第3話 船上

 丸一日船に揺られているせいもあって、酔いを醒まそうと廊下を歩いていたあまねはその途中で床に腰かけて息を整えた。まもなく船は桜ノ島の西側へとたどり着く。発信器のレーダーはどうなっているだろう。葵少年が島に上陸するのはすでに確認してあったが、今島で彼らがどうなっているのかはわからない。

 それに気になることもある。普は自身のズボンのポケットを軽く撫でた。そこには葵が昨日ぶつかりざまに中に忍ばせてきた名刺が入っている。船に入ってからすぐに斎藤さいとうには見せた。彼も困惑していた。

 考えてみれば、おかしいことはこれまでいくつかあった。今思えばそれらは全て根回しされた結果だったのだろう。ようやく腑に落ちた。だが、どうしてだろうと思う。長年やってきて、どうして今になって行動を――?


 ようやく落ち着いてきたところで普は立ち上がった。今のうちに作戦をもう一度見直して、あとそれから葵少年の居場所を確認しておこう。来た道を引き返してその先にある会議室のドアを開ける。広い会議室では長机をいくつも並べながら、大勢の人たちがパソコンを叩いたり、出入口のドアの正面奥にあるホワイトボードに書き込みをしていたりで、にぎわっていた。ホワイトボード近くでパソコンのキーを叩いていた丸井まるいが突如、「レーダーから消えました!」と叫んだ。

 各々、自分の役割をこなしていた人たちが一斉に丸井のパソコンへと集まる。普もすぐさま丸井のもとへ急いだ。画面上に映し出されているのは、島の全体図である。そこに先ほどまで島の入り口付近にあったはずのレーダーが消えていた。


「どこから消えた?」


 普の問いに「屋敷に入ってから」と丸井は答える。

 まさか破壊されたかと、普は考える。だが、あの時計はちょっとのことで壊れる代物ではない。耐久性も防水性も抜群のものにあえて発信器を取り付けたのだ。


「もしかしたら電波の届かないところにいったのかもしれない」

「それってどこよ」


「地下だったら届かないが」眉をひそめ腕組みをしながらつぶやいたのは斎藤である。


「しばらく動向を見守っていよう。各自、一度持ち場に戻れ」


 斎藤の号令で言われたとおり、皆しぶしぶ持ち場に戻った。彼は普の姿を認めると「船酔いは大丈夫か」と聞いてきた。


「はい、まあなんとか。すみません」

「いい。気にするな。こんなところに一日も揺られていればおかしくもなる。とりあえず任務達成が第一条件だから、無理はしてもらうが」


 斎藤が言い終わらないうちに、またも丸井が叫んだ。今度は

「レーダー復活しました!」


 再び集まろうとする仲間たちを制し、斎藤は画面を見る。普も一緒になって覗き込んだ。レーダーは島の中央にあった。屋敷からは少し距離があった。


「中央といったら、桜の大樹があるところだな。だとしたら隠し通路が存在していたのか」

「みたいですね」


 やがてレーダーは素早い動きに変わる。走っているように見えた。一瞬止まって、また動き出す。そんなことを繰り返していくうちにレーダーの動きが変わった。走っているにしてはやたら速いスピードで一気に西に向かっていく。普たちは目を見張った。


「車か?」

「そんなものがあったの?」

「わからない。けど、たしか島ではバスを見かけたことがある。誰かが運転しているのかもしれない」


 バスはものすごい勢いで西へと向かっていく。斎藤が慌てたように号令をだした。


「操舵室に緊急連絡! すぐに西の方へ――」


 斎藤が言い終わらないうちに、何か。この部屋にあるはずのない音を普の耳は捉えていた。普はすぐさま斎藤と丸井の腕を強く引いて後ろに倒れる。直後に銃声が鳴り響いた。丸井の座っている椅子が激しい音をたてて倒れ、彼女の足元でからまっているコードが引っ掛かり、引っ張られるかたちでパソコンがテーブルから落ちた。普はすぐさま起き上がって発砲した相手を見る。そこにいたのは、内山うちやまだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る