2-50 春の魔女⑩


 

(嘘。何で、どうしてコイツが生きてるの)

 

 衝撃に思考を停止させていた俺を我に帰らせたのは、脳内に常駐するちびシューラの狼狽する思考だった。

 他人が自分よりパニックになっていると、かえってこちらは落ち着いてしまうものだ。

 

(確かにあの時、シューラが息の根を止めた筈なのに)

 

 気のせいかな。息の根を止めたとか物騒な単語が聞こえた気がしたんだが。ていうかこの男、格好からして松明の騎士だよな? 松明の騎士団と敵対してると聞いたが、それ絡みか?

 

(アキラくん、コイツにシューラのことを絶対に話さないで。お願い)

 

「どういう意味だ」

 

 問いは、ちびシューラと目の前の男、双方に向けたものだった。

 彼は確かに口にした。アズーリアの名を。


 同じ組織に属している以上、それは不思議ではないのかもしれないが、いずれにせよ俺はその名前を聞き逃せない。

 男は、釣り餌に魚がかかったかのような会心の笑みを浮かべた。

 

「そのままの意味だ。俺は半年前、アズーリアから戦いの顛末を聞いたんだよ。銀色の右腕を持つ隻腕の外世界人――転生者と言うべきかな? そう、君の事をね、アキラ」

 

(そのままの意味。コイツはシューラの敵。シューラはコイツを殺して【松明の騎士団】を抜け出してきたの。シューラがあいつらと敵対してるのは主にそのせい)

 

 男は声すらも美麗だった。深く、こちらの耳の奧にまで染み込んでくる、涼しげな低音。

 一方で仮想の魔女は刃の如き敵意を発散させている。

 

「あの魔将エスフェイルには随分と手を焼かされてね。君とアズーリアが力を合わせてあの異獣を倒したと聞いて、思わず感嘆したよ。そして思った。君が欲しい、と」

 

「あー、それはつまり、戦力的な意味でだよな?」

 

「その通りだ。無論、友としての関係を結べるのであればそれに越したことは無いがね」

 

 なんだろうこれ。ついに松明の騎士団からも勧誘されてしまった。

 引く手数多で嬉しい悲鳴が――いやぐうの音も出ない。


 今度のは【公社】の誘いと違って、少々、いやかなり心を揺さぶられた。

 何しろ、彼の誘いに乗れば、恐らく俺はアズーリアと再会できる。

 といって、視界一杯を使って自分の存在をアピールする小さな仮想の魔女を裏切るのも気が引ける。


 一体、俺はどうしたらいい?

 

(駄目! 絶対そいつの誘いに乗ったら駄目! その男はね、アキラくんの天敵なんだから! 絶対に相容れない、相性最悪、不倶戴天の敵なの! できれば今すぐ逃げて欲しいくらいに!)

 

 ちびシューラの警告は今まで聞いた中で最も鬼気迫るものだった。こんなにも切羽詰まった声は、第六階層の戦いの時にさえ出したことが無かった。

 この麗人、それほど危険な男なのだろうか。

 

(有名人だから、視界撮影して画像検索かければ出てくるよ)

 

 名を口にしたくもないのか、嫌悪と共に吐き捨てる。

 このアンドロイドが、これほどまでに感情らしきものを露わにするのも珍しい。

 

「失礼。そういえば、まだ名乗っていなかったな。礼儀も尽くさずに誘いをかけようとしたことを、どうか許して欲しい。だが仕方の無い側面もあるのだ。俺の真名は用意も無しに聞かせるには少々刺激が強すぎてね。だがまあ、耐えられるかどうか試すのも悪くはない」

 

 そこまで言い終えるのと同時に、男の口の端が嗜虐的に吊り上がる。同時に耳朶の中で絶叫が響く。

 

(聞いちゃ駄目っ)

 

 警告は間に合わず、男の喉が震え、その名前を大気に乗せて送り出す。

 瞬間。

 

 世界が、振動した。

 

 ぐらり、と視界が揺れて、見当識を失う。自分が今どこで、何をしているのかも分からなくなり、気がついた時にはその場に膝を着いていた。


 頭部を鈍器で思い切りゆさぶられたかのような衝撃。

 名乗りの音量そのものはごく普通のものだった。しかし、その意味の量、込められた呪的な力が桁違いだったのだ。


 魔将エスフェイルがその名を吠えた時よりも雄々しく、二人の魔女が同時に名乗りを上げた時よりもずっとおぞましく。なによりも、その名前は精神の中に深く入り込んで浸食してくるかのような形状の異質さを感じさせた。もう思い出すことすら心が拒絶している。この男を名前で認識することを、全身が拒否していた。

 

「ほう。意識を保っていられるとは。さすがに強靱な精神構造をしているようだ」

 

 寒気がした。名乗ることが自己強化の呪術となることはこれまでの経験から知っていた。


 だが、名乗るだけで相手に膝を着かせるなど完全に想像の埒外だ。

 元々の実力が図抜けているのか、それとも宣名による強化幅があまりに大きかったのか。

 

(両方だよ。そいつは、アキラくんが今までに見てきた松明の騎士たちとはレベルが違うの。でも、やっぱりおかしい。前はここまでデタラメな呪力じゃなかったし、それにこれほどの呪力を私が感知できないなんて。今まで、自らの呪力を完璧に隠蔽していたというの?)

 

「くそ、初対面の挨拶にしちゃあ強烈過ぎるだろ」

 

「それはすまなかった。しかし俺としても困っているんだよ。大抵の相手はこの名を聞いただけで意識を失ってしまう。ゆえに、普段は通り名を用いることにしている。どうか君もこちらで呼んで欲しい」

 

「できれば、最初からそっちで名乗って欲しかったな」

 

「重ねて謝罪する。試すような真似をしてすまない。改めて穏便に名乗るよ。俺の今の聖名はキロンという」

 

 慇懃な詫びと共に、籠手に包まれた腕が差し出される。

 偶然かどうかは知らないが、俺の元世界からの引用にも聞こえる響き。単純な音だからそうとも限らないが、どうも俺の周囲の人物はそういう傾向がある気がする。


 つまり、俺が異世界から転生したと知った上で俺の元来た世界から名前を引用してくるという、訳の分からない行為をする傾向が。

 そういや、トリシューラたちに名前のおかしさについて訊きそびれたままだな。

 

(そんなのどうでもいいよ! 質問なら後で幾らでも答えてあげるから、今はそこから離れて!)

 

 悪いが、彼女の言うことは聞けない。

 俺の目的は最初から定まっている。せめてもう少しこのキロンとかいう男の話を聞いてみないことには何の判断も下せない。


 ちびシューラの怒号をノイズとして意識の隅に押しやって、立ち上がって目の前の男に相対する。

 どうしてか、手をとることはしなかった。

 いや、できなかったのか。

 

「そもそも、俺はあなた方に敵だと見なされている筈だ。その事はどうなる?」

 

「不幸な行き違いがあったのは事実だろう。確かに俺には君の捕縛命令が出ているよ。場合によっては殺害すら許可されている」

 

「ならやっぱりこの話は!」

 

「だが」

 

 身構える俺を手で制して、キロンは言葉を繋いだ。

 

「――だが、俺はそういう物事をちゃんと見ようとしない上層部に唯々諾々と従うつもりはない。俺はね、君と戦うつもりはないんだ。君は結果として我々と敵対することになっているだけだ。アズーリア・ヘレゼクシュの報告はほとんど黙殺されているが、君が魔将討伐に尽力したという事は我々松明の騎士団では公然の秘密となっている」

 

「そう、それだ、アズーリアだ。どうして、あの時、俺はあの場所に」

 

 その先を言いあぐねたのは、口にしてしまえば事実を認めてしまうようで怖かっただろうか。

 ためらいの先を、キロンが端的に続けてしまう。

 

「その先は、どうして見捨てられたのか、かな」

 

「――ああ。俺は半年前、第五階層に置き去りにされた。アズーリアは確かに戻ってくると言った。だがその約束は果たされなかった。教えてくれ。あの後、何があったんだ?」

 

 ずっと、その事だけが引っかかっていた。

 半年間、理由すらわからずに、ただ待ち続けるだけの悪夢を見続けた。

 過ぎたことはいい。ただ、何が起きているのか、正確な情報が欲しかった。

 

「まず誤解の無いように言っておこう。アズーリアは可能な限り君を助けようとしたそうだ。結果としてその行為は報われなかったわけだが、君の現状はアズーリアの本意では無い」

 

 意識せずに息を吐いて、ふと首をかしげる。

 俺は何か、重い物でも肩に乗せていただろうか。

 自分でも奇妙になってくるほどに、身体が軽く感じた。

 

「そして、俺は更に重ねて謝らなければならない。何故なら、君があの時見捨てられた原因の一つが、俺にあるからだ」

 

「順を追って説明してくれないか。結論だけ話されてもわけがわからない」

 

「勿論そのつもりだ。そうだな、まずは俺の事から話そうか。俺は地上ではそれなりに格式のある家の出でね。騎士団内部でもその肩書きはついて回った。何処にでもある、組織内部の勢力争いさ。少なくない連中が俺を担ぎ上げ、旗印として利用しようとした。その結果、俺には功績を上げられるような重要な任務が優先して回されるようになった」

 

 キロンは忌々しげに言葉を連ねる。

 口にすること全てが下らない、とでも言うかのように。

 

「その重要な任務というのは、他でもない、魔将の討伐だ。笑えることにね、松明の騎士団では誰がどの魔将を討伐するのかが既に内定しているんだよ。功績を誰かが独占しないように、武功は分配される決まりになっているんだ」

 

 キロンは、笑おうとして、それに失敗した。

 その表情が、強すぎる怒りによって歪んでいた為だ。

 ああ、なるほど。それで合点がいった。

 

「話が見えた。つまり俺とアズーリアは、貴方の獲物を横取りしてしまったということか」

 

「その通りだ。俺の支援者達――騎士団の上層部、大神院の老人たちは迷宮攻略が予定通りに進まなかったことが不満だったらしい。だからやり直せばいいと考えた。一度第五階層を異獣共に奪わせて、次こそ俺に第五階層を攻略させようとしたわけだ。掌握者代行である君の命を、異獣の前に投げ出すことすら厭わずに」

 

 しかし、その目論見は失敗したはずだ。

 何故なら、その直後に第三者が第五階層を掌握し、全てをひっくり返してしまったから。


 つまり、下からも上からも死を望まれていた俺は、その第三者によって救われた事になる――のだが、おいちびシューラそのドヤ顔やめろ感謝する気が失せるだろうが。

 

「それにしても、自分の為のお膳立てだっていうのに随分と不満そうだな」

 

「当然だ! 無辜の命を犠牲にして何が正義だ! 貴族として、聖騎士として、異獣から尊き命を守る事こそが我々が抱く至上の使命であるべきなのだ。それを、あの腐った連中はまるで理解していない!」

 

 憤懣やるかたない、という様子でここにはいない誰かに敵意を向けるキロンの姿は、俺の目には「いかにも」という感じに映っていた。


 アレだ。ノブレス・オブリージュ。高貴なる者の義務とか、力ある者の役割とかそんなん。高潔な戦いを行うために理想を追いかけるような、カーインとはまた別の種類の武人タイプだ。


 どうやら、この世界における聖騎士というのはいわゆるパラディンを意味していないようだった。高潔な勇士とか、位の高い騎士とかではなく、文字通りの聖なる騎士。


 俗界でなく聖界に属する騎士修道士たちの事を指す称号。

 ナイトというよりもむしろモンク。

 その意思の根幹にあるのが信仰であるならば、俗世の欲にまみれた人間はさぞ汚らわしく思えるのだろう。


 好感の持てる人物ではあるが、俺自身があんまり褒められた人格をしていないのであまりお近づきにはなりたくないタイプだなあ、と思う。

 

「アズーリア・ヘレゼクシュと君の功績は認められ、讃えられるべきだ。だというのにこの仕打ちは何だ? 俺は今でも納得が行っていない。斥候からの報告で、第五階層の掌握者が強力な呪術師だということはわかっていた。そこで俺は上層部に上申した。対抗呪文と解呪の使い手である、アズーリア・ヘレゼクシュを魔将エスフェイルの討伐に連れて行くべきだと」

 

 熱を込めて語るキロンを見ながら、そういえばこの男はアズーリアとどういう関係なんだろうか、という疑問が湧き上がった。同じ組織に属しているといっても、ただ名前を知っているだけの間柄から親密な関係まで色々幅がある。


「だが俺の案は却下された。理由は幾つかある。練度不足なこと、東方出身であること、同期に司教のお気に入りがいてそいつより活躍させるわけにはいかないこと、魔将エスフェイルを討伐する役目に俺が内定していたこと。なにより俺とアズーリア・ヘレゼクシュが所属する派閥が対立していることが大きかった。互いに協力して功績を分け合うなんて絶対にできなかったわけだ。俺としてはそんなものは糞喰らえと言いたいけどね」

 

「貴方は、共に戦うつもりだったのか」

 

「真に地上の勝利を願うならそうするべきじゃないか? 松明の騎士団は一枚の岩のようであるべきだ。残念ながら今はそうじゃない。俺はそのことを大いに恥じているよ。だが俺は悔やみ、怒りに震えるだけで何もしてこなかった。そうして俺が手をこまねいている内に、アズーリア・ヘレゼクシュはあの絶望的な第四階層の防衛戦に駆り出されてしまった。そしてそれは、アズーリア・ヘレゼクシュに活躍の場を与えずに使い潰す為の罠だったんだ。身内が身内を殺す。そういう腐りきった組織なんだよ、松明の騎士団は。そしてその切っ掛けを与えてしまったのは、恐らく俺の推薦だ。それを知った時の絶望は、ちょっと言葉にはしづらいな」

 

 怒りの表情から一転して、自嘲の笑みを見せるキロン。どうやら責任を感じているらしい。クソ真面目だなこの人。


 因果関係と責任の所在は単純には一致しない問題である。アズーリアに言わせれば「背負わなくてもいい責任を背負わないで」といった所だろうが、俺がキロンにそれを言うのも何か違う感じがする。

 

「尤も俺が何かをするまでもなく、当の本人はただ肉の壁として殺されることを良しとせず、仲間と共に第五階層に攻め入り、見事魔将エスフェイルを討ち取ってみせたわけだが。相性が良かったということを差し引いても、その勇猛さには敬服するばかりだよ。勿論アキラ、君の尽力も大きかったはずだ」

 

 彼の言葉が事実なら、俺とアズーリアが出会う間接的な切っ掛けを作ったのは目の前の男だということになる。

 奇縁とでも言うべきだろうか。数奇な巡り合わせに、俺はしばしの間言葉を見失う。


 今、こうしたキロンが俺の目の前にいるのは、そうした事情に負い目を感じていたから、ということだろう。

 俺が自らの存在と居場所を公表した直後にこうして出会ったのは、実際には偶然でもなんでもない筈だ。

 

「君には地上に来るべきだ。失った左腕も、君の上げた武勲を考えれば補うことができる」

 

「それは、どういう?」

 

「【寄生異獣】の技術は、対象を討伐した者に優先して志願する権利が与えられる。望みさえすれば、魔将エスフェイルの力は新たな左腕となって君を助けるだろう――闇と死を掌握する権能と共に」


 そうか。地上に向かえば、俺は失った左腕の替わりを見つけられるかもしれないのか。

 それがあの最低最悪の敵というのは複雑な気分だが、選べる義肢が一種類だけではないという事実は、俺にとって新鮮なものだった。

 

「だが」

 

 と、キロンの視線が再び鋭利な空気を帯びる。

 まるでここからが本題だとでも言うかのように。

 

「君はともかくとして、【きぐるみの魔女】を見逃すことまではできない。彼女の居場所を教えて貰いたい」

 

「誰だって?」

 

 とぼけたが、心当たりはある。

 きぐるみの魔女というのは、トリシューラのことだろう。

 

「我々聖騎士は見聞きした情報を記録し、共有するシステムを構築している。先日の第六階層での戦闘記録から、君の傍に【きぐるみの魔女】がいたということは既にわかっている」

 

 稚拙な嘘はすぐにばれる。

 刃のような目が、言葉が、安易な言い逃れを完全にさせないと暗黙の内に告げていた。

 

(やっぱこうなったかー。随分派手に呪術を使っちゃったから、反応を辿られるのも仕方が無いんだけど)

 

 呪術なんて使ってたっけ? 自動二輪で駆けつけて銃ぶっ放したりはしてたが。

 

(銃、というかこの世界では投射武器は何でも【杖】の呪術扱いだよ。スリングショットでも投石機でも弓でも弩でも、使えば呪力が検知されてしまう。とりわけ銃はもの凄く派手に呪力汚染を撒き散らすから、発砲するっていうのは大声で私はここにいますって喧伝しているようなものなの。ついでに言えば、使い手の健康を著しく損なってしまう)

 

 この世界に来てから、技術レベルの割に銃に出くわさないと思ったらそういう事情があったのか。単に呪術で飛び道具が代用できるからだと思ってた。

 

(そういう理由もあるけど、適性が無いと引き金を引くことさえできないんだよ、銃って。そもそも高位の投射武器、それも重火器まで扱える【銃士】級の呪術師なんて、【星見の塔】にだって私含めて五人しかいないんだから)

 

 さらりと解説に見せかけた自慢をするちびシューラさんであった。二頭身のデフォルメ体を大げさに仰け反らせて見せる。はいはいすごいすごい。

 そんな脳内でのどうでもいいやりとりと平行して、真剣な表情で聖騎士は言葉を続けていた。

 

「あれは邪悪な魔女だよ。この世にいてはならない存在だ。俺がこの第五階層に来た最大の目的は【きぐるみの魔女】を殺す為だといっても過言ではない」

 

「何か、殺されるような事をやらかしたんですか、その【きぐるみの魔女】ってのは」

 

「そういえば、君は外世界から来たのだったな。その様子ではあの忌み人共――【キュトスの姉妹】について何も知らないらしい」

 

「忌み人?」

 

 確かに、星見の塔とかいう、呪術師の組織に所属しているってことくらいしか知らないが。

 二人の魔女との会話の中で、何度か出てきた言葉だった。キロンの嫌悪に満ちた口調からすると、よほど敵対的な関係のようだが。

 

「神話の時代、偉大なる槍神は不死の邪神を七十一の肉片に引き裂いたと言われている。キュトス、というのはその邪神の名だ。キュトスの姉妹とは神話の中で槍神を誘惑した悪しき女神の末裔とも、引き裂かれた欠片そのものとも言われる伝説的な魔女たちの事を指している。半神、あるいは生きた女神などと言われ、地上世界にありとあらゆる災厄を撒き散らしてきた邪悪な存在だ」

 

 邪神だの女神だの、またスケールが大きくなったものである。

 正直、トリシューラとかコルセスカを「彼女たちは女神です」といきなり言われても「はあそうですか」としか思えないのだが。

 

「奴らがこの世界に撒き散らしてきた災厄の数は十や二十では到底きかない。およそこの世に生きる全ての者たちにとっての害悪。それこそが【キュトスの姉妹】だ。正体を知らなかったとはいえ、あのような魔女を身の内に招き入れた事は【騎士団】最大の汚点となるだろう」

 

 ただ、キロンが忌み嫌う理由はわかった。

 邪神の末裔。魔女の烙印。神話を参照した排除。

 つまるところは、宗教上の理由、というやつだ。

 

(アキラくん、シューラは)

 

 ――論外、と言って差し支えない。

 俺はその神とやらを知らない。キロンの信じる神がどれだけ綺麗な教義を掲げているのだか知らないが、そんなものを尊重してやる義理は無い。

 

「悪いが、心当たりが」

 

「地上に寄生異獣という技術、いや業をもたらしたのはあの魔女だ」

 

 ――何?

 それだけではない、と続けるキロンの眉尻が、剣呑な角度に吊り上がっていく。

 怒り、というよりも義憤の炎がその瞳の中で燃え上がっていく。

 

「あの魔女は地上のみならず、地獄にもおぞましい術を提供していたのだ。我ら人類の意思を奪い奴隷化する呪術。解体して肉の部品として切り売りするという呪術。更には魂を冒涜するかのように、死人を甦らせ、腐肉の兵隊、骸骨の戦士、実体無き霊魂を使役する邪法をも完成させたという。アキラ、君はそれを見たことがあるのではないか?」

 

 思い出す。

 魔将エスフェイルが行った、カインを生きながらにして変質させる呪術。キール達の意思を奪い、操り人形として使役する呪術。そして今まで犠牲になった者達の屍を集めて、屍肉の巨人と化す呪術。


 アレが全て、トリシューラによってもたらされた技術だというのか?

 

(うん、そうだけど?)

 

 あっさりと。

 あまりにも簡単に、彼女はそれを肯定した。

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