第16話 愛しき人
久乃の胸に憎しみの種が一つ――――また一つと増え埋め込まれていく。
大切な家族が運命という歯車に飲み込まれ宿命と闘う術を身に纏い、偽りの崩れた醜い愛の形を作り上げた。
切なくも、儚い狂喜の渦まく反乱の世へと身を委ね己を奮い立たせ奈落の底へと突き進む――――――――。
兄をそうさせたのは、自分自身だと気づくまで、そう長くは掛からなかった。
兄、佐近の歪んだ愛情は子供ながらに久乃も右近さえも気づいていた·····。
そして三者三様、誰もが見て見ぬふりをし言葉にすることを恐れ蓋をした。
「――――私は自ら蓋をして別の殿方に想いを寄せる事で兄様を忘れようとした·····」
気づいてしまった
あの日から·····。
久乃の中でも変化が起き、溢れる記憶と佐近への想いに胸の奥が痛んだ。
お互いの気持ちに気づき関係が変わり運命が動こうとしていた最中、突如として佐近は久乃と右近の前から姿を消した。
誰よりも賢く
誰よりも優しく
誰よりも繊細で
誰よりも思いやりに溢れた人。
――――――そして
誰よりも愛しい人
佐近は久乃と右近を傷つけることを避け、自ずから離れ距離をとることで大切な二人を守ること選んだ。
自らが犠牲になり
反逆者として苛まれようとも
そして違う自分を演じる事で
愛する者達が幸ある人生を歩めるように、切に願いながら―――――。
大切な家族だと思っていた関係が変わってしまったのは、何時からだろう?
左近兄様は優しかった――――。
左近兄様も右近兄様も私のことを特別に扱ってくれていた。それは、私が女で弱いからだと悔み泣き、日々の鍛錬に精が出た。そして·····それが兄様達の私への過剰なまでの甘さが、生んだ過ちの始まりだった。
私達は本当の兄妹のように切磋琢磨し成長していった。2人とも私を守り片時も離れず、どんな時も傍にしてくれた。
あれは―――七つの頃。1度だけ交わした見知らぬ老婆との約束。
あの日、私は兄様達と喧嘩し泣きながら森を彷徨い何時しか迷子になっていた。
その時、深い森の奥から黒づくめの老婆が会わられ私の手を引き導いてくれた。
―――――遠い昔の記憶―――――
『よいか。そなたの存在は、絶対に知られてはならぬ!そなたの存在が何時か明るみになった時·····災いが世界を覆い闇の時代が訪れる。この国の行く末を左右するのが我が身なのだと、しかと肝に命じ、戦乱の悪しき時を生き抜くのじゃ!何時か必ず、そなたの時代が訪れる·····我ら一族は、皆そなたの心の内に住んでおる』
老婆が私の髪を撫で、とても切なそうに目を細めた。そして小さな箱に納められ藤色の布に、大切そうに包まれたものを私へと差し出した。
『けして·····けして、忘れてはならん。この手鏡は、今後そなたの命を守る剣となる。生涯、大切にせよ』
その老婆は、黒い頭巾を目深にかぶり顔を隠しながらも、どことなく懐かしさの感じる声音で、そう言うと、まるで
何時しか私は屋敷の近くまで着ていることに気がついた。老婆へ感謝の言葉を掛けようと振り向いた時、そこに老婆の姿はなくぼんやり見える月明かりの中、闇の中へ吸い込まれるように老婆の後ろ姿だけ眼に焼き付いて中々、放れなかった。
私の手の中には老婆から手渡された細かな細工が施された美しい手鏡が握らされ老婆の残り香だろうか·····
ふわりと鼻腔を擽る、甘い香りが漂っていた。あの老婆は誰だったのだろう?
手にした手鏡を見つめ私は、老婆の言葉を復唱し胸へとしまい。この手鏡は誰にも知られず大切にしようと心に誓った。
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