2-92 サイバネティクスとオカルティズムの幸福なマリアージュ⑧


 雨のように降り注ぐ熱線を全て回避して、高熱の掌打で馬の足を焼く。瞬時に傷を癒しながらも、キロンはその表情に浮かぶ不可解さを隠せずにいた。確かに俺を圧倒していた筈なのに、何故未だに勝利できないのか?


 その答えは、キロン自身にある。

 コルセスカは言っていた――俺は異獣のようだと。異世界からこの世界に新たに生まれ出で、魔女の使い魔となった俺はまさしく悪魔の類だ。【騎士団】が敵視する異獣と本質的に何も違わない。


 キロンは異獣を仇であると憎む。異獣を全て排除するべきだと叫ぶ。

 それでいながら、異質な存在である俺に共感を求めた。それは俺の行い、俺の歩んだ過去、俺の傷を知ったからであったはずだ。


 だが、そうであるならば、相容れないものと共感可能なものとを区別する基準はどこにある?

 価値を規定するその力は、憎悪と怒り、復讐心によって作り上げられたものだ。

 

「お前の本質は復讐者だ。どこまでも他者の為に行動するその在り方はいっそ清々しいが、その善性がお前を滅ぼす」

 

「戯れ言をっ」

 

 復讐とはどこまでも続く死の螺旋に身を投じる事。殺し殺される暴力のラリー。

 その終着点を、俺は既に知っている。

 

「復讐が生む結論は一つだ。是非や善悪の問題じゃない。為し遂げた後に生み出される感情の性質も関係が無い。復讐者になった奴は、ただ暴力の強さだけが全ての世界に生きる事になるんだよ!」

 

 それはキロンの掲げる正義の英雄のルールではない。

 俺のような、腐臭のする掃きだめの中で暴力に明け暮れる屑のルールだ。


 強い方が勝つ。ただそれだけの、数値の大小を問うだけの単純な論理に身を置くという、最もプリミティブで抗いがたい呪術的行為。それが復讐の本質だ。そこに正義だとか英雄性だとか主人公の資質だとかが入り込む余地は無い。復讐に狂う烏合の衆、悪鬼どもが全くといって良いほど俺に痛手を与えられないのは、ひとえに彼らが弱いからだ。弱さを自覚するがゆえに徒党を組み、憎悪に狂うのだろうが、奴らは甘い。暴力の論理に身を置く復讐者でありながら、弱者であることを認めるという矛盾は救いがたい程に愚かしい。復讐者は強くなくてはならない。俺よりも弱ければ復讐は叶わないというだけの話。復讐は虚しくなど無い。ただ残酷なだけだ。


 そしてキロンの根幹が復讐にあるというのなら、話はどこまでも単純化されてしまう。やることはいつもと同じだ。速く、強く、重く、そして正確に。暴力でねじ伏せて勝つ。


 キロンがどれだけ正しく、英雄的で、高潔な人物であっても関係が無い。キロン自らが復讐の論理に身を投じてしまったのだ。その運命は彼自身によって既に肯定されている。


 異獣である俺に共感できるという可能性を示してしまったキロンは、既に排除すべき悪性と共感すべき善性とを峻別する己の正義を破綻させてしまっているのだ。その矛盾に、付け入る隙がある。


 あえて熱学制御を行わず、ただ打撃を浸透させ、痛みと軽い打撲、打ち身などのダメージを与えていく。重傷を軽傷に変えるということは、軽いダメージは確実に蓄積されていくということ。パラドキシカルトリアージでは、軽傷を軽減できない。打撃系の技で少しずつ痛めつけていくことで、状況を有利に進める。

 

「それでも――それでも俺は彼らの為にしか戦えない! 俺にはもうそれしか無いんだ、新しい希望を見出した君とは違うっ!」

 

 悲痛な叫びと共に繰り出される槍は、かつて無い速度で俺の左腕を貫き、今度こそその機能を完全に停止させる。キロンの言葉は本質をついている。


 俺達の現状の違いを生み出している原因は内側ではなく外側にある。手を差し伸べられなかった者。手を差し伸べられた者。キロン自身が手を差し伸べる側の強者であり、俺の方は手を差し伸べられる側の弱者であることもその対照性を際立たせていた。


 それでも、と彼は叫ぶ。死者の為に止まることはできないから。

 それでも、と俺は拳を振るう。俺に力を振るうための両腕と確かな居場所を与えてくれた人達の為に、負けるわけにはいかないのだから。


 決定的な瞬間が訪れた。キロンの背中から生えた蝶の翅。そこから放出される鱗粉が、その輝きを次第に失っている。弱まっていく呪力。圧倒的な速度は右手による減速の間合いに入らなくても目で追うことが可能な程度にまで遅くなり、繰り出される刺突や閃光の射撃からも膨大な呪力が失われていく。

 

「ミエスリヴァの力が失われているだと?!」

 

「種が分かれば単純な話だ。お前はその力を、主神の力だと言った。だが、失われた神話の主神を、一体誰が崇めているのか――その答えは最初から目に見える場所にあった。つまり、ここだ」

 

 神は信じられているからこそ莫大な量の信仰というミーム、すなわち呪力を蓄え、圧倒的な力を振るう事が出来る。ミエスリヴァが行使する絶対的な主神の力は、信仰心というミームをリソースにしたものだ。


 だがミエスリヴァ信仰などというものは遠い昔に廃れており、その格は聖人のレベルにまで落ちているという。聖人であっても強大な力を引き出せることには違いないが、それでもコルセスカと俺を同時に圧倒できるほどの力は得られない。


 では廃れた信仰、古き神の力を扱うという詐術の正体は何なのか。

 それは、第五階層にばらまかれた新しい紙幣だ。


 【公社】に都合が良いようにとデザインされたその図像の中に、密かに隠されたモチーフの数々。トリシューラの解析によれば、見た者に対してサブリミナル効果のように、特定のイメージを無意識のうちに刷り込む仕掛けがしてあるらしい。キロンが刷り込んだイメージは、美の神ミエスリヴァを象徴するもの。


 そして第五階層に浸透した紙幣は価値と信用を宿している。それはもはや信仰の力に匹敵する。

 貨幣経済とは一つの信仰であり、呪術でもある。摸倣子は価値や信用も媒介するからだ。


 キロンは勝つための仕込みを、俺と出会う前に既に完了させていた。この階層の住人達全てが無自覚な信仰対象であるキロンとミエスリヴァに呪力を供給し続けている。ゆえに彼はこの第五階層においてのみ最強の存在であり、神にも等しい力を振るうことができるのだ。


 だが、先程のトリシューラの爆撃によって、彼は第五階層の住人を守るために紙幣という名の護符を使用してしまっていた。【上】の住人を守るためという理由もあるだろうが、住人を皆殺しにされてはその膨大な呪力の供給源が失われてしまうからという現実的な理由もあったのである。


 そして、今この瞬間だけ、大量に溢れていたかつての流通紙幣――治癒符が息を吹き返す。


 現在、第五階層では突発的な治癒符の需要が生まれていた。トリシューラが大量の怪我人を生み出したからである。殺害ではなく怪我をさせることを目的とした爆撃は全てこのためだ。傷を治療するために治癒符が必要とされ、誰もがその価値を再確認する。大量に消費されて絶対数が減るのと同時に、その相対的な価値が高まっていく。キロンの作り出した護符の価値が低下したわけでは無い。しかし、治癒符の価値が瞬間的に高まることによって、相対的にその価値、信仰が失われつつあるのだ。


 ゆえに、勝機があるとすればこの混乱に乗じることが可能な今この瞬間だけだ。

 猫耳の少年が慌ただしく怪我人達の間を走り回り、両手に抱えた大量の治癒符をばらまくような勢いで配っていく。飛散する治癒符。下限まで落ち込んだ価値の雨を、神からの恵みのように誰もが有り難がる。


 少年の隣で、いつの間にか復活していたカーインが治癒符を大量に抱えて追随していく。心臓を貫かれて生きているとは常識の通用しない男である。心臓の位置が常人とは異なるのかもしれない。

 

「おのれ、何故私がこのようなことを――以前より人使いが荒くなってはいないか?」

 

「カーインさん口より手足動かしてくれます?」

 

「はっ! 申し訳ありません」

 

 カーインの腰が異様に低いのと、誰に対してもにこやかなレオが奴に対してだけは何故か平坦な口調なのがやけに気になる。何だアレ。

 

(いいからアキラくんも頭より手足動かして。今が攻撃のチャンスだよ! 徹底的に痛めつけちゃえ!)

 

 ちびシューラが笑顔で俺をけしかける。


 善人であるレオを利用し、自分は影からその責任をキロンに押しつける。自分で負傷者を作り出し、自分で用意した治癒符で癒すという最低のマッチポンプ構造。鬼畜外道の行いを、トリシューラは完璧に実行してのけた。邪悪な魔女の企みは、いつだって正しい英雄を苦しめる。

 

「まだだっ、まだここで終わる訳にはいかないっ」

 

 その台詞が、キロンが持つ運命力を働かせ、逆転の流れを引き寄せようとする。どんなに俺が優勢であったとしてもそれすら逆転劇という展開の中に取り込んでしまう無慈悲な補正。だがそれすらも事前に存在が分かっていれば対処ができる。駄目押しの一撃、キロンを打倒するための最後の鍵が、俺達とは一切関係の無いところで勝利へと至る扉を開いた。

 

「いいや終わりだ。布石も伏線も無しで悪いが、援軍が唐突にやってくるのはお互い様だろう」

 

 その瞬間、世界の主役が切り替わった。


 迷宮の真ん中で壮絶な戦いを繰り広げる俺とキロンではなく、その遙か頭上。高層ビルディングに設置された大型ディスプレイの中に、彼女はいた。

 第五階層を迷宮から元の都市へと戻した最大の理由が、そのディスプレイと大音量の拡声が可能なスピーカーにこそあったのだという事実を告げれば、キロンはふざけるなと言うだろう。


 だが一度でも耳にしてしまえば、いかに彼でも黙らざるを得ない。

 歌が聞こえる。

 それは、魔性の歌声だった。声質そのものに呪術がかけられているのだと言われれば納得してしまいそうなほどに、どうしようもなく心を震わせる、それはあまりにも美しい音の連なり。


 クリアなソプラノだと、言葉にしてしまえば恐ろしく単純だ。けれど、それによって奏でられる楽想はあまりに繊細で、耳にした者の心を惹き付けて離さない。


 気付けば俺達は呆然と頭上から響く歌に聴き惚れ、戦いを中断していることすら気にも留めずにその歌姫の姿に魅入っていた。


 映像の中で躍動する、伸びやかな手足。微かに青みを帯びた、長く美しい黒髪。黒玉のような瞳は蠱惑的に輝き、奇跡のような造型のかんばせに華を添える形の良い唇が震えては詞を紡ぐ。


 ステージという外界と隔絶された空間でこそ栄える、現実感の薄い衣装が翻る。黒と青の装飾はどこか空を羽ばたく鳥のようだ。


 その周囲で、色のない光が躍る。歌姫の全身を覆うようにして広がる、平面的なシルエット。空中に投影された影のエフェクトは、呪術による演出だろう。動き続ける影の動きは女性の輪郭と重なっては離れ、まるでその場に二人分の姿が映し出されているかのようにも見えた。その認識に追いつくようにして、歌声が二重に響いていく。風のような軽やかさと水のような清らかさが交叉を繰り返して独特のポリフォニーを歌い上げていった。


 気がつけば、聖騎士の身体から蒼い流体の破片が剥離し始めていた。

 その全身から抜け出ていく呪力は、彼を主役とする物語とその運命。

 場の主役は既に彼から彼女に移っている。


 文脈や物語のジャンルを根こそぎ書き換えるほどの、圧倒的な呪的改変力が第五階層を浸食する。不可視の呪術攻撃に対応する筈の石版の神滅具に無数の亀裂が走り、無数の文字が弾け飛ぶと共に煙を上げて沈黙する。


 英雄の格に比肩し、時に凌駕さえしてみせる。その名は【偶像アイドル】。

 第五階層に降臨した新たな信仰対象。相対的に弱まったキロンの力は、もはや見る影もない。


 このタイミングでこの映像が流されたのは、勿論偶然などではない。入念な打ち合わせと準備。そして相応の対価を支払って得た報酬がこの結果である。


 時は一晩を遡って、トリシューラが倒れ、唐突に地上から連絡が入った直後のこと。


 探索者リーナ・ゾラ・クロウサー。彼女の家は古くから続く呪術師の一族で、有名な呪具メーカーを始めとして数多くの事業に手を出しているそうだ。彼女は第五階層という特異な空間に商機を見出し、更には俺という転生者に価値を見出したらしい。窮地にあることを知って、地上からの協力を申し出てくれたのである。当然、彼女がこの地で地盤を築く為に手を貸すことを条件に。


 クロウサー家は【歌姫Spear】のスポンサーたる巨大呪術産業体の経営者一族で、このような無茶が押し通せるのだと言っていた。正直半信半疑だったが、実際に目の前で起きている事実を無視することはできないだろう。

 リーナ・ゾラ・クロウサーとの即席の連携が生み出した、一夜にして捻り出された強引な演出。


 提示された作戦の概要を眺めながら、コルセスカは言ったものだ。

 

「これはトリシューラの同類ですね。自分が主役じゃないと気が済まない、目立ちたがり屋の企みです」

 

 自らをゲームのプレイヤーだと定めているコルセスカも人の事は言えないと思ったが、それを口にすることは無かった。おそらく自覚があるだろうから。少し訂正を加えるなら、トリシューラは裏に隠れてこそこそと表舞台に立つ人々を思いのままにしたがるのに対して、この作戦を考えた者は自分が表に出てスポットライトを浴び、最も目立つ位置で主役を演じなければ気が済まない性質であるということ。


 そう、この作戦を発案したのは、歌姫その人であるらしいのだ。

 そしてもう一人。名前は教えてくれなかったが、リーナの仲間であるという人物が、それに重ねるような演出を作り出していた。

 

「はい? ネット小説?」

 

「このオンライン小説が、現実のテクストを改変しているようです」

 

 コルセスカは端末から仮想のページを虚空に投影して、そう説明した。

 

「この世界ではネット上にアップロードされたありとあらゆる文章、単語に呪的なハイパーリンクが形成されます。地下茎リゾーム的なデータベースの参照によって、それらは常に相互に影響を及ぼし合う」

 

 恐ろしい事だが、この世界には物語を書き記す事で現実そのものを改変する呪術が存在する。それは【呪文】と呼ばれる呪術系統に特有の力であり、優れた【言語魔術師】であれば息を吐くようにその程度の事はやってみせるらしい。コルセスカに言わせれば、世界など直接改変すればいいのであって、わざわざ文字情報にするという手間を挟むなんて迂遠であるとのことだったが、どうも口ぶりからするとそういう呪術があまり得意ではないだけのようにも思えた。


 凄まじい早さで更新されていくページを見て、俺は妙な声を上げてしまう。

 

「義手の転生者が世界槍に迷い込み、様々な苦難に出会うが、仲間達の助けによってそれらを乗り越えていく話? これ、現実を参照しているのか? でも、まだ起きていないことまで」

 

「逆の考え方もできます。現実がこのテクストを参照する、というような」

 

 主に『俺』という一人称で語られる形式の、それは異世界からやって来た転生者の物語。なんというか特徴を捉えているようでいて、幾ら何でもそんなことは考えないだろう、と文句を付けたくなるような奇妙な思考をする視点人物。この世界の読者にとっては、見知らぬ世界から来た奇妙な異邦人を視点に据えていながらも、ありふれた現実世界を舞台に選んだ物語という風に映るだろう。


 物語にはもう一人の主役がいた。主人公と対比するように描かれるもう一人の主人公。天才的で高潔、されど孤独な悲劇の聖騎士。結末は、聖騎士自身が満足してその生に自ら幕を閉じるというもの。彼の主人公性を揺るがせることはせず、その格を保ったまま退場させていく、ある意味で残酷で恣意的な誘導。


 その物語は、多角的に展開されるメディアミックスの一環だという話である。

 歌姫の背後では、途方もない規模の金が動いている。その流れが今、外側から第五階層へと侵入しようと扉をこじ開けたのだった。


 物語の質はさておき、それは商業的な要請によって拡散していく。広告のミーム。それがその物語に、そしてこの戦いに紐づけられた価値だった。


 世界を書き換える呪力が、第五階層に広がっていく。

 具体的で即時的な物語――すなわち、『歌』に乗せて。

 歌姫のステージは地上で併せて行われる葬礼と慰霊祭のメインイベントらしい。


 地上の文化性なのか、葬礼は盛大に、そして華やかに行われるのが常であるという。正式には、俺がよく知っているような厳かな雰囲気の儀式もあるらしいが、それが終わった後にはいっそ不謹慎に感じるほどの馬鹿騒ぎをするそうだ。馬鹿騒ぎ――エンターテイメント業界と結託した、商業主義の極みとも言える祭事。かけられる費用を聞いて、世界一葬儀に金を使う国の出身である俺も驚かざるを得なかった。


 ネット上で人気のアイドル――そして連動企画として生み出されたネット小説。歌とフィクションが相互に参照し合うエンターテイメント。


 そしてもう一つの参照先、それがここに今、現在進行形で誕生している。

 リアルタイムで中継される、真に迫った戦闘の光景。


 物語の主人公と、異形の姿を晒す堕ちた聖騎士の戦い。

 押しつけられた運命に、キロンは抗おうとする。

 俺は駄目押しのような物理攻撃を重ねて叩きつけた。小さな痛みと苦痛とを際限なく蓄積させる。


 キロンは痛みを己のものとして生きることを肯定する。己が過去に得た苦痛と傷を自らの足場にして、失われたものを参照し続けることで戦う為の力に変えている。その在り方を、俺には否定することができない。しかし確かに言える真理が一つだけある。


 拳を固め、思い切りその顔を殴りつけた。

 痛みというのはただの生化学的なシグナルだ。そこにかけがえの無さを見出すのは、個人的な感傷でしかない。痛みに意味を見出すという呪術的な思考など、俺の知ったことではない。過ぎた痛みは崇高な意思すらねじ曲げるというクソみたいな事実を、その身で体感するといい。


 共感をして欲しいとキロンは望んだ。俺の答えは共感不可能という拒絶だけだ。それが俺達の間に横たわる、絶望的なまでの『価値観』の差なのだった。


 今、トリシューラの悪辣な演出によってキロンの評価は低下している。

 己の身を憎い仇と融け合わせてでも戦い抜こうとした聖騎士の高潔な決意は、見た目が異形であるというわかりやすい理由で忌避されてしまう。


 見た目の異形化。

 これこそがトリシューラが遺した最低最悪の呪い。異獣憑きたちを地上の人間達から嫌悪させ、内部から力を削ぐ為の布石。

 

(彼ら異獣を肉体に宿した者達の正式名称は【民衆に拒絶される跛行者】。長いからみんな異獣憑きって呼んでるけど。みんなに嫌われても人々の為に戦う聖騎士さんたちかっこいー♪)

 

 コルセスカとトリシューラ、二人の言語魔術師という情報操作の達人、それに加えてその二人をも凌駕するレベルの言語魔術師(例によってリーナの仲間だそうだ)によって俺の両腕は『観衆が最も好ましく感じるビジュアル』に常時改変され続けている。視覚的なクラッキングが行われた結果として、俺の両腕は腕の形をした電子ドラッグとでも言うべきものになっているらしい。


 見た瞬間に地上の誰もが倒されるべき悪と勝利すべき善を規定してしまう。


 そして、彼が聖騎士であるという事実を認識しているものでも、拡散された物語によって予定調和の終わりを迎えるべき人物なのだと納得してしまうのだ。


 世界中から敗北を望まれて、二重三重の罠にかけられた聖騎士キロンが、絶望の声を上げる。


 初戦において、キロンは事前の入念な準備によって勝利を得た。

 同じように、この戦いの勝敗は、最初に決定していたのだ。


 どのような逆転の一手を繰り出そうとも、その結末が覆ることは無い。

 ゆえに、これから行われるのは戦闘などではなく。

 一方的な、蹂躙である。

 

 


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