3-43 松明の騎士①



 そう、記憶は確かに存在する。

 けれど、その繋がりはどうにも曖昧だ。

 ひとつひとつ思い出していこう。私――アズーリア・ヘレゼクシュが辿ってきた日々、駆け抜けてきた戦いを。

 それは、私が【松明の騎士団】に入り、フィリスを宿したばかりの頃。

 

「『汝らこの門をくぐる者は一切の望みを捨てよ』――かぁ」


 おどろおどろしい文言が転移門の上に刻まれていた。何かの引用だと聞くが、何の引用なのかは誰も知らないのだという。もしかしたら、この世界には存在しない幻の参照先なのかもしれない。

 そんなことを思いながら、私は訓練過程の最終段階に入る。

 単独での【竜骨の森】踏破。指定された場所まで進み、そこに群生する花を摘み取って戻ってくるだけの単純な試験だ。それさえ終われば私も晴れて正式な修道騎士として迷宮に潜ることが認められる。きっとどこかの分隊に配属されることになるのだろう。不安と期待が入り交じった不思議な気持ち。

 四つある第一階層の裏面りめん。その中でも、竜骨の森は比較的危険が少ないとされている場所だ。パレルノ山に一人で放り込まれたら死ぬ自信があるけれど、この森ならば訓練で同期の見習い修道士達と共に何度も訪れている。今更恐れるようなことは何も無かった。

 空間が歪曲する際に発生する不可思議な光が、私の目に様々な色合いを映す。

 黄色、金、あるいは白。

 輝きに包まれたかと思うと、私はその場所に辿り着いていた。

 銀の呪動装甲の脛当てグリーブを半ばまで覆い尽くす、緑色の色彩。

 鬱蒼と生い茂る様々な彩度の緑。森の色彩。

 匂い立つのは濃密な死の薫りだ。森には死が満ちている。生命力に溢れているように見えても、躍動する植物の下には数多くの屍が横たわっているのだ。土の下には冷たさと暗さしかない。

 古の時代、異次元より飛来した巨大な墓標船。不時着の衝撃で展開されてしまった異界の記憶が世界槍の記憶と混淆し、無秩序な世界改変テラフォーミングを開始して生まれたのがこの竜骨の森の起源であると言われている。中心部には巨大な構造体が屹立し、異界の知識が詰まった遺跡となっているが、既に松明の騎士団が調査を終えてしまっており情報としての価値はほとんど無い。今では駆け出し探索者や見習い修道騎士の訓練場だ。

 指定された場所は墓標船の近く。手早く済ませてしまおう。私は槌矛を右手に、方形盾を左手に構えて、一歩を踏み出した。

 柔らかい土の感触がした。




 走る。軽い、空気を含んだ土を踏みしめて駆け抜ける。

 かしゃかしゃと呪動装甲が音を立てるが、重さはほとんど感じない。むしろ私の肉体の動きを予測するかのように先んじて足を前に出してくれる。まるで外側にある骨のようだった。

 それにしても、なんてことだろう。

 背後から迫る【炸撃】の呪力を感知して横っ飛びに躱す。真横を通り過ぎていく赤い閃光。直後にねじくれた樹木に直撃し、その表面を焦がす。初級呪術で術者の能力も大した事は無い。私の呪術抵抗力なら強引に無視することも可能だ。しかし。

 続いて一つ、二つと数を増していく火線、火線、そして衝撃。咄嗟に大きな巨木の後ろに隠れる。途端に幾つもの衝撃が盾にした樹木を揺らしていく。

 数が多い。多すぎる。

 それも、襲ってきているのは古代の異獣や遺跡の守護機械といった予想していた怪物などではない。


「いたぞ、あそこだ!」


「呪力を集中させろ! 一気に仕留めるんだ!」


 キャカール系の訛り――つまりはこの迷宮都市エルネトモランが存在するアルセミット国の標準的な中央方言。大陸共通語の響きだった。

 私を追いかけて攻撃してきているのは、私と同じ地上人類なのだ。服装は森に溶け込むような色彩の貫頭衣。緑色のそれはどこか祭服のようにも見えた。

 何故、どうして?

 地獄と地上は敵対している。修道騎士や探索者は世界槍で敵と戦う。ここまではいい。けれど、同じ勢力に属しているというのに、どうして戦わなければならないのだろう? 私は信じられない思いだった。当たり前の様に信じていた事。それが通用しないのが迷宮だと、あのラーゼフという妙な女性は言っていた。だから充分に気をつけろと。そしてどうしても対処しきれないと思ったなら『左手』を使えと。

 籠手に包まれた左手と、手首に埋め込まれた金色の鎖を意識する。三つの環。三回きりの切り札。使い切ってしまえば後が無い。今ここで使うべきかどうか。そもそも、小さな呪術を連続で使用されているこの状況はこの『左手』向きではない。

 どうしたものか。悩んでいる間にも、のべつ幕無しに呪術が木を揺らし、草木を焼いている。一か八か、盾で守りつつ攻め込んでみようか――そんなことを考えたその時。

 叫び。命を絞り出すかのような痛ましい絶叫が響いて衝撃が途絶える。不審に思って様子を窺うと、驚くべき光景が繰り広げられていた。

 少年が戦っている。

 私よりもやや背は高いけれど、男性としてはけっして高くない。年の頃は私と同じか少し上くらいだろうか。長めの前髪から覗く目には強い光。

 一人、二人と斬り捨てられていく。白い槍が翻り、血の軌跡を描いていく。だが相手の数は途方もなく多い。離れた位置から放たれた呪術の攻撃を飛び退って回避した少年は、呪符を地面に叩きつけてそのまま走り出す。黒々とした煙幕が追っ手の視界を遮った。命を奪わぬ程度に傷つける事で負傷者の救助をさせ、追跡者の数を減らす。少年の行動は始めから逃走を前提としていた。


「さあ、今の内に!」


 少年は私のすぐ傍にまでやってくるとそう声をかけた。

 理由はわからないけれど、彼は味方だ。直感して、私は走り出す少年の後を追いかけた。




 霊長類の細かい顔立ちをすぐには覚えられない私でも、その少年が美しいのだということは何となくわかった。線が細く、体つきも男として育ちきる手前といった感じであり、まさしく少年と言う他無い。

 身体を動かそうとすると、彼は口の前に指を当てて小さく囁いた。少年の高さだったが、槍のように鋭い声だと思った。

 

「しっ、もうしばらく動かないで」


 私とその少年は木の根が盛り上がって空洞となった場所に身を潜め、泥を被せた布を被せて追っ手の目を誤魔化しているのだった。柔らかな土を伝わる振動。口々に交わされる声。心臓の鼓動は大きく感じられるばかりで、隣にいる少年に伝わってしまうのではないかと思われた。少年は動じる気配もなく、静かに身を隠している。

 やがて人の気配が無くなると、少年は布を取り去って空洞から這いだしていった。簡素だがしっかりとしたつくりの服からぽろぽろと土がこぼれ落ちていく。木々の隙間からこぼれ落ちる陽光が、少年の顔を逆光に照らした。


「もう大丈夫みたいだ。出てきていいよ」


「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか」


「いや――巻き込んでしまったのはこっちだからね」


 不可解な事を言う少年だった。一体どういうことなのか。兜に包まれた私の疑問が表情に出た筈も無いのだが、少年はひとつ頷くと、草むらに隠していた無骨な長槍を取り出してこちらを向きながら言った。


「まずは自己紹介と行こうか。僕は――そうだな。ひとまずはアルスタとでも名乗っておこうか。ご覧の通り探索者で、今はちょっとした任務を請け負っている最中なんだ」


「私はアズーリア・ヘレゼクシュ。松明の騎士団の見習い修道騎士で、今は試験の為にこの場所を訪れていました」


「ああ、知ってる」


 私はその意味を、修道騎士が竜骨の森で訓練することが有名だからだと理解した。後で思い返してみれば、それは見当外れも甚だしかったのだが、それはさておき。

 アルスタと名乗った少年探索者は、この竜骨の森を拠点とするとあるテロリスト――狂信者の集団の調査に来ているらしい。そして、可能ならばその殲滅も。

 竜骨の森の奥地では、最近になって【竜神信教】と呼ばれる邪教集団が暗躍しているらしい。地獄の竜を崇拝するという彼らのほとんどは槍神教によって排斥されていったが、一部の残党は細々と活動を続けていた。その勢力が、近頃になって活発化してきたのだという。


「地上で排斥された狂信者たちが隠れ潜むには世界槍の裏面――それも危険度の低い第一階層の裏面はうってつけだ。しかし、観光客や初級の探索者、そして君のような見習い修道騎士にとってはこの上なく迷惑極まりない話でもある。そこで僕の出番ってわけさ」


 森の中を歩きながら、アルスタは気楽そうに話した。聞く限りだと結構な難事のようにも思えるが、まるで気負った様子が無い。飄々とした立ち居振る舞い。腕の立つ探索者なのだろうか。私とそう年齢も変わらないというのに、少しだけ劣等感が刺激された。

 聞けば、少年は一人ではなくもう一人仲間がいるという。自分が陽動役として見張りの注意を惹き付けている間に、その仲間が先行して敵拠点に潜入して調査を行うという段取りだったらしい。


「僕が派手に動きすぎたせいで、君まで見つかってしまったのだと思う。恐らく彼らは君を僕らの仲間だと判断して捕らえようとしてくるはずだ。君の身の安全は責任を持って保証させて貰うよ」

 

 聞けば、龍神信教の拠点はよりにもよって指定された花の群生地のすぐ傍なのだという。これも何かの縁であり、こちらも試練を手伝うからそちらも狂信者集団の調査を手伝って欲しいと言われた。巻き込んだ挙げ句に体よく使われているだけのような気もしてきたが、愚痴をこぼしても仕方が無い。少年は助けてくれたし、悪意のようなものも感じない。この場所が危険であるのなら、仲間は必要だ。私ひとりでできることなどたかが知れている。


「よろしくおねがいします」

 

「こちらこそ」


 革手袋に包まれた少年の手と、籠手に包まれた私の手が、甲と甲をぶつけ合う。

 私とアルスタは、そうして即席の分隊を結成したのだった。 




 竜骨の森の植生は中央の墓標船に近付くにつれて次第に異形のものに遷移していく。鮮やかな緑色が、次第に黄色に、そして赤に、最後にはそれらが入り交じった極彩色へと変貌していくのである。

 草木の形もまた尋常なものではなくなっていく。ねじくれた樹木は更にねじくれて真横どころか反転して地中へと穿孔するものまであり、柔らかな土を這う長虫や甲虫、小さな動物などの住処となっている。あれだけ繁茂していた草は次第に消え去り、変わって毒々しい色合いの菌類が姿を見せる。


「確か、このキノコって呪具や霊薬の素材になるんでしたよね」 


「そうだけど、それは毒でもあるから不用意に触ってはいけないよ。専用の呪布で包むんだ」


 伸ばしかけた手を引っ込める。呪動装甲があるから大丈夫だとは思うが、だからといって不用意な真似はすべきではない。

 それにしても、少年の知識の該博さには内心舌を巻かされる。年若いということを感じさせぬほどに老練な――あるいは熟練した足取りで彼は森を進む。その時々で適切な指示を私に出しながら、危険を避け、地形を把握し、最適な道を進むのだ。

 森の迷宮には怪物が少ない。しかし、道行きは相応に険しい。森というのはそこに生きる獣などよりも、場所それ自体がもたらす疲労が怖いのだ。少年はこの森における最大の敵を前にしてまるで臆する様子が無い。彼は自然という脅威と正しく対峙し、常に上回り続けていた。


「森はただそこにあるだけだよ。恐ろしいかどうかを定めるのは人だ」


 アルスタの言う通りではあるのだろう。けれど、私には世界が意思や感情を持って様々な表情を見せているように思えてならない。ごく普通の夜の民のように、私は月と星と夜空を愛する。けれど、同時に昼の青空も同じくらい好きだ。どうしてかはわからないけれど、透き通るような蒼穹を見るたび、私の胸には郷愁のような思いが去来する。それはつかみ所が無くて、すぐに消えてしまうけれど。

 空に広がる枝葉の隙間から、陽光が零れ、青空が見え隠れする。

 世界槍の裏面、世界内部の小異世界にあっても空は美しい。

 ざああっ、と風が吹き抜けていく。風は目に見えないけれど、吹かれて傾ぐ木々と枝葉が擦れて波打ち際のような音を立てるのがはっきりとわかる。海なんて映像媒体でしか見たことはないけれど、私には頭上の光景が海のように感じられた。空のさざなみが次第に遠ざかり、やがて終着点に辿り着く。

 そこは無風だった。全ての音がそこで途絶え、草木もまたその命を絶やしていくかのようにぽっかりと空白が出来ていた。

 静謐が満ちる場所の中心。途方もなく巨大な、無機質な構造物。

 朽ち果てた鋼。巨大な墓標船の残骸がその場所に突き刺さっていた。

 緑色の苔が金属の外殻をびっしりと覆い尽くし、長い年月を経てゆっくりと終わっていく異世界の巨大な記憶。斜めに傾いだ塔のようにも見える。無数に走った亀裂や複雑な突起の陰から栗鼠などの小動物たちが見え隠れしていた。飛び回る羽虫を小鳥が啄む。


「さて、見張りは四人か。強引に突破できなくもないけれど、ここはフーを待つ方が賢明かな」


 私とアルスタは大きな樹の陰に隠れながら、先行してあの墓標船に潜入しているもう一人を待つことになった。竜神信教の根城はあの墓標船の残骸であり、私の目指す場所はあの墓標船の裏側にある。そこから花を摘んでくるのが今回の試験内容なのである。


「アズーリア。君は修道騎士になってどうするつもりなんだい」


 出し抜けに、アルスタが問いを発した。時間を潰す為の雑談、いざという時に仲間を信用できるようにするための布石――会話は意思を繋ぎ、意思は未来を繋ぐ。それに、初対面の相手と沢山話すのは得意ではないが、この少年と話すのは嫌な感じがしない。


「迷宮を踏破して、地獄へ攻め入ります。故郷を襲い、妹を私から奪った憎い異獣を倒す。それが私の望みです」


「復讐か。それはいい。強い怒りと憎しみは人の心を奮い立たせる。君は怨念と呪わしい気持ちというものを正しく制御しているんだね」


 少年は朗らかに私の心を肯定した。けれど、私の言葉は半分以上嘘だ――いや、嘘なのだろうか。私の今の言葉に、全く本心が含まれていなかったとでも?

 私は異獣が憎い。地獄が許せない。私から妹を――大切なビーチェを奪ったあの魔女が呪わしくて仕方無い。

 可能ならば、呪い殺してやりたいとすら思っている。


「君は正しい。そのまま復讐の道を進むことは地上の正義に適う――けれど、忘れてはいけないことが一つある」


「忘れては、いけないこと――?」


 問いかけると、少年はどこか恥ずかしそうに顔をそらして、それからしばらくの間を置いて答えた。


「愛だよ」


「――はい?」


「いや、言いたいことはわかる。けれど大事な戦いをするのなら、ちょっとくらい大げさな事を言っても構わないと思わないかい?」


「それはまあ、そうですが」


 むしろ、そうした場面でもないと使えないような類の言葉だとぼんやりと思った。

 それにしても、なんというか。

 少年らしい純真な言葉だと感心するやらこちらまで照れてしまうやらで、どうにも奇妙な気持ちになってしまった。


「これは持論だけど。復讐や呪い、怨念、憎悪、怒り――こうした負の感情は、大切なものを奪われたからこそ生まれるんだと思う。それが己の内側にあるか、外側にあるかはその人によるだろうけれど。それでもそれが尊いものであればあるほど、失われた時に生まれる暗闇はより深くなる。だから復讐心はね、愛の証明なんだ」


 饒舌に語る少年の目が、不思議な光を湛えているように思えた。それは強く、深く、そして輝かしいばかりに暗い闇の色――。


「忘れちゃいけないのは一つ。最初の気持ちだ。愛する気持ちを抱いて復讐を遂げること。自分自身が大切なものを想うその唯一無二の気持ちの為に怒りと憎しみを仇にぶつけるんだ。それが復讐の意義であり、叶わなくなってしまった自分自身の想いを遂げる唯一の手段なのだから」


 愛のための復讐。呪わしい想いは強い想いの裏返しなのだと語る少年に、私はふと既視感のようなものを覚えた。だから、理由もわからないままに尋ねた。


「もしかして、貴方も大切な人を失ったんですか?」


「いや――僕は、少し違うな。もうずっと遠い昔のことだけれど」


 アルスタは目を閉じて、過去を追想しているようだった。どうしてか、故郷の長老を思い出した。年若い外見にも関わらず、その姿はまるで若かりし日々を回顧する老人を思わせるのだ。


「大切なひとを、僕は手放してしまった。離さなければ良かったのに。この手の熱が彼女を溶かしてしまうとしても、彼女の冷たさが僕を凍てつかせてしまうとしても、この後悔の苦しみに勝るものは無い――だから、ずっと足掻いている。もう一度彼女を取り戻す為に。偉そうな事を言ってすまないけれど、僕の戦いは復讐と言うには少し望みがあり過ぎる。儚い希望だけれど、最愛の人を取り戻す可能性が残されている」


 それゆえに戦い続けるのだと、少年は語った。

 私は、どうしようもないくらいに心を打たれて、胸が締め付けられるように苦しくなった。理由は明白。だって彼の境遇は私と良く似ている。


「あの、私、応援してます。何もできませんけど、貴方が大切な人とまた一緒にいられるように祈ります」


「祈る――それは、マロゾロンドにかい?」


 私は呪動装甲を纏っているのに、どうしてかの黒衣の天使の加護を受けた者だとわかったのだろう。不思議に思いながらも、私は否定の言葉を返した。


「いいえ、大いなる槍神に」


 ごく自然な返答だった筈なのに、何故かアルスタはこの上なく愉快な冗談を耳にしたかのように吹き出してしまった。肩を震わせて、大笑いが外に漏れないように必死に口を押さえる。


「ちょっと、外に聞こえますよ!」


「ごめんっ――でも、耐えられなくて――くっ、あっはは!」


 囁き声でのやり取りだったけれど、私は木の向こうにいる見張りに気付かれないかどうか、気が気ではなかった。

 その時だった。


「あるじ様、お戯れは止して下さい」


 耳に響く涼やかな音。

 金属をぶつけ合わせたような、綺麗な響きの女性の声だった。見れば、いつの間に現れていたのか、すぐ傍に人影が跪いていた。

 簡素ながらも華美になりすぎない程度の装飾が施された侍女の服。跪いている為に広がったエプロンドレスの下から革の長靴が見えている。豊かな金髪は胸元や背中の半ばまで流れており、白い肌は美しく潤いを保っている。目は大きく、瞳は黄昏のように暗い赤。

 特徴的だったのは、白黒のヘッドドレスの後ろから直立する二つの三角形。黄金の毛並みをした、獣のような耳。

 そして、ほっそりとした首筋に見える頑丈そうな首輪と、その中央から伸びる金色の鎖。

 金色の少女――いや、そう形容するにはいささか早過ぎる。何しろ私よりも背が低い。蕾のままの美しさで、童女、あるいは幼女は少年に傅いていた。

 私は即座に呪動装甲の内部機能を起動させて松明の騎士団本部に通報した。場所は世界槍第一階層、第一裏面竜骨の森、女児に侍女の格好をさせて「あるじ様」などと呼ばせている怪しい少年を発見。これから拘束を試みる――。


「はい、承りました。金鎖システムから自動返信しますが、そんな変態主人は即刻逮捕して首輪をつけるべきですね。さあどうぞ」


「待て、フー。何か誤解がある」


「あれ?」


 金鎖システムに通報したら何故か目の前の幼女から了承が返ってきた。金色の髪と金色の鎖を侍女服の各所から見え隠れさせる、正体不明の――金色の鎖?


「申し遅れましたが、わたくし金鎖のフラベウファと申します。以後お見知りおき下さい、アズーリア様」


 その名乗りにぽかんとしてしまい、私はしばらく何も言えなくなってしまった。だってその名前は、私たち修道騎士にとって極めて重要な名前だったから。そして、彼女が金鎖のフラベウファだとすれば、主人と仰ぐのはどう考えても――。


「それでフー、内部の様子はどうだった?」


「非戦闘員らしき者がほとんどです。多くは呪力の低い弱った老人や傷病者――それに子供。それと、なにやら内部で大規模な儀式呪術を準備しておりました」


「時間的な猶予は」


「応援を呼んでいる時間は無いかと。ですが、見張りが四人、内部に五人、外に散った十数人を増援と考えても、あるじ様とわたくしで充分に対応可能だと判断しております」


 少年はしばらく考え込んだ。


「よし、突入しよう。フー、全員拘束できるね?」


「もちろんです、わがあるじ」


「アズーリア、君の力を借りたい。できれば捕縛して連行したい。勿論、君の判断で自分の身が危ないと判断した場合は殺めても構わない。任せていいかな?」


「わかりました」


 私は思わず頷いていた。身が引き締まり、口調も強張っていた。多分、私の予感は正しい。だとすれば、彼の指示には逆らえるはずもない。だって彼は――。


「よし、合図をしたら飛び出す。僕に続いてくれ」



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