3-67 激光《レイジ》②



 今まで口を挟むことなく、夜ごとの思い出話に付き合っていたリールエルバとセリアック=ニア――グリーンとイエローは、ここにきて協力を断った。

 予想していた事ではある――が、ハルベルトはあえて訊ねた。


「どうして」


「協力する理由がどこにあるのかしらね。今現在もなお私たちの国に災厄をもたらし続けている言震ワードクェイク――その切っ掛けとなった相手を助ける理由、できれば教えていただきたいわねえ」


「そんなのっ、アズーリア様が悪いわけじゃない! やったのは私、全て私の責任で引き金を――」


「メートリアン、それは違う。やったのはハル」


「同じ事よ」


 互いが自分こそが悪いのだと言い合うカラスとウサギを冷ややかな瞳で見据えて、リールエルバは言い放つ。


「原因がなんであれ、ドラトリアは引き裂かれた――その事実が全てじゃないかしら? ねえ、それどころか私たちには、全国民を代表して使徒様を八つ裂きにすることすら求められているのでは? ああ、けれどそんなことをしたら今度は私がマロゾロンド回帰主義者に狙われてしまうわね」


「そんなことさせません。姉様はセリアがお守りします」


「いい子ね、私のニア」


 唯一自由な緑色の長髪を蠢かせ、リールエルバは妹の頭を撫でた。

 嬉しそうにごろごろと喉を鳴らす三角耳の少女人形は姉の言うことだけを聞き、姉の判断に盲従する。リールエルバが協力を拒否したならばセリアック=ニアの協力も得られないということだ。


「――あなたが怒るのは当然だと思う。けど、それは全てハルがやったこと。だから、どうかアズーリアを」


 震える声で懇願するハルベルトを見ながら、リールエルバは可笑しそうに喉を鳴らした。それから笑い声は大きくなっていき、ついには哄笑に変わる。


「やだもう、そんなに怯えないでってば。可愛い垂れ耳を更に垂れさせちゃって、私の密かな小動物好きにつけ込もうって言うの?」


「そんなつもりは――」


「冗談よ、冗談、そんなに固くならないで頂戴」


 破顔するリールエルバの表情に敵意や怒り、憎しみと言った負の感情は見当たらない。ハルベルトはおずおずと訊ねる。


「怒って、ないの?」


「怒ってるに決まっているでしょう」


 笑い声がぴたりと止む。鋭く放たれた声はまるで刃のようだ。

 リールエルバは真紅の目を細めて烈火のごとき口調で告げる。


「原因とか責任とかそういう問題じゃあないのよ。ただお前たちが憎くてたまらないわ。よくもやってくれたわね。私の愛する祖国、私の愛する国民、私の愛する秩序――その全てを、粉々に破壊したお前たちを一人残らず許さない。可能ならば皆殺しにしてやりたい」


 リールエルバは激昂していた。

 ハルベルトたちを貫く視線の熱量の凄まじさは、もはや邪視が発動して事象改変を始めるのではないかと錯覚しそうになるほどだ。

 燃え上がるような真紅の瞳に宿るのは、純粋な殺意。

 これが自らが行ったことの代償、当然の報い――それも、おそらくはほんのひとかけらに過ぎないのだ。

 その重さに押し潰されそうになったその時、リールエルバから放射されていた熱量が不自然に霧散する。


「なーんて、うっそよー。冗談に決まってるじゃなぁい。そもそもあの時の取引で禁呪の代償としてあの場所を指定したのはこのわ、た、し、だものねぇ。むしろ諸悪の根源というのに相応しいのは私の方じゃないかしらぁ」


 一転して晴れやかに、そう言ってのける。

 意外な事実に、ハルベルトとセリアック=ニア以外の全員が唖然としてリールエルバを見つめる。


「ああ清々した! この私を地下千メフィーテに幽閉し続けるあのクソ虫どもが今まさに絶望の中に叩き落とされているかと思うと愉快でたまらないわ! 連中、今更になってこの超天才の頭脳を借りに毎日やってくるのよ。地に頭を擦りつけて、惨めったらしくお願いしますリールエルバ様ぁ、なんてね」


「姉様が仰る通りです。セリアも清々します」


「ハルベルトも、ちゃんと忘れずに私たちに事前連絡してくれてありがとう。いずれ必ず訪れるこの事態をあらかじめ見越していた私たちは、この未曾有の混乱の中で最善の立ち回りができる。この機に乗じて勢力を拡大し、いずれ私たちはあの国を完全に掌握するの」


 興奮した様子で喋り続けるリールエルバはたがが外れたかのように上機嫌で、躁状態のようである。ハルベルトはやや気圧されつつも、どうにか言葉を返す。


「そ――そう。それなら」


「だとしても私的な感情と王族としての立場は別だわ。私は民の怒りと嘆きを代弁しなくてはならない。今まで言った事は全て本心よ。リールエルバという個人の感情は置くとして、ドラトリアの王族として貴方たちへの協力はできない」


 急に冷静になったリールエルバは、静かにそう口にすると目を伏せた。

 その答えに再び悄然としたハルベルトに、明るい声がかけられる。


「でも同じ黒百合宮で学んだ魔女として、幼馴染みとしての情は捨てきれるものじゃないわ! やっぱり私、使徒様を見捨てるなんて無理! それに貴方たちの友情を裏切りたくないの!」


 ハルベルトが何かを言おうとするが、それを遮って、


「ああ、大いなるマロゾロンド神よ! 敬虔なる信徒として、私はあなた様の降臨を心より望んでいるのです! ですが、その為に古い友人を見捨てなくてはならないなんて! これは試練なのですか、世界の安寧のために小を切り捨てよと?! なんてこと、胸が苦しいわ。けれど、これを乗り越えた先に万民の幸福があるというのなら、私は我が心の痛みに耐えて見せましょう!」


 と敬虔を通り越して狂信的な言葉が発せられる。

 そんなことが何度も繰り返され、いい加減にミルーニャが痺れを切らす。


「ちょっと、ハルベルトをからかうのも大概にして下さい!」


「からかう?」


 ぎょろり、と。

 リールエルバの真紅の瞳が動く。ミルーニャの本来の瞳と同色にも関わらず、その色味はどこか異なる。

 ミルーニャの瞳が血の赤なら、リールエルバの瞳は狂騒の赤。

 具体的な質感ではなく、漠然とした感覚を想起させる曖昧な瞳。

 つまるところ――焦点が定まっていない。


「からかうって何? 私、何かおかしな事を言ったかしら。ねえ何かおかしな事を言ったかしら。ねえ何かおかしな事を言ったかしら。ねえ何かおかしな事を言ったかしら。ねえ」


「や、やめて下さい! そういうのですよ、そうやって長々と話を引き延ばして、結論を出そうとしないで――堂々巡りじゃないですか!」


 全員がその二つ名ハンドルを思い出す。本国で付けられた異名。

 【狂姫】という、地下に幽閉される原因ともなったその性質。

 彼女は、いつだって本気だ。

 真剣に仲間たちと向き合っている。


「そっちこそ何よ! 貴方がやらせたんでしょう、貴方がハルベルトに強制さえしなかったら、こんな、こんなひどい事には! ああ、どれだけの人が苦難に見舞われたことでしょう。民の事を考えると、胸が張り裂けてしまいそう。たとえ私を地下に幽閉し続けている国民だとしても、責任があるのはごく一部の薄汚い権力者たちだけ――だからといってこの溢れんばかりの憎しみが消えるものですか! 知らなかったで済まされるか屑どもめ! 私が全身を拘束されて惨めに暗い地下に幽閉されている間に、のうのうと地上で暮らしている連中は悶え苦しんで死ね! ざまあないわね言震の引き金を引いてくれて本当にありがとうメートリアン、ああ今はミルーニャだったっけ? どちらであっても貴方は大事な幼馴染みよ、他のみんなも同じ。だから使徒様も大事に思ってるわ。大事なマロゾロンド神の寄り代である使徒様を大事に思ってるわ。大事な寄り代としてしっかりとマロゾロンド神を降臨してもらって我がドラトリアに繁栄をもたらして欲しいものだわ。憎いゴミ虫どもにマロゾロンド神の加護を与え給え! そうしたら私が圧政を敷いてマロゾロンド神もぶち殺して民を絶望させてやるの! そうしたらアズーリアも取り戻せてみんな幸せじゃない、ねえ私ってやっぱり超天才、素敵素敵最高の閃きよキャッハハハハハハハハハハハハハハハハ」


「姉様の仰る通りです。セリアもそう思います」


 朗らかにセリアック=ニアが追従して、二人の意見表明は終わった。

 けたけたと笑うリールエルバとにこにこと笑うセリアック=ニア。

 それを見ながら周囲では、


「ああ、そうでした。こういう人たちでしたね」


「えっと、でもあたし思うんだけど、人の感情ってそんなにはっきりとしたものじゃないから、色々な考えが混在する事もあると思うんだ。本人視点で流れを追っていけばそんなに不自然じゃないことも多いんだよ」


「ニアちゃんフィルター無いと飛ばしまくりだからね、リールエルバは。私の記憶だと、まだ幽閉される前の社交パーティーとかでもこんなんだったよ」


「そっか、リーナは一番付き合い長いんだっけ。じゃあこれ、幽閉されて精神が――とかじゃなくて、素なんだ。そっか」


 などと言葉が交わされる。

 ハルベルトはしばらく瞑目し、ようやく一言だけ絞り出す。


「協力についてはもういい。ただ、みんなにお願いがある。禁呪の代償について、アズーリアには秘密にして欲しい。その為だったらハルは何でもする。だからどうか」


「そう、じゃあ取引ね」


 途端、延々と続く哄笑をぴたりと止めて、リールエルバは真剣な表情でハルベルトを見つめる。


「以前にも言ったけれど、私たちはドラトリアの権力闘争を生き延びねばならない。これは文字通りの意味でね。今後政情が不安定になる中で、私たちは命を脅かされることでしょう。その為には力が要る――末妹候補になろうとしたのも、星見の塔に近付いたのも、そもそもはそれが理由よ」


 理性的に言葉を紡ぐリールエルバはあくまでも冷静に、度を失うことなくハルベルトに協力を要請した。


「私たちは末妹候補になることを諦める。その代わり、貴方はいずれ必ず末妹になって私たちの支援者となる。もちろん、こちらから可能な助力は惜しまない。太陰の王族である貴方とドラトリアの王族である私たちの個人的な繋がりはいずれ必ず武器になる――今は力のない私たちが順調に勢力を拡大できればの話だけれど」


「わかっている。あの時の約束を忘れたことは無い」


「いい答えね。それじゃあ早速なんだけど、これから一週間後にニアがそっちに行くわ。私もアストラル体を送るつもり。その時、貴方に協力を頼みたいのよ。智神の盾の一人として、そして太陰の王族として、ついでに歌姫としてね」


 一週間後。

 その日には、大掛かりな式典が行われる。

 エルネトモランの第一区で開催される葬送式典。

 死者の魂を慰め、天の御殿に送るという儀式だ。


「葬送式典には各国の来賓も招かれるわ。その中にニアの名前をねじ込めたのは、そっちのマロゾロンド神関係の祭儀を執り行う総責任者、夜の民の群青司教が殺害されてしまったことで、高位の神官に欠員が出たから。東方の聖姫と謳われ、第二位の神働術に深い造詣のあるニアなら充分に役割をこなせる。これは関係の悪化した槍神教とドラトリアの繋がりを再び作り出す為の儀式でもあるわ」


 ドラトリアの世論は槍神教を敵視する方向に向かっているが、地上を覆い尽くす最大勢力を敵に回せば最後に待つのは『聖絶』だ。

 ティリビナの民のような末路を迎えるよりは、と自国の生き残りを模索する一派が、どうにか国内世論と折り合いを付ける形で槍神教と接触しようとしていた。

 リールエルバはその動きに乗じて、自らの妹姫という札を切ったのだ。

 セリアック=ニアの来訪はその為の外交の一環、ということらしい。


「自国内の反槍神教派から、そして槍神教の反ドラトリア派からも妨害が予想される。まあニアなら大抵の暗殺者くらい返り討ちにできるけれど、現地で協力者がいると助かるのよ。できればハルベルト以外にも協力願いたい所ね」


「――わかりました。私に異論はありません」


 ハルベルトは当然だという風に無言で頷き、ミルーニャもまた了承した。他の面々も頷いていく。

 リールエルバは色よい返事に口の端を笑みの形にして、目の前に長方形の札を出現させる。カード型の情報構造体の表面に、無数の文字列が走っている。


「いいお返事ね。これ、私たちの分の思い出話よ。といっても私たちは使徒様との間に際立ったエピソードなんて無いから、記憶に残っている黒百合宮の念写画像や動画などに変えさせて頂いたわ。昔の授業のノートも私の頭の中にあったから、それも含めてある。黒百合宮の学舎としての側面を思い出す助けになれば幸いよ。それと、これ」


 リールエルバの視線の動きに従って、もう一つの情報構造体が出現する。


「ここ数日でアストラルネットからかき集めた、夜の民とマロゾロンド神に関しての詳細なデータ。それも、杖的な生物としての資料ではなく、神話や伝承といった物語――呪文としての資料よ。儀式の補強材料にはなるんじゃなくて?」


 二つの情報を受け取ったハルベルトは、リールエルバを見て、それから深く頭を下げた。


「ありがとう」


 今のハルベルトには、ただそれしか言えなかった。

 背負ってしまった途方もない罪を償う術は、今のハルベルトには無い。

 それでも、アズーリアを救うという事だけは諦められない。

 被害者であり加害者であり共犯者であるリールエルバの助力に、ハルベルトの言葉は余りにも無力だ。

 報いは、ただ行動によって為されればいい。

 真紅の瞳が、狂気と理性によってそれを告げていた。


「それとね、ハルベルト。あまり気に病まないことよ」


 リールエルバは、最後にそう付け加える。


「あれはいずれ吹き上がる火種だった。禁呪はその切っ掛けに過ぎない。所詮地上の平穏とはかりそめの秩序で強引に取り繕っただけのものよ」


「でも、それでも実際に災厄を引き起こしたのは――」


「そうね。貴方が引き金を引いて、憎しみ合った人々が自らの感情と思考に従って争っただけ。そうして破壊された槍神教の秩序、太陰の秩序、地上の秩序――ねえ、地獄からこの地上がなんて呼ばれているか、知っている?」


 天地に広がる二つの大地。

 下方勢力を地獄と呼ぶのは、もちろん上方勢力のみである。

 下から見れば巨大な天蓋、浮遊する世界である地上の下方勢力から付けられた呼び名とは果たして何か。

 その問いに答えたのは、どうしてかメイファーラだった。


「天の獄――」


「そう。ここはひっくり返して蓋をしただけの地獄。綺麗に整えられた秩序の内側には混沌が押し込められている――ねえハルベルト。私は責任を感じるな、と言っているのではないの。気に病むな、と言っているのよ。そうして貴方の為すべき事ができなくなることこそを、私は恐れる」


 リールエルバは瞳に真摯な想いを乗せながら語る。

 いや、メイファーラの言うとおりならば、彼女はいつだって感情と理性に従って、素直な本心を口にしているだけなのだ。


「呪文の座を私たちは諦めた。呪文のメソッドによって紀元槍に至り、ほんとうの意味で世界に秩序をもたらすという奇跡。そのための資格、そのための禁呪。確かに貴方に預けたわ。だから私は貴方をもうヴァージリアとは呼ばない」


 黒百合の子供たちの最後の二人――遠く離れた異国の地下で囚われ続けている姫君は、歪んだ笑みを見せながらこう言った。


「ハルベルト。その名を背負ったからには、必ず世に真なる秩序をもたらしてもらうわよ。貴方に果たすべき責任があるというのなら、ただそれだけ。けして贖いきれぬ罪に潰されるよりも、世界救済の英雄になってみせなさい」


 ――たとえ、その過程で大量の屍を積み重ねたとしても。

 狂気と崇高を綱渡りする道を古い友人に託し、リールエルバは怒りと憎しみと友愛と歓喜に満ちた敬虔な笑みを浮かべる。

 それは整ったアバターの顔の上で不思議に調和した、混沌とした笑みだった。




 そんなやり取りがあったのが、昨夜のこと。

 アズーリアが昏睡状態に陥ってから五日後の晩、談話室に集まった面々はこれまでの出来事を整理し終えた。


「――で、心ここにあらずのリーナはちゃんと聞いてました?」


「うん。わかってる。ごめんね、なんかぼけーっとしてて」


「いえ、まあ貴方の事情を考えれば仕方無いですけど」


 リーナは箒のアバターで無意味にあたりを掃除しているが、かえって埃が巻き上がるだけで周囲に迷惑をかけている。

 ミルーニャの声は嫌そうではあっても、いつものようにその顔を蹴り飛ばすようなことまではしない。

 リーナの心は、傍目から見てわかるほどに沈んでいた。

 表面上は常のように騒がしく振る舞っているが、ふとした拍子に沈み込む。

 心ここにあらずな理由は明らかだ。

 目の前で、ガルズ・マウザ・クロウサーがアズーリアを殺害した事。

 そして、その直後にサリアによって無惨に引き裂かれた事。

 その二つの余りに衝撃的な光景に加え――事態がまるで終息する気配を見せないことがリーナの心を苛んでいるのだ。

 ガルズが宣告した名簿の十三人。

 一日につき一人を殺害すると宣言したその凶行は、ガルズの死によって終わりを迎えるとハルベルトたちは考えていた。

 だが止まらなかった。

 それまでと同様に、名簿に記された者が順番に殺害されていく。

 あのパレルノ山での戦いの日だけは順番が狂い、名前に線が引かれたのはアズーリアだったが、それ以降は名簿の上から確実に殺されていた。

 誰もそれを阻止できない。

 あらかじめ定められた運命のようだった。

 恐らく、生き残ったマリーが殺害を実行しているか、もしくは術者が死亡した後も自動的に呪殺が実行されるような儀式が行われていたのだろう。

 このまま行けば、葬送式典の前日には歌姫Spear――すなわちハルベルトが殺害され、最終日にはリーナの祖父であるサイリウス・ゾラ・クロウサーもまた餌食となる。そうして十三人を生贄にして引き起こされる大規模な儀式呪術が一体どんな災厄をもたらすのか。

 その事を考えているのだろう。リーナは大学に行きもせず、端末に齧り付いてテロ関連のニュースが入ってきていないかしきりに確認することばかりしている。

 毎夜の思い出話も、残すところリーナ一人のみ。

 いよいよ自分の番というところで、彼女はすうっと息を吸って、それからちょっとした前置きを口にする。


「あのね。私、ここ数日ずっと考えてた。アズーリアに、殺された人たちにどうやって償えばいいんだろうって。私が生かして捕まえたいなんて考えずに、見つけ次第ガルズを殺していればこんなことにはならなかったんじゃないかって」


 沈んだ口調。いつものような軽さ、明るさはそこには無い。

 親しかった従兄弟との記憶。甦った幼馴染みとの記憶。

 荒れ狂う感情の中で、リーナは答えを探し続けていたのだ。


「でも、やっぱ私、頭悪いからさ。どうすればいいかなんて自分では考えつかなくて。だから、私はアズーリアにまた会いたいよ。会って話して、謝って、それで――それで、まず目の前の事を片付ける! マリーをどうするかとかは後で考える! っていうかアズーリアとみんなに相談する!」


 まとまらない思考を吐き出して、リーナが出した結論はそれだった。

 周囲は彼女の言葉を静かに受け止める。


「それじゃあ、話すね。もうみんなが大体話しちゃったから、私が話すのは終わりのあたりかな。それまで私はアズーリア――マリーとはあまり話さなかったんだけど――その頃になって、私はマリーとようやく筆談するようになった。共有できた話題は、お互いが関心のある事柄」


 ――私たちは、青空について話したんだ。

 そして、リーナの話が始まった。

 それは、澄明のマリー・スー・ヘレゼクシュという存在の終わりであり。

 同時に、アズーリアという名前の始まりでもあった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る