飛び込め長野県に
お前の水夫
飛び込め長野県に
最初に大事だと思うことを書いておく。
・若いうちに、出来れば学生のうちに馬鹿な冒険に出た方が良い。普段やっている馬鹿じゃなくて、本当に冒険に行った方が良い。一緒に行ってくれる仲間が居たら最高だと思う。
学生時代は普段から馬鹿な事もしていたけれど、本格的に馬鹿な冒険に出られるのも学生の内だけだと思う。
実は弾けた無謀な挑戦というのは、人をより魅力的にしてくれる事がある。突然変異的に人を成長させてくれる事があると思う。
今回はそういう事についての話で、その為にこんなタイトルが付いている。
これは私の話では無い。こんな立派な経験をしていたら、今頃私はこんな場所で誰にも知られない様にヒッソリと技能訓練を積んでいたりはしないのだ。
今回の話は私と職場の上司が、仕事の合間にN氏から聞いたものである。
N氏は変わった半生を過ごしている男である。学生時代は英国貴族の留学生(女子)とコミケに行ったりする仲だったクセに、卒業後は探偵社に就職して『Get Wild』を歌いながら倉庫街をジョギングして自分を鍛えていた様だ。
ちなみに貴族女子は帰国して別の人と結婚した後も便りはくれるらしく「BL買って送れ」などと元気で幸せな様子がうかがえる。
探偵社は早めに退職したようで、その後は『借金の取り立てに同行して、後ろで債務者を脅すアルバイト』をしたり、食べ歩きの本を書いたり、ラノベ作家をしたりしていたらしい。
作品が書けなくなると、しばらく女性のヒモをして食べさせて貰ったこともあるという。女性とは別れたとのことだが、固くなってしまったコンドームを何とか使う為にゴマ油を使用したことがあるようだから、中華風になりたくなかったというのが本音だと思った。
今では雑誌の記事を書く仕事を貰いながら、おそらくゲームのシナリオなんかを書いて暮らしていると思われる。
あれは確かルポを書くために、コネでISILの人を紹介してもらったら、ヒズボラの人が来てしまって「往生した」「これだとネタにならない」なんて言っていた件より前だから、食べ歩きの本を書いていた時代の話だったと記憶している。
N氏他2人の計3名は雑誌の企画の為、登山装備に近い大荷物に大量の水と食料を持って長野県の山中に分け行ったのだ。
地図とコンパスを頼りに進み、携帯電話はほぼ圏外という人跡未踏の地は、近所が東京都であることが信じられない土地である。
長野県と言えば電車の扉を手で開けないといけなかったり、最近では大麻栽培を行っていた秘密の村が見つかったりするという割と危険な土地でもある。
私個人の感想としては長野県は北海道より人間の手が入らない土地の割合が多くて、武田信玄と上杉謙信にしても結構な田舎大名だし、他県に勝てる要素が不遇自慢しか無いと思っている。
なんてことをある人の送別会で言ったら、主役の方が長野県出身者だったりしたので周囲から猛烈な突っ込みを貰ったりした。
脱線してしまったので話を元に戻そう。
彼らの冒険の目的は『
この山頂の山小屋みたいなエッセイを読んでくださっている方々の中には『
そして日本国内でと言えば『ツチノコ』の人気が断トツ(断然トップの略なんですこれ)であると言える。雑誌が思い出した様にやるのも当然だという気がする。
かくして、お金は雑誌社に出して貰いN氏達の冒険は決行された。
私と隣で聞いていた上司は、既にこの段階で自身の腹筋の強靭性について、下方修正を施している真っ最中だったことを白状しておく。
N氏
見つけるのが不可能に近いのに見つけた後の事を考えている時点で、
長野県といえば比較的『ツチノコ』の目撃情報も多く、それは
しかし我々は、コンパスと地図だけで、そんな場所に行ってしまう行為自体を舐めていた事を思い知る羽目になった。
まずN氏達は仕事でそこに行っていたが、具体的な成果としてどの程度の期間そこに居なければならないか、という見積もりが甘かった。であるから程なくして持ち込んだ水と食料が尽きた。
私と上司をファンタジーワールドに叩き込んだ地獄のサバイバルはここから始まる事になる。
冷静に考えればN氏
しかし変なテンションで盛り上がり、一種の職業意識というかプロ根性に支配されていた
想像し難い方もおられると思うので、先に説明しておきたい。
当時は携帯電話は在っても、地図の表示については大量のパケットを消費するためスタンダードなガラケーでそれを行うのは難しかった。iPhoneの初期型が出る前の話で、更に殆どの場所で電波が入らない上に、充電をどうするのかという問題が在って、企画を続行するためには全てを原始的な手段に頼らざるを得なかったのである。
『寝る場所』という点で言えば確保は出来た。テントだって寝袋だって持っていたし、グランドシートが有れば結構快適に過ごせる事もある。
しかし冒険開始当初からだと思うが、虫刺されだけは
ランボーにまでかぶれていた
次に食料なのだが、N氏達は『河魚を取って』どうにかしようとした。ただし釣竿なんかは持っていない。
N氏達は『抜き手』で魚の捕獲に挑んだのだ。
正直な所、私だったらこの段階で山狩りによる救助活動にGOサインを出している。
しかしN氏達は、人体と自然の不思議な力によってこの状況を克服してしまう。餓死する前の段階で、彼らは本当に手掴みで河魚が獲れるようになってしまう。
「人間は必要な事なら、頑張れば何でも出来る」
N氏は私にそう言ってくれるのだが、それは単純に『野生化』と言うのではないのかと思ったし、私はこの冒険の続きが聞きたくて何も言えなかった。
最後の重要な問題は『飲み水の確保』ということになるが、ここでもサバイバルに関するニワカ知識が炸裂してしまう。
N氏達は『靴下』に砂利を入れた簡易フィルターをまず作った。それで河の水を
そこまでやったというのにN氏達はその水を飲んで当たってしまう。下痢が収まるまで相当の苦しみが在った事と思う。
長野の水系の内、飲んじゃ駄目な奴を選んでしまったか、または砂利が良くなかったのかもしれない。
こういった色々な失敗があったにせよ、とにかく冒険行の延長は成された。
そしてすっかり野生児と化していたN氏達は『行動範囲が飛躍的に延びる』という恩恵も受けて、本格的に『ツチノコ探し』を開始してしまう。
しかしここまで自然に同化して
N氏達がある日発見したそれは『大麻の群生地』だった。全員が職業柄アングラな知識に明るかったという理由もあってすぐに分かったそうだ。
程なくして、そこが群生地などでは無く明確に畑だと一行は気付かされる。初見殺しのボウガンの様な罠が要所要所に設置されていた為だ。つまりどういった人種なのかお察しの人達の手が入っている。
この場所には誰かが来ている。しかも割と高い頻度で来ていると思われる証拠がある。
ここに来てようやくN氏達は企画続行を断念することになった。
地図でおおよその位置を把握していたN氏は、下山した後に警察にその事を報告してからこの企画を終わらせた。
一応記事の方は書いたのかどうか聞けば良かったのだが、私はうっかりしていて聞くのを忘れてしまった。
こういった冒険そのものは、ある人は顔を
N氏は冒険に行く前から『違う世界の人』っぽい雰囲気は持っていたけれど、冒険の後からさらに恐いもの知らずな面も増えていて、面白い記事が書けそうな人物になって行くというのは、こういう事なのではないかなと感じた次第だ。
ここまで長々と書いてしまったが、そろそろ終わりにしようと思う。
誤解が無い様に言っておくと、私は長野県に対して悪意や嫌悪感は持っていない。あそこはアングラと伝説が支配している面はあるし、S字カーブで車が雪に突っ込んで支社の上司が出社不可能になるし、山梨の温泉地の方が遊べるんじゃないかなと思う所もあるし、人口が少ない所為でISPなどから見捨てられつつあるという可能性はあるにせよ、それでも魅力的な土地だとそう考えている。
飛び込め長野県に お前の水夫 @omaenosuihu
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