第18話 図書室と二級と三級の猫
試験合格から数日後、俺は蔵書一つ一つを流し読みしながら眉間に皺を寄せていた。
学校の図書館はいくつかの部屋に分かれてぎっしりと本が詰められているほど多く、その中からピンポイントで物を探すのは骨が折れる。今回探しているのは異世界から来た存在についてだった。
勇者やミィリヤの話からするに、メジャーではなくとも異世界人の観測をしたヒトは存在する。そしてそれらをまとめるなら何らかの記述が残っているのではと思ってそれらしい物を選んでいるのだが、一向に当たらない。
これまでに四級以下が入れる部屋にあったものは軽く漁ってみたが、基本的な魔法に関する知識、歴史や地図と言ったものが多く、そもそも異世界というワードすら当たりはしなかった。
ならばと思い三級に開放されてる部屋に来てみたが、こちらもより解像度の上がった内容が載っているだけで目的には到達出来ずに終わっている始末だ。
異世界人の情報について、中央都市の中においてはほとんど開示されていないことは過ごしてきた中でなんとなく察しはついていた。マテルにもそれっぽく話を振ってみたが反応は薄かったしな。
マテルは薄々俺が話していないことを気付いているような気もするが、聞かないでいるので俺も話すタイミングを失ってしまったままだった。
そう考えると、二級以上で入れる場所に異世界関連の資料もあるかもしれない。地球からこちらに来たということは、こちらから地球へ行った例もないとは言い切れない。
戻りたいという意志は既にないが、もし地球人会えるなら色んな話もできるだろう。それに異世界人がこちらでどう過ごしてきたのかが気になる。俺のように、人間ではない別の姿になった者もいるのだろうか。
その辺りも含めて諸々を知りたかったのだが、今の俺だけでは調べ果せることはできそうになかった。
ついでに俺が使える妨害の効かない魔法や念話についても調べていたのだが、特殊な魔法についても三級段階では閲覧できるものはなかった。
(誰か手伝ってもらえる人が居ないとこれ以上はキツイか……)
俺よりも等級が高く今入れない場所に入れるのはたったの三人。ミィリヤに頼るのが一番確実だが、試験後も訓練や魔法に関する面倒を見てもらっている手前、そこから更に時間と手を借りるのは申し訳ない。時々どこかへ出かけているようだし、邪魔をするわけにもいかないだろう。
「今は真面目に等級を上げるほうを考えるか……」
ということで、普通の魔法書をいくつか借りて帰ることにした。
それから更に数日を費やして魔法書を読み漁った俺は本の返却に赴いていた。
「あれ、あの本借りられてる……」
部屋に入った直後、微かな呟きが耳に届いた。どうやら先客が居るようだ。声色は静かで高く、穏やかな声だった。彼または彼女の名誉のために言っておくと、決して大きな声で言っていたわけではなく、猫の耳があまりにも良すぎるだけだ。
返却のために本棚のほうへ向かうと、どうやら先客もそこに居たようで、人影が見えた。
俺より少し高いくらいの低い背に、ボサボサの銀色の髪。後ろからだと外套に阻まれてそれくらいしか分からないが、本棚を眺めていることは確かだった。
(もしかして、俺の借りた本を探してる……?)
場所から考えればその可能性もある。俺は思い切って声を掛けてみることにした。
「あの」
「ヒィイイッ!?」
とんでもない勢いで跳ね上がられた。
「あ、あわわわあわ、あわわわ」
「えっと……」
「あ、すみっ、すみませんっ……。何か御用ですか……?」
そこまで慌てなくても。振り向いたその子の顔は鼻の頭くらいまで髪の毛が厚く覆っており、目線が分からず表情が読みにくい。その代わりに仕草からこれでもかと言うほど伝わってくるが。
「もしかして、探している本はこれか?」
返そうと思っていた本を見せる。すると銀髪の子の口角が上がっていった。
「そ、それです!あなたが借りていたんですね」
「あぁ。今日返しに来たんだが、まさか同じ本を探してるとはな」
「この部屋の本を借りに来る人なんていませんでしたから、ついつい驚いちゃいました。それ、もう返しますか?」
俺の本を指して聞いてくる。俺は頷いて本を差し出した。
備品については全て魔法で管理されているので、又貸しをしても貸し出し相手が条件に足りている場合は自動的に貸出先が更新される。
又貸し先が条件に足りてない場合は貸し出そうとした人間に減点を入れながら自動的に本が返される仕組みになっている。本が勝手に図書館へ戻る仕組みはどうなってるのか気になるところだ。
「あぁ。もしよかったらこのまま渡してもいいか?」
「はい!ありがとうございます!……えーっと」
「そういえば名乗ってなかったな。俺は――ヒタマだ」
少し間があいたので間違いかけたが、ヒトの姿ではヒタマと名乗っているのは学校でも同じだ。入学から学生に会ったことはなかったし話しかけることも無かったので危うくタマで名乗るところだった。相手次第では名前にこだわる必要もなさそうだが。
「あぁ、やっぱりあなたが噂の」
「えっ、俺って噂になってるのか?」
「学校中持ちきりですよ?最年少でいきなり三級合格をした女の子がいるって」
よく考えれば三級以上は俺を除けば四人。そこに新しくヒトが入って、それがこんな見た目ならば噂にもなるか……。目立たないようにとかは考えてなかったが。
「あまり騒がれると過ごしにくくて嫌だな」
「騒がれるのは嫌いなんです?」
「嫌いというか……折角魔法を納めに来たのにもったいないかなと思って」
「あ、それ分かります。やりたいことは邪魔されたくないですよね」
俺の言葉を聞いて、銀髪の子は苦笑いを浮かべて目を細めた。
「君もその口か。奇遇だな――」
簡単な話からついつい話が弾んでいく。気が付けば俺たちは、お出会ったばかりなのに互いや魔法についての話をし合っていた。
銀髪の子はアルタという名前で、なんと可愛らしい見た目だが男の子で、更には二級だそうだ。それを言われてからようやく、俺はアルタが二級であることミィリヤに聞いていたことを思い出した。
三級が俺と赤髪の女の子なら、消去法でアルタは二級のはずだ。そんなことを話したら、アルタはミィリヤとの接点を驚いていた。
意外にもミィリヤはこの学校で特に誰とも関わりを持っていなかったらしい。専ら学校からの依頼のためだけに在籍して、そうかと思えば長い休学に入っていたとこのこと。
アルタは魔法について深い関心があるようで、基礎はもちろん応用した魔法や魔法陣も多く知っており、更に知識を蓄えるために俺の借りていた本を借りたかったようだ。
魔法については俺もとても興味がある。地球には当然そんなものは存在しないし、片夢にしか見ないような産物だから当然とも言えるだろう。これまで既に魔法を何度も使っては来たが、使えば使うほど馴染みのないこの力は自分が知る物理現象を超えているのを感じる。
想像もし得ない形で可能性が無限大に広がっていく質感はやはり魔法というワードそのものが持つ力でもあるし魅力でもある。
今まで多くのヒトが行使し、研究した上で今もなお多くのヒトがその委細を知ろうと手を伸ばしている魔法という分野は、未だに多くの謎を残したままでこの世界に根付いている。
男としてはやはりそこにロマンを感じないはずもなく、お互いにありもしないようなことや願望なんかまでを語り合っていた。
俺は少し興奮気味に話すこともあったが、アルタは終始穏やかなトーンで、それでもこちらの話にはしっかり乗っかってきていた。
会話をする内に、アルタからはある程度堅苦しさが抜け、お互いに呼び捨てで呼び合うほどになった俺たちの会話を、帰宅を促す予鈴が遮った
「あぁ、もうこんな時間か。すっかり話が盛り上がってしまったな」
「そうですね。とても楽しかったです」
休まず話をしていたものだから、ふと冷静になると喉がカラカラだ。アルタもほっと一息をついて胸に手を当てた。
「もしよかったら、また話でもしないか?見せたい魔法もあるんだ」
「えぇ。ヒタマさんが良ければぜひ。折角なら修練場も使ってみませんか?」
「そうだな。そこも覗いてみたかったんだ」
学校には魔法や戦闘に関する訓練が行える空間が用意されている。そこならば、魔法の発動も自由にできるし設備も万全だ。幸い、三級とそれより下の等級は規模の違いから別にされているし邪魔が入る心配もほとんどない。
「では、またお会いしましょう」
「あぁ。それじゃあまた」
「はい。さようなら、ヒタマさん」
こうして俺たちは初めての邂逅を終えて別れた。
学校に入学して初めての友達が出来た気がした。
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