・エピローグ:「あたしのサンタさん」

 2021年が終わり、2022年が訪れた。


 年末の、ヘルマッド・ベアー博士が画策した、クリスマス粉砕作戦。

 それは、Mr.Xの活躍により阻止された。


 事件は大きく報道され、世間をそれなりに騒がせはしたものの、人々は穏やかなクリスマスを過ごし、そして、新たな1年を迎えた。


 その新しい1年の最初の朝を、香夏子は、峠の上の展望台から見つめていた。


 あれから香夏子は、忙しかった。

 事件について警察から根掘り葉掘りたずねられたことはもちろん、Mr.Xの行方の捜索やら、ヘルマッド・ベアー博士に改造されてしまった自分の身体を元に戻す方法を探すのやらで、慌ただしかった。


 だが、年が明ける前には、香夏子は警察から解放された。

 何度目かの取り調べのための呼び出しに応じて出頭した香夏子だったが、どういうわけか、取り調べに入る前に解放してもらえたのだ。


 その原因は、すぐにわかった。

 警察署を出てきた香夏子を、Miss.ジェーンが、行方知れずとなっていた香夏子の愛車のKAWASAKIのバイクと共に待っていたからだった。


 どうやら、警察にはMiss.ジェーンが手をまわしてくれたらしい。

 そんなことができるのならもっと早くして欲しかったと香夏子は思ったが、Miss.ジェーンが自分の愛車を見つけ出してくれたこともあって、素直に喜ぶことにした。


 それから、Miss.ジェーンに、香夏子はMr.Xの行方についてたずねた。


 あれから、警察や海上保安庁などが出動し、ダンプトラックの残骸の引き上げや、Mr.Xの行方の捜索などが行われたのだが、結局、Mr.Xの行方は、[彼がその場所に存在した]という痕跡も含めて発見できなかった。


 遺体がないということは、うまく逃げてくれた可能性もある。

 香夏子はMiss.ジェーンがMr.Xの行方を知っていることを期待していたのだが、しかし、Miss.ジェーンは妖艶に微笑んだだけで、返答ははぐらかした。


「うふふ。……サンタさんなら、お仕事を終えて、サンタの国に帰りましたよ」


 前向きに考えれば、それは、Mr.Xは無事で、どこか、彼の居場所に去ったということだと思える。

 だが、直接自身の目で無事であると確認できない香夏子には、やきもきとした気持ちだけが残った。


 実を言うと、Mr.Xだけでなく、現場で警察に逮捕されたマッド・クロースも、ヘルマッド・ベアー博士の行方も、わからないのだ。

 クリスマスの夜の事件をマスコミも大きく報道し、数日の間はその話題で世間は持ちきりだったが、どういうわけか香夏子が警察に「もう来なくても大丈夫」と解放された辺りから急に、報道されることもなくなったし、ネット上での書き込みなども激減している。


 まるで、すべてがなかったことのように。

 裏でなにかがあったのに違いないと思わされるような出来事だったが、香夏子にはそれを調べる術はなく、とにかく、警察から解放されたことを喜ぶしかなかった。


 香夏子は、ヘルマッド・ベアー博士にナノマシンを注入され、サンタコスの改造人間、[Miss.X]に変身できるようにされてしまった。


 その問題については、Miss.ジェーンから変身を制御する方法が伝えられたおかげでとりあえずどうにかなっているが、自分が改造人間のままというのは変わっていない。

 というのは、香夏子の体内に入り込んだナノマシンを完全に分離する方法はなく、おそらくはヘルマッド・ベアー博士には、一度改造した人間を元に戻すつもりがなかったのでは、ということだった。


 つまり、香夏子は、下手をすれば一生、このままだった。


 香夏子は、前向きに考えるようにしている。

 Miss.Xへの変身は制御できるということがわかったし、変身した状態の香夏子は超人的な身体能力を発揮し、普段の自分ではとても制御できないような大型で重量のあるアイアン・ルドルフをぶっつけ本番で制御できたほどだったが、日常生活では元の香夏子と同じ容姿・身体能力になることができる。


 自分は、特撮やアニメの変身ヒーローのような力を手に入れた。

 香夏子は、そう思うことにしていた。


────────────────────────────────────────


「ねぇ、みよちゃん。サンタクロースって、実在すると思う? 」


 峠の展望台から初日の出を見つめながら、ポツリと、香夏子は同じチームに所属する後輩、みよにそんなことをたずねていた。

 まだ大型バイクの免許を取れておらず、元旦のツーリングにカブで参加していたみよは、自分の方を見ずにサンタクロースを信じているかどうか聞いて来た香夏子のことを、気色悪そうな視線で見つめ返す。


「香夏子センパイ。どうしたんすかいきなり? ……なんか、年末にサツとトラブってから、変ですよ? サツの奴らになんかされたんすか? 」


 その口調は、今までメルヘンチックなことなど口にしたことのなかった香夏子の豹変ぶりを、心底気味悪がっているものだった。


「あー、うん、どうだろうね? ま、警察にはなんもされてないよ。大丈夫。ただ、ちょっと、サンタクロースって、いるんじゃないかって思うんだよね、最近」


 香夏子は後輩の正直な反応に苦笑しつつ、人差し指で頬をかきながら、自分も正直なところを言う。

 みよとは数年来のつき合いで、あまり隠さずに話ができるのだ。


「ええ……? センパイ、ホントに、どうしちゃったんですか……? 」


 しかし、さすがに「サンタクロースはいる」などという話をするのは、マズかったかもしれない。

 みよは、今度は心底心配するような視線で香夏子を見つめていた。


「うん、ごめん。ちょっと、疲れてるのかも」


 香夏子は慌ててそう言ってとりつくろうと、視線を初日の出の方へと向けなおす。


 だが、香夏子は、サンタクロースは存在すると、そうすっかり信じていた。


 だって、今でも、鮮明に思い出せる。

 ぎゅっとしがみついた時に感じた、たくましく、鍛え上げられた固い肉体。

 そして、優しそうだが、どこか悲しみを背負っているような瞳。


 どれも、香夏子が自分で、実際に確かめたことだった。


「うん。……あたし、やっぱり、どうかしちゃってるのかも」


 香夏子はみよに聞こえないようにそう呟くと、Mr.Xからもらった白いマフラーの中に顔をうずめるのだった。


~2021年クリスマス粉砕作戦、完~


※来年も、熊吉のムシャクシャが溜まっていたらやります!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Mr.XとMiss.Xのクリスマススペシャル2021 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ