第15話 偽りの器

何れ程の時、刃を交えていただろうか?


一向に勝負はつかない·····。


―――――そう―――――


勝敗など、つくはすがないのだ。


久乃が佐近に敵うはずもなく、ただ遊ばれているにすぎない―――――。



「ねぇ。ひー。今からでも遅くないからさぁ仲間になりなよ~。そしたら可愛い妹だし助けてあげるよ」


「断る!!」


「――――ふーん。残念·····。そっかぁ·····なら·····もう、いらないや。そろそろ良い頃合いだしね」


ヒョイヒョイと久乃の攻撃を交わし身軽に体を翻し、久乃の背後に回り込み耳元へ唇を寄せ囁いた。


「弱気者には死を―――そして安らかななる悠久の眠りを与えん」


華奢な体からは想像も出来ない腕力で久乃は体を羽交い締めにされ、あっという間に身動きを封じられ、ねじ上げれた腕から力なく刀が落ちていく。


「·····くぅっ·····」


容赦なく首を締め上げられ苦しさに涙が滲んでいく。


―――死―――


脳裏に浮かんだ一文字。


必死に抗おうと手を伸ばすも酸欠状態の脳では思考が定まらず意識が遠退く。


「·····に·····さ·····まっ·····」


薄れ行く意識の中。垣間見えた兄の顔は醜い笑みで歪み、伸ばした掌は虚しく空をきり落ちていった。


意識を手放した久乃を佐近は優しく、そして強く抱き締めた。


「――すまない。久乃を守る為だよ·····」


そっと呟く佐近の眼に先ほどまで見せていた冷酷さはなく、そこにある姿は遠い昔の優しき兄の姿だった。


「·····んっ·····」


すると木陰で眠っていた千鶴姫が軽く身動ぎ吐息を漏らす。


「·····はぁ·····。ほんっと正直あんたの存在自体が好ましくないんだよね。でも今はまだ、その時じゃないから·····。久乃を預けておいてあげる」


久乃を静に地面に横たえ髪に触れ、そっと耳朶に唇を寄せた。


―――そして。


「――――お前が好きだよ。誰よりも大切だと想ってる·····だから。お前を守るために俺は鬼になる。お前と右近と共に生きるために·····あの人が残した国を取り戻す為に」


久乃を、もう一度、強く抱き締め佐近は、強く強く願いながら、ゆっくりと千鶴へ近付くと眠る姫の首元に一瞬の迷いもなく刃を当て傷を付けた。


首元から赤い雫が溢れ流れ出る。


―――じゅるっ


佐近は、それに舌を這わせ赤い雫を自らの唇に纏わせた。


―――ゴクリッ


喉をならし姫の血を飲み干していく。


姫の血液が佐近の体内へ流れカァッと痛みにも似た強い刺激が脳内を駆けめぐり攻め立てる感覚が身体中から溢れだし細胞が色めき立った。


脈打ち熱が溢れ快楽の渦が身体を支配し佐近は姫の血に適合し眼の色が次第に紅へと変わっていく―――――――。


「――――――くっ·····くくくっ·····ははははっ!すごい!すごいぞ!力がミナギる!!溢れる!!」



鬼の血に、身も心も奪わし優しき兄の姿を隠した佐近の姿が狂喜に満ちた雄叫びを上げ狂った花を咲かせた――――――。


作られし自らを滅ぼす力を手にした傀儡

の姿が哀れにも儚く美しい月夜に照らされ狂喜の笑い声が夜の闇に響き渡る。


千鶴姫の血を身に宿した佐近から優しき笑顔は消え、冷淡なまでに冷えきった眼差しで遠くを見つめ悪しき思惑を胸に、左近は、その場を離れる―――――――。


愛しき人の姿を心に止めるも、振り返る事なく己れの野望と欲望の欲するままに、呪われし姫君と刺し違える覚悟を胸に抱き、その与えられし命の宿命を、過酷な道のりだと分かっていても尚、愛してやまない久乃と大切な家族である弟、右近の為に鬼として生きる事を選択した―――――。



――――哀れな鬼の末路は如何に·····?


「どんな困難な道であろうと俺は二度と振り返らない。俺が二人を守ってみせる」


ふわりと鼻腔を擽る炎の香りに佐近が不敵に笑い。静かに闇夜へ消えた。


その切ないまでに悲しく強い、兄の後ろ姿を久乃は、うっすらと戻りかけた意識の中で見つめ届かぬ手を佐近へと伸ばす。


――この手は、もう兄へは届かないのだと。そっと伸ばした手が届くことはないと分かっていても伸ばさずにはいられなかった―――――――――。


儚い願いが久乃から消えた。


佐近への思いが願いが

絶望へ消えた瞬間。


「·····さ·····こん·····兄·····さまっ·····行かない·····で·····」


ボヤける視界の端から佐近の姿が消え、苦しさ故か切なさ故か、どちらとも言えない心の雫が止めどなく流れ落ちた。


それを止める術はない。


止めることすら諦めてしまった。


声にならない悲鳴を上げ、まるで子供のように泣き叫びながら久乃は己れの不甲斐なさに身を苛まれ傍らで静かに眠る千鶴姫を睨み付けた。


「·····貴女さえ·····貴女さえ居なければ!!」


強く拳を握り締め地面を力一杯、叩きつける―――何度、何度も·····。


固く握られた拳から血が滲みチリリと焼けた胸の痛みが黒い影の根を植え付けた。



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