立場がそれを許さない
「しかし姫様、そうだとしても今この場で姫様の一存でそれを決め、ピクノス様に同行する事を決定してしまうのは些か問題があります」
と、イクティニートゥスの従者イピレーティスは進言する。
「それは…そうですね」
「はい、どの様な結論になるとしましても、一度説明に戻り、その上で同意を得るという形が望ましいかと存じます」
理解は出来るが同意しかねると言った雰囲気を隠しきれずにシュンっとしてしまうイクティニートゥス。
「しかし、戻る前にこれだけは聞いておきたいのです。
ピクノス様、私が国に戻り、私を慕って下さる皆さんから許しを得られたならば、この身をお受けして貰えますか?」
「そうですね…少し相談をさせて貰っても宜しいでしょうか?」
「はい、解りました。
結論が出るまでお待ち致しております」
席を立ち会議室から退出するピクノス達を見送るイクティニートゥス。
その瞳はピクノスへと熱く注がれていた。
部屋から出たピクノス達は少し離れた場所で会話を開始する。
「まず、彼女の立場を簡単に説明して貰えますか?」
「そうですね。
彼女イクティニートゥス・マライェーニス・チコニア様はエルフ各国のエルフ達より信仰の対象となっています、エルダーエルフと呼ばれる方です。
今はまだ年若い為、姫様と親しみを込めて呼ばれていますが、成長した暁には現人神としてエルフ達の信仰対象として在られる存在です」
「そうなると、これってかなりの問題では?」
「そういうことになります。
しかし、その本人自らがピクノス様の元に居たいと言っているのが話しをややこしくしてしまう原因になるかと。
チコニア様がエルフの皆さんにちゃんと説明をし同意を求めれば、表向きはエルフ達はそれに従う事でしょう。
ですが実際にどの様な行動を取るのかは解りません。
そして、その矛先はチコニア様では無く、その心を向けられているピクノス様に向けられるでしょう。
またその逆に、チコニア様のお話しを断った場合も、それはそれで色々と問題かと…
つまり、受ける受けないどちらを選択したとしても、それ相応に問題を抱える事になります。
ですので、この件はピクノス様のお心一つでお決めになるしか無いかと」
「そうか…」
受けた場合過激な一部の人々から何かしらを、受けなかった場合当人と彼女を信奉する人々から何かしらを。
そして、中途半端な対応はこの双方からと、極端な立場以外の人々からも宜しくない感情を向けられる可能性がある事を含め決断を迫られている。
「受けるか」
少なくとも体制側というか、イクティニートゥス側の中でも彼女の意向を尊重している権力者達に期待して、ピクノスは決断を下した。
その後決断を下したピクノスは部屋へと戻りそれを伝える。
「ピクノス様、有り難う御座います。
この話を急ぎ持ち帰り、結論を出したいと思います」
そういって、イクティニートゥス・マライェーニス・チコニアを中心としたエルフの一団は部屋を後にした。
残されたピクノスは重く深く息をつく。
だが、問題というのは続いてしまうものであった。
コンコンコンと、ノックの音が聞こえると。
「冒険者ギルドの受付を担当しているものです、お時間宜しいでしょうか?」
と、入室を窺う声が掛かった。
「はい、良いですよ」
「失礼します。
お疲れのところ申し訳ありません、実は二件、ピクノス様に会いたいと申し出ている方達がおりまして…」
ピクノスの返答の入ってきた、冒険者ギルドの受付を担当している職員が申し訳なさそうに用件を伝える。
「それは何処の組織に属している方達ですか?」
「はい、アーニグマ教の救済軍に所属する騎士と、ディエヒーリシ教のメセアのかたです」
そして、エピアの質問に受付の人が答えた内容は、どう考えても宗教がらみの内容に発展するだろう返答だった。
それを聞いたピクノスは半ば諦めの心境であったが、改めて気を引き締め直し。
「解りました、諸々の段取りはどの様にした方が?」
「有り難う御座います。
これから戻り、此方で調整を行いますので、任せて貰えますか?」
「そうですね、お願い出来ますか」
「はい、お任せ下さい」
これを受けてアーニグマ教とディエヒーリシ教から訪れたそれぞれとの間で調整をした結果、双方同時に席に着く事になった。
これはアーニグマ教とディエヒーリシ教双方がお互いに先を譲らず後になる事を拒んだ為、ではと、代案として冒険者ギルド側が出したものを両者が不承不承と了承した形。
実際として過去に同じような案件があった場合、似たような結論を冒険者ギルドから提示されている実例もあり、またその事を両者ともに知っていた為に、この様な形で話し合いの席が設けられる事になった。
そして、冒険者ギルドの職員を間に挟み、ピクノス達三名―ちゃっかりとピクノス側にエピアは収まっている―と、アーニグマ教とディエヒーリシ教それぞれから訪れた者達が、先程までイクティニートゥス達とピクノス達が話し合いを行っていた部屋へと集まった。
「ピジマターティス・ギネイカイポーティス・ネイバース。
アーニグマ教会、救済軍で騎士号を拝命頂いている」
そう名乗ったのは大きめの濃い色味のサングラスを掛けた見事な体躯の女性。
肌が見える所々には鱗が見えている。
彼女の種族はバジリスク系有隣族・オリクトピーシ・ネイバース。
獣人に類する人種以外の動物の特徴を持った種族の中でも、希少性が高い種族であった。
この種族は石化の魔眼と呼ばれる特殊な魔眼を、両目の外側に一つづつ持ち合わせている。
その為、戦闘時以外では礼儀として常に今の様に石化の魔眼の効果を遮断する特殊なサングラスを掛けている。
「室内ではあるが、サングラスの着用失礼。
これは私の種族特性から来るもので、戦闘時以外では礼儀として外さないようにしていること、了承して頂きたい」
ピジマターティスが言葉を止めると同時に、もう一人ディエヒーリシ教から派遣されてきた女性が口を開く。
「では、私も自己紹介させて頂きます。
ディエヒーリシ教でメセオを拝命しております、エフカンプシア・メカディオンと申します」
そう自分を紹介したエフカンプシアの頭頂には犬耳が二つ付いている。
エフカンプシアの種族は獣人と総称される種族の中で犬系頭耳族に属するカプティ・カニスアウレス。
この種族は、本来人間で耳がある場所に耳がなく、頭頂部に耳が存在する種族で、それ以外でヒューマンとの区別は付かないタイプの獣人である。
だがそこは獣人、ヒューマンと比べればその肉体強度は高くなる傾向がある。
こうして二人の紹介は恙なく終わり本題へと話しは移り変わっていく。
冒険者ギルド職員が口を開く。
「さて、ギネイカイポーティスさんとメカディオンさんの紹介が終わりました所で、ピクノス様、冒険者ギルドからの提案です。
アーニグマ教とディエヒーリシ教から来られましたお二人の今回の目的は、ピクノス様との動向をお願いするものとなります。
この件に関しまして、冒険者ギルドはピクノス様にこれを承諾して戴きたいと思っています。
理由としましては、宗教上の理由とそれに伴うパワーバランス、また今後ピクノス様の活動にポジティブな結果をもたらす事がより大きいものと判断をしたからです」
冒険者ギルド職員は開口一番そう言うとさらに説明を続けた。
惑星ハールトスの歴史はルードゥスと共に発展をしてきた。
しかし、今から遡る事凡そ二〇〇〇年前、惑星ハールトスの神ルードゥスは地上から姿を消した。
しかし、地上から姿を消しはしたものの、ルードゥスの祝福は遍くハールトスに降り注ぎ変わらず世界を照らした。
その結果、現在この惑星ハールトスで栄える様々な人々は何らかの形でルードゥスを信仰している。
その中でアーニグマ教とディエヒーリシ教でハールトスの人口の凡そ六割の信徒数を抱える大宗教。
そして、過去ルードゥスが送り込んだ御使いと呼ばれる存在―転移者や転生者―の保護を行ってきた。
だが、この保護活動は冒険者ギルドも行ってきている。
如何に冒険者ギルドがルードゥス御自らの御手で作られた組織と言えども、ルードゥス自らが今現在率いている訳ではないため、知的生命種間のパワーゲームから逃れる事は出来なかった。
それ故に、冒険者ギルド、アーニグマ教、ディエヒーリシ教、さらにそれ以外の組織らも加わり御使いの争奪戦が起こった過去があった。
そして現在、当時の不毛な争いを避けるため、冒険者ギルドが保護を行い、その活動を他の組織がサポートする形を取っている。
そして、どの様にサポートをするのか、その内容を競っているのが現状だという話しがピクノスに為される。
歴史的背景から来る現状の複雑怪奇な状況…か、場所は変わってもその辺りは変わらないね。
そして、私の立場はかなり特殊と。
色々な事を保証するから、パワーバランスを保つためにその立場を利用されるか。
このままだと、唯々諾々とイエスと言い続ける存在のままだ。
今後何かしら、交渉の場で切れるカードを手に入れないといけないな。
ピクノスは心中で結論を付けると返答をする。
「解りました。
私としましては、現状お断りするだけの情報がありませんので、喜んで承らせて戴きます」
「有り難う御座います。
では、今後は冒険者ギルドが行政関係や各種折衝を行わせて戴きますので、何かお困りの際には冒険者ギルドをお頼り下さい」
「アーニグマ教会は、ピクノス様の身の安全を守る事をお約束します」
「ディエヒーリシ教からは、衣食住…生活面でのサポートをさせて戴きます」
冒険者ギルド職員、ピジマターティス・ギネイカイポーティス、エフカンプシア・メカディオンがそれぞれ言葉を紡ぎ、ピクノスに対してどの様なサポートを行うのか、大まかであるが提示する。
こうしてピクノスはこの世界に到着して早々に、同行者を三名抱える事になったのだった。
ディアフォレティコスコスモス・ディアグラフィミンミス・ペヒニディ Uzin @Uzin
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