。

 緑色の長髪と赤い瞳、均整のとれた半透明の裸体が浮遊している。細部や輪郭の曖昧な肢体は溜息が出るほど美しく、伝説の彫刻家サーク・ア・ムントの作品のような見事さだ。

 男女問わず、誰もが見惚れずにはいられない成熟した美貌。あれで私の一つ上だというのだから驚くしかない。


「こーら、駄目よニア。使徒様に失礼でしょう。と姉様は仰っています。セリアもそう思います」


 セリアック=ニアが姉の言葉を代弁するが、本心から同意しているとはとても思えなかった。

 少しだけ俯いて、独り言のように姉に語りかける。


「セリアにはわかりません。セリアの中にいるナーグストールはセリアです。なら使徒様の中にいるフィリスだって使徒様ではないのですか」


 それは、同じように内側に異質な存在を飼っているからこその視点だった。

 セリアック=ニアの存在そのものと深く結びついた猫は、彼女にとって自分自身に等しい。ゆえに、似たような私とフィリスとを切り離して考える事ができないのだろう。

 セリアック=ニアの言うことは間違っていない。私とて、同化と浸食の繰り返しでもうどこまでが自分でどこまでがフィリスなのかという境界は曖昧なのだ。

 感情は容易く割り切れるものではない。

 リールエルバは、仕方なさそうに腰に手を当てて息を吐くような仕草をして、それから薄く微笑んだ。


「仕方無いわね。使徒様、リーナ、メイファーラ。そして松明の騎士団の皆様方。本日はお忙しいところお出迎えいただきありがとうございます。早速ですが、式典の会場まで案内していただけますか? と姉様は仰っています。セリアもそう思います。あのね、それは貴方が言うべきことであって余計な補足は必要無いのよ?」


 相変わらずな姉妹姫を連れて、私たちは専用の航空機に乗って世界槍の穂先に最も近い第一区へと移動していく。

 広々とした機内前方の貴賓室で、セリアック=ニアとリーナが並んでゆったりとした座席で歓談している。その両脇で護衛としての任についているのは私とメイファーラ、それと修道騎士たち。巨大な球体の護衛(と言っていいのかどうかわからないが)は後方の一般客室を占拠しているようだ。

 今回、私は式典の参加者でありながらセリアック=ニアの護衛でもある。メイファーラは私の護衛であり、護衛なのに護衛されるというよくわからないことになっている。どこだろうとクロウサー家の威光を振りかざしてふわふわ移動できるリーナの方がよくわからないが。

 ふと、セリアック=ニアの背後で浮遊しているリールエルバが表情を変えた。

 高密度の呪力が収束し、半透明のアストラル体が揺らぐ。形良く膨らんだ胸が指で押されたようにへこんでいる。痛みに表情を歪めた姉を見てセリアック=ニアが指先から爪を飛び出させる前に、私が素早く槌矛を隣の修道騎士に突きつけた。


「退出を。死にたくなければ急いで」


 リールエルバは腰の後ろで組んでいた両手でさっと身体を抱くとうつむいてしまう。緑色の髪が赤くなった顔を隠す。

 文字通り穴が空きそうな程に投射型の邪視で注視していた修道騎士に周囲から冷たい視線が集まる。

 それほど強い邪視ではなかったので兜越しならばれないとでも思ったのだろうが、リールエルバのアストラル体は非常に繊細だ。下手をすれば怪我をしていたかもしれない。


「し、失礼しましたっ」


 その修道騎士が泡を食って貴賓室から出て行くのを見届けて、私は嘆息した。

 危なかった。私が動くのが遅れていたら、リールエルバが怪我をしていただけでなく、セリアック=ニアによって修道騎士が殺害されて国際問題に発展していたかもしれない。

 投射型の邪視者は視線が現実に影響を及ぼすので、不躾な凝視をしていればすぐに露見する。

 羞恥に震える姉を見て、憤慨したセリアック=ニアが立ち上がろうとする。それをリールエルバは制止して、余裕を持って口を開いてみせる。依然として顔は赤いままだが。


「いいのよ。どうせそんなにはっきりとはわからないのだし。それに、見惚れられたと思うと気分がいいわ。と姉様は仰っています。セリアもそう思いますが害虫はやはり殺すべきです」


 セリアック=ニアは繰り返し爪を出し入れしている。正直気が気ではない。場合によっては私が力尽くで止めなければならないのだ。その場合、多分あっちは容赦してくれないだろう。嫌だなあ。


「どんな形であれ、人に認められるって嬉しいものよ。ごてごてと着飾った姿や肩書きなんかではなく、私そのものを見られていると思うと素敵な気分になるわ。と姉様は仰っています。セリアもそう思います」


 思えば、リールエルバは昔から誰かに話しかけられると嬉しそうにしていた。狂喜するあまり言葉が大波のように押し寄せてくるのが玉に瑕だが、認められたい、かまわれたいという欲求が強いのだと思う。

 美しいアストラルの裸身を晒す彼女の肉体は、豪華絢爛なドレスに包まれて地下千メフィーテに幽閉され、長年の拘束でひどく痩せ細っているという。

 ずっと誰とも会えないまま、身動ぎ一つできない環境で雁字搦めに縛られてひとりぼっち。

 セリアック=ニアが瞳を潤ませて手を伸ばすが、非実体のアストラル体に触れることはできない。

 窓の外、雲の向こうの遙かな異国に思いを馳せる。

 自らを傷つけかねない強い承認欲求によって存在を維持せねばならないほどに危うい存在。それがリールエルバだ。

 生き霊、幽体離脱、背後霊。

 ドラトリアからここまで、肉体との接続が消失しかねないほどの距離だが、リールエルバは妹であるセリアック=ニアを媒介としてアストラル体を憑依させることによって、【血の絆】の呪術で存在を補強している。

 吸血鬼が使い魔との間に結ぶ契約の呪力経路。

 王墓の底に潜む吸血公ヴァンパイアロード

 ドラトリアの地下で密かに受け継がれてきた王族の血統。

 マロゾロンドが直接作り出した始祖吸血鬼によって築かれたドラトリアでは、大神院によって夜の民が私たち【青い鳥ペリュトン】のみとされた後も吸血鬼の王族を絶やさぬため、王墓の下にある巨大な地底王宮に真の王族を匿っていた。

 しかし最後の血は想定外の事件によって余りにもあっけなく絶えてしまう。

 その血脈を復活させることを望んだドラトリアは星見の塔に縋り、そしてそこに末妹選定という儀式が結びついたことで、その計画は実行された。

 最後の姫君、リールエルバのクローン。

 人工的に培養された吸血鬼。地下深くに埋められた呪術培養ミームクローニングの魔女。クローンであることを示す魔女名はトリシル=リールエルバ。その名を二度目に呼ぶことは彼女に敵と認定されることを意味する。

 存在しないはずの非公式な王族。

 決して日の光を浴びることが敵わず、複製であるという事実により常に自己同一性の崩壊の危機に晒され続けるという非業の運命。

 その振る舞いから、いつしか彼女はこう呼ばれるようになった。

 狂姫リールエルバと。

 端末に着信。

 断りを入れて、メールを開封する。


『やっぱり、内側にかなーりいるわね。できる限り目星を付けて知らせるようにするけど、いざという時はニアをお願いね』


 画面から顔を上げると、リールエルバと一瞬だけ視線が交錯する。

 ハルベルトと並ぶ一流の言語魔術師を頼もしく、危なっかしい猫の取り替え子を恐ろしく感じながら、私たちは第一区に向かう。

 


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