第17話 テストは猫も何十年ぶりか

 そして遂に試験の日がやってきた。

 俺はミィリヤの付き添いを得て学校の中に入る。事前に渡された書類に魔法が施されていて、入り口で止められるということもなく無事門をくぐることができた。

 施設内をミィリヤに案内されながら進む。当たり前だが学生らしきヒトともすれ違うが、中には角が生えたり、体格がやたらと大きかったりと言った、所謂魔族の存在も見受けられた。

 だが学校内では特に問題もなさそうで、なんなら人間と魔族が親しげに会話しながら歩いていく姿さえ見える。

 年齢は見た感じ比較的若い世代が多いようだが、これも新設故と言うことなのだろうか。それとも入学段階で人物層を絞っている……?

 試験もある以上、無差別というわけではないだろうから何らかの基準はあるだろうけど、俺がそこを図り取るのは無理だな。

 施設のほうに目を向けると、中はやはり学校っぽい雰囲気や内装だが、講義室や教室らしい場所は見当たらない。学級も学年も見当たらないし、試験をする場所と学生が行き来する場所は違うのだろうか。そうなるとさっき歩いていた学生は何だったんだと言う話だが。

 「さて、着きました。ここからはタマさんのみで行っていただきますので、一旦お別れです」

 「分かった。ありがとう」

 城前で見送られる伝説の勇者よろしく、扉の前でミィリヤの先導が終わる。俺は扉に向き直り、深呼吸をした。曲がりなりにも対策を講じて真剣に勉強した身だとドキドキするな。

 「じゃあ、行ってくる」

 ドアの凹んだところに触れると、魔法が発動して自動的に開く。承認された者だけが通れる検問システムみたいなものらしい。開いた場所に一歩踏み入れると、すぐに扉が閉じてミィリヤと分断された。

 俺の孤独な戦いが、始まった。

 

 第一次試験、基礎知識。

 試験題目そのままで、魔法における基礎を理解しているかという試験。これは元々ミィリヤに教わっていたし、問題はない。特に手こずることもなく全て回答して終わった。

 こちらの世界の文字は本来俺に書けるものでも読めるものでもないが、何故か俺が日本語で書いたものはこちらの世界の人間でも読めるらしい。言語に対しての共通したイメージを伝えて実質的な翻訳に近い作用が行われているのではないだろうかと考えている。そもそも、何故か文字が読めるのも謎だしな。

 

 第二次試験、応用知識。

 基礎があれば応用もある。魔法の作用を利用した魔具の種類とその原理を問うものだった。

 魔法はイメージによって発動し、そこに原理を理解したイメージを加えればより強力かつ正確になる。だが、それでは上手く魔法を使えない人間に向けても普及させたい道具には使えない。そこで開発されたのが文字や図形による制御だった。

 言ってみれば電子回路とプログラムみたいなもので、それを刻み込めば魔法の下地が完成。魔力を注ぐだけで自動的に魔法への命令が送られて発動する。魔法陣とかそういう本で見たようなおしゃれなものもあるみたいだ。

 これがなかなかに興味深く、そしてこれに詳しいのはマテルだった。マテルもものづくりに携わった経験から道具に刻み込む回路の種類と作用をよく知っていた。

 ということで、いくつか分からないこともあったものの、七割程度を回答した。

 

 第三次試験、魔力量検査。

 正直なところ、落ちる可能性があるとしたらここだ。

 この検査は受験者の魔力総量を測るものだが、その測り方は所定の装置に魔力を注ぎ込むことというシンプルさ。それによって注ぎ込んだ魔力を使い、個人の魔力の空きを測定して総量を出すのだとか。

 で、この総量については俺には圧倒的なハンデがある。それがこの変身状態だ。

 元々の魔力総量はミィリヤ曰くそこまで多くないらしく、更には変身によってそちらに魔力のリソースが割かれて実質的な総量が減っているのだ。

 戦闘や普段の生活はマテルが作ってくれた魔具に魔力を貯蔵しているが、本来のヒト状態の魔力総量は現在平均よりかなり少ない状態になっている。これがネックだった。

 三つの試験の内、ここだけは不安を抱えつつ、俺の試験は終了した。

 

 結果は即日発表なので、校内待機をするがてら暫く学校内を歩く時間があった。その間にまた歩いてわかったことだが、学生は本を抱えて移動していることがほとんどで、ヒトもまばらながら途切れることがない。ここに通う生徒はそこそこに多いようだ。

 で、問題の試験結果発表が遂にやってきた。

 「さて、試験結果を発表しますね」

 「よろしく……と言いたいところなんだがなんでミィリヤが発表するんだ?」

 何故かミィリヤが俺の試験結果を持っている。部屋で待つ俺の元に当たり前のように現れると、全てはミィリヤの策略か何かなんじゃないかと疑ってしまう。

 「えぇっと……時折試験補佐の仕事をすることがありますので、身内ということもあってお仕事を任されちゃいました」

 色々大丈夫なのか心配になってくるし、そういうのは普通、身内じゃない人間がやるもんじゃないのかと問いたくなるが、ミィリヤの性格的にコンプライアンスはしっかりしていそうだから許されるのか?と決着がつく。

 「もちろん不正はしていませんよ。結果はしっかりタマさんの力で出ていますので、ちゃんと納得していただければ」

 そこは疑ってない……多分。寧ろ不正云々をしようものなら真っ先にミィリヤがすっ飛んできそうだもんな。

 「前置きがあると芳しくない結果なんじゃないかと勘繰ってしまうな」

 「それじゃあもう発表しちゃいましょう。結果から言うと、タマさんは合格です」

 ほっと息が漏れる。自分が思ってるよりも緊張してたんだな。

 「本番はここからです」

 と、一度俺の緊張をほぐしたところで続けての補足が入る。

 ミィリヤが言うにはこうだった。

 試験結果が合格ではある。この学校はどうやら俺の思っている学校とは根本的に構造が違うようで、正しく説明するには学級のシステムについて触れておく必要がある。

 まず学級についてだが、その人のレベルに応じて等級が指定される。上から一、二、三と言った感じだ。この等級によって立ち入れる場所が変わる。書物の閲覧権や利用可能な施設に影響が出る構図だ。レベルでいうと、一級が超優秀で人魔を総合して考えてもトップクラス、二級が一級ほどでなくとも優秀か特別な才能を持った人物、三級が比較的優秀、四級が平均で五級が心得の多少ある者、以下必要に応じて等級が増やされることもあるそうだ。今でも一応十級くらいまでは区分を考えているらしいけど、実質的には六級が下底だ。

 そして合格した段階でこの等級が指定され、俺はその三級に指定された。知識面では二級相当でも差し支えはないらしいが、魔力量が五級、多めに見積もっても四級が関の山なんだそうだ。猫の姿なら問題なく二級になれたんだろうけど、それは有り得ない例え話に過ぎない。そもそも受験出来ないし。

 この等級を上げたいときは、また同じように試験を受けることが条件だが、大きな功績や成果があれば推薦みたいな形で上がることもある。俺が三級なのもミィリヤの関係者とあってのこととも言えるだろう。

 因みに学部とかは存在しないし、サークルや部活動もない。そもそも学級と言っても教室があって生活を共にする相手がいるとかでもないし、同じ等級でも顔すら知らないことも多いと言っていた。

 俺が指定された三級では、訓練を行える広い体育館みたいな施設や、魔法に関する書物や記録媒体を納めた部屋の半分くらいに立ち入ることができる。そのときに必要になるのが学生証でこれが防犯の役割も担い、もし施設や備品に何かしらの害を起こした場合は学生証に込められた魔法が発動して直ちに処罰が下る。

 つまりは学校と言っても 生徒の自主的な学習によって成長を促す場所になっており、意欲のない者や向いていない者は自動的にふるいにかけられる、言ってみれば大きな図書館みたいなものだった。通りで誰も彼もが真面目そうに見えたわけだ。強制力を伴わないからこそ、本当に必要としているヒトしかここには残らない。

 因みに生徒数はまだ100人前後で、一級がミィリヤとなんとあのガノアルセンで二人、二級には真面目な生徒が一人だけ、三級は俺ともう一人、真っ赤な髪をした女の子がいるらしい。四級以降は一気に人数が増えて、順におよそ十人、五十人、三十人くらいとなってるらしい。第二魔術学校は広く門戸が開かれた学校のため、まだまだ力がついたヒトが少ないようだ。

 俺は運良くミィリヤやマテルに師事してもらえたが、普通はそうは行かないし、具体的な成果を出せるような人間は第一に行ってしまうのだ。あっちのほうが規模もヒトも多いらしいし。

 それと魔族は第二魔術学校にしかいない。元々第二は魔法への理解を深めたい魔族を受け入れるための場所としても作られており、人魔で共に生きる橋掛かりとして存在しているからだ。そうは言ってもそこまで数は多くないみたいだが。

 そういうことで、話は逸れたがこの学校についてミィリヤから詳しい説明を受けることができ、無事に俺は第二魔術学校の学生として入学を果たし、柄にもなくテンションを上げながら帰宅してマテルに報告を入れた。

 店を手伝えなくなる話には一切嫌な顔をせず入学を祝ってくれて、なんとその日は何故か取ってあった翼竜の肉を使って料理が振る舞われた。マテルは北の村から歩きで旅をしながらここまで来たのもあって料理の腕前もなかなかで、初めて食べる竜の肉も上手く調理してみせた。

 話の流れでマテルも試験を受けないのか聞いてみたが

 「僕は僕のやりたいことがあるから」

 と言っていた。そのために中央都市に来たのだし、野暮な質問だったと後々気付いた。

 そして俺は後々知ることになる。

 何故ミィリヤが人数分布をわざわざ入学時に伝えたのか、そしていきなり三級で合格ということがどれだけ破格かつ異常なことなのか、その影響と話題性の強さを……。

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