3-44 松明の騎士②




 一、二、三と聖なる数字が数えられ、私たち三人はほとんど同時に飛び出した。

 突然の奇襲に対応しきれずに見張りの四人が次々と倒されていく。

 私は左手の方形盾を構えて見張りの一人に突進し、全力で体当たりをくらわせた。いかに体格で劣っていても、呪動装甲のような硬い重量物が高速でぶつかってくれば転倒は不可避である。

 私がひとりを押し倒している間に、アルスタは長槍を振るって一人の足を切り裂いて行動不能にしていた。奇妙な槍だった。骨張ったというか、骨そのもの。長大な生き物の背骨をそのまま槍にしたような異形の得物。無骨を通り越して原始的な武器を縦横無尽に振るって瞬く間に貫頭衣を纏った竜神信教の信者たちを倒していく。

 墓標船の内部から次々と増援が現れてくる。彼らは次々に呪符や巻物を取り出して呪術を発動させようとするが、それらの呪具に素早く巻き付くものがあった。

 それはフラベウファが操る金色の細長い鎖だ。彼女の両の掌から伸びた金鎖が自在に動いて、呪術を発動する前に封じ込めているのだ。

 フラベウファは両腕を巧みにしならせて金鎖を操る。じゃらじゃらと音がして、金鎖が掌から吐き出されていく。

 フラベウファの左右の掌に、口があった。唇は無い。亀裂が走り、ぎざぎざの牙が剥き出しになった簡素な出入り口。そこから金色の鎖が伸びているのだった。


とざせ」


 冷淡な声。フラベウファの金鎖が竜神信教の信者たちを次々と拘束し、一繋がりにしていく。最後にまとめて締め上げる。ご丁寧に、アルスタが切り裂いた足までも縛り上げて血を止めていた。

 鮮やかな手並みだった。一人の死傷者も出さずに場を収めて見せた二人に尊敬の眼差しを送っていると、アルスタの雰囲気が険呑なままであることに気付く。


「どうしたんですか?」


「おかしい――戦闘員の中に巫女が入っていない」


 巫女というのは宗教体のほとんどで見られる特殊な神官のことだ。槍神教においては聖女がそれに相当する。最も神に近しいもの。呪的もしくは霊的な素養が高い、高次元存在と交信できるもの。竜神信教にもそうした存在がいるはずだった。


「フー、内部に巫女はいなかったのか」


「いえ、確かにいましたが――申し訳ありません、この男、非戦闘員として数えておりましたが」


 言ってフラベウファは一人の男を示す。顔面は蒼白で息は荒い。よく見れば片腕を失っているようだ。怪我をしているにも関わらず仲間を守るために前線に出てきたのだろう。


「まずい」


 アルスタは墓標船の内部へ駆け出そうとして、直前で足を止めた。

 大地に衝撃が走る。草木が揺さぶられて、一斉に小鳥たちが飛び立って小動物が逃げ惑った。

 墓標船の内部から膨大な呪力が溢れ、鋼鉄の残骸に亀裂が走っていく。巨大な質量が破壊と共に墓標船から飛び出した。

 大跳躍を果たしたそれは、私達三人の目の前に着地すると、盛大に土と草花を舞い上がらせて咆哮した。耳を劈くような衝撃に私達はたじろぎ、螺旋状の破壊が金鎖を引き裂いて囚われた人々を救い出す。上を向いた船尾が破壊された墓標船から非戦闘員たちが現れて仲間たちを助け出していく。私たちは突撃してくる巨大な質量から逃れるのに手一杯だった。重い振動、凄まじい衝撃。

 竜神信教が怪しげな呪術儀式によって起動させたそれを、どう形容すればいいだろう。一番近いのは、巨大な鋼の蜥蜴といったところだろうか。

 しかしその首は途方もなく長い。逆三角形をした頭部の額には槍の如き鋭さを持つ螺旋の角。頑丈そうな、しかし機敏に動く巨大な四つ脚。重量の均衡を保つためだろうか、左右にうねる長い尾。

 その全てが巨大であり、重々しく、そして圧倒的に堅牢であった。

 それは機械。鎧のような鱗、無機的でありながら有機的なしなやかさを併せ持つ高度な杖の技術。


「まさか大機竜オルガンローデとはね――墓標船の奥深くで誰にも気付かれずに眠っていたのか。竜神信教の巫女がその感応力で呼び覚ましたのかな」

 

 アルスタの分析は冷静だったが、声からは余裕が失われている。当然だろう。大機竜オルガンローデ。九体存在する創世の竜、その中で唯一架空の存在であるこの竜は、呪術によって創造することが可能な呪術竜なのである。四大系統に一つずつ存在するオルガンローデの秘術のうち、物質的に機械の竜を再現しようとする杖のオルガンローデは現在の技術では再現不可能とまで言われている。

 そう、現在のこの世界の技術では。

 異世界の知識が詰め込まれた墓標船を利用すれば、可能性はあるのだ。

 杖の大機竜オルガンローデが勇ましく咆哮する。敵である私達を駆逐せんと重く大地を揺らしながら突進してくる。


「やるしかないっ。フー、アズーリア、援護を頼む! 転ばせてみる!」


 少年は意を決したように宣言し、恐るべき巨大な機械に正面から立ち向かっていく。

 疾走するアルスタの背中を見ながら、私は槌矛を展開して杖の形態に変化させた。

 私が拘束の光を放ち、フラベウファが金鎖を放つ。更にアルスタは地面に槍を突き刺し、その柄が折れるかと思うほどにしならせ、槍が元に戻ろうとする力を利用して高らかに跳躍する。後ろ手に槍を引き抜いて、最高点に到達した彼は槍を伸張させた。背骨がばらばらに分解し、複数の節を金鎖が繋ぐ多節棍――否、鞭となって大機竜の首に巻き付いた。

 大機竜の突撃を回避しながらの攻撃。アルスタは鞭の反対側を墓標船の突起に食い込ませ、勢い余った大機竜はそのまま転倒しそうになる。寸前で踏みとどまった巨大質量の足を、私とフラベウファの拘束呪術と金鎖が引っ張った。たまらず大機竜は転倒する。

 圧倒的な敵であるからこそ、その力を利用して戦う事もできるのだ。アルスタの勇気と機転に私は感心したが、直後に起きた出来事に思考と感情を吹き飛ばされる。

 凄まじい衝撃と呪力が大機竜の装甲から全方位に放たれて、拘束が全て弾き飛ばされていく。アルスタは骨の鞭を手に戻して再び攻撃を行うが、風を切り裂いていく穂先は不可視の障壁に弾かれてしまう。


「呪術障壁ですね。わたくしの金鎖まで弾くとは」

 

 フラベウファが淡々と呟いた。

 巨大な機竜は圧倒的な防御力を得て、更に勢いづいていた。頭部から生えた螺旋状の角を高速回転させながら突撃し、アルスタに襲いかかる。少年はかろうじて回避したが、危ういところだった。背にしていた倒木が螺旋の衝撃を受けて貫通されていく様子を見ていると、一度でも直撃したら助からないことは明白だ。

 更に機竜は口から細長い筒を伸張させる。吐き出されたのはどろどろに溶けた赤熱する金属。液体となった金属が蒸気を上げながら少年に襲いかかる。

 続いて、前足の付け根、肩の部分から複雑な呪文が展開され、追尾する文字列が少年の身を打ち据える。文字が雷撃に変じて少年の身を灼いた。

 私の拘束呪術もフラベウファの金鎖も無効化されてしまう。これでは手の出しようが無い――いや、一つだけ手段がある。

 金鎖の解放。『左手』の使用。実戦で使うのは初めてだが、ここでやらなければいつやるというのだろう。

 見ると、フラベウファがこちらに視線を向けていた。


「わたくしが時間を稼ぎます。その間に、解析と解体の準備を」


 彼女は何もかも理解していた。私も頷いて、左の籠手を分離。金鎖に意思を込める。

 精神集中チャネリングに入った私の前で、フラベウファが凄絶な呪力を放つ。私の左手の金鎖が砕けるのと、フラベウファの首の金鎖が砕けるのは全く同時だった。金鎖解放。それは寄生異獣の活性化を許可するということ。


「号は黄金、性質は黄昏、はじまりの記述は孤独と絶望」


 使役型の寄生異獣――宿主から独立して行動する自律型の中でも、彼女はとりわけ傑出した能力を持つ個体として知られていた。寄生異獣を制御する為に存在する金鎖システムの中枢。異獣憑きたちの守護者。

 第二魔将変異獣モルゾワーネスの万能細胞によって再現された、とある神話の登場人物。聖人、天使、古い神話では伴神とも呼ばれた彼女は、常に偉大なものの従者であったと伝えられている。

 掌の口から吐き出される金鎖の数が次々に増え、彼女の周囲を取り巻いていく。伸びた金鎖は主である少年の周囲を壁のように覆い、大機竜の攻撃から守る。


「いぐにす・あうるむ・ぷろばっと――キュトスの姉妹が『零』番目、金鎖のフラベウファ、参ります」


 この世のものとはおもえぬ奇怪な意味を内包した呪文が宣名と共に唱えられ、さらにありえない称号が現実そのものをねじ曲げる。キュトスの七十一姉妹はその名の通り七十一人――七十一柱しか存在しない。存在しないはずの番外位、数を失った欠番の魔女が膨大な量の金鎖を吐き出していく。

 大機竜の突進をいなし、螺旋の衝撃を受け流し、稲妻のような文字列を絡め取る。

 流麗に舞いながら金の鎖を踊らせるその姿は、まるでひらひらと踊る花びらのよう。

 そして、フラベウファが時間を稼いでいる間に、私は密やかに精神を深く深く影に沈み込ませていた。細く長く伸びたフラベウファの金鎖が作り出す影が、私と大機竜の影を一瞬だけ繋ぐ。金鎖は障壁に弾き返されたが、私は繋がった影を通って自らの精神を大機竜とその身を守る呪術障壁の内部に侵入させた。

 闇の中で、呪術を――そして大機竜の構造を掌握していく。

 本来ならば到底不可能な凄まじいまでの情報解析。左手に宿る寄生異獣の力があってはじめて可能になる大呪術――対抗呪文、【静謐】。

 私は大機竜の過去へと精神を沈み込ませながら、その言葉を口にした。


「遡って、【フィリス】」


 第一魔将呪祖フィリスが左手で無彩色の輝きを放つ。途端、私の心に流れ込んでくる夥しい想いの流れ。私に過去視のようなことはできない。けれど、強制的にフィリスをもう一度活性化させて【静謐】を重ね掛けすることで、強引に解体してその構造を覗き込む。第二の金鎖が砕け散って、私は大機竜の過去へと遡った。

 記憶の奔流。未熟な私の左手から、想いの声が溢れ出していく。

 最初に見えたのは、シャベルを担いだ少年。同胞の墓を掘り終えて、どこかに向かおうとしている。その背後で少女が哀切な叫びを上げる。


「無茶だよ、行かないで」


「駄目だ、今度こそ見つかった。あいつらは俺達をけっして見逃さない」


「やだ、やだよ、だからってダイロくんが犠牲になることなんてない」


「わかってくれ、クィ。俺はお前やみんなを守らなきゃならない」


「こんなの嘘――私のせいで、私が託宣を受けなければ、こんなことには」


「お前のせいじゃない。お前のお陰で、俺はお前やみんなを守れる。見ていてくれクィ。俺はこの力であいつらを倒す。戦って俺達の居場所を勝ち取るんだ」


 悲壮な決意。大量の呪石が捧げられた儀式場の中央で蹲る巨大な機竜。その角に少年が血を垂らすと、背中が開いていく。内側に入っていく少年が小さく何かを呟いた。少女が涙を流しながら儀式の最終工程を終わらせる。そうして、鋼鉄の蜥蜴は立ち上がった。一人の少年の命を捧げることによって。

 ――時間にして一秒にも満たなかっただろう。その間に、私はあの大機竜を取り巻く想いの一端を掌握した。してしまった。

 唇を噛んで、左手に呪力を込める。竜神信教――『狂信者』『邪教集団』そして槍神教に抵抗する者たち。ただの、当たり前の人間たち。それでも戦わなければ私はここで死ぬ。妹を取り戻すことも、もうできなくなってしまう。

 【静謐】が発動して呪術障壁を破壊した。大量の金鎖が今度こそ大機竜の前進を止めた。拘束された鋼の蜥蜴は身体を左右に振って金鎖を振り解いていく。その鬼気迫る様子に、思わず私は叫ぶ。


「聞いて下さい、その中には――」


「僕らにも聞こえたよ、悲しい声が」

 

 アルスタは骨の槍を手にしながら、ゆっくりと大機竜へと歩み寄っていく。その声はひどく落ち着いていて、ここが戦場ではないと錯覚しそうになるほどだった。


「愛や絆が引き裂かれるのを見るのは、いつだって辛い――だから、ここからは僕の戦いだ。僕という存在は、全ての悲劇を笑い飛ばす為にこの地上に降りてきたんだから」


 少年が骨を地面に突き刺した。そして、武器であるはずの槍を背にして自分が前に出る。すると骨の各部が伸張して少年を取り囲み、まるで本当に背骨から肋骨が伸びているような状態となった。

 少年が静かに口を開いた。


「フラベウファ。松明の騎士団総団長の名に於いて聖遺物の解放を申請する」


「承りました、わがあるじ。緊急時における聖遺物の使用に関する規則第一条第四項に基づき、大神院の認可無しでの自動承認を行います。申請者の責任において聖槍の制限を解除」


 フラベウファが答えた途端、少年の背後の背骨から炎が燃え立つ。更には金色の鎖が各部から大量に吐き出され、溶け出した金色が流動しながら少年の周囲を包んでいく。

 炎の色――それは赤と橙。

 金の色――それは黄と山吹フラベウファ

 炎の中から現れたのは、赤と黄金の装甲を輝かせた、燃えるような全身甲冑。

 呪動装甲。修道騎士の証。


「みせりあ・ふぉるてーす・うぃろーす――ひさん黄金えいゆうを証明する。闇を照らせ、【フォグラント】!!」


 鋭角な兜の内部から少年の声が響き、鎧型の寄生異獣が真紅の瞳を輝かせた。

 第三魔将ヴェイフレイの燃えるアストラル体を憑依させたとある聖遺物――聖なる骨。槍に擬態していたそれが、呪動装甲としての真の姿を露わにしていた。

 いや、それは【神働装甲】とでも呼ぶべきものであるのかもしれない。


「第八位の天使ピュクティエトに誓い、ここに宣名を行う! 我が名はソルダ=ルセス・アルスタ=アーニスタ! 闇を照らし、希望を掲げる【松明の騎士】!!」


 背中から広がる炎の翼。最高位の呪術――神働術である【炎天使】を発動させて、少年は空高く跳躍し、そのまま飛翔した。

 金鎖の束縛から抜け出た大機竜が、螺旋の角を回転させながら炎の天使を威嚇する。


「我があるじソルダ様は怪物揃いの守護の九槍の中では大した存在ではありません。武芸も神働術の腕も平凡。天才と言われている第九位あたりと比較すると実力の差は歴然です。巷では『最弱の聖騎士』などと呼ばれているとか」


 その評判は私も知っていた。実際に見たことは無かったが、松明の騎士団の総団長ソルダ・アーニスタは序列第一位にも関わらずその地位に見合わぬ実力だと言う話だった。


「誇れるのは勇気と機知のみ――しかし制限を解除し、その真なる能力のひとつを解放したわがあるじは無敵です」


 最弱という二つ名には続きがある。すなわち、最弱にして常勝。曰く、地上にとっての無限の希望であり地獄にとっての真なる絶望。彼こそは至高の聖騎士。


「初代松明の騎士である大フォグラントの存在を参照し、その威光を纏って戦う引喩アリュージョン系神働術――たった300秒ですが、彼はその間だけ真の英雄となる。空想おとぎばなしの勇士を現代に甦らせる聖なる祭祀」


 偉大なる修道騎士にして大司教、祭祀を執り行う祭司。

 そして、地上における最高の英雄。

 アルスタ――否、ソルダ・アーニスタは炎の翼を燃え立たせながら飛翔する。呪文による文字の雷撃を手の一振りで打ち払い、口から吐き出される高熱の液体金属を軽々と避ける。飛翔の勢いのまま繰り出された拳が爆炎を放出して大機竜の頭部を弾き飛ばした。


「――あえて名付けるとするならば、空想祭祀のアリュージョニスト」


 フラベウファの呟きと同時に、空から舞い降りた炎の天使の足が螺旋の角と激突する。回転する螺旋と炎を纏った足裏が呪力を可視化させ、周囲の大気を稲妻が灼いた。

 拮抗する両者の勢い。呪力の天秤が、やがて片方に傾いていく。

 音を立てて螺旋の角が砕け散り、機械の竜の頭部が衝撃に破壊され、高熱で融解していく。次々に爆発していく長大な首。しかし大機竜は首を失ってもなお動き続ける。その命を燃やし尽くすまで。


「苦しいのかい――今、終わりにしてあげるよ」


 静かに呟くソルダは、炎の翼をはためかせながら空高く舞い上がった。左腕の外側に黄金の円筒が出現する。腕と平行に取り付けられたその筒から、形のある炎が燃え上がった。赤々と輝くその尖端は鋭く、まるで槍か杭のようだった。

 左腕の武装は投槍器、あるいは杭打ち機なのだ。


「貫け、神火明光ロウォイラス!!」


 灼熱の輝きが槍となって天から突き下ろされそうになったその時、離れた場所で固まっていた竜神信教の信者たちの中から一人の少女が飛び出す。真っ直ぐに駆け出して、大機竜に近付いていく。

 撃ち出された炎の槍は止まらない。凄まじい熱が大機竜ごと少女を焼き尽くさんと地上に広がっていく。私は咄嗟に最後の金鎖を砕いた。同時にじゃらじゃらと音を立てながら金鎖が伸び、上空から「凍れ」という声が響く。

 壮絶な呪力が嵐となって吹き荒れた。

 衝撃が止んで、舞い上がった土埃が晴れていく。

 少女は無事だった。金鎖に巻かれながら呆然としている。咄嗟に【静謐】を発動させて、少女に襲いかかった熱だけを打ち消すことができた。衝撃の方はフラベウファがいなければどうにもならなかっただろう。

 そして、大機竜は完全に破壊されていた。

 爆発によって内部構造が露わになり、微弱な放電と呪力の漏出を起こしている。放っておけばまた小規模な爆発を起こすかも知れなかった。

 背中の分厚い装甲は熱によって融解し、内部もまた熱と衝撃によって完全に壊れていた。内部にいる誰かの生存は絶望的に思われた。


「そんな、ダイロくん、ダイロくんっ」


 少女は緩んだ金鎖から抜け出すと、目尻から雫をこぼしながら走った。熱を持った大機竜にとりつくと、皮膚が熱で焼けていくのも構わずに背中に這い上がっていく。掌、腕、膝を火傷しながらも、少女は懸命に大機竜の残骸にとりつく。そして、その内側を見た。瞳から止め処なく涙が溢れた。幼い顔がくしゃりと歪む。


「ダイロくん――」


 そっと差し出された少女の焼けただれた手が、ひんやりとした氷に触れる。

 氷の障壁に守られて、生き永らえた少年の姿がそこにあった。

 氷がひび割れて、少年と少女の間を遮るものがなくなる。


「最初から【氷槍】を発動して彼の命は守るつもりだった。愛する者同士が引き裂かれるのは、見ていられない」


 私達の近くに降り立ったソルダの右腕には、左腕同様に巨大な円筒が出現していた。彼はその内部から氷の槍を撃ち出し、おそるべき優先度の凍結呪術によって障壁を作り出したのだ。

 ソルダの鎧が光の粒子に包まれて、内側から少年が姿を見せる。

 その首筋から微かな呪力が漏れていることに気がつく。どこに繋がっているのか、虚空のある一点で消失するか細い呪力の糸。まるで噛み痕のように淡く光る、首筋の二つの点。しかし、彼の首筋には実際には孔などは存在しない。まるでずっと昔に孔を空けられて、霊体だけにその痕跡が残されているかのようだと、何とはなしに思った。

 彼は愛おしげにその箇所を撫でると、そっと呟く。


「きっと君ならこうするはずだ。そうだろう?」


 遠くにいる誰かを想うように、彼は囁く。

 そして、そんな主人を金色の従者が透明な表情で見つめていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る