3-52 チョコレートリリー②
協力を約束したものの、相手の足取りが掴めない以上とれる手段は一つ。
待つだけ。私を殺すことを宣言している以上、待っていればいずれあちらから襲撃してくるはずだ。それを迎え撃ち、返り討ちにする。
そのため、リーナはしばらく私と行動を共にすることを宣言した。
これにミルーニャが何故か猛反発して、面白がったメイファーラがじゃあみんなで一緒にお泊まり会しようと提案し、ハルベルトが如才なく宿舎の空き部屋を確保してその場にいる六人でしばらく行動を共にすることが決まった。
確かに、安全の為にはそれが一番いいのだろうけれど。
なんだか、妙に楽しげというか緊張感が無いというか――変に気負いすぎるのも良くないといえば良くないので、これでいいのかもしれない。
「何にせよここからは松明の騎士団の警備部と智神の盾の捜査部に任せるしかない。ハルたちはそれとは別に動かないといけない」
ハルベルトがそう言った所で、話が『本題』に移行する。
今日、この場に集まった面々は、リーナ以外はある計画に望む意思をもっていた。
リーナもまた事情をミルーニャとプリエステラから聞かされて、その気になってくれたようだった。
目的というのは、ティリビナの民に地上の安全な場所で生活してもらうことだ。
そしてそれを合法な手続きに基づいて執り行うこと。
ハルベルトは迅速に根回しと情報操作と呪文による工作を済ませていた。大神院からの認可は誰もその本質を理解しないままに降りており、智神の盾が主導となってその計画は遂行されようとしていた。ラーゼフが協力的だったことも大きい。
「『新型の使役型寄生異獣の開発研究』と、『非槍神教系神働術を既存の神働術の中に取り入れる為の実験』――この名目でティリビナの民の安全を確保する」
「何度も念を押すけど、それって無茶な人体実験とかをされたりはしないんだよね?」
「ハルがさせない。ラーゼフにも確約させた。破ったら親類縁者含めて蛙になる呪詛をかけておいたので、裏切りは無いと思っていい」
ティリビナの民としても、いつまでもパレルノ山で生活を続けるのには限界を感じていたらしい。何しろ極めて危険な怪物たちが跋扈する山中だ。それゆえに探索者や修道騎士の目も届きにくかったわけだが、命を脅かされている点に変わりはない。
恐らく反発は大きいだろう。仇である松明の騎士団ではなく、あくまでも別の騎士修道会である智神の盾に身を寄せるという形式はとっているが、それでも槍神教は彼らにとって敵だ。心理的に受け入れがたいであろうことは先日のイルスとの一件でも明らかだ。
しかし同時に、彼らは必要であればそれを受け入れる忍耐力と理性を持っている。
そして、ティリビナの民にはどうしてもパレルノ山をすぐにでも離れなければならない理由があった。
「元々ね、脱出の準備はしてたの。竜骨の森か、第五階層か、それともまた地獄に戻るか。若い人を中心に第五階層に行くつもりの人が結構いたから、半分くらいはそっちについていくんじゃないかなって思う」
「どちらにせよ、裏面の更新まで時間が無い。パレルノ山の転移門までは全員ハルたちが護送する。その後どうするかはあなたたち次第」
「うん、そうしてくれると助かるよ。本当にありがとう、ハル」
プリエステラは少しだけ目を潤ませてハルベルトの手をとった。ハルベルトの方は素っ気なく視線を逸らしたが、多分照れているのだと思う。
裏面の更新。
世界槍に浮かび上がる古代世界は、一定期間ごとに終わりを迎える。
それは、過去に滅んだ世界であるがゆえの不可避の滅びだ。その周期は世界によってまちまちだが、パレルノ山に関しては一巡節、すなわち15,552,000秒ごとに世界が消滅し、また同じ世界が始めから再構成される。
浮かんでは消える記憶の泡。その滅びが緩慢で穏やかなものであれば、その場に居続けても問題は無い。新しく生まれ変わった世界でそのまま過ごせばいい。
しかし、パレルノ山の記憶に刻まれた滅びはひどく血塗られた凄惨なものだ。
パレルノ山には決して遭遇してはならない危険が幾つもある。単眼巨人、蛇の王、舌の獣イキュー。それらに続く、最も危険な死そのもの。
その脅威が目前に迫っている今、一刻も早くティリビナの民たちを避難させなければならない。中にはパレルノ山での生活を気に入っている人もいるだろうが、一巡節ごとに避難しなければならない場所で暮らし続けるのはやはり無理がある。
「ま、探索者協会にもたまーに出てる護衛依頼みたいなものですよね。迫り来る危険を振り払い、目的地まで送り届ける。狩りとはまた違った技術が求められそうですが」
「でも、私はどっちかっていうと、こういう誰かを守れる戦いの方が好きかな。ただ心配なのは、ガルズに狙われてる今、ティリビナの民が巻き込まれないかってことなんだけど――」
私の不安は皆が共有するものだった。私のせいでティリビナの民が危険にさらされる可能性があるのなら、私は参加しない方がいいかもしれない。
しかし、そうすると私はひとりになってしまう。ハルベルトはかなり無茶を――それこそ露見すれば犯罪認定されるような情報操作技術を駆使してこの計画を推し進めた。速度を優先させる余りに、その他の準備を疎かにせざるを得ないほどに。
ティリビナの民を護送するための人員は回して貰えない。ここにいる六人だけで、この困難な任務を行わなければならないのだ。
私一人でガルズとマリーの高位呪術師を相手にするのは荷が重い。それが数人増えた所で同じだろう。相手は厳重な時の尖塔の警備をかいくぐって襲撃を行えるような怪物である。どこにいたところで危険な事には変わりがないだろう。
そして、百を超えるティリビナの民を護送してパレルノ山という危険な場所を突っ切るためには、十分な戦力が必要不可欠だ。
結論として、どちらも守りきる為には六人全員が一緒に行動してティリビナの民を護送するということになる。
「時間的な余裕が皆無ですからね。ヴァージリ――ハルベルトが準備に手間取ったせいで、明後日決行するしかなくなってしまいましたし」
「ハルは最速で役目をこなした。どう急いでも正式な受け入れ準備が整うのが明日で、各種の手続きが終了するのが明後日の午前なんだから、やるしかない」
「その明後日がまさに更新日なんですけどね。ギリギリにも程があるでしょう」
ミルーニャとハルベルトがじっと睨み合うのを、私とメイファーラがまあまあと宥めながら、私たちは明後日からの護送計画の細部を詰めていった。
話し合いは長く続き、途中休憩したり脱線したり遊びが入ったり趣味の話になったり課題のレポートを手伝わせようとしてきたり飽きて空中散歩に行った挙げ句、箒が暴走して部屋に突入してきたりと、主にリーナとかリーナとかリーナとかが状況を混乱させたが、話し合いはどうにかまとまった。
「反省して下さい。貴方が黙っていればもっと早く終わってました」
「ごめんね、てへっ」
ミルーニャの両の拳がリーナの頭部を左右から万力のように締め上げた。ぐりぐりと頭蓋を圧迫する拳を押さえながらリーナが悲鳴を上げる。
なんだか騒がしいメンバーだけれど、これはこれでまとまっているのかもしれない。
話し合いが長引いたせいで、日はすっかり暮れてしまっていた。
私たちは明後日、無事にティリビナの民を送り届けられることを祈って、そして結束を高める為に六人で外食をすることになった。ミルーニャとリーナが第六区にいいお店があると言うので、二人の案内に従って皆で六区へと向かう。
途中、探索者協会に寄っていく。一昨日の戦いで得た金箒花はミルーニャが必要とする分以上に手に入っていた。更には競争は中断という裁定がなされたにも関わらず、ペイルたちが自らの負けを頑なに主張し、彼らが手に入れた素材まで渡されたので、その換金を行うつもりだった。
「ま、遠慮無く受け取って、ぱーっと使っちゃいましょう。それなりのお金になるはずです。六人でメニューの端から端まで頼むのとか楽しそうですね」
ミルーニャは鞄の中に圧縮された素材を詰め込んで探索者協会の窓口に向かっていく。そういえば、と思いついて問いかけた。
「ねえ、イキューの討伐報告はどうする?」
「一応、体内呪石とか有用そうな部位は保存してますよ。ただ、ミルーニャとしては素材は売却せずに討伐証明だけにして欲しいかなって思います」
「何か、呪具の素材にするの?」
「はい。宜しければ、アズーリア様に受け取っていただきたいなって――ダメでしょうか?」
「それはいいけれど。じゃあ、討伐証明だけお願いできる?」
「いえ、それはミルーニャの役目ではありません。何と言っても、この六人のリーダーはアズーリア様ですから」
そう言われて、私はしばしぽかんとしてしまった。
てっきり、この場の中心はハルベルトだとばかり思っていたから。
縋るように頼れるお師様の方を向くと、彼女は淡々と答える。
「少なくともメートリアンを説得したのはあなたの言葉。認められているのだから、そのように振る舞えばいい。それに、師としては弟子に成長している所を見せて欲しい」
そう言われては期待に応えるしかなくなってしまう。
周囲を見渡すと、メイファーラも、プリエステラも、リーナも異論は無いようだった。
そういえば、私たちは六人だ。
迷宮に挑む探索者や修道騎士たちは、少なくとも三人、多くても九人、普通は六人で分隊を組む。隊長が探索者資格を持っていればその他の構成員は探索者資格が無くとも構わないので、プリエステラも名前だけ登録すれば集団の一人として認められる。
六人の分隊――ふと、キール隊にいた頃を思い出す。
第五階層の死闘で私はたった一人だけになってしまった。
けれど、いつの間にか私の周りにはこんなふうに人が集まっていた。
それがなんだか不思議で、私は少しだけ口元を緩めた。それから、皆に問いかける。
「ねえ、名前を付けない?」
「名前? ああ、探索者集団がつけるあれですか。【痕跡神話】とか【変異の三手】とか【憂国士戦線】とか【ゼド盗賊団】みたいな」
「あとは【骨組みの花】とかね」
ミルーニャのいらえに、リーナがそっと言葉を添えた。どこか寂しそうな彼女の気持ちを紛らわせようと、殊更に明るく言葉を続ける。
「そう。イキューの討伐は私の功績じゃない。この六人がやったことだって、きちんと知らしめたいの」
「いや、私まったくの無関係なんですけど」
「リーナのせい――お陰でエストと会えたんだから、リーナも含めるということじゃダメ?」
「ダメっていうか――いや私はなんでもいいけどね?」
「そうですね、トドメを刺したエストさんを前に出すわけにも行かないし、全員で成果を分かち合うのが無難でしょうか」
「私は最初から自分一人の功績だなんて思ってないよ。個人的な仇討ちさえできればそれでよかったし。みんなには感謝してる」
周囲の了解が得られたようで安心する。
私たちは早速自分たちの名前をどうするか話し合い始めた。
「あたしにいい考えがあります。【アズと愉快な仲間達】というのはどうでしょうか」
「はーい、ミルーニャ的には、【アズーリア様親衛隊】というのがいいですぅ」
「私はなんでもいい。新参者ですしほぼ部外者ですし」
「なんでいじけてるのよアンタは。ほらこっちおいで」
皆でああでもないこうでもないと言い合う中、ハルベルトがぽつりと口にした言葉がどうしてか強く耳に残った。
「【チョコレートリリー】」
【心話】の呪術がその場にいる全員の胸に染み渡った。
異界の言語である英語で紡がれたその言葉が、重なり合う意味を持っている事を全員が理解し、やがて静寂が訪れる。全員がハルベルトを見て、続く言葉をじっと待っているようだった。
ハルベルトはいつも通りの口調で続ける。
「お菓子好きの黒衣の英雄に率いられる集団の名前としては、それなりに適切だと思うけど」
ハルベルトの提案は、とても静かに、そしてごく自然に了解された。
誰もそれに違和感を覚えず、異論を差し挟むことすら思いつかないようだった。
それは、ずっと前から決まっていたことのように。
怖くて、ハルベルトに問いかけることができないでいた。
それでも、私はその過去に向き合わなければならない。
それは、一体いつなのだろう。
すぐにでもそうしなければならないような気もする。
いずれにせよ――私たち六人の名前は【
私たちは探索者協会で素材の換金を終え、手に入れたお金で盛大な夕食を楽しむことになった。それは壮行会であり結成式であり気の早い祝勝会でもあった。
決戦は明後日。
必ずティリビナの民を守りきる。必ず生き延びて、ガルズを捕らえる。
一人一人が意気込みを新たにして、そして思うさまに豪勢な食事を楽しんだ。
ミルーニャとリーナの選んだ店は味も量もとても満足のいくもので、二人の目の確かさに私は感心した。聞けば、ここは第六区でも随一の名店であり、腹を空かせた探索者が祝い事をするのは決まってこの場所なのだという。
価格帯は多少高級ではあるのだが、大きく稼いだ後にここで散財することは探索者にとって至福の時間らしい。
たしかに、そう思えるだけの美味ではある。私はふわふわの卵料理を口にしながら舌鼓を打った。
「食後の氷菓が絶品なので、楽しみにしていて下さいね」
ミルーニャは夜の民の事をよく分かっているようだった。いや、私のことをというべきかもしれない。あまり誤魔化したりするのも潔くない。
なんだか、昼と言い晩と言い、豪勢な食事をしてばかりの日だなと思ってしまう。
高級さという点ではきっと昼食のほうが上なのだと思うけれど、私はこの六人で囲む食卓の方がずっと素敵だと思った。
かつて、キール隊のみんなと一緒に食事をした時の事を思い出す。
訓練でくたくたになった私を、カインが引き留めてくれたのだ。たまには全員でメシでもどうだ。もちろん甘いもんも頼むから安心しろ。私はその言葉に釣られてうっかりついていってしまい、ひどいどんちゃん騒ぎに巻き込まれることになったのだった。店員さんと一緒に他人の吐瀉物を始末する体験はかなり新鮮だった。それにしても私以外の全員がさっさとお酒で潰れてしまうなんてどういうことだったのだろう。
「そういえば、アズーリア様たちってアルコールの類では一切酔わないって本当ですか?」
「うん。リキュールとかは好きだけど」
「そうなの? 初耳ー」
皆が意外そうに私を見る。何故か、私たちのこの種族特性については知られていない事が多い。キール隊の皆はそれを知らず、飲み比べで若造に負けてなるものかと競い合うようにして大いに酒をあおり、そして揃って寝息を立てることになった。翌日の訓練で揃いも揃ってひどい顔をしていたのを思い出して、私は。
なんだかおかしくなって、笑い出してしまった。
この場所で、こうして六人で楽しい時間を過ごしていることが、ひどく儚い幻のような、そんな気がして。
「アズーリア様?」
「アズ?」
ミルーニャとメイファーラが気遣わしげに問いかけてくる。突然笑い出した私を不審に思ったのだろうか。
隣に座るハルベルトが、そっと手を伸ばして私の頬に触れた。
「泣かないで」
私の拙い誤魔化しを許さない、厳しい言葉。
けれど、その指先がどうしようもなく優しくて、私は。
「ハルたちは死なない。あなたは強くなってる。だから、きっと大丈夫」
私の頬からまなじりまでをそっとなぞるハルベルトの指先。その感触が確かだったから、少しだけ胸が安らいだ。それから、ハルベルトの黒玉の瞳がとても綺麗な光を湛えていることに気付いた。
慈母のように、姉のように、そして妹のように――私を見守り、導き、支えてくれる。彼女がいてくれるなら、私はどこにだって行けると思えた。どんなことだってできる。たとえ虚名であっても――英雄として振る舞える。
「ありがとう。私、ハルを――みんなを守る。絶対に、誰も死なせないよ」
誓いを胸に、私は強く意思を持った。
ガルズは強敵だ。それでもここには私だけじゃなくてみんながいる。
あたたかな気持ちが湧き上がってくる。それが嬉しいのにどうしてか恥ずかしくて、私は目の前の料理の美味しさに話題を移す事でその場を切り抜けた。なんだか、微笑ましいものを見るような視線を感じたりしたけれど。
そんなふうにして、夜は穏やかに深まっていった。
さて、その日に起きた出来事はそれで大まかに語り尽くせる筈だったのだが、最後にひとつ、意外な展開が待っていた。
食後の氷菓を待っていると閉店間際だというのに鈴が鳴って来客がやってきたのだ。
丁度それが最後の注文。長身の女性が二人、案内されて私たちの近くに歩いてくる。
「あ」
私は思わず声を上げてしまった。その二人に見覚えがあったからだ。
二人も同時に私に気付いた。夜の民は個体差がわかりづらいというけれど、熟達した探索者特有の直感か、あるいは霊的な視力で私の『影』を識別したのか。
「やっぱりまた会ったね、夜の民さん。アズーリアさんだっけ」
並の男性を上回る長身の女性、名前は確かアルマ。もう一人のサリアという女性はそっぽを向いて知らんぷりを決め込んでいる。
四英雄の一人、冬の魔女コルセスカの仲間達。【痕跡神話】の構成員二人と、私はそうして意外な再会を果たしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます