3-8 言の葉遣いは躊躇わない③
区画が変われば足音も変わる。
こつ、こつと木々の素材を踏む音が、小気味よく街路に響いていく。
第六区は樹木の呪力――木造建築を基調としてデザインされている区画である。大樹のようなこの都市のイメージに即した空間だと来るたびに感じる。多種多様な足音が予測不可能なリズムを刻み、人工的に調節された自然の香りが鼻をくすぐる。私はこの区画が好きだった。
のそのそと歩く私が向かうのは探索者協会――企業や個人など、民間の迷宮探索者たちが所属する互助組織の本部だった。
探索者協会に所属していれば傷害・死亡保険などに加入できるし、行方不明になった際には優先して捜索が行われる。
また、迷宮にしかない貴重な素材採取の依頼などは途切れない為、修道騎士の中にも小銭稼ぎ目的で密かに探索者と兼業しているものがいるという。禁止されている行為なので、判明すれば両組織から罰則を受けることは間違い無いが。
――かくいう私も、こっそり探索者ライセンスを持っていたりする。
ラーゼフには駄目だと言われたけれど、やはり力のある呪術師を捜すなら探索者協会が一番手っ取り早い。
有名な所だけでも【四英雄】という傑出した探索者たちが挙げられる。
彼らの名声が高まるたびに修道騎士たちを集めて訓辞を垂れたり訓練量を倍にしたりする上層部のことだから、探索者に師事しただなんて知られたら外聞が悪いとかでさんざん怒られることだろう。
けれど、そんなことは知らない。【騎士団】の体面などよりも私とフィリスを鍛える事の方を優先すべきだ。どうせ【騎士団】の実質的な権威なんて高が知れているのだから。
辿り着いたのは、景観に馴染むような木造の、それでいて巨大な建造物だった。周囲で、新しくこの街に着いたばかりといった雰囲気の若者が「ここが探索者協会か」などと緊張した呟きを漏らしていた。
私は大扉を開いて、建物の中に入っていく。
広間には幾つもの円卓が置かれており探索者たちが地図などを広げて迷宮攻略の計画を練ったり、それとは関係の無い話に花を咲かせたりしている。
そしてなによりも目を引くのは周囲の壁を埋め尽くすような依頼書の数々だ。
企業、国家、各種の非営利団体、個人、果ては【騎士団】まで、素材収集から攻略戦や防衛戦への参加募集まで様々な仕事を斡旋するのがこの探索者協会の役割のひとつだった。
受付で端末の画面に探索者証明を表示させて奧へ進む。
壁だけでなく、設置された掲示板からも依頼は探せる。掲示板の表面を軽く触れて情報を検索。立体投影された仮想の依頼書が次々と切り替わっていく。そうやって張り出されている幾つもの依頼書をざっと眺め、目当ての依頼書群を見つけた。
注目すべきは応募資格だ。高位の言語魔術師であることが応募資格であるような高難易度の依頼に協力者枠の前衛として応募し、在野でかつ優秀な【呪文】系呪術師を探すというのが私の考えだった。断られる可能性も期待はずれの可能性も存在するが、とりあえずものは試しだとばかりに掲示板に手を伸ばす。
見ると、既に『前衛待ち』になっている依頼が一件あった。これだと思い、応募しようとしたその時、広間がざわつき始めた。
何事かと視線を向けると、奧のカウンター前に立っている三人組に注目が集まっているようだった。その姿に見覚えがあった私は、思わず小さく声を上げてしまう。
「さっきの人達――」
ざわめきの原因は一目瞭然だった。一番背の高い女性が明らかに自分よりも数倍は巨大な袋を持ち上げている。床に下ろすとその重量を示すかのようにずしんと音が響いた。よく床が抜けなかったものだと思う。
中央で、氷のような印象の少女が平坦な口調で告げる。
「依頼完了の報告に参りました。第四階層の第一裏面に生息する固有種(ユニーク)、凝視水牛(カトブレパス)は確かに私達が討伐しましたので、ご確認ください」
協会の事務員が恐る恐るといった様子で袋の口を開くと、その中からぎょっとするほどに首が長く、ねじくれた角が恐ろしい巨大な牛が現れる。頭部は完全に凍結しており、その生命の火は完全に消えていた。威圧的な眼球が、氷越しでも恐ろしいほどの呪力を放射しているのが感じられた。
途端、場が騒然となる。当然だろう。凝視水牛といえば攻略が完了してから随分と経過した第四階層において、長く裏面(りめん)に挑む探索者達を屠ってきた強敵の代名詞である。その邪視は重力を操り、睨み付けられた者の大半が圧殺されたとか。高位呪術師でさえも膝を付くほどの事象干渉力があったというから凄まじい。
そんな怪物を、それもたった三人で倒すだなんて、彼女たちは一体何者なんだろう。
ざわめきの中に、私はその答えを聞きつけた。
「あの眼帯、間違いねえ。【冬の魔女】だ」「四英雄のか」「ってことは両脇の二人は【巨人殺し】と【小鬼殺し】か、おっかねえ」「初めて見た」「えらい別嬪だな。あの眼帯、迷宮でやっちまったのかね」「馬鹿おめえ知らねえのか、あの眼帯の下を見た奴は邪視で氷漬けになっちまうって話だぜ」「俺は生き血を残らず吸い取られちまうって聞いた。血が凍ったような目をしてるんだと」「それで付いた異名がエルネトモランの吸血鬼」「おっかねえ」「しっかしまたアイツかよ。固有種の討伐数どんだけだ? ぶっちぎりで記録更新し続けてるよな」「仕留めた魔将の数でも最多じゃなかったか」「最強の探索者って評判は伊達じゃねえな。おっかねえ」「いや最強はグレンデルヒだろ」「おっ最強論議か俺も混ぜろ」
それで、私にも彼女たちの正体が理解できた。
最強の呼び声も高い探索者、【四英雄】の一角。【冬の魔女】とその仲間たち。
四英雄とは、【騎士団】とは別に、探索者達の中で特にめざましい功績を上げた者、魔将討伐を成し遂げた者に付いた通称である。
【万能の才人】グレンデルヒ=ライニンサル。
【冬の魔女】コルセスカ。
【吟遊詩人】ユガーシャ。
【盗賊王】ゼド。
【言語魔術師】タマラ。
彼ら彼女らはその卓越した、超人的と言っても過言ではない異能、異才によって迷宮攻略を推し進めた英雄である。タマラを除いた四人はそれぞれ探索者集団を率いるリーダーでもある。
またタマラ以外の四人はそれぞれ魔将を討伐しており、魔将を討伐した私が【騎士団】で英雄として扱われようとしているのは、彼らの名声によって【騎士団】不要論の声が高まっているという事情が背景にある。
そうでなくても、タマラ以外の四人は迷宮において大きな貢献をして、地上に多大な利益を生み出しているのだ。人々の期待は【騎士団】よりも【四英雄】にかけられがちであり、上層部が英雄を欲しがっているのも自然な成り行きと言えた。
それにしても、何という圧倒的な呪力だろう。
遠目にもはっきりと分かる。あの三人は紛れもなく最高峰の探索者。
「あれが、たった三人で構成される最高峰の探索者集団――【痕跡神話】」
ここしかない、と直感した。
音に聞く【冬の魔女】の実力が本当なら、迷宮都市随一とも噂される呪術師が目の前にいることになる。この機会を逃してはならない。
応募しかけていた依頼書から手をひっこめて、三人の方に駆け寄ろうとする。が、その直前で私は身体を硬直させた。
「おや、貴方は先程の」
当の三人がこちらに近付いて来ている。報酬の受け取りを済ませて、新たな依頼を探すつもりなのだろう。彼女たちは掲示板の前に立つと、仮想の張り紙に目を通し始めた。リーダーである【冬の魔女】はこちらの風体を見て、なるほどと手を打った。
「ご同業でしたか」
「は――はい」
恐らく彼女の言葉には二通りの意味が込められている。同じ探索者であるという意味。そして、同じ呪術師であるという意味が。事実なので否定はしなかったが、彼女と比較してしまうと『同じ』などとははっきりと言いづらくなってしまう。おそらく実力には天と地ほどの差があるのだ。
とにかく、どうにかして話しかけないと。でもどうすればいいのだろう。まさか、いきなり弟子にして下さい、なんて言ったら驚かれるだろう。そもそも、深く考えずに直感で行動しようとしているけれど、私はあまり見知らぬ人との会話が得意な方では無い。断られたらどうしよう。というか私のような不審人物のよくわからないお願いなんてほぼ確実に断られる。ああしまったもっとよく考えて行動すれば良かった。
「失礼」
冬の魔女は私が表示させていた依頼書群をコピーして目の前にペーストした。それらを眺めながら、彼女はふとこちらを見て問いかけてきた。
「こちらの募集、殆ど第五階層ですが――もしかして、『被り』ますか?」
「え?」
「いえ、先に探していらしたご様子ですし、後から来て『占有』してしまうのも失礼かと思いまして。お邪魔でしたら、私は別の場所を探しますが」
まずい、何を言われているのか分からない。
しばらくあたふたして、相手をきょとんとさせてしまう。恥を忍んで言葉の意味がわからなかったと打ち明けると、彼女は少し意外そうに左目を見開いて、それから「すみません、私が言葉足らずでしたね」と言って説明してくれた。
手袋に包まれた指の先、依頼書には大口の依頼が幾つか表示されている。その大半が第五階層での言語定着業務だ。導入言語は【下】および異世界、古代世界の全く未知の言語。応募資格は国際共通規格における一級言語魔術師資格をお持ちの方。
「この手の大規模言語魔術は広域に影響を及ぼす一種の儀式ですから、複数の言語魔術師が同時に行うと互いに干渉し合って失敗してしまうことがあるのです。ですから、暗黙の了解として同じ場所では『被り』が無いようにする、というのが原則なのです」
「そういうことでしたか――無知ですみません」
「いえ、狭い世界の常識ですから。ただ、言語魔術師向けの依頼書をご覧のようでしたし、ご同業ですか、と訊ねたら――」
「あああ探索者とか一般的な意味での呪術師という意味で言語魔術師の資格はありません紛らわしい真似をしてしまい大変申し訳ありませんでした」
「そんなに慌てずとも」
言語魔術師というのは高位の【呪文】系呪術師を指す称号であり国際資格でもある、とても権威と由緒のある呼び名だ。呪術が四大系統に切り分けられる以前――まだ【呪文】だけが本当の神秘で、唯一の【魔術】であるとされていた時代から存在する最も古い呼称――私などが名乗れる筈も無い。
しかしこちらの迂闊な行動が余計な誤解を招いてしまったようだった。恥ずかしい。消えてしまいたいくらいだ。フードを目深に被って俯く。
「【夜の民】のかたは皆、呪文使いの後衛職だという偏見があったようです。前衛職の方だったのですね。勝手な思い込みをしてしまって、こちらこそすみませんでした」
しかも謝られてしまった。大変に恐縮して「いえそんなこちらこそ」などと切りが無い返しをしてしまう。最低だった。
私達の種族が後衛向きだというのは偏見というかただの事実である。
大神院が定める眷族種の位階は、高位になるほど霊的な性質が強く、逆に物質的な性質が弱くなるので後衛の呪術師に向いている。
逆に位階が低い眷族種は霊的な性質が弱く物質的な性質が強いため、前衛の戦士向きだ。
位階第一位の【空の民】や第二位の私達は【邪視】や【呪文】などの適性は高い傾向にあるが、【杖】の適性や身体能力は軒並み低い。私が前衛もやれているのはひとえに呪動装甲とフィリスによる全能力の底上げがあるからに他ならない。
なんだかみっともない所ばかりを晒してしまっているが、英雄と呼ばれた探索者は冷ややかな美貌とは裏腹にとても穏やかで優しい対応を返してくれる。さすがに本物の英雄は違うなあと妙な感心をしてしまう。
やはり、この人に教えを請うべきではないだろうか。
そんな想いが、再び湧き上がってくる。曲がりなりにも魔将を討伐し、これから英雄として祭り上げられていく身だ。本物の英雄がどんな人物なのか、直に知る絶好の機会ではないか。
師事――いやまずは一緒に依頼を受けませんかという誘いからだ。けれど、彼女には既に優秀な仲間がいるわけで、明らかに実力が劣る私がそこに混ざるのはどう考えても不自然だ。ううん、でも当たって砕けてみるべきか。
迷っていると、特徴的な振動音が小さく響く。冬の魔女は端末を取り出して表示を見ると、左の眉をすこし上げてこう言った。
「おや――指名依頼とは珍しい。しかも随分と急ぎで」
――言語を世界に定着させたいという需要は引きも切らず、専門的な技能を有する言語魔術師の手は幾つあっても足りない。中には優秀な人材に直接打診が行く事もあるのだろう。さすがは四英雄、引く手数多だ。
「場所は第五階層で、仲介は【公社】ですか」
第五階層と聞くと、やはり心がわずかに反応してしまう。
その膨大な依頼者の中に『彼』がいる可能性もあるが、残念ながらこの手の依頼は数限りなくあり、そのほとんどが『外れ』だ。
殆どは過去からやってきた古代人だとか、下からやって来た古代語話者。外世界人だったとしてもそれが無数にあるどの平行プレーンであるかなどわかりはしない。それに依頼元は【公社】とある。複数の依頼者を仲介して言語定着を一括で外注する複合企業体の性質上、そこから個人を辿るのは難しいだろう――それにしても。
「ほ、報酬額すごいことになってますけど」
「そのようですね――これだけあれば、目標額に届くかもしれません」
「なになにー? 第五階層行くの? いいよーいつー?」
離れた場所で依頼を探していたらしい二人の女性が集まってきて、冬の魔女の両脇にぴったりとよりそう。
あまりにも自然な動きだったのでごく当然のように眺めてしまっているが、この三人の距離感ちょっと、凄い。
親密圏とかそういう概念を根刮ぎにするような、全身全霊の信頼感が当たり前の様にそこにあった。
命を預け合う分隊としてはキール隊の結束は盤石だったと思いたいけれど、この三人はちょっと突き抜け過ぎてて別の薫りがしなくもない。どんな薫りかはよく分からないけれど。
氷の少女は端末から依頼書を拡大表示して二人に見せて何事かを説明している。
「それが、私ひとりという指定なのです。そんなに人数が必要な依頼でもありませんし、二人は地上で待機していても構いませんよ」
「なんだそれ。胡散臭いにも程がある。コア、悪いことは言わないからやめときなさい。ただでさえあの場所はきな臭いし」
「ええ、本来なら私もそう考える所なのですが――第五階層には、ちょっと気がかりがありまして」
「ひょっとして、妹さん絡み?」
長身の女性はぱっと表情を華やがせて言った。冬の魔女には妹がいたというのは初耳だった。確か、【星見の塔】では師弟関係を姉妹関係に擬すると聞いたことがあるけれど、そっちの意味だろうか。
「はい。いい機会ですから、様子を見ておこうかと思いまして」
「反対。あいつは信用できない――いや、行くにしてもそれなら尚のこと私達がいる方が安全でしょう」
残ったもう一人の女性は逆の意見であるようだった。鋭い雰囲気で反対意見を口にする。細めた切れ長の目が強烈な威圧感を放っている。
「あー、サリアちゃんはあのコが嫌いなんだったよね――でもさ、せっかく姉妹が再会できるんだし、ここは気を遣って二人きりにしてあげるとか駄目――かな」
「駄目。あんな奴、もうコアには会わせたくないくらい」
「サリア、心配してくれるのはわかりますが、それは――」
三人は口々に言い争いを始めた。何やら込み入った事情がありそうだったし、無関係な私がこれ以上立ち聞きするのも良いことでは無い。
けれど――私は、良識が上げている抗議の声を無視して口を開いた。
余計なお節介。それでも。
「会う機会があるなら、会うべきだと思います。今を逃したら、届かなくなる言葉ってありますから」
横合いからかけられた不躾な発言によって、三人分の視線が一斉にこちらに集まる。緊張と後悔、そして羞恥。ああ、余計な事を言わなければ良かった。絶対変な奴だって思われている。
「すみません差し出がましいことを! でも私ずっと前に、妹に何も言えないまま、それっきり離ればなれになってしまって、とても後悔しているんです。それからずっと妹を捜し続けていて――だから、他人事だと思えなくて。本当に余計なお世話だとわかってはいるんですけど、あの、えっと、なんというか」
「貴方は、妹さんを大事にされているのですね」
雪がやわらかく溶けるように、氷の美貌を微かに緩ませて、冬の魔女はそう言ってくれた。微笑みはどこまでも優しく、私の拙い言葉をしっかりと受け止めてくれた。
「少し羨ましい。そんなふうに屈託無く相手への想いを表現できる貴方は、素敵なかたですね」
そうじゃない――ただ、自分の後悔を他人に押しつけているだけ。
気遣いとかじゃない。それ以上に身勝手な、私の願望。
「自分本位なお願いなんです。ただ、後悔が繰り返されるのが、見たくないから」
「それだって、私は構わないと思いますよ。自分に素直であることは、きっと尊ばれるべきです。私も、もう少しだけ――サリア、やっぱり私、第五階層に行ってきます」
眼帯の少女は強く意思を固めたようだった。弾かれたように栗色の髪を揺らして反対の声を上げるもう一人。
「駄目、行くつもりなら私が止める」
「じゃあ私はサリアちゃんを止めるー♪」
軽やかに言いながら、長身の女性が栗色の頭に顎を乗せた。がくんと膝が曲がり頭が下がる。無理矢理抑え付けられてその場から動けなくなっているようだ。
「ちょ、こらっアルマ、この阿呆、く――この馬鹿力!」
「コアちゃんコアちゃん、お邪魔虫さんは抑えとくから、今のうちに行っちゃえ。折角だから一杯お話しておいでー。あと私からもよろしく伝えておいて」
「わかりました。ありがとうアルマ。そしてすみませんサリア。恨み言は後で聞きます」
「ああもう本当にこいつらは――!」
軽やかに言葉を交わす二人と憤激するあと一人。白銀の髪を煌めかせて、左目に明るい意思の光を宿して、冬の魔女はその場を立ち去ろうとして――最後に、私に視線を送る。透き通った青い色彩。綺麗な人だと、私はもう何度目になるかも分からない感慨を抱いた。
「ありがとう。貴方も、いつか妹さんに会えることを祈っています」
そう言って、冬の魔女は私の前から去っていくのだった。
これで、良かったのだろうか。良かったのだと思いたい。
必要な言葉を、必要な時に。後悔のない選択を。それが私にできるのなら、少なくともそうするべきなのだと信じたかった。そうして、私だけではなく誰かの心からも後悔や苦しみを取り除けたら、それはきっと素敵なことなんだと思うから。
綺麗な青い瞳。まだ、その光が目に焼き付いている。
胸に、なにか大事な物を送ってもらった――そんな気さえしてくるのだった。
長身の女性が、快活な表情をこちらに向けてにこりと笑いかけてくれた。
「きみ、いいひとだね!」
その下で、凛々しい面差しを不機嫌そうに歪めてもう一人が毒づいた。
「自覚のあるお節介――救いようがない」
「すみません――」
「誰かさんにそっくり」
「はい?」
私の疑問にいらえは返ってこなかった。冬の魔女の仲間たち。片方からは好感を持たれたようだけれど、片方からは嫌われてしまったみたいで、ちょっと複雑。
上から乗せられた体重からどうにか抜け出して、栗色の髪の女性は溜息を吐いた。
「やっぱり私、こっそりついていく」
「やめなよー。この間みたいに喧嘩になったらコアちゃん困るだけだと思うよ? 大人しく地上で待ってればいいって。それに――どうせコアちゃんなら何があっても一人で乗り切れるもの」
赤毛の女性は長身に揺るぎない確信を漲らせてそう断言する。自分たちのリーダーである英雄への、圧倒的なまでの信頼がそこにあった。それに関してはもう一人も異論は無いようで、不承不承といった感じでどうにか納得したようだった。
「それじゃあね。あ、そうだ、折角だから名前教えておくね。私はアルマ。こっちでぶすくれてるのがサリアちゃん」
あまりにも軽やかに名前を告げられて、逆に面食らう。異名と共に知れ渡った、最高峰の探索者たちの名前だ。掌握する試みなど馬鹿馬鹿しく思えてくるほどの圧倒的な存在強度が言葉から伝わってくる。それでいて、あまりにもその名前は親しみを込めて差し出されていたから、私も思わず素で返してしまう。
「私は、アズーリア。アズーリア・ヘレゼクシュと言います」
「そっか、じゃあコアちゃん共々、またいつか会おうね。多分私達、どこかで運命が繋がると思うから」
確信めいた言葉と共に、長身の女性――アルマはその場を去っていった。もう一人のサリアという女性はこちらを鋭く一瞥して、そのまま無言でアルマの後を追う。
なんだか不思議な一幕だった気がする。さっきのやり取りが自分にとって、そして彼女たちにとってどんな意味を持つのかはまだよく分からないけれど、それでも何かが繋がったような――曖昧な実感だけが手の中に残っているような気がした。
ぶつり、と掲示板から全ての映像が消失する。依頼を探そうとしていた探索者達が騒然となるが、協会の事務員が説明するところによればシステムの予期せぬ不具合らしく、復旧に時間がかかるとのこと。携帯端末からも協会のページにアクセスできなくなっていた。他の探索者たち同様に困り果てていると、ふと飛び交う声の中に、奇妙な呟きが一言だけ浮かび上がった。
「隙あらば無自覚で人の獲物を横から掻っ攫おうとする泥棒カササギ。略奪が得意な探索者――吸血鬼らしいけれど。こっちだってそんなに甘くない」
掲示板の裏側から、だろうか。どこかで聞き覚えがあるような、囁くような綺麗な呟きだった。幻聴のようにかき消えて、そのままどこかにいなくなる。
役割を果たさなくなった掲示板の反対側を覗くと、そこにはもう誰もいなかった。
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