二人の王子
はる
二人の王子
ヨシュアとルヴェルは兄弟だった。ふたりは幼い頃大変仲が良く、いつも一緒に森へ小鳥を見に行ったり、家で絵を描いたり歌を歌ったりした。
お互いがいれば幸せだった。
弟のヨシュアは家ではルヴェルのあとをついて回ったが、一度森に入れば、ルヴェルよりすばしっこく木の間を行き来し、すぐに鳥を見つけた。兄のルヴェルはゆっくりとした足取りで森を歩き、澄んだ空気を胸一杯に吸い込んでから草笛を吹くのが好きで、その自信に満ちた足取りはどこにいても変わることがなかった。
思春期に差し掛かっても、ふたりは良き相棒のままだったろう。もしもふたりがごく普通の家庭に育っていたならば。
「ルヴェル、乗馬の練習は進んでいるかね」
老いた王は銀のスプーンをスープ皿に沈ませながら尋ねた。
「ええ、今日乗ったシンシアはよく言うことを聞いてくれますよ、お父様。」
「お前は腕が良いからな」
ルヴェルはちょっと微笑んでパンを口に運んだ。
「ヨシュアは……今日は何をしたのかね」
ヨシュアはおずおずと顔を上げて、
「……森へ」
「おお!狩りか」
「いいえ……葉を拾いに。それと、懇意にしている動物の具合が悪そうだったので様子を見に……」
王は少し悲しそうな顔をして、それ以上は何も言わなかった。
ヨシュアは泣きそうになって慌てて俯き、スープを口に運んだ。
その様子を見ていたルヴェルは何か言いかけたが、ヨシュアがそれ以上みじめな思いをしないようにと思い直し、聞いていないふりをした。
ふたりはとある国の王子だった。王はなにかにつけ有能なルヴェルに目をかけ、大人しいヨシュアのことを忘れることがしばしばあった。
そのこともあって、ふたりが一緒にいることは少なくなっていた。
喉にせり上がった熱い塊を落ち着かせるため、ヨシュアは城から出た。門扉をくぐったとたん、足元にぽとりと染みができた。
泣いている姿を誰にも見られないように(とはいっても門番には見られたのだが)、ヨシュアは裏庭まで走った。彼は庭に一本だけ生えているモミの木にもたれて涙を拭った。
――やっぱり父さんはルヴェルのほうが好きなんだ。もし僕が父さんであっても、乗馬が上手で勉強もできるルヴェルのことが好きだろう。動物や植物が好きなだけの、いくじなしの息子なんていらないに違いない。
考えれば考えるほどに、胸から熱い塊がおしよせてきて、喉の奥で潤み、涙となって目尻から押し出された。
「ないてるの」
シャボン玉のように可愛らしい声がして、ヨシュアは驚いて顔を上げ、キョロキョロとあたりを見回した。
「なみだって銀細工みたいでとてもきれいね」
ヨシュアは背中の木の裏に小さな女の子が座っているのを発見した。
「……ナリエかぁ」
ナリエは門番の娘だ。耳の後ろから飛び出たみつあみをぷるぷると揺らしてナリエは笑った。
「びっくりしたでしょ。こうやって、しずかーにしずかーに歩いてきたんだから。」
つま先立ちをして慎重に歩くのを誇張するナリエを見て、ヨシュアは思わず微笑んだ。
大人に何度「王子には敬語を使いなさい」と教えられてもよく飲みこめない(あるいは飲みこまない)この小さな子は、いつもヨシュアの話し相手になってくれるのだ。
「ヨシュア、今日は鹿に会いにいかないの?」
「夜の森はお客さんに優しくないんだ。だから今日は僕と一緒に家に帰ろう。」
「ヨシュアって慎重なのね」
「ナリエは難しい言葉を知ってるんだね」
手を繋いで裏庭の細道を通り、門番の家までナリエを送り届けると、彼女の母親は恐縮して何度も頭を下げたが、ナリエはそんなことを気にせず「バイバイ」と手を振った。
ヨシュアも手を振り、城へと戻ると神に祈りを捧げ、眠りについた。
ルヴェルの手は意外にも頑丈だった。
もう少しほっそりした指なら、弦楽器も管楽器ももっと上手く演奏できたのに、と彼は楽器に触れるたび考えるのだった。
例えば――ヨシュアの手のように。
彼は土や自然に触れるから、どちらかといえば僕の指のほうが入り用かもしれない、とルヴェルはヨシュアの泥だらけの手を思い出し、我知らず微笑んだ。
ヨシュアの、あの暗く美しい金髪、小動物のように純粋な瞳、はにかんだような笑顔……その全てを彼は愛していた。
「王子」
弓の指導者の声で、ルヴェルは我に還った。
「……すまない。考え事をしていた」
「王子はご多忙ですから無理もありません。」
弓の指導者は引き続き、弓を引くようルヴェルに促した。
放たれる矢。一陣の風の後、みごとに的の中心部に突き刺さる。
「すばらしい。もう教えることは何もないほどです。王も、あなたのような跡継ぎに恵まれお心安らかなことでしょう」
「……どうかな」
弓なんて嫌いだ。こんな奇妙な形の道具の使い道といえば殺戮だけなのに、これをそんなにありがたがる意味がわからない。……ヨシュアの愛する動物たちも、どれだけこいつのせいで命を落としたか。
そんなことをルヴェルは口にはしない。跡継ぎの口は不自由なのだ。
自分がなんでも器用にこなすことをルヴェルは知っていた。やれと言われたことはやってのける、その場にふさわしいことを述べ、本心は隠す。
ルヴェルは、そんな処世術に小慣れた自分を心の底から嫌っていた。
「今日の舞踏会、楽しみねぇ」
「ほんと。王子様方が初めてご出席なさるものね」
「どちらも美形だけど、私はルヴェル様派ね。生意気そうだけど、どこか影のある表情が素敵」
「あら、ヨシュア様派のあたしへの宣戦布告と受けとっていいのかしら?待遇の悪さばかり取り沙汰されているけど、その逆境にあってあの無垢さを保ち続けているのは強いわよ」
広間のざわめきを前にして、ヨシュアは早くも頭痛を感じ始めていた。広間にいるたくさんの人間の、あちこちへと飛び交う思惑が知らず知らずのうちに躰に入ってくるのだ。
大人は得てして心を隠すのが上手だが、ヨシュアは幸か不幸か、仕草や眼の色から本心を読み取ってしまう。決して美しいとはいえない、淀んだ色も多い。さっきも、「お会いできて光栄です」と握手を求めてきた貴族の男の視線が、母親の形見のブローチへと一瞬絡みついたのに気づいてしまった。
舞踏会なんて好きな人がやっていればいいのに、不器用な僕がわざわざ駆り出される意味がわからない。
眉間を押さえるヨシュアを、少し離れたところからルヴェルが見ていた。
彼は人が集まる場面では、昔から人混みが苦手なヨシュアを庇い率先して社交的に振る舞っていたのだが、最近はそういった行いが正しいのかわからなくなっていた。
私は彼を守ろうとしすぎたのかもしれない。
彼が最近私を避けるのはそのためなのだろうか……。
楽隊が脇の扉からするすると入ってくると、広間は静かになった。
高揚感のある静寂ののち、音楽はすべり出す。
王子二人は一段高い席に着いているのを好まなかったから、早々にフロアに降り立った。
すかさず目立たない隅に向かおうとするヨシュアに、女性たちは次々に声をかけた。
上手く断ることもできずに、積極的な一人の女性の手をとる。すると人の波が割れ、あれよあれよという間に中央に誘導された。
「あの、えっと」
「大丈夫、身を委ねてくださればいいわ」
男性役のはずなのにどう見ても導かれているヨシュアを、ある人は微笑ましく見つめ、ある人は嗤った。
ルヴェルは嗤った人間の元に向かい、「他人を眺めていないで踊ればよいではないですか」とにこりと笑いかけた。その貴族がそそくさとその場を立ち去ると、周囲の女性はルヴェルを喜ばしげに取り囲んだ。
「さすがですわ、ルヴェル様」
「わたくしと踊ってくださらない?」
ルヴェルは悠然と微笑んだ。
「お声かけくださってありがとう。でも私は手を取らねばならない人がいるのです」
残念がる女性陣に背を向けて、ルヴェルは歩き出した。
ヨシュアの心は限界を迎えていた。
ただでさえ上手く踊れないのに、こんな大勢の前でだなんて地獄だ。精一杯体を動かしても、音楽と動きがずれる。女性と歩調が合わない。
呼吸が乱れる。頭がくらくらする。心臓がそれ自体別の生き物みたいになって喉を塞いで、内側から破裂しそうになったそのとき、ひんやりした何かが腕に触れた。
なんだろう、すごく落ち着くこの感触は――。
「深呼吸して」
柔らかい声の言うとおり、息を深く吸って、吐く。
途端に脈が激しい主張を止めた。
いつの間にか音楽は甘やかな調子に変わっている。
「これは練習だよ。大丈夫、自分の躰に感覚を任せるんだ」
「わ、わかった」
ヨシュアは俯いたまま、相手の手を取り、ステップを始めた。
ぴたりとついてくる相手にヨシュアは驚いて、
思わず顔を上げた。
「……ルヴェル!」
彼はくすくすと笑った。
「男性同士、それも兄弟でだなんてご法度だろう。でもご覧、周りの驚いている顔を。あれは君が見違えるように踊っているのにびっくりしているのさ。」
「で、でも、ルヴェル、こんなことしたら君が」
「そんなことを君が考えなくていいんだよ。疲れたろう、外に出よう」
ドアに近づくと、気を効かせた召使いが外へと扉を開いた。
舞踏館の庭へと降り立つと、ヨシュアはへなへなと座り込んだ。
「怖かった……!」
「無理もない。あれだけ人がいれば緊張するよ」
ヨシュアはルヴェルを見つめた。
「……ありがとう、助けてくれて。……君には昔から助けられてばかりだ」
ルヴェルは何気なさを装って訊いてみた。
「嫌かい?」
「……昔は嬉しかったよ。兄さんが僕を助けてくれるたび、なんだか心がほわっとした。……今でもそうかもしれない。でもね」
ヨシュアは息を継いだ。
「ずっとこのままだといけない気がするんだ。僕だってもう13だし、強くならなきゃって思う。……全然上手くいかないけど。すぐ泣いてしまうし、何をやっても筋が悪いし」
ルヴェルは驚いて思わずヨシュアの肩に触れた。
「何をやっても筋が悪いだって!?君ほど動物に懐かれる人は見たことがないよ。子どもにも好かれるし、木の葉を少し見ただけで木の種類や具合まで見抜くだなんて常人にはできない。もっと自分の出来ることに目を向けてごらん。……それに君は、自分の弱さを隠さない。僕には到底できないよ。だから僕は君を尊敬する」
ルヴェルが僕を尊……!?
ヨシュアは驚きのあまり目を見開いて固まってしまった。
そんな、そんなこと考えてもみなかった。
いつだってルヴェルは先を歩いていて、なんでもできて、優しくて。僕のことは憐れみで心をかけてくれていると思ってた。
こんなにも僕の長所みたいなのを見つけてくれていただなんて……。
「……戻れるかい?」
「……うん。もう大丈夫。練習だもん、そうでしょ?」
ヨシュアはきっぱりと立ち上がって、ルヴェルに手を差し伸べた。
ルヴェルは微笑み、その手を取って立ち上がると、二人は会場の扉を力を合わせて開いた。
「はぁ、素敵だったわ……」
「誰も予想だにしなかったわよあの展開は」
「戻ってきたヨシュア様、別人のようだったわね」
「ええ、堂々と踊ってらしたわ。優雅に繊細に」
「何を話されていたのかしらね……」
「お二人にしかわからない何かがあるんだわ、きっと」
招待客が帰ってしまった後、王はヨシュアを呼び止めた。
「ヨシュア。今日の踊りは素晴らしい出来だった。努力したのだね。私はお前の良さに気づいていなかったのかもしれない。……今まで悪かった」
「いいんです、父上。あなたが気にかけてくれないことで悲しい思いもしたけれど、私は全てを赦しましたから。」
王はヨシュアを眩しそうに見つめた。自信のなさを消し去った彼は、光を放っているように見えた。
見違えるように変化したヨシュアは、それから勉強も体を動かすことも好きになっていった。
不器用を言い訳にしていただけだったのだな、とヨシュアはしみじみと思い返した。今だって得意とはいえないけれど、嫌々やっていたころよりずっと成長した。
ルヴェルともまたよく話すようになったのが嬉しい。
それでも、彼は何か大事なことを心に秘めている気がする。それが何かはわからないけれど。……話してくれなくていい。でも、いつか打ち明けてくれたら僕は全力で相談に乗ろう、とヨシュアは心に決めた。
そんな折、王が病に倒れた。
病床に呼ばれたヨシュアとルヴェルは、医者からもう長くないと聞き、悲しみを押し殺しながら王のそばにひざまづいた。
「よい、わかっている。私はもうじき死ぬのだろう。……その前に話しておきたいことがある。」
王は二人に、兄であるルヴェルが王位を継承すること、財産は王位を継がないヨシュアに余分に分けることなどを告げた。
「……それでよいかな?」
二人は神妙な顔をして頷いた。
王の言葉に逆らうことなどできなかった。
ヨシュアに不満はなかった。彼にとって王位も財産もあまり重要ではなかったから。
そっとルヴェルのほうを伺うと、彼の顔は白く、どこか苦悶に歪んでいるように見えた。
ヨシュアにはその理由が分からなかった。
ほどなくして王は死んだ。
葬儀が終わると、ルヴェルの戴冠式の準備が始まった。
ルヴェルは暗い顔をすることが多くなっていった。
ヨシュアはルヴェルを笑わそうと冗談をよく言った。するとその時はにこにこと笑うものの、一瞬あとには思案に沈んでしまうのだった。
ルヴェルがそんな調子だから、ヨシュアもなんだか落ち込んでしまって、城は活気を失った。
企みが静かに進行するのに、その状態はまさにうってつけだった。
「ルヴェル王子!あなた様の暗殺計画が進行していたようです!」
「近くの居酒屋の2階で密談をしていたところを取り押さえました」
「首謀者はヨシュア王子だとその者たちは申しております!」
ルヴェルは顔面蒼白になって、城に駆け込んできた従者たちをひたと見つめた。
「それでお前たちは、首謀者がヨシュアだと本気で思っているのか」
「いえ、しかし……」
「そうではないという証拠もありません。ヨシュア様はこの事件をお聞きになり、自ら地下牢へと降りていかれました」
「下がれ」
有無を言わせない口調に従者はびくりと肩を震わせ、頭を下げると広間から出ていった。
私をよく思わない連中がいることは知っていた。その者たちが私の王位継承を阻もうとしても仕方がない。しかし許せないのは――ヨシュアの名前を出したことだ。
ルヴェルは痛みに耐えるように俯いたあと、屹然と顔を上げると広間を突っ切って走った。
力づくで扉をこじ開けると、馬小屋に入りシンシアの枷を外すやいなや飛び乗り、牢獄まで飛ぶように駆けた。
「そこを開けろ」
「しかしルヴェル様……」
「開けろと言っているんだ。ヨシュアは通したのに、私は通さないつもりか」
「……わかりました。従者を一人つけます。それで勘弁してください」
ルヴェルは頷くと、地下牢へと続く階段を駆け下りた。
ところどころランプがついているだけの、薄暗い小路を進む。どんつきに檻が見えた。
「ヨシュア!」
「兄さん」
そこには確かにヨシュアがいた。
彼の頬には錆がついていた。
「どうしてこんな……こんなところ、早く出よう、そら、今開けるから」
「いいんだ。……僕は気づいてしまったんだ、僕という存在自体が兄さんの王位継承を脅かすことに。弟ってそう見られやすいでしょう。今回みたいに、知らないうちに担ぎあげられたりして、兄さんの命まで危険に晒して。……僕がここにいれば、そういった輩が兄さんの命を狙うこともなくなる。」
ルヴェルはぼろぼろと大粒の涙を流した。
「馬鹿だな、ヨシュアは……。なにもそこまでしなくてもいいのに。私の命を狙う輩は建前はなんだっていいのさ。君が犠牲になることなんかないんだ。それに――」
ルヴェルはそこで噎んだ。やっとのことで息を継ぐ。
「それに、もしも万が一君が私の命を狙っていたとしても、そんなこと気にしない。君の入れた毒なら喜んで飲み干そう。君の刃に貫かれたとしたら、抵抗せずに血に染まろう。君の手にかかって死ぬなら本望だ」
「なぜそんなことを言うんだ兄さん……!」
ヨシュアは最初唖然としていたが、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「……兄さんがそんなに自分の命を粗末に考えているのは、もっと他に理由があるからだろう。なんらかの原因があなたを苦しめていて、少し自暴自棄になっているのかもしれないね。だからって僕の手にかかって死んでもいいだなんて、そんなのあなた自身にも、僕にも失礼だ。本当のことを話してくれないか」
ルヴェルははっとして、嗚咽を止めた。
「……気づいていたのか」
「あんなにわかりやすく落ち込まれて、僕が気づかないと思っていたの?」
ヨシュアの真剣な視線を受けて、ルヴェルは話すときが来たと観念した。
「……僕はね、ヨシュア。王になりたくないんだ。僕にとって王になるための勉学や修身は苦痛でしかなかった。王の職務にも興味はなかった。……小さい頃からずっと叶わぬ夢として胸にしまってきた願いがあってね。」
ルヴェルは恥ずかしそうに俯いた。
ヨシュアは片時も彼から目を逸らさず、彼から出る本心の言葉に耳を傾けていた。
「……楽器を片手に、世界中を回りたかったんだ。旅芸人のように。」
ヨシュアは目を輝かせた。
「なんて素敵な夢なんだろう。兄さんは昔から草笛が好きだったし、いろんな楽器を弾いたり吹いたりして楽しんでいたものね。」
ルヴェルは目を伏せた。
「小さい頃に描いた他愛もない夢だと思ってた。でもこの想いを取り出して眺めてみるたび、消えていくどころかどんどんと大きくなっていってね。正直参ったよ。このままでは夢が僕自身を食ってしまうと」
ルヴェルはゆっくりとかぶりを振った。
――兄さんは世継ぎという宿命と、本当の自分の叫びとの間で引き裂かれそうになっていたんだ。
ヨシュアはルヴェルにそっと囁いた。
「兄さん、ここを開けて」
外に出たヨシュアは、肩をすぼめて小さく見えるルヴェルをふわりと抱きしめた。
「――!」
「大丈夫だよ、兄さん。兄さんの夢は僕が守ってみせる。だから兄さんは安心して、夢を追いかけてね」
ヨシュアの柔らかな声色には、いつの間にか艶やかな力強さが宿るようになっていた。
ルヴェルは肩の力が抜けていくのを感じた。
さっきとは違う涙が頬を伝った。
ヨシュアの胸に顔を埋めてルヴェルは泣いた。
階段上から差し込む青白い月明かりが、二人の上に静かに降り注いでいた。
戴冠式は滞りなく進んでいた。
金の王冠がルヴェルの元にもたらされた。
ルヴェル国王の誕生が宣言され、彼は立ち上がった。
「国王としてここに宣言する。次期国王は――ヨシュア王子。彼の戴冠式を今から行う」
ざわめく来賓席。
ヨシュアはすっくと立ち上がり、ルヴェルの元に向かうと跪いた。
この瞬間を目撃した人は語らずにはいられなかった。
王冠をヨシュアに戴冠する瞬間、ルヴェルが幸せそうに微笑んだことを。
陽の光が高窓に煌めいたかと思うと、まっすぐに王冠を照らし出したことを。
そして、新国王が立ち上がると振り返り、よく響く声で「これより、ルヴェル元国王を平民とする」と高らかに宣言したことを。
「まったく、あのお二人さんはびっくりするようなことを次々に思いつかれるのね」
「今回ばかりは私も驚いたよ。前例がないものだから」
「戴冠式の後の二人をご覧になって?いたずらが成功した悪童みたいに小突きあいっこしてたわよ」
「ヨシュア様は自然と平和がお好きだから、これから素晴らしい世になるわね」
「それに、ルヴェル様の奏でる音楽を早くお聴きしたいものだな。きっと彼の人柄のように、凛々しくも優しい音色だろう」
「きっとそうね。勇気が未来を拓いたのだわ」
二人の王子 はる @mahunna
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