見えない壁の中の世界

にのまえ

壁の中から出る方法は?

終わった"さあ行こう"と、私は目の前の国境に足を進めた。


あの日にあった目に見えない壁はなく、スーッと何事もなく普通に通れたのだ。


「ココから出られた、本当に終わったんだ」


言葉も普通にしゃべれる、あんな変な言葉使わなくていいんだ。と喜ぶ私の横でもう一つ声が上がった。


「出られた、やった……俺はコレから冒険者になってやる! ……僕とか言わず俺と言えた」 


「「やったぁ!!」」


同じ雄叫び。


私たちを変な目で見る国境警備兵なんて気にしない。

やっと出られたんだ、私は自由になった。


二度とあんな所になんて帰らない。


この日のために準備した"マジックバッグ"を肩にかけて、私は新しい日々を夢見て心躍らせた。





時は遡り八年前ーー十歳の時。

庭で転んでおでこを打ちつけ、両親に名前を呼ばれ思い出した。


"マスカレット"って乙女ゲーム『可憐な乙女』の悪役令嬢じゃない。私は死んで乙女ゲームのキャラとして転生していたんだ。


悪役令嬢マスカレットか……王立センシェル学園に通う、みんなのアイドルヒロインをいじめて国外追放か、牢屋に入れられる。


(面倒だし、悪役令嬢なんてやってらんない、今のうちに逃げてしまおう)


従者にお金を渡して国境まで乗せてもらった。いざ"違う国に行くぞ"と、足を踏み出した私の前に目に見えない壁があった、叩いても割れず通り抜けもできない。



「「――どういうこと?」」



言葉が被り"誰?"と横を見ると質の良さそうな服を着た、金髪、碧眼の御坊ちゃまがいた。彼もまた壁を叩き、通り抜けようとして壁にぶち当たり、向こう側に行けないみたい……私と同じ状態だった。


向こうは私の視線に気付き、こちらを向いた。

結構イケメンな御坊ちゃま。


「そこの君」

「……私ですか?」


壁を叩く姿が同じ。


「……」

「……」


「僕と同じだね」

「ええ、そうみたいですわね」


普通にしゃべりたい、しかし変な補正がかかり、心で思ったことと違う言葉が出てしまう。


「僕は」

「私は」


そして、お互いに名前を言おうとしたが言えなかった。

まさか、私たちの名前が重要? ……だとすると彼は攻略対象の誰か。


まだ子供だからか、私がうろ覚えなのか。

彼がどのキャラかはかわからないけど、彼も転生者なのだろう。


「まあいいわ、私の事はマナと呼んでくださる?」

「僕のことはケンと呼べ」


どうやら言えないのは本当の名前だけなよう。

違う名前は言えて、ゲームの話は普通にできた。


――どういう基準なの?


「マナ……コレは"可憐な乙女"という乙女ゲームだろう?」 


「ええ、よくご存知ね」


「前世で妹が遊んでいた」

「まあ、そうだったの」


「……」

「……」


――なんなんだコレ!


御坊ちゃまもそう持っているのか、眉間に皺がよっていた。


「ふふっ。お互いに、これから大変ですわね」

「そうだな、マナはコレからどうする?」


「私は終わるまで、やり切ろうと思っていますわ」


「僕もそれがいいと思う……ゲームが終わり僕達が自由になるのかはわからないが、お互いにやりきろう。そして八年後の同じ時刻に再びここで会おう」


「わかりましたわ……ケン」


八年後、会おうと私達は別れた。





三年後、第一王子ルクス・アンサーと婚約した。


「……」

「……」


王子との食事、ダンス、淑女としての身のこなしにも補正が掛かり、勝手にやってくれるので楽っちゃ、楽だったけど……


前世の記憶を思い出す前だったらよかった。思い出したいまは気持ち悪く感じる。あとはこの国さえ出なければ、割と自由に行動できることがわかった。


美味しいものを食べて、何もない日は好きなだけ寝て、身の周りは全てメイドがしてくれる。


(お嬢様って思いのほか、楽チンだわ)


そうだ! このゲームには魔法があった。


ヒロインが攻略対象の一人から贈られる物の中に"マジックバッグ"なんでも仕舞えるアイテムがあった。

欲しいとお父様にねだり、お金に物をいわせて買ってもらった。


「お父様、アレもソレも欲しいわ」


魔導書、薬草の本、魔獣の本も購入した。


公爵家、お金持ちは最高。

身の回りの物も、いまのうちに買わなくちゃ。





舞踏会で可憐に振る舞い、王城では完璧に花嫁修業をこなし、その裏で私は魔法を覚えていた。悪役令嬢だからか他の人よりも魔力は高いみたい。


(チートほどでは無いけど、無いよりはマシね)


お父様に頼み、魔法使いの教師をつけてもらった。


傷を癒やすヒール。

体を綺麗にするクリーン。

火を起こす火魔法。

水に困らないよう水魔法。


を次々と会得した。


「オーーホホホッ、自分の才能が怖いわ!」


後はゲームに必要な薬草の種類と、調理を覚えれば完璧。


次に――"毒"と表紙に日本語で書いたノートを準備して、お父様に頼み庭に温室を作ってもらい、そこで栽培し始めた。


他の薬草を育てては"毒ノート"にしたためる。この世界の植物は前世にあった物と、さほど変わらず。毒草の成長記録を忘れず日本語でしたためれば、誰にも読まれない私だけの"毒ノート"が仕上がる。


フフッ、私、いま悪女っぽい。





準備も着々と整い、楽しく暮らして、遂に学園が始まった。攻略対象達は次々と上目遣い、可愛い、ヒロインに落ちていく。

 

――こうも簡単に落ちるとはね……面白い。


婚約者の王子も落ち、私はゲームの通り意地悪をしたわ。教科書を破ったり、足を引っ掛けたり、舞踏会でワインをドレスにかける……。


二人でいる所に現れては、言いたいことを言う。

"私の婚約者に馴れ馴れしくしないで!" も心の中で笑いながら言ってやったわ。


でもやり過ぎると国外追放ではなく、牢屋行きになるので手加減しなくちゃね。



「完璧に準備は整ったわ」


魔法も料理も完璧、マジックバッグの内容も充実してきた。後は半年後の舞踏会――婚約破棄を待つばかりなのだけど。出られない、見えない壁は消えてくれるのだろうか。


「私は外に出て、自由になりたい……」


そう望む。

 




私は婚約破棄の日"毒ノート"を落とした。王子ルートにヒロインが進むと――ヒロインは悪役令嬢を陥れるために舞踏会で"軽めの毒"を自ら飲む。倒れたヒロインと毒を入れた袋が悪役令嬢の懐から見つかり――捕まる。


ヒロインは用意しておいた解毒剤をコッソリ飲み助かり、悪役令嬢マスカレットは王子に婚約破棄され、家族からも捨てられて国外追放になる。


そこで"毒ノート"と日本語で書いたノートを作り落とした。

どうしてこんな物を準備したかと言うと。

彼女の行いを見てきて、ヒロインも私と同じ転生者だと思ったから。


彼女に壁の説明をすれば外に出たいと思うはず。

こんな壁の中のから外に出ようと、ヒロインも誘おうと思ったのだ。


だからこの国の言葉ではなく、転生者なら読める"日本語"で書いた。




――学園最後の舞踏会が始まった。


舞踏会も終盤になりヒロインが倒れて、攻略者達と王子が駆け寄った。


「大丈夫か? 誰に"毒"を飲まされた?」


え、王子……毒判定が早いよ。

そういう機関で、毒だって調べてないと。


焦る私を他所に。

ヒロインは私を指さし。


「はぁっ、はぁ……私に毒を飲ませたのはマスカレット様です」


と、ヒロインは私が落とした"毒ノート"を取り出した。ほほう、その文字読めたのね。


ヒロインは転生者だと確定した。

しかし文字が読めないもの達は口々に言う。


「そのノートにはなんと書いてあるんだ?」

「この文字は何だ?」


「見たこともない文字です。古代文字か何かでしょうか?」


王子はキョロキョロして、ハッとした顔をした。


「そのノートに何が書いてあるんだ見せてみろ!」


王子が受け取りノートをめくり、手を口に当て、肩を震わせ、笑うのを辛抱しはじめる。


それもそうでしょう。そこに描いてあるのは某青い猫と、黄色い電気ネズミ、リンゴから生えた腰振り猫、リンゴ三個分の白猫……など、など。

 

私が描いたうろ覚えの絵。


隣のページには七草。私が温室で育てていた七草粥に使う『せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな 、すずしろ 』だ。


この世界で食べられている"パン粥"に入れて食べれば、病気をしないし、体にいいだろうと薬草を発見して温室で栽培した。


――他に発見したいろんな薬草も育てたけどね。


「これは毒で……ブハッ、……ハァハァ、ない!」


「え、嘘? 表紙に毒って書いてあるじゃない」


王子から奪ってノートを見てヒロインまで吹き出した。


「フフ、フフッ……何これ、似てない」


「下手くそ……これぞ腹がよじれる"毒ノート"だ!……クックク、はははっ!」


そんなに下手かな?

王子、まだ笑うの?


ムカッ、気付いた時には遅かった。

王子の腹をグーパンしていた。


毒で追放ではなく、王子を殴った罪で国外追放になった。ムカつくが当初の目標"国外追放"だ。


荷物を持ち馬車に乗り国境の近くで降りると。

八年前に交わした約束通り、男がトランクケースを待って待ち構えていた。


「マナ、遅いぞ」

「時間通りですわ、ケン……いま見ても、ムカつく」


「舞踏会でのグーパンは効いたぞ、でもあの絵は中々、楽しませてもらった」


「あら? もう一度、叩かれたいようね」


 腕を振り上げて追うと、彼は笑いながら逃げ回った。コレから共に旅をするのも、別々に行動するのもよし。


「壁の向こうに行こう」

「私達、壁を越えられるかしら?」


「越えられるだろ……僕たちの役割は終わった 。僕は王権を弟達に譲って、ヒロインには振られたし」


「フフッ、ヒロインに好かれればよかったのに」


「やめてくれないか」


あの後、ヒロインは一緒に過ごしてきた幼馴染を選んだ。ココにとどまり彼と結婚するそうだ。


「行こう」

「行きましょう」


国境から足を出そうとして止まる。

本当に外に出られる?


「止まるな。行くぞ、マナ」

「ちょっと待ってください、ケン!」


ケンに手を引かれて壁を越えて、私達は乙女ゲームの世界から外に出た。夢見ていた外の世界は、あまり変わり映えしなかった。


でも、壁の外に出られたと感動が大きい。


「外に出られたぞ、俺はもう王子じゃない!」

「私も悪役令嬢じゃない!」


「「で、壁はどうなった?」」


二人で手をだすと、赤文字で"関係者の方以外立ち入り禁止"と、どデカく日本語で現れた。


「はははっ、俺達は用済みか」

「ええ、用済みね」


「マナ、何処に行く?」

「必要な物はマジックバッグに詰め込んであるから……何処でもいいけど、まずは街を探しましょう」


二人仲良く外の世界を歩いた。

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見えない壁の中の世界 にのまえ @pochi777

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