第19話 現実→仮想 猫→人

 ファンタジーの世界で修練場と言えばどんなものを思い浮かべるか。まず適当なダミーが数個置いてあって、魔法を打ったり武器を振るったり身体を動かしたりする広めの空間、というのが浮かぶだろう。

 だがこの世界はそうではなかった。なんと設備は魔法による仮想空間の利用。正確には自分の複製体で以て修練が行えるという仕様だった。

 魔具に自分のデータを記憶させることでそのデータを仮想空間内に送信してそのフィードバックを修練とするらしい。

 メリットとしては一度登録してしまえばいつでも利用できて、自分の魔力消費も必要ないということである。デメリットは仮想空間へ送っている間、自分の意識ごと送られるため本体が無防備になることだ。とはいえその問題点は施設の構造で保護されている。

 三級以上になればやっとこの最新式修練場が使えるようになるというわけだ。

 「これが修練場か」

 「この魔具も興味深いですよね。どんな技術なんだろう……」

 「俺は理解できる気がしないな」

 「あはは、僕も同じです。さて、それはさておき早速使ってみましょうか」

 俺は頷いて、尻尾が潰れず、アルタから見えないように気をつけながら、椅子の形をした装置に座る。アルタに説明を受けながら魔力を装置に注いでいくと、起動が完了して身体が浮く感覚に包まれる。視界が少しずつ白んでいき、目を閉じると完全に身体が浮き上がっていく。

 次の瞬間、俺は草原の真ん中にいた。

 「うお、ぉ……っ?」

 両手両足視線等々、身体を動かしてみると自由に使える。感覚もきちんと備わっているし、何ら動きにも阻害感がない。ただ、身体は完全にヒト型になっていて、猫の尻尾も耳もなく、普通のヒトと同じ耳が顔の横にあった。

 「なんだかこの感じも久しぶりだな」

 猫耳じゃないと、音の聞こえ方が少しだけ違う気がする。普段耳を覆っていることが多いからかも知れないが。

 「どうですか?よく出来ていますよね」

 「んっ!?お、おぉ、そうだな」

 声に引かれて振り返ると、アルタの顔がすぐ隣にあった。自分の観察に必死になっていたせいで全然気付かなかったのか……。

 「この中は現実と同じ作りになっていますから、感覚も魔法も全部現実と同じように感じられるし使えます。それに加えて、魔力は自分と同じにするだけじゃなくより多くしたりもできます。だから仮想訓練や魔法の研究にはもってこいなんです」

 設定の変更は魔具にオーダーを通せばよく、これはイメージによって伝えることが出来た。非常に簡単な操作で変更が加えられ、魔力が増減するのを感じる。

 「これで好きなだけ魔法が使えますね」

 「あぁ。確認なんだが、アルタは相手の魔法を妨害することってできるか?」

 そうとなれば、早速実験に入ってみたい。俺が使う魔法はこの仮想空間でも再現可能なのか、違うのか。再現可能なら魔法であることは確かだし、正体を探るヒントにもなる。違うなら違うで、何か他の特殊な力ということにもなる。

 「妨害ですか?相手の魔力次第ですけど、一応は」

 「それを俺に使ってほしいんだ」

 「ヒタマさんに?もしかして、それが見せたい魔法ですか?」

 「そうなんだ。実際にはやって見せたほうが早いよな。ってことで頼む」

 「分かりました」

 試しに一般的な魔法を構築してみるが、上手く魔力が形にならない。きちんと妨害魔法は発動しているようだ。

 「それじゃあいくぞ」

 持ち込んだ剣を呼び起こして、岩に剣先を向ける。そして衝突をイメージする。俺の身体を通じて剣にまで魔力の膜が膨張していった。

 「っ……!?」

 視界の端でアルタが息を呑んだ。俺はそのまま構えた剣を思い切り岩に突き立てる。魔法によって衝撃力を強化された剣は、本来貫けないはずの岩を易々と穿っていく。魔法は依然として妨害されているが、それでも俺の魔法は発動している。やはり俺が使えるこの特殊な魔法は妨害を受けないようだ。

 「面白いですね。自分の中だけで魔法が完結してるんでしょうか」

 魔法の基本は自らの魔力と自然にある魔力による反応が大前提だ。本来なら自分の魔力だけでは魔法は成立せず、その恩恵も結果も得られない。魔法の法則は自然と絡めて初めて発動するというのが今までの研究の鉄則だ。

 「詳しくは分からないが、周りの魔力に一切干渉してないとするとこれは特殊な魔法だと思うんだ」

 「そうですね。まだ見つかってない中でもかなり特殊なほうだと思います。もしかして、他にもなにか違う作用が出来たりしますか?」

 「そうだな……毒を発するみたいなことも出来たと思うんだ。使い所も確かめようもなかったから偶然かもしれないが」

 これは勇者と初めて会ったときのことだ。あのときの勇者が体勢を崩したのは、恐らく何かしらの魔法の作用があったと考えるべきだろう。

 「毒ですか……。試しに仮想の魔物を用意してみましょうか。それなら確認もできるかも知れません」

 「そんなこともできるのか。早速やってみよう」

 こうして、アルタとともに俺の魔法についての検査が始まった。

 アルタが用意してくれた仮想魔物に向かって試したのは、まず毒がどのようにして出るかだった。

 手をかざしてみたり、触れてみたりした結果、毒は俺が直接触れたものに対して発生し、その毒は神経毒みたいな感じで一時的に身体の機能を低下させるようだった。

 俺の魔力量では致命的な影響は与えられないが、接触時間を伸ばすと完全に動けなくすることは可能だった。効果時間は触れた範囲の広さや時間によって変わるが、数秒程度のものから一分程度までは観測できた。

 一番特徴的だったのは俺自身が武器と認識した物、つまり膜を拡張できるものに関しては毒を付与する形を取れることだった。これに関して言えば、投擲する物にも、毒を付与してから投げれば数秒の間は付与されたままという結果も出た。

 その効果は当然直接持っている物のほうが強い効果を発揮する。投げて毒を当てるのは効果が薄すぎて、遠距離から使うのは現状では厳しそうだった。

 アルタ曰く、以上の結果から、俺の魔法は俺の身体に掛かっているというよりは俺の膜に対して作用している、と考えるのが自然だそうだ。

 そもそも生物の持つ膜というのは、この世界に漂っている魔力から身を守るためのもので、その膜の厚さによって魔力の吸収量が変わる。その膜は物理的な影響も軽減する作用があって、膜が厚いとそれだけ強靭な身体になる。

 これらの特徴を踏まえると、そもそも妨害の魔法というのはその対象の周囲にある自然の魔力に対して働きかけているだけ、言ってみれば電気の抵抗みたいなものなので、膜自体に魔法が作用することが出来るなら、妨害の影響を受けないのは当たり前とも言える。

 で。もちろんそんな魔法は現状見つかっていないので、やっぱり俺は異質なのだという結論に至ったわけだ。

 試しに他の魔法で似たような原理が使えるのか確かめてみたが、現状は"衝突"と"毒"の二種類しかなかった。ただ、一つ新しく分かったのは第三の特殊な魔法の存在だ。

 さっき膜についての説明をしたが、それについて説明したのには理由がある。それが第三の魔法だ。物理的な影響を軽減するとは言ったが、例えばそれが熱や電気のようなエネルギーになるとまた少し変わってくる。

 もちろん軽減もするし普段と同じく代謝はするが、蓄積していくと普通と同じように身体は破綻する。火の中に飛び込んだり熱湯に突っ込めば当たり前に燃えるし、熱いわけだ。

 しかし結果からすると、俺は常人に比べて熱に対する耐性が異常なまでに上がっているようだった。例えば炎の中に身体を突っ込んでもあまり熱いと感じず、燃えることもない。

 これもまた膜を軸にして考えれば理解しやすく、外から入ってくる強いものにだけ反応して大幅に制限しているようだった。因みに逆の冷たいものに関しては駄目だった。高温の熱にだけ作用するらしい。

 これについては俺が何かしら発動しようとしてそうなっているわけではなく、魔力の循環の中で常に発揮しているらしい。俗にパッシブ――恒常的、みたいな意味だったと思う――と言われるようなものだ。

 これが俺の第三の特殊な魔法。これがどう使えるかというと雑な話、炎がまとえる。夢見がちなお年頃やロマンとかではなく、これは割と有用な話だ。

 単純に考えて、火だるまが高速で動き回っていたら普通に危ない。もちろん延焼だってするし森の中なら大火事も必至だ。そんな状態でも俺は平気で動けるということになるのだ。

 しかし、そんな魔法にも限界はある。火の中に飛び込んでも平気ではあるが、次第にのぼせてきてしまうのだ。温度の高い風呂にそう長い時間は浸かっていられないように、いつまでも炎の中にいて平気というわけではなかった。

 温度が高くなればなるほど耐えられる時間は短くなる。しかも魔力を元に耐えているから魔力が無くなれば恐らくその瞬間に丸焼けが確定する。非常にリスキーな話だ。

 普段から使っていることからも消費はごく僅かなようだが、また一つ魔力切れになるわけにはいかない理由ができたのだった。

 

 こうした俺の魔法を探り終わる頃には、案の定数日が潰れていた。

 元々俺自身が毎日ヒトの姿になれるわけでもないことから、一日おきだったりがやっとになる。研究ついでに魔力の操作に慣れてきて、ちょっとずつ間隔は短くなって、消費する魔力も減ってはいるものの、総量が人並みにしかないので、そうぽんぽんと姿を変えることも出来なかった。

 空いた日はマテルの手伝いをしたり、借りてきた本を読んだり、ミィリヤに課された武器に慣れる課題のために猫のまま短剣で遊んだりとそれなりに有意義ではあった。

 「調べれば調べるほど不思議ですね。何より、ヒタマさん本人がどこでそれを身に着けたのか分からないのが一番謎です。最初から使えたわけではないんですよね?」

 「そう……だと思う。魔法を使う機会があまりなかったからそれも確かめようがないが……」

 地球には魔法なんてなかったもんな。こっちに来てからも魔法が満足に使えるようになったのはミィリヤと出会って教えてもらってからだ。

 「何らかの形で会得したものだと思いますが、再現性があるか分からないので確かめるのも難しそうです」

 「とはいえ、使い道はありそうだし色々分かったのは僥倖だったな」

 「魔法にはまだまだ可能性があるみたいでワクワクしますね。楽しかったです」

 やれることはやり尽くしたし、俺たちの研究はここらで一度打ち止めだ。ここからはいつも通り魔法の訓練に入るので、アルタとも頻繁には会わなくなるだろう。

 ……そう思うとなんだか惜しい気がしてくるな。

 「アルタが良ければ、またこうして話をしないか?魔法を見せるのでもいいし、もっと気楽にでいいんだが」

 そうだ。折角できた友達なんだから大切にしたい。

 俺からの提案に、アルタは少し固まったあと、ゆっくりと頷いた。

 「僕も、そうしたいなと思ってました」

 アルタは笑う。

 微かに髪の間から覗いたその瞳は、とても綺麗な青色をしていた。

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