第31話 一年生 夏

 三つある車庫の中からバンを選んで乗り込み、一行は出発する。


 メンバーは紗江、結愛ゆめ、シロカダ様に加えて、たまき、源三、さらに青年団団長の政だ。


 政は、護衛名目で源三が呼んだ。


 一行が子連れなのを理由に挙げていたが、実際は女ばかりなのが恥ずかしかったのかもしれないと、紗江は睨んでいる。


 一度、上女に寄って茉莉を拾い、全員揃ったところで、バンは南に向けて走り出す。


 目指す先は、春に紗江が上陸した上洲かみす港ではなく、下洲しもすを縦断した先にある、三洲山みすやまでも最南端の海岸にある海水浴場だ。


 漁業で発展してきた下洲は、上洲に比べて田畑が少なく、若干起伏の多い田舎町といった風景をしている。


「それにしてもさー、おまっちゃんも水臭いよね。寮に残ってるなら声かけてくれればいいのに。わたし、暇だったんだよ?」

 窓際に頬杖突きながらぶー垂れる紗江に、茉莉は苦笑。


「すまんの。一日中、浮船をいじとったもんで、すっかり忘れとったのじゃ」


 聞けば、夏休み初日からずーっと、あの部隊棟の船で寝起きしていたのだという。今日もシロカダ様に誘われなければ、籠もっているつもりだったらしい。


「みんなはどうしてるのかな? 紅葉もみじちゃんは家族とアヴァロン旅行らしいけど」


らんもアメリアに行くっつーとったぞ。遠い親戚がアメリアにおるんじゃと」


「あー知ってる。てか、おらんちゃん、ご先祖様が勇者ジェロニモの従者で、教科書に載っちゃってるからね。すごいよね」


 何気なく紗江が口にすると、シロカダ様がニヤニヤと気持ち悪い笑みで顔を寄せてくる。


「教科書になら吾も載っとるぞ? 義経公の銀大蛇しろがねおろち退治のくだりで」


「――アレ、シロカダ様かよ!? しかも退治されてんじゃん!」


「ウチの子孫はこれを明かすと、みんな同じような反応をするの。まあ、それも愉しいのだが。

 ま、実際のところは派手にケンカしただけで、命のやりとりまではしとらんのだが、その時の事が伝わったんだろうな。あやつとは呑み友だぞ?

 ――あやつの吹く笛を肴に呑む酒は格別でなあ」


 懐かしむように遠い目をしてシロカダ様は言った。


 そんな会話を車中でしながら、源三が駆るバンは下洲を走り抜け、途中、スポーツ用品店で水着を買い揃えたが、小一時間もすれば、目的地に到着だ。


 海特有の生臭さを含んだ磯の香り。


 湿り気を帯びた暑い風が吹き抜け、テラテラとした海面の照り返しが目に眩しい。


 バンから降りた結愛は、駐車場からも見えるそのきらめきに興奮して身を震わせ、

「おっきいー! キラキラしてておっきいねー!」

 まるで海を抱きかかえようかというように、両手をいっぱいに広げて歓声をあげた。


 バンの後部座席に目隠しをして、移動中に買った水着に着替える。


 シロカダ様と源三、政は「泳いで遊ぶような年でもないから」と、そのままだ。


「やっぱりおまっちゃんは親友だよぉ」


 着替えを終えた紗江は、そう言いながら、茉莉に抱きついた。


「な、なんですか。お嬢様。その目は――」


 紗江の視線から胸を庇うようにして、真っ赤な環が不満げに言う。


 紗江や茉莉と色違いのチューブトップにたっぷりのフリルがついていて、胸が目立たない造りになっているというのに、その胸部装甲は圧倒的破壊力をもって、そこにそびえている。


「べっつにぃ。見て、おまっちゃん。あれが超弩級だよ。大和かな? 武蔵かな? わたし達スワンボートとは、作りからちがうね」


「おヌシ、さらっとワシも傷つけとるからな?」


 抱きつかれながら、茉莉はジト目で応える。


「結愛はどっちー?」


 ピンクのワンピース水着に着替えた結愛が不思議そうに問いかけ、環がほらみた事かと視線を送ってくる。


「結愛は……結愛はねえ、ヒヨコさんかなー?」


 紗江はくすぐって誤魔化す事にした。


 きゃっきゃと楽しそうに声をあげる結愛。そのまま抱えあげて肩車する。


「さあ結愛、行くぞ! 海に突撃だー!」


「突撃だー!」


 浜辺に向かって駆け出す二人に、残された面々は呆れたように見やり、互いに苦笑して荷物を持つと、その後を追った。





 今朝、渋っていたのが嘘のように、紗江は海を満喫した。


 環との遠泳競争に負けて、腹いせに胸を揉んで怒られたり、結愛を浮き輪に乗せて沖に突き出した岩礁まで探検に出てみて、心配させた環に怒られたり、茉莉とシロカダ様が刻印を用いて作った、崩れない砂の城を崩そうとしてムキになり、魔法まで使おうとして、環に怒られたり。


 ――タマ姉、怒りすぎじゃね?


 せっかくの海なのである。ハメは外してナンボだろうに。


 さんざん遊び倒して、時刻も昼下がりとなり、紗江達は源三と政が確保してくれていたブルーシートに戻ってきて、お昼にする事にした。


 環と源三が買ってきてくれた海の家の料理が、安っぽい見た目に反して、ひどく美味しそうに香る。


「ところでさ、何度見ても、源さんと政さんのその格好……ぷぷっ」

 粉っぽい焼きそばを頬張りながら、紗江は忍び笑いを漏らす。


 角刈りの政とロン毛を後ろで束ねた政。二人はサングラスに膝丈のチノパン、目に鮮やかなアロハという出で立ちで、まるでバカンス中のヤクザ屋さんといった風体を醸し出していた。


 車内でもさんざんいじり倒したのだが、海をバックにブルーシートの上というシチュエーションが、紗江にはすごくツボだった。


「えー? 源さんはかっこいいよー?」


 結愛がプラスチックのカレースプーン片手に、不思議そうに主張すると、源三は照れたように自身の刈り込まれた頭を撫であげた。それからニヤリと不敵に笑い、紗江を見る。


「お嬢、それならお嬢は子分侍らせた組令嬢って事になりやすぜ」


 源三の反撃に、政がブッと噴き出す。だが紗江はというと、

「え? マジ? 長ドスとか機関銃とか持った方がいい?」


「なんでノリノリなんですか」


 環が困ったように嘆息する。


 シロカダ様はといえばビール片手に、茉莉と一緒にスマホをいじっている。


 アプリゲームでもしているのかと思ったのだが、しばらくすると不意に立ち上がる。


「来た来た来たぁ!」


 ガチャでレアでも来たのだろうか。やたらハイテンションでガッツポーズ。


「今年は当たり年のようじゃの! 残っとって正解じゃった!」


 茉莉もまた、鼻息荒く、テンションが高い。


「――政、カメラの用意だ! 急げ! 来るぞ!」


 そう言いながら、シロカダ様は沖合を指差す。


 途端、真っ青な空に白い縦線が走り、まるで扉が開くように、内側から押し開かれていく。


 そこから突き出て来たのは、巨大な――あまりにも巨大な構造体で。


「――来たぞ! 帝竜だ!」


 シロカダ様が興奮しながら、その名を告げた。

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