第28話 一年生 初夏
具足姿の
進路を塞ぐ小型や中型の魔物は鳴刀で切り捨て、その生死を確認するのは、背中に掴まった紗江の役目だ。この半月ほどで自然と決まった陣形。
具足の進撃速度に徒歩では追いつけない為、紗江は咲良の胴丸に鎧われた背中に掴まっているのだ。小柄とはいえ元服を経た女子一人を背負っていても、咲良は風を巻いて突き進む。
回廊の曲がり角から大型種属の髑髏武者が姿を現すが、咲良は速度を落とさず鳴刀を一閃。膝裏を砕いて仰向けに転がし、また走り出す。
『――咲良様、次の丁字を左じゃ』
(……これが咲良様の本気)
二年前のあの時より、さらに洗練されているように思える。
普段から中層に来ていて慣れている上に茉莉の誘導があるとはいえ、恐るべき進撃速度だ。
先に踏み込んでいた
(けど、その十五分の間に、舞ちゃんは怖い思いをしてるかもしれないんだ)
具足の無い紗江は、今はただ邪魔にならないよう、咲良の背中に張り付くばかり。
『
退路確保の為に大型種属も手負いにして来たが、それが不要になったと茉莉が告げる。
「
『ああ、もうすぐ腕章の発信地点に着くはずじゃが……そこを右で、突き当りをもう一度右じゃ』
指示された地点に辿り着き、紗江は咲良の背中から飛び降りる。
『あった。左前方!』
そちらを見ると、なにかに食い千切られたような腕章の端切れが散らばっていて。
「
「――はいっ!
響き渡れ、
魔道器官が鈴の音を奏で、高音を響かせて
魔道強化を行えるようになった紗江の独自の応用技だ。
これがある為、より緊急性の高い中層探索に紗江が選ばれたというわけだ。
回廊を覆い尽くしてなお広がった
「ダメです。この辺りには居ません。
瘴気が濃いという事は、魔物が多いか、それを生み出す場があるか。
舞が魔物に追われているのだとしたら、魔物の瘴気も手がかりになる。
「物部、聞いたな? この先、直進で逃げ込めそう、あるいは戦いやすそうな立地は?」
『ある。誘導するから進むのじゃ』
紗江が再び咲良の背に飛び乗るやいなや、咲良は地を踏み割って加速する。
衣笠舞は後悔していた。
級友を助ける為に行動した事もそうだが、なによりクラス主席程度で満足して、自分がデキる気になっていたことに。
御家に伝わる魔道の技を過信していたと言っても良い。
上層ではなんら問題なかった。
ひとりで狼型三体を同時に相手取る事もできたし、一対一なら陣笠武者だって倒せた。
だから調子に乗っていたのだろう。
『
頭に叩き込んだ地図を頼りに、
だが、その時にはもう舞は魔物の群れに囲まれていて、逃げられなかった。
共に転移に巻き込まれ、気づけば転移先の中層だ。
装束を引き裂かれながら、なんとか囲みを突破し、どちらが上層への道かもわからないままに駆け出した。
まだ訪れる事はないと、中層の地図を覚えてなかった事も悔やまれる。
こうなってしまうと、すべての行動が悪手だったようにさえ思えて、舞は大声で叫びだしたくなった。
走る。とにかく走る。
共に転移に巻き込んだ魔物だけではなく、中層の大型種属、髑髏武者までもがすぐ後を追ってきている。
急げ。とにかく急げ。
背後から伝わってくる瘴気は、いまや怒涛のように膨れ上がり、当初の魔物だけでなく、多くの魔物が自分を追ってきているのがわかった。
中層の濃い瘴気の所為か、呼吸が苦しい。魔道器官がうまく稼働できない。
曲がり角を曲がるたび、不意打ちのように火精を浴びせているが、焼け石に水。薙刀で斬りつけるも、押し寄せる魔物の群れに、獲物はあっさり呑み込まれてしまった。
魔法を使う余裕は与えてくれそうにない。
顎が上向いてきて、肺が必死に酸素を求め、いがらっぽい
涙が出てきた。
やがて回廊の幅が広がっていき、気づけば舞はホール状になった場所に出ていた。
視線をせわしなく巡らせて逃げ道を探し、そして絶望する。
「……嘘でしょう?」
止まってしまいそうな脚を叱咤して、それでもなんとか歩を進める。
だが、道はどこにもないのだ。
壁際に追い詰められ、舞は咄嗟に
次いで結界を張って押し寄せる魔物に備えた。
公家である事に胡座をかき、誰かに守られる前提で組み上げらた衣笠の魔法。
それを嫌って攻性魔術に打ち込んだ舞だったが、この雪崩を打ってひしめく魔物を前に、なす術もなかった。
ただ、結界が破られないよう、多重に喚起しては端から破られていくのを繰り返していくだけ。
当初は二メートル以上あった魔物との距離はじりじりと縮まり、いまや一メートルを割ろうとしている。
赤く照らし出されたホールに、鈍色に輝く甲殻を持つ魔物達が、黒色の涎を垂らして迫ってくる。
「……やだぁ」
とても自分のものとは思えない、かすれた声がこぼれ落ちる。
ゆらゆらと揺れる魔物の赤い眼が追い詰めた獲物を品定めしてるように思えた。
「――誰か助けて!!」
息の限りに張り上げた声。
なかなか割れない最後の結界に業を煮やし、大型種属の髑髏武者が歪な刀身を振り上げて。
――鈴の音が聞こえた。
ホールに飛び込み、即座に状況を把握した咲良が、手甲に紗江を乗せて吠える。
「――跳べ! 穂月!」
「はいっ!」
投げ飛ばされて宙を駆け、足元に集う魔物の群れを見やりながら、その中心でうずくまる少女の姿を確認。
「――響け!
最初から全開で開かれた
着地。そして旋回。
鈴鉄扇を頭上に掲げれば、髑髏武者の歪刀が今まさに振り下ろされ、紗江は左足を下げて四肢に力を込めてそれを受け止める。
魔物の濁流の対岸で、咲良が鳴刀を振るい、まるで波濤のように小型種属が舞い飛ばされるのが見えた。
「アァァァ――あ――――ッ!」
原初の唄に乗せて、強化された身体が歪刀に込められた力を反らし、巨大なそれが地を抉った。
くるりと身体をひるがえし、鈴鉄扇を右手に持ち替えて一振りすれば、凛と鳴って扇が開く。
「よく頑張ったね。もう大丈夫!」
紗江がそう声をかければ、舞は安堵から涙してその場にへたり込んでしまう。
「あと少しだけ頑張って。
――大丈夫。わたし達がきっと守ってみせる」
「あ、あぁあぁ……」
言葉にならない声で頷き、舞は結界を貼り直した。
紗江と髑髏武者の視線が真っ向からぶつかり合う。
(――こいつ、やろーってぇのか?)
威圧するように目を細め、紗江は歯をむき出して笑った。
『――
インカムから流れる茉莉の声援を受けて、紗江はさらに魔道器官を高鳴らせる。
連続する鈴の音は、いまやひとつの金属音となり高く高く響き渡る。
重厚な足音が響いて、天恵が駆る<若葉
後方にいた髑髏武者の群れがそちらに向かい、天恵は鉄杖を振るってそれらを迎え撃った。
咲良が退いて中型種属を群れから引き剥がしに誘導を始める。
紗江は目の前の髑髏武者を睨み、水平に扇を構える。
背後に
できる気がした。
やれると思う。
「――誰かを守る為なら、わたしはッ!」
鈴の音と共に魔道器官から
――それは助けを求められる誰か……
髑髏武者が歪刀を横薙ぎに振るい、半身の紗江は扇で受けて上方へ反らす。
――それは報われることのない願い……
『ア――』
音程の違う二重の原初の唄が奏でられ、紗江の身体を
――それは嘆きを越えて差し伸べられる、ただひとつの想い……
たたらを踏んだ髑髏武者は、脚を振り下ろす勢いを乗せて、歪刀を振り下ろした。
瞬間、魔道器官が裏返る感触。
切り替わったのを実感する。
「目覚めてもたらせ
詞に従い光が胸に収束し、紗江は迫る歪刀を見据えて唄い上げる。
下から扇を振り上げて、歪刀に振れた瞬間、要から親骨へ指を反らす。
歪刀に押されて扇が閉じられていき、それが扇の骨による多段打撃となって歪刀を削り――へし折った。
折れた歪刀の切っ先が弧を描いて壁に突き刺さり、打ち負けた髑髏武者が後ろに倒れ込む。
紗江の身体がくるりと回る。閉じられた鈴鉄扇が再び開き振り下ろされた。
――凛と、鈴の音が響き渡る。
髑髏武者まで一直線。
「――
太鼓が打ち鳴らされ、笛の音が彩る。
「ハッ!」
髑髏武者に肉迫した紗江は、鈴鉄扇を横薙ぎ一閃。
硝子が擦れるような不快な悲鳴をあげて、髑髏武者の首が落ち、それらを取り囲む魔物達も、燐光となって霧散していく。
ガラガラと甲殻の残骸が残されて転がり落ちる音が周囲に響いた。
鈴鉄扇を腰元に下げて残心する紗江を、信じられないというように呆けて見つめながら。
舞は張り詰めていた糸がぷつんと途切れるのを感じた。
「あなたの……名前、は……」
手を伸ばすが、意識が闇に沈んでいく。
奏でられる鈴の音が、ひどく心地よく響いた。
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