第17話 懐かしい香り

あの手鏡は·····今も手元に大切に保管してある。――――あの日、老婆と別れた私を兄様達は叱ることなる受け入れ優しく迎え入れてくれた。


幼い記憶の欠片の一片が、懐かしい香りを呼び起こし脳裏が痺れた。


「あの香り·····どこかで·····」


老婆から感じた懐かしさ·····麝香ジャコウのような香り。―――幼い日の記憶の断片を、ゆっくりと結び合わせていく·····私は、誰から生まれ、何処から来たのだろうか?兄達とは、何時から一緒に居たのかさえ薄ら覚えで、ハッキリしない記憶。思い出そうにも、どうにも上手くいかず頭の片隅で靄がかったように、フワフワとした何かに包まれ思い出せない。それ、ばかりか思い出そうにも深い靄が邪魔をし行く手を阻み頭痛までも引き起こした。


(明らかにおかしい·····?)


1つの疑問が脳をよぎる。―――私は、本当に久乃という人なのだろうかと·····。何時からか、感じていた違和感。大人になるにつれ、自分の存在を疑うことはなくなったが幼少期は、常に心の片隅に抱いていた。微かな疑い。――――己の本当の姿を、誰もが隠そうとしている。


久乃の、不安を煽るように立ち込めだす煙が、強引に久乃の思考を正常なものへと導き戻し、当たりを渦巻く無数の敵兵に怒りが込み上げた。


「悩んでる暇は与えてはくれぬようだな」


(―――今はまだ、ミナの動向を見守ろう。真実を見誤ってはならない。·····親方様と景虎様の言葉をけして忘れず、己の信じた道を進もう。私が悔やんだところで兄様を救うことは難しい·····ならば今は千鶴姫を守り行く末を見守ろう·····)


立ち込める重たい空気を自らの心に背負い。久乃は前へ進む決意を固めるのだった。


煙と炎が村を包み悲鳴轟トドメく魔の瞬間――――。怪しく光る双方が2つ。


逃げ惑う人々を他所に歪な音色を口ずさむ。



華も消えうる僅かな時に


首をもがれた哀れな鳥が


悲し悲しと鳴いている


紅い花、散った

蒼い華、咲いた


紅月夜カゲツヨ蝶華チョウカが狂い咲き零れた雫は紅く散る


流る紅は美しく笑うは華には毒ひとつ



「このウタさぁ、あの馬鹿女にピッタリだと思わん?とくに首をもがれしってとこさー」


黒銀の衣に身を包んだ女の姿が、ひとり燃え盛る炎に照らされた映し出される。


「哀れな女の最期を表したようですね」


奥から姿を表す影は同じく黒銀色の衣に身を包み軽やか足取りで女に近付くと柔らかな笑みを浮かべた。


颯雅ソウガ早かったな」


璃羽ルリハセカかされましたからね」


2人の笑みが交差し消えゆく村を見つめる。


――――そこへ禍々しいき黒き力を手に入れた左近の姿―――――。


「…成功したようだね」

「ええ。凄まじい力を感じます·····」


身の毛もよだつ左近の風貌にぞわりと身震いし2人は――――何処か悲しげな表情を浮かべるのだった。






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