その1【生活】がくるしい

 生まれた我が子を最低でも大学に行かせるだけのお金を用意してやれそうにない。

 子を授かるに際して掛かるお金のそのすべてを、なにからなにまで払いきる自信が私にはありません。それだけの稼ぎを、私は得ていないのです。さらに言えば、今後病気や事故などによって働けなくなる可能性をゼロにすることは、どれだけ努力をしても無理でしょう。

 人生が上手く行かなくなったとき、傍に愛する我が子が居たらと思うと、どうしようもなく悲しい気持ちになります。


 よしんば私の生活水準が向上し、いわゆる裕福な暮らしをさせてあげることができたとします。しかしそれでも、少しでも貧乏であると感じさせてしまう可能性はゼロにできません。なぜなら、その生活水準においてもやはりそれよりも裕福な暮らしをするご家庭というのは在り、そこと比べると貧乏を感じさせてしまうからです。どれほど子にうちは裕福な方だと言い聞かせようとも、思考まで制御することはできません。


 よそはよそ、うちはうち。それはそうかもしれません。しかし我が家より豊かな暮らしをできる人が居るというのは現実として在るわけです。我が子が「貧乏だな」と少しでも感じてしまえばそれは子に不幸を与えたことになる。それには耐え難いのです。

 上ばかり見ていても仕方ないと思うかもしれませんが、下を見せて「あれよりはマシだ」という親になりたくないのです。まして自身のこれまでの努力不足を棚上げにして「うちは貧乏だから我慢しなさい」などとは絶対に言いたくありません。そもそも、どこかと比べるというのなら日本における貧困層……それこそ最底辺のご家庭でも、海外の食うや食わずの子供よりはまともに暮らせていると言えば違いなく、じゃあそこと比べて「うちはとても幸せだ」などと言うのは、ただの逃避です。


 我が子がなに不自由なく暮らせる家庭を恒久的かつ持続可能にしなければ、私には産ませる権利がない。それこそ私が今死んでも、子が大学を卒業するまで生活と学業、部活、趣味に困らないことが確約できるほどの財産がなければならないと、そう思うのです。

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