2-68 そんなことよりゲームをしよう①

 

 よく誤解されるんですけど、【停止】とか【略奪】とか、四大体系の邪視とか世界観の拡張とか、あと血も凍る吸血鬼とか、そういう理屈の結果として凍結が起きてるんじゃないんですよ。全部逆で、後付の解釈なんです。氷血のコルセスカって、まず一番最初に【氷属性】があるんです。


 そう。【冬の魔女】。おとぎ話に出てくる――こういう言い方をすると妙な感じですけど――伝説上の人物です。架空か実在か、という判別はこの場合とても難しくて――史実と誇張が渾然一体となって拡散しているような感じですね。神話ってそういうものなんです。多分貴方の世界との違いは、誇張すら実体となって史実を改変してしまう所、でしょうか。


 おわかりかと思いますが、私は人間ではありません。かといって【下】の住人というわけでもない。似た存在があまりいないので比較に困るのですが、しいて挙げるならあの聖騎士が侍らせていた五人――五つの神滅具ですね。手法だけじゃなくて、来歴も同じなんですよ。古代の覇王メクセトが神を滅ぼす為に作り上げた千を超える呪具の数々。それがあの五つの武具と――【氷血のコルセスカ】の正体と言われています。


 私は仮想的な映像を武器の周囲に投影して、呪力によって外界に干渉し、呪力のはたらきによって思考する、架空の生命。全身に呪的テクスチャを張り巡らせることによって実体を獲得した、質感の怪物。


 私は、人であり武器でもある存在。人でなく武器でもない存在。神話の中に登場する、伝説の武器を擬人化したもの。あるいは、その派生先もしくは派生元としての魔女伝説の具象化。【氷の神滅具】の伝承が先だったのか、【冬の魔女】という神話が先だったのか、それか全く異なる来歴の伝説が混淆して同じものとして見なされるようになったのか――様々な見解があるようですが、それはここでは置きます。事実として、私はそうした神話群をリソースに【星見の塔】で創造されました。情報によって構成された呪的生命。それが私。


 これだけ非実在の存在のように語って申し訳無いんですけど、生身の肉体もちゃんとあります。私という生き物の血と肉と臓器の細部に至るまで、この世界の基盤――万象の根源たる紀元槍アカシックレコードに精確に記述されているのです。それは存在するのと同じこと。余りにも精彩な幻影は、この世界では実体を有する。伝承、空想、歌物語、そして神話。私はそれを体現する、擬人化と神話の魔女なんです。


 気がついた時、私は存在していました。それが物心がつくということだったのか、それともその瞬間に私が誕生したのかはわかりません。覚えているのは、こちらを取り囲んで見下ろす八人の女性の姿。そして、微かな記憶の中に何度も登場する、小さかった私よりも更に小さな、赤い髪と緑色の瞳をした妖精のこと。それだけです。


 ええっと、とりあえず自己紹介はこんな感じです。もっと早くしておけばよかったですね。長らく正体不明でさぞ不審な人物に見えたことでしょう。けれど、これ一応【塔】の最高機密なので。【塔】の関係者以外に話すのは、貴方で三人目です。


 さて、私にも子供時代はありました。転生者といっても、その頃は前世の記憶なんてほとんど自覚がなかったんです。曖昧な光景を、夢か何かだと思ってたんでしょうね。おかげで夢見がちな子供だったと思います。


 ――クレアノーズお姉様に与えられた本や漫画やゲームの中に、よく氷血のコルセスカという魔女が登場しました。最初は私と同じ名前に少しびっくりして、それから気付きました。私の名前は、この魔女から取られているんだと。過去の人物から名前をいただくというのはよくあることですからね。それは半分正解で半分間違いでした。


 ゲームの中の氷血のコルセスカは対戦系だとリーチの長い氷の槍使いで、私はよくトリシューラをさんざん負かせて最後にはつかみ合いの喧嘩になりました。その頃は私の方がずっと大きかったので――何しろ彼女は私の掌に収まるようなサイズですから――トリシューラが泣いて私が悪者というのがいつものパターンでした。一人用のロールプレイングゲームだと氷血のコルセスカは物理攻撃力と魔法攻撃力が高くて炎攻撃に弱いというのが多かったですね。私はいつもレベルを限界まで上げて、たとえ苦手な炎属性の敵が出てくるダンジョンでも無理に連れ回していました。自分の分身のつもりだったんでしょうね。主人公じゃないサブキャラとして出てきても、私にとって氷血のコルセスカは主人公だったんです。


 物語に出てくるコルセスカは色々な性格や背景を持っていて、色々な結末を辿りました。クールで頭脳明晰なコルセスカ。無口ではにかみ屋なコルセスカ。冷酷非情の悪役キャラというのもありました。伝説の武器とか魔獣というパターンも幾つか。戦ったり死んだり恋したり、異なる可能性を沢山見せられて、私は違う人生を歩んでいるような錯覚に浸りました。私はこの頃から夢見がちで、異世界に召喚されてその世界を救う妄想とかもしてました。オリジナルの言語や魔法を作ってみたり、歴史を改変した小説を書いたり、創作神話を作って遊んだり。


 ですから、実を言えばアキラのことをとても興味深いと思っていたんです。実際に異世界からやってきたこの人は、どんなことを考えているのだろう、と。今でも少し思います。貴方の世界に私が転生したらどういう事になるんだろうって。その世界は私が思い描くような異世界なんだろうか。胸の躍るような冒険やドラマが待ち受けていたり、はっとするほど目を見張る光景があったりするんだろうか。貴方を誘ったのも、本当は転生者ゼノグラシアがどうとかは関係無くて、そんな夢見がちな関心が先にあったのかもしれませんね。


 でも私はそういう空想が本当は実現しないって知っていました。私はただ、最後の魔女になるために生まれてきた存在だって、大きくなるにつれて分かってきたからです。段々と『前世』の記憶も甦ってきたということもあります。思えばお姉様が私に氷血のコルセスカ絡みのフィクションを与えてきたのは、そういう自覚を促すためだったのかもしれません。それか、私の前世の記憶というのは実は単なる妄想で、フィクションに耽溺してきた結果として形成された『何かそれらしい氷血のコルセスカ像』なのかもしれません。きっとどちらでもいいんでしょう。


 私の使う邪視呪術が意味するのは世界観の拡張。知覚や認識、現実世界に於ける価値判断に関わる呪術で、多くは光学的な情報を処理することで発動します。その効果は自らの主観的世界を他者の主観的世界に押しつけること。つまり客観的な世界そのものの改変です。妄想を具現化する技術と言い換えてもいいでしょう。


 私は小さい頃から数多くのフィクション、小説や漫画や映像作品やゲームに熱中して育ちました。お姉様たちの英才教育によって、邪視の適性を高めるために、日本語で言うところのオタクとして鍛え上げられたのです。この言葉、二人称が名詞化しているんですね。どういう成立過程なんでしょうか。興味深いです。


 話がずれがちですね。すみません、話し下手で。


 ――重要なのは、私が【冬の魔女である氷血のコルセスカ】という大昔にいたらしい、物語の中に今も生き残っている存在になるために生まれてきたということです。キュトスの姉妹の末妹、最後の魔女【氷血のコルセスカ】。そのために生まれてそのために育てられてそのために夢見がちな今の私という人格がある。自分が歴史上の、あるいはフィクション上の登場人物だと考える誇大妄想狂を生み出すためだけにあった今までの、そしてこれからの人生。そのことを考えると、寒気がする思いでした。本当は寒さなんて生まれてこのかた感じたことが無いのですけど。


 生まれた時から一緒だったトリシューラも同じような境遇でした。似たような悩みを抱えていた。そう思っていた。でも違った。ある程度成長した私に合わせて製造された小さな義体に縋り付いて、泣きながらお互いの恐怖を語り合っている時、私は『違う』と気付きました。トリシューラと私の抱えている恐怖は似てはいても違うものなのだと。


 トリシューラの目的は『自分になること』です。あるのかどうかも分からない自分を、自力で見つけてそこに向かって走って行かなくてはならない。きっと途方もなく困難な試練でしょう。


 けれど、私は違う。私の目的は『氷血のコルセスカになること』で、既にある神話や伝説をなぞって似たこと、同じようなことを演じていけばいい。レールが既に敷かれている私と舗装すらされていない獣道しか用意されてないトリシューラ。雲泥の差だと、そう思いました。トリシューラの苦しみの前では、自分の悩みなんて大した事ではないように思えて、もの凄く惨めになりました。私がその時抱いた感情が罪悪感などであれば少しは救いがあったかもしれません。けど違った。私は彼女への劣等感にうちのめされていたんです。矮小な、取るに足らない悩みに苛まされる、更に矮小な自分。それどころか、自分の悩みさえ否定されたような気がして、彼女を逆恨みさえしました。以来私はトリシューラに苦手意識を持つようになりました。今も、少しだけ苦手です。


 神話の時代、氷血のコルセスカは創世竜の一角、炎帝メルトバーズを氷漬けにして地獄の奥底に封印したと言われています。今、地獄の軍勢は地上へと侵攻し、聖女を生贄にして炎の竜を復活させようとしている。私が神話の魔女になるのであれば、地上の敗北と火竜の復活を待って再び竜の封印を行えばいい。


 そういうずるくて嫌なことを沢山考えて、自己嫌悪でうずくまって、ひたすらフィクションの中に耽溺していきました。ゲームの中で、ヒットポイントの低いコルセスカをドーピングアイテムでひたすら強化していけば、私も少しは打たれ強くなれる気がして、延々とやり込みプレイをし続けました。実際は、上限一杯まで上昇しても現実の私は弱いままでしたけど。――すみません、変な喩え方ばかりして。異世界から来たアキラには何言ってるのかさっぱりわからないですよね。


 私は私のことが嫌いでした。かろうじて肯定できるのは、氷血のコルセスカという曖昧な、でもヒロイックなキャラクターのイメージ。引きこもりながらひたすらゲームをクリアして世界を救い続けてきた私は、彼女ならこうするだろうという確信を得て、探索者になりました。自分が迷宮を攻略して、地獄の火竜を倒すんだと決意できたのは、皮肉にも私をこんな風にしたフィクションのおかげです。


 けれど探索者になってもそう上手くはいきませんでした。自分の世界観を表出させるのが邪視の呪術ですから、自分の事が嫌いな私が使う呪術はとても攻撃的で、自分も周囲の人もみんな傷つけてしまうようなひどいものでした。氷血のコルセスカの伝説が、他者に犠牲を強いる呪われたものだったことも影響していたと思います。


 私の周りには誰も寄りつかなくなりました。それでいいんだと、半ばいじけながら一人きりで迷宮を進んでいたある時、変な二人組と出会いました。

 そのうちの一人は底抜けに頭が悪くて、私の周囲にいると命の危険がある事を知った後でも、傷つきながら私に近付いてきて笑いかけるような人でした。もう一人も、文句を言いながら何だかんだで命がけで私の傍を離れようとしない。二人をこれ以上傷つけられないと思いました。


 何度も何度も離れようとして、その度に追いつかれて、気がついたら彼女たちから逃げられなくなっていました。私の目的は、二人を失わない為に戦うことに切り替わりました。二人を傷つけずに傍にいるために、自分を肯定できるようにならなくてはいけなかった。私自身の力で彼女たちを殺してしまわないように、自分自身との戦いが始まったんです。


 色々な事があって、色々な人に出会いました。引きこもって沢山のフィクションに浸っていた時と同じように、無数の『私のものじゃない』物語が私の前を通り過ぎていきました。そうしているうちに、気付いた、というかある人に指摘されて気付かされました。現実も物語も同じなんだって。物語の中の登場人物はみんな自分の人生を必死に生きていて、現実に生きている人たちも自分の人生を必死に生きている。私はいつだって物語と共にあった。

 物語の中、歴史の中の氷血のコルセスカもそうで、トリシューラも、きっとそう。だとすれば、今、ここにいる私だってそれは同じなんだって、そう思いました。そうしたら、トリシューラに対する劣等感も消えて無くなりました。だって本当は、私の勝利条件も彼女と同じ『自分になること』だってわかったからです。言葉の上で違う目的であるかのように表されているだけ。私達は、本当は同じ目的に向かって進んでいたんです。


 伝説にある氷血のコルセスカ、神話の中の冬の魔女。昔語りから抽出されて編集された、架空の存在を模倣して生まれたのが私。


 けれど、そんなことはどうだっていい。私は、今ここにいる私はたった一人。何かを参照して作られただけでは不十分だというのなら、今ここにいる私が参照されるくらいの存在であればいい。私が新たな神話を紡いでみせればいいんです。


 ――いいえ、殊更に神話を生み出してやるなんて宣言は必要ない。今、ここに生きている私こそがこのゲームのプレイヤーなんです。神話なんてものはその後に吐き出された残骸リプレイデータでしかない。かつて存在したかもしれない氷血のコルセスカも、きっとただ目の前の現実と戦っていただけ。神話の再生? 私固有の模倣ミミクリー? いいでしょう、それがゲームのルールだというのなら、私は私なりのプレイスタイルでそれをクリアして見せます。過程がどうであれ、最後の魔女エンディングを目指すのがプレイヤーとしての作法でしょうから。だから、私は迷った時、どうしようもなくなった時には高らかに宣言して、目的を再確認するのです。結局の所、私にはそれしか無いから。

 

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