第36話 一年生 晩暑
『――
インカムからの静江の言葉に、帰宅部のメンバーは顔を見合わせてうなずく。
「――おまっちゃん!」
紗江が声をかければ、操縦室の
「もう、サーベイが補足した! こやつ、夜目が効くんじゃの。
――しかし、試運転がコレとは、タイミング良いというかなんというか……」
制御盤を操作して、そう告げる。肩でサーベイが笛のような声で鳴いた。
帰宅部は全員、装束姿で浮舟に居た。
茉莉が
だが、その速度は通常の浮舟とは異なり、風を巻いて夜の海の上を突き進む。
舳先がわずかに上方を向いて、上空から落ちてくる白いドレスを捉える。
「まったく。始業式当日から、大変な事ですわ」
「でも、天恵先輩が居ない帰宅部は考えられない。助ける!」
「天恵先輩も水臭い。相談してくれれば、いつでも
「そう言い出すと思ったから、天恵先輩、咲良ちゃんには相談できなかったんじゃない?」
「来ます! お絹さん!」
「はいは~い。任せて!」
絹は背負っていた弓矢を構える。矢にはロープが巻きつけられていて、
「――行きます!」
放たれた矢が、落下してくる天恵の下方を駆け抜け、ロープがその身に絡みつく。
「――
咲良が叫び、茉莉が船を急ターンさせて、落下エネルギーが旋回へと変換される。
ロープがギリギリと軋んで、遠心力へと変わりきった所で船を制止させれば、天恵の身体がふわり浮き上がり、
「天恵先輩!」
甲板から跳び上がった紗江と咲良が抱きかかえた。
ゆっくりとふたりで甲板に下ろすと、天恵はゆっくりと目を明けて微笑む。
「やあ、みんな。ずいぶんと手荒い出迎えだったね……」
「無茶ですよ! 飛び降りるなんて! 死ぬつもりですか!?」
咲良が天恵の両肩を掴んで揺さぶる。
当初の帰宅部の計画では、招待客である静江に天恵の意思確認をしてもらい、その上でこの船で乗り付けるつもりだったのだ。
「……死ぬ……つもりだったんだけどね。どうやら死に損なったみたいだ」
「――――ッ!!」
自棄になったように呟く天恵の頬を、咲良が平手打ちした。
それから縋るようにその身を抱きしめる。
「許さない。それだけは許さないぞ!
私は
噛みつかんばかりの勢いで言って、咲良は天恵を抱く腕に力を込める。
「……それなら君は、君達は私を助けられるの? この行き詰まったどうしようもない状況を! どうにかしてみせてよ! 今すぐに! 私を助けてよ!」
天恵は涙を流して、吠えるように咲良に叫んだ。
「……助けてよぉ」
流れ出した涙は止まらず、嗚咽が溢れ出る。
瞬間、紗江はなにかが切れたような気がした。
――鈴の音が響き渡る。
「……泣かしたな」
唸るように呟く。応えるように魔道器官が高音域を奏でだす。
「紅葉ちゃん!」
「ええ、ええ。わたくしも今回ばかりは腹に据えかねてますのよ。今時、政略結婚なんて、女をなんだと思ってらっしゃるのかしら。
――英国での鍛錬の成果、見せて差し上げますわ」
紅葉が紗江の右手を掴む。
「おランちゃん!」
「あたしも米国で鍛錬したからね。天恵先輩の仇討ち!」
蘭が左手を掴み、
「蘭ちゃ~ん。天恵先輩はまだ死んでないわ」
絹がツッコミを入れるが、蘭は首を振って答える。
「でも、死ぬ気だった。許せない!」
二人の魔道器官から精霊が溢れ出し、
「いーい? 竜骨だけは船が落ちちゃうから折っちゃダメよ」
「やったぜ二人共! お絹さんの許可が出た!
――竜骨以外は壊してもいいんだってさ!」
紗江の言葉に二人は頷き、
「――奏でなさい!
「――吠えろ!
詞に乗せて、魔法を放つ。
三人の身体が風に巻かれて飛び上がり、火を吹いて夜空を駆け昇る。
目指すは頭上の大型客船。
「……今年の一年は頼もしいなぁ」
ぼんやりと呟く天恵に、咲良は首を振って答える。
「みんな、あなたの理想に惹かれて集まった子達ですよ」
「そっかぁ。私は夢を叶えてたのかぁ」
涙で滲む視界の中、一年桜組の三人娘は客船を跳び越え、まばゆいばかりの
瞬く間にその船体を飛び越えて、紗江は二人の手を離して鈴鉄扇を開いた。
「よくも先輩を泣かせたなぁッ!」
叫びと共に鈴の音が鳴り渡り、開いた
「響き渡れ!
瞬間、甲板が音もなく陥没した。乗客が悲鳴をあげて船内に逃げ込んでいく。
紗江が斜めになった甲板に降り立ち、わずかに遅れて蘭と紅葉も着地する。
「ブタ発見! たぶん、あいつが天恵先輩を泣かせたヤツ!」
蘭が指差すと、それを遮るようにスーツ姿の護衛が前に出て、問答無用で発砲してきた。
「そんなものがぁっ!」
銃弾は
「――撫子に通じるかぁッ!」
一気に距離を詰めた紗江が鈴鉄扇を振るって護衛の一人を殴り飛ばし、
「喚起!」
スマホを取り出した蘭と紅葉が攻性魔術で残る護衛を攻め立てる。
「――なにをしている! 甲冑だ! 甲冑を出せ! なんの為に高い金出してると思ってる! 俺を守れ!」
ブタがブヒブヒ喚き散らすと、甲板の左右両舷に設置されていたコンテナが開いて、二騎の甲冑が立ち上がる。
本野技研の<足軽丙型>だ。陣笠を被ったような頭部に軽装な騎体。
一般的な甲冑に比べて、手足が長く、その取り回しの良さから、護衛から農業までこなせる汎用雄型甲冑。
「紗江さん、甲冑は任せますわよ? 蘭さんは護衛達を! わたくしはブタを確保しますわ!」
「了解! おまっちゃん、射出だ!」
立ち上がった<足軽丙型>を誘うように二体の前に躍り出て、バックステップで舳先に向かいながら、紗江は茉莉にインカムで言う。
『射出っておヌシ、具足もつけとらんだろう!』
「それはこっちでなんとかするから――いいから早く!」
『もう、どうなっても知らんぞぃ!』
茉莉の言葉を聞きながら、紗江は次々に伸ばされる甲冑の手を掻い潜る。
捕まえようとしているのだろう。
外道の部下でも人間相手に甲冑武装を使うような非常識ではないらしい。
「けど、その慢心が命取り!」
背に
空間がたわんで太鼓の打音。笛の音が響く。
もうできる。
やれるはずだ。
「――天恵先輩が助けてと泣いたんだ!」
鈴の音と共に魔道器官から
――それは助けを求められる誰か……
光の中から影が浮かび上がり、手甲となって紗江の腕を包んだ。
――それは報われることのない願い……
『ア――』
音程の違う二重の原初の唄が奏でられ、再び影が浮き上がると、脚甲となって脚を包む。
――それは嘆きを越えて差し伸べられる、ただひとつの想い……
左右同時に伸ばされた甲冑の腕を、背後に跳んで宙転をかける。
「だからっ!」
身を低くして着地。
持ち上げた顔が、同調器となる白鬼面に覆われる。
魔道器官が裏返る感触。
切り替わったのを実感する。
「目覚めてもたらせ、
瞬間、下方から舳先をかすめて、甲冑用の大型コンテナが火を吹いて飛び上がっていき、宙で割れて<舞姫>が姿を現す。
夏休み中に自律反射行動を取れるようにシロカダ様が改造してくれた<舞姫>は、斜めに傾いだ甲板であっても、難なく着地して背中を紗江に向ける。
具足の脚力で一気に鞍上まで駆け上がり、紗江は甲冑の装着を完了。
「さあ、穂月家特騎、初お目見えだ!
――二体まとめてぶっ飛ばしてやる!」
面に金の文様が走り、相が入って、金の
胸の家紋が神器に応えて強く輝き、黒い装甲が白へと染まっていく。
たてがみが青く燐光を放った。
<足軽丙型>が両腕の裏から連結槍を取り出して構える。
「<舞姫>、参る!」
紗江の声に応えて、<舞姫>が吼えた。
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