第19話外伝 承認欲求に関する自己分析 またそれに伴う副次的好感度


 人の価値とは、なんだろうか。

 例えば資産だったり、能力だったり、人によってそれは様々で一つにとどまらない。道に転がってる石みたいな人が、誰かにとってはどんなものより大切な宝物になることだってある。

 だから自分の価値と言うのは自分では絶対に分からない。

 

 ――自分の価値を決めるのは、いつだって他人だ。

 

 

 「今日も助かったよ。ありがとな」

 最近、僕しかいなかった図書室に入り浸る人が出てきた。その人はとても小さくて幼いのに、立ち居振る舞いは齢を重ねた人みたいで、年上の人と話しているような気分になる。

 学校中で噂になってる渦中の人。いきなりの三級合格は滅多にないことで、その話が湧いた瞬間、やはりというべきか合格したヒトの噂に持ちきりになった。

 誰も彼も、話したこともないって言う割には、不正だの関係者がいるだのと謂れもない話ばかりしていた。僕はただその話を傍で聞きながら、ただ同情していた。

 三級と四級以下では接点を持つことはまずない。だから第二学校の大半の人にとっては三級以上の情報は正確性を持たない話になる。しかも誰もそれが正しいか間違ってるかなんて気にしない。話題性さえあって、ただそのいっときの時間潰しができればそれで十分なんだ。

 会いもしない、下手をすれば見ることもないような相手のことはどれだけ尾ひれを付けようが構わない。そこに意味なんてないし目的もありはしない。醜聞じみた噂ならばそれでよくて、刺激のない日々に何か新しい色がほしいだけ。

 それは本人に対して何の利益ももたらさず、ただ娯楽として搾取するだけ。それは魔族も人間も同じで、ヒトという存在がもはやそう作られていると考える他ない。

 そんなヒトたちが酷く疎ましかった。自分で何かを成すつもりもなく、ただ他を引きずり下ろすだけのやり方。深い穴の底から相手の足を引っ張り、あわよくば自分と同じところにまで落としてしまいたいとさえ思っている。

 そしてそんなヒトたちは口を揃えて言うのだ。

 

 所詮は才能だ、と。

 

 そんなヒトたちには見えていない。

 才能に振り回されて希望を失うヒトの姿が。

 それ以外の価値を求められないヒトの苦しみが。

 与えられたものは、求めたものでも得たものもでもない。ただ最初からそこにあって、無理矢理に押し込められたでしかない。

 そのヒトから出てくるもの、そのヒトの本質を覆い被せて詰まらせてしまう栓のようなものだ。皆その栓だけを見て、そのヒトの価値も在り方も決めつけてしまう。

 選び取る可能性を、自由という権利を。

 奪って、なじって、踏みにじって、お前はこうだと指を指して声を揃えて言い放つ。

 そして最後にこう付け加えるんだ。

 

 才能があっていいね、と。

 

 

 小さい頃から僕の可能性は一つしかなかった。

 親は喜んだ。戦争の最中、自分たちは英雄となる子を産んだのだと言って、僕も初めはそれこそが僕の全てだと思っていた。

 けれどその力を納得しない人間もいた。

 特別を妬み、何かを持つ相手をただ僻む。

 そんな人間を見る度に僕は疑問を持ち始めた。果たして僕が持つ魔法はそんなにも大切なものなのかと。

 周りが見ているのは僕ではない。僕が持つ魔法だけで、仮にそれを僕じゃない誰かが持っていても何も変わりはしない。

 それに拍車をかけるように、ある日突然戦争が終わった。その日から親は驚くほど僕に関心を持たなくなった。僕の価値は初めからそこにしかなかったかのように。

 それなら僕の本当の姿とは何なのか。

 

 いっそ、僕という存在から変わってしまえれば。

 別人として生まれ変われたら。

 日に日にそんな思いが強くなっていった。

 周囲からの期待も、羨望も、妬みも、何もかもが薄い壁を隔てた向こうに置いていく。本当の僕だけを剥離させて、新しい姿に作り変えていく。

 そうやって僕の中にが出来ていく。僕が曝け出してしまいたかった僕を、僕が思うままに動く僕を、特別に振り回されない純粋な僕の価値だけで作り上げた僕を生み出していく。

 そして新しい僕が生まれた頃、特別を持つ僕は僕にとってただの抜け殻になった。そして僕でさえ、古い僕を利用するようになった。

 僕自身の価値を見つけるために学校に入り、様々な魔法の知識を付け、操れるようにもなった。

 嫌でも耳に入る噂を聞かないふりして、忘れるように本に没頭した。学校にはおあつらえ向きにいくらでも本があった。

 そして噂は本に没頭して、何の動きも起こさない僕から次第に離れていき、新しい標的を探して移り変わっていく。

 勇者の器に、三級へ昇格した女の子に、そして突如現れた小さな三級合格者に。

 それは一番大きな話題だった。そんな相手に、もしかしたらその内出会うこともあるかもしれないと思ってはいたけれど、その出会いはあまりにも唐突で、不意に背後から訪れた。

 彼女は魔法に興味があるらしかった。本を交換し、ときには知恵を貸している内に、様々なことを話し合っていた。

 好奇心と行動力、それらはちゃんと三級合格足り得るもので、それより下のヒトとは違う一線。もちろん知識も相応にあるし、噂に言われているヒトとは明らかに違うことはすぐに分かった。

 この学校に通い始めると、皆肩書だけに満足して次の段階に進むのをやめてしまう。結局はただ自分に何かしらの付加価値を付けていたいだけで、本来の価値を高める気なんて誰もない。

 だけど、彼女は違った。望むままに、貪欲にただ自分の欲しい物をほしいままにしている。肩書だけに満足せず、それ以上をさらなる上を目指してただただ積み重ね続ける。

 そんな姿に興味を持った。だからより多くの協力を拒まなかったし、もっと彼女のことが知ってみたいとさえ思った。

 もしかしたら、彼女なら。

 彼女なら或いは、本当の僕の価値を認めてくれるかもしれない。

 に付いた呪いのような価値なんかじゃなく、それに隠された僕自身が持つ価値を。

 彼女と接する間に、少しずつ湧き上がってくる。

 認められたい。どんな僕でも価値があると、僕のやってきた全てに価値があると。才能は所詮僕の中のたった一つの小さな要素に過ぎないと。

 自分を理解されたい。僕の全ては特別な魔法だけではないと。才能だけではないと。僕にあるものは、そんな偶然の産物だけなんかじゃないと。

 とめどない承認欲求が拠り所を求めて溢れかえっていく。

 アルタとして抑え込んでいた望みが蓋を開けて這い出てくる。

 

 あぁ。これを彼女にぶつけたらどう思うだろうか。

 幻滅して逃げ去るだろうか。それとも嫌悪して罵詈雑言を述べるだろうか。

 或いは同情?それとも同意?

 "持つ"側である彼女は、これまでをどう感じ、どう考えてきたのか。

 その結果として、僕のこの内にあるドロドロとした感情を知ったらどうするのだろうか。

 あぁ。気になって仕方がない。

 もしこれを理解されなかったなら、それはきっといずれ失くなることが確定した物だったのだと思える。

 今なら。

 彼女の本質を知らない今なら、きっと僕はこれをつまびらかに打ち明けられる。

 そして「どうせ他人なんて」とただまた呆れて終わるだけで済む。

 これがもし理解されたら。

 僕の思う同意を、僕の思うままに得られたら。

 間違いなくは彼女が欲しくなる。

 ボクを構成する確固たる柱として、ボクは彼女を欲しがる。

 そしてそんなボクを理解した彼女はボクのものになる。

 そうすればもう"アルタ"は要らない。

 全てを捨ててでもボクで居られる。

 

 笑みが止まらない。今まででもこんなに笑ったことはあっただろうか。

 幻想と願望と妄想全てが入り混じって胸の中がわけもわからないくらいぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。

 興奮が足を逸らせ、彼女に打ち明ける瞬間を図り始める。

 

 来る日は破滅か、それとも新しい生の始まりか。

 僕の頭は、その日のことを休むことなく想定し始めていた。

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生まれ変わったら猫になりたい〜折角だから異世界では自分の好きなようにやっていこうと思う〜 ばぐなめ @BGNAME

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