第2話 「発見」
2021年7月21日、午前5時30分。埼玉県にある草加警察署に一本の通報が入った。通報者は60代の男性。
朝早くから愛犬と散歩に行くのが習慣だというその男性が、いつも行っている公園で休んでいる時に発見した。
公園の広場にあるベンチに座った際、愛犬がベンチの後ろに向かって鳴き始めた。男性が後ろを向くと、二つの真っ黒いものに気づいた。気づいてからすぐ、それが何か分かった。
こうして男性はすぐさま警察に通報した。これが一連の流れだ。
「人が、真っ黒こげな人が…」
通報した男性の声は、終始怯えたように声を震わせていたという。
__________
「宮本さん、着きました」
運転席に座る
「うるせぇな、まったく」
宮本は舌打ちをし、車のドアを思いっきり閉めた。太陽の日差しが顔を照らす。手で遮りながら、向かいにいる四谷の方を向く。
「現場は」
「あちらです」
四谷が手で方向を示す。宮本たちが乗っていた車のフロント部分から、ずっと真っすぐの方面に階段が見える。階段を上がった先には、柵で囲まれた広場が見える。
「あそこか」
宮本が確認するようにつぶやくと、四谷が「はい」と反応した。二人は前方へと歩き始める。
宮本たちがいるのは公園の駐車場だが、宮本たちの車以外はない。宮本は腕時計を見る。6時33分。多くの人がまだ眠っている時間。こんな朝早くからここに来ているのは自分たちぐらいしかいないのは当然だろうと宮本は思った。
四谷の顔を見ると、表情が固まっている。いつもの四谷とは違う、宮本はそう感じた。
いつもは大きな声で元気よく挨拶をしてくる。挨拶だけでなく、返事もそうだ。大きな声に思わず耳をふさぎたくなり、「うるせぇ!」と注意をしたことがある。しかし、何度やっても直ることはなかったから、宮本はあきらめた。
現場への移動中は、天気やら今日の運勢やら、今ハマっているアニメとかいろんな話題を持ってくる。人とコミュニケーションをあまりとらない宮本にとっては鬱陶しいと感じていたが、時には積極的にコミュニケーションをとろうとする姿勢に尊敬の気持ちを抱くこともある。それに四谷の笑顔を見ると、なんだか可愛がりたくなる、そんな気持ちになるのだ。
しかし、今日の四谷は違っていた。挨拶は活気がなかったし、返事もどこか上の空のようだった。ここに来るまで、四谷から話を振ってくることもなかった。言葉が飛び交わない空間は慣れているのだが、四谷とではなんだか居心地が悪かった。
四谷はこれから見るものに恐れている、そう感じた。宮本は四谷の肩を強く叩いた。四谷はひどく驚き、短い悲鳴を出す。
「何するんですか!」
「そんなにビビってんじゃねえよ」
宮本がそう言うと、四谷は不安そうな表情で見つめる。
「だって俺、こういうのは」
「そんなに怖いか」
「ふつう、怖いでしょう。俺は宮本さんみたいに強くないですから」
その言葉を聞いて、宮本は足を止めた。
「強い、か」
宮本は、誰にも聞こえないようにつぶやいた。しかし、前を進む四谷が振り返った。
「何か言いましたか」
「なんでもねえ、行くぞ」
宮本は歩く速度を速める。
―俺だって、怖いさ。
宮本は心の中で弱音を吐いた。
階段を上がり、広場に着くと見慣れた景色が視界に映った。「立ち入り禁止」の規制線が張られた領域内で何人かの鑑識が証拠品集めと現場撮影をしている。
宮本たちは彼らの元へ向かう。近くにいた鑑識の一人が気づき、挨拶する。
「こちらです」
鑑識が案内する。規制線をくぐると、二体の死体が仰向けに横たわっていた。高い木々から生い茂る無数の葉が作る黒い影の中で、ひと際目立って見える。
「こりゃあ、ひどいな」
宮本は思わず声に出してしまった。曲がったままの腕や足。縮れた髪の毛に、大きく開いた口。火に焼かれ、苦しみ続けて死んだのと思わざるを得なかった。
宮本は死体の前で屈み、手を合わせる。数秒間、目を閉じた後に隣にいる四谷を見る。四谷の表情はますます悪くなり、後ろを振り向いた。胸ポケットからプラスチックの袋を出し、その中に口を突っ込んだ。それから、四谷のうめき声と共に、袋に何かが流れ込む音が聞こえてくる。
「やっぱりな」
宮本はうずくまっている四谷の背中をさする。四谷は袋を持ったまま、「すみません」とただ謝っていた。
「俊。今日はいい。だが、今後はもうない」
「はい」
「お前は、悪人を捕まえたくて刑事になったんだろ。なら、たくさんの死体を見ることになる。お前が一番見たくない焼死体もな。そんなのは、もう覚悟できてたはずだ」
宮本がそう言うと、四谷はただ静かに頷いた。
四谷は袋の口を縛り、ゆっくりと立ち上がった。
「宮本さん、ちょっと待っててください」
四谷は死体がある反対の方向を指さす。公衆トイレが見える。宮本がうなづくと、四谷は駆け足でそちらに向かった。
宮本は二人の死体に向きなおる。二人の死体の周りを見て気づいた。念のために、近くの鑑識に尋ねる。
「火を起こす道具はないよな」
「はい、ないです」
「そうか、ありがとう」
宮本は鑑識に礼を言う。考えた通りだと思った。通報の話を聞いた時から、現場には何も出てこないと考えていたのだ。
その時、後ろからこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。振り向くと、四谷だった。
「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です」
「問題ない」
宮本は四谷の肩に手を置く。トイレから戻った四谷の表情には笑顔が戻っていた。
「何か分かりましたか」
「ああ、他殺で間違いないな」
宮本がそう言うと、四谷は驚いたような声を発した。「自殺」とでも考えていたんだろう。
「通報を聞いた時から、おかしいと思っていたんだ。ここで焼け死んだとしたら、その前に火事で大騒ぎになってただろう」
「確かに」
「それなのに、死体の周辺は燃えた形跡なんて一切ない。あろうことか、火を起こす道具も見つかっていない」
「それって、つまり」
「誰かに焼き殺されて、ここに捨てられた。そうとしか思えん」
「そんな。でも、だとしたらなんでこんな人目につく場所に捨てたんでしょうか」
四谷の疑問に宮本は頷く。
「だって、こんなんじゃ自滅行為じゃないですか。人目につかない場所に放置すれば、バレることなんかないのに」
そう言った四谷の頭を宮本は小突く。刑事がそんなこと言っちゃいけない、咎める気持ちからの行動だった。四谷は小さな声で「すみません」と謝った。
「普通の人間なら、殺した後は人目に付かないような場所に隠そうとする。山とか海に投げ捨てるとかな」
「でも、こんな人目に付く場所に捨てた」
「ああ。こいつは快楽殺人犯だろうな」
「え、そうなんですか」
「世間の反応を見て楽しんでんのかもな。こんな残虐な方法で殺した自分は世間からどう思われるかって、考えると気分がいいんだろうな。意味がわかんねぇ」
「聞いたことがあります。放火犯が自分が火を付けた場所に現れる、そんな感じでしょうか」
「まあそういう感じかもな」
宮本は自信なさげに返事をする。殺人犯の考えていることなんか理解できない、だから自信が持てなかったのだ。
「気になるんですけど、焼き殺すという方法を選んだのはなんでですかね」
「強い理由があるのさ。過去の事例で言うと、人が焼ける匂いが好きって理由で何人も焼き殺した奴がいる」
「何ですか、それ」
「動物の肉は焼くと、うまそうな匂いがしてきて、食欲がそそられるだろう。人間ならどんな感じなんだって、好奇心を抱いたんだそうだ。だから、実際に行動に移しちまった。知人の一人を絞殺して、死体を焼いた。その時に出てきた臭いを嗅いで、とても興奮したんだそうだ。それから、肉も食ったらしい」
「そんなの、想像したくもありません」
「実際はゴムみたいに弾力があるし、生臭くて美味しくなかったんだそうだ」
宮本がそう言うと、四谷の表情が悪くなっていくのが見て取れる。
「その場に凶器があったからそれを使った、それが大半だ。ナイフがあれば、それを。花瓶があれば、それを。ただ命を奪えればいい、殺人の手段なんてそんなもんだ。だが、こいつらには、それ以外の理由もあるってことだ」
「じゃあ、この二人を焼き殺したのには、殺人以外の意味があるってことですか」
「そうさ。他人の幸せを壊したいから、とかな」
宮本がそう言うと、四谷の表情が険しくなった。
「そんな。殺人だけでも十分悪いことなのに...」
四谷は怒りをはらんだ声を出した。失言をしてしまった、宮本は心の中で責めた。思い出させてはいけない、そんな気持ちから宮本は話の路線を変えようとする。
「とにかく、犯人の手掛かりを追わないとな」
「はい。ですが、ここら周辺には監視カメラなんてありませんし」
「こんなにでかい公園だっていうのに、なんでないんだか」
宮本は大きくため息を吐いた。
「まあ、まずはこの二人の身元を調べようや」
「そうですね」
二人は目の前の死体の前に屈む。死体に向かって、もう一度黙祷をした。
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