・第14話:「さらばMr.X」
もうもうと広がった爆発の白煙がおさまり、状況がはっきりしてくる。
「クリスマ……スぅ……、粉砕ィィ……、できなかった……よォォ……」
Mr.Xの必殺技を受けてアスファルトの上にダウンしたマッド・クロースは、仰向けに大の字に倒れたまま、夜空に向かって右手をのばすと、そう無念そうにうめき、気を失ってガクリと動かなくなる。
「た……、逮捕ぉ! 」
マッド・クロースが倒されたことを理解した警察官たちは、誰かがそう叫んだのをきっかけに一斉にマッド・クロースを取り押さえるべく駆け出す。
警察官たちは、香夏子も、Mr.Xの横も素通りしていった。
どうやら、少なくとも2人が敵ではないと、警察官たちも納得してくれた様子だった。
「よかった……。これで、世界は救われたんだ……」
ヘルマッド・ベアー博士のクリスマス粉砕の野望がついえたことで安心し、香夏子は、どういうわけか感極まって涙を流していた。
「HoーHoー」
そんな香夏子に、Mr.Xはそっと、あるものを渡す。
それは、真っ白でふわもこしている、暖かいマフラーだった。
Mr.Xがどこからそれを取り出したのか香夏子にはさっぱりわからなかったが、Mr.Xがそっと優しく香夏子の首に巻いてくれたそれは、暖かくて、優しかった。
(まぁ……、サンタクロースだし、ね)
なにしろ、Mr.Xはサンタクロースなのだ。
良い子にはプレゼントがあったって、かまわないだろう。
そう思った香夏子は、赤面してしまった顔を隠すことも兼ねて、暖かなマフラーの中に顔をうずめた。
「た、大変だ!! この爆弾、時限装置つきだぞ!! 」
その時、マッド・クロースが運転していたダンプトラックを調べていた警察官が、慌てたように叫んだ。
「なんだと!? 爆発まであとどのくらいだ!? 」
「それが、あと10分程度しかありません! 」
「なんてことだ! 爆弾処理班を呼んでいる時間もないぞ!? 」
その場にいた人々に、動揺が広まっていく。
ダンプトラックの荷台には、まだ、大量の爆薬が残ったままだった。
トン単位であるのだ。
もし、それが爆発してしまったら。
東京スカイツリーの破壊は阻止できたが、被害は甚大。
今年のクリスマスは、大変な惨劇が起こった日として、人々に記憶されることになるだろう。
「な、なんだよ……っ!! 」
せっかく、うまくいったと思っていたのに。
結局、ヘルマッド・ベアー博士の野望は、成就してしまうのだ。
香夏子は押しが抜けてへなへなとその場にへたり込んでしまったが、しかし、Mr.Xはそうではなかった。
「HoーHoーHoー……」
Mr.Xはなにかを決意したようにそう呟くと、素早くダンプトラックの運転席へと駆け寄り、警察官たちに離れるようにと大きな手ぶりで示した。
「Mr.X……、なにを、するつもりなの……? 」
香夏子が腰の抜けたまま、呆然としていると、Mr.Xはダンプトラックのエンジンを再始動し、警察官たちが離れたのを確認すると、アクセルを全開にして走り出した。
その瞬間、香夏子にも、彼がなにをしようとしているのかが理解できた。
「Mr.X!! 」
香夏子は叫ぶと、急いでアイアン・ルドルフへと駆けより、Mr.Xの後を追った。
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Mr.Xは、クリスマスの夜の首都高をひた走った。
足回りにダメージがあってふらつくのをどうにか制御しながら、できる限りの速さで。
その目指すところは、もはや、東京スカイツリーではない。
Mr.Xが目指しているのは、海だった。
警察も、その意図を理解しているらしい。
彼らはMr.Xの走行を助けるために緊急配備をしき、走行ルートから一般車両を避難させるのと同時に、パトカーで先導まで行い、上空からは警察ヘリが支援する。
騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたマスコミのヘリコプターがあらわれ、日本全国へ、そして世界に向けて、その光景を実況中継していた。
人々が固唾をのんで見守る中、Mr.Xのダンプは海へ向かって走り続ける。
香夏子は、自分になにができるのか、自分がなにをするべきなのか、訳もわからずにその後を追い続けた。
ただ、目が離せない。
この出来事の一部始終をこの目にし、そして、Mr.Xがどのような運命となるのかを、確かめたかった。
やがて、Mr.Xが運転するダンプトラックは、巨大な橋へとさしかかる。
東京湾のランドマーク、東京レインボーブリッジだった。
そして、爆薬を満載したダンプトラックは、Mr.Xを乗せたまま、レインボーブリッジの欄干(らんかん)を突き破り、夜の海上へと躍り出る。
そして、ダンプが海面へと叩きつけられる、その刹那(せつな)。
ダンプにセットされていた時限装置がそのカウントダウンを終え、積載された爆薬を一斉に起爆する。
まばゆい炎が広がり、衝撃波がすり鉢状に海面を押し広げる。
東京スカイツリーを爆破し、クリスマスを粉砕するために用意された爆薬の爆発は、強力なものだった。
その衝撃波は、付近にあった建物のガラスを砕き、水しぶきを遠くまでまき散らす。
だが、それによって、誰かが傷つくことはなかった。
ただ1人、Mr.Xだけを除いて。
「Mr.X! ……サンタさんっ!!! 」
香夏子は、木っ端みじんとなったダンプトラックが消えていった暗い海面をのぞき込みながら、必死になってMr.Xの行方を捜した。
しかし、香夏子は彼の姿を、とうとう見つけることはできなかった。
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