第18話 それぞれの道


鋭い眼球の奥深くに宿す哀しみの炎が蒼々と燃えギり別人のように成り果てた哀れな男がひとり――――自ら望んで手に入れた神の力。この道が、どんなに過酷であろうとも越えねばならぬ修羅の道がある。それが、どれほど辛く血反吐を吐こうとも叶えなくてはならない願いがあった。


――――愛しい人の幸せの為に。彼女が泣くことなく暮らせるイシズエを築く為に、この身を盾に守ろうとする左近はの思いは何よりも強く固いものだった。左近の願いは遅かれ早かれ迎える命の灯火まで赤黒く染め膨大な力となり現れた。


そして何時か、その命が終を迎えても彼は永遠に祈り続けることだろう。


「…別人…だね」


ボソリと呟く璃羽の声に逸早く気づき颯雅はイサめた。


「言葉を慎め璃羽」


「ちっ!!」


舌打ちし地べたを強く踏みしめる。


「分かってるさ!分かってるから余計に腹ただしいんじゃないか!!」


俯き哀しみ色に染まる藤色の瞳。その瞳の中に映る唯一の大切人の姿――――。


「…もう後戻りは出来んのだ!そう誓ったであろう?この戦で多くの仲間が死んで行った。我らがトムラってやらねば誰が奴らの救いになろう」


優しい声音で接するも颯雅もまた、変わり果てた左近の姿に瞳を伏せ一抹の不安を隠せずにいた。


「――――何事も起こらねば良いが」


流れが変わりつつある気の淀みに、ざわめき立つ胸を抑え颯雅は璃羽と共に左近を出迎えた。


眠る千鶴姫の身体を優しく揺すり声を掛けた。左近が切りつけた傷は既に消え、姫は己が傷つけられたことすら知りることはない。


「あなたは何も知らなすぎなのです」


小さく呟いた久乃の声は哀しみに溢れていた。この大きな悲しみの連鎖を止める術は、ただ一つ。姫達の辿る宿命は大きすぎる、か弱き者小さな肩には背負いきれないほどの生命イノチが2人の姫に託されている。どれほどの犠牲が出るか計り知れない戦が幕を開ける前に、何か打つ手はないのだろうか?


いっそのこと全てを無に返す秘術を姫自らが使ってくれたなら――――。ふと悪しき思考に胸が跳ねた。


――――秘術。代々受け継がれし鬼の血を引く者のみが使う事が出来るとされている奥義がある。その力は絶大であるが故に命の保証はできないという。


全てを無くした姫を見てきた影虎。久乃は影虎の姫への純粋な愛が本物であることを知っていた。そしてまた、そんな影虎に自らが惹かれていたことも――――。


密かな願いと想いがあったからこそ影虎の密偵となる道を選んだ。どんな情報も一言一句逃すことなく伝え姫の1番の従者として寄り添い支え、時に姉妹のように接してきた久乃だからこそ、分かることがある。


千鶴姫の小さな変化に、一筋の導く光があることを――――。


たしかに姫は弱いけれど·····守られるばかりの存在ではなく、底知れぬ真の強さを内に秘めていることに影虎は誰よりも早く気づいていたのだ。


『万に1つの賭けのような力であろう?』


あの時、影虎は含みを持たせた言葉を久乃に投げ微笑みを浮かべてい


もし千鶴姫に何か起これば久乃の命も無事では済まないことは、きっと誰もが気づいているだろう。


そうなる前に、なんとしても良い解決策を見つけたかった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

茜雲の泣く頃に cherryblossom @cherry1619

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ