第8章
第1話 再会
約束の日に対策の会の場所には
「1か月ぶりですね。今回も実のある会談を期待しております」
「はい、こちらこそ」
葵少年が差し出した手を、
「いえ、ここでお待ちしております」
固い声の響きはロボットを思わせた。こりゃ永久に仲良くなれそうにないなと察した普は、今度こそ葵を引き連れて建物へと入る。彼をそのまま以前も彼を通したことのある、2階の会議室へと向かわせた。
部屋にはすでに先客がいた。
「いえ、水で大丈夫です」
葵少年が答えた。内山が普に視線を向けてくる。普はうなずいて彼を部屋からだした。
葵はそのまま歩いていくと、空いている2つの椅子のうち、テーブルの片側に1つしかない椅子に腰を落ち着かせた。斎藤は皆の顔が見える位置に一人で座っていて、葵の目の前の席に丸井が座っていた。彼女の隣に普は座った。
普が「それでは早速ですが」と口を開きかけた矢先、葵が突如着ていた着物の袂から何かを取り出して、それをテーブルの上に置いた。じゃら、ごと、という重い金属のような音がした。開かれた手から落ちたそれは、普が椋に渡した腕時計だった。
「これの持ち主は、この場にいるどなたかですね?」
葵は静かな口調で聞いてきた。普も他の皆も息を吞む。腕時計は円盤のガラス部分に罅が入っていた。それに腕時計自体の銀色の塗装も、少し剥げているように見えた。
「まず単刀直入に言います。
葵は椅子を思い切り引いて立ち上がる。椅子がガタンと音をたてて、倒れた。それから彼は右足を1歩引いて椅子の脇に立つと、その場で膝を折り深々と頭をさげて土下座をした。その場にいた全員が息を吞んだ。
「どうか、サクラ様を助けてあげてください。サクラ様――
その場にはしばらく沈黙が訪れた。
窓の外から音が聞こえる。それは、車の走行音と排気音と、そういう都会じみた音ばかりだった。鳥の鳴き声もしなければ木々のざわめきさえ聞こえない。部屋に入ってきた内山が「おおぅっ!」と素っ頓狂な声をあげて、廊下に出て部屋のドアを閉じた。
「丸井、内山を連れて来い」
最初に口を開いたのは斎藤だった。丸井は直後に我に返ると「はいっ!」と大きな声で返事をして、ハイヒールをつかつか言わせながらドアを開けた。内山の手からペットボトルを受け取ると、そのままドアを閉めて戻ってきた。
普は斎藤へと視線を向けた。自分に何をすれば良いかわからなかったからだ。ただ、自分よりも年下の相手に土下座をされるなんて居心地が悪かった。仮に年上でも居心地が悪いけれど、ともかく目の前で土下座を見せられると普にはどう判断をすれば良いかわからなかった。
斎藤は再び口を開いた。
「顔をあげなさい、葵さん。頭をさげられては困りますから」
その言葉に葵はゆっくりと顔をあげた。その顔には悲壮感が漂っていた。これまで会った彼とは思えぬ表情に普はまたも息を吞む。同時に、彼がようやく年相応らしい顔を見せたことに安心してもいた。
「気付いているかもしれませんが、この会議の内容はカメラを使って、全て録音、録画してあります。記録を残すためです。あとで見返す機会があったとき、恥ずかしい思いをするのはあなたですよ」
「恥を承知で頼んでいるのです。もう正直、時間がありません」
「薬師椋が死んだというのは本当ですか?」
普の質問に葵はこちらの目を見てはっきりとうなずいた。普は軽くよろめきそうになる。しかし椅子の端をつかんで耐えた。心を落ち着かせるため、ふぅっと息を吐いた。
「時間がないとは、どういうことです?」
これは丸井の質問だった。彼女は葵の隣に跪くと、ついでにペットボトルを彼に渡した。
「島の信頼できる方から、確かな情報を頂きました。
普たちは全員、またも押し黙った。
「もともと櫻神は先代の頃から弱ってきていたそうです。島の連中いわく、先代が穢れた体で櫻神と契りを結ばれたことが起因しているそうです。清浄な血をもらえなかったとして、櫻神は患ってしまったと。そこで今回だけは特例で奉納が決まったのです。本来奉納はサクラ様が20になった年に行われます。今代のサクラ様は16ですので4年は早まることとなります」
「なるほど。話は分かりました。そして葵さん、あなたは巫女の少女を助けたいと願っておいでですね。それは本心ですか?」
「本心です。親友に託されたのはもちろんですが、何より私自身が彼女は生きるべきだと判断しました。どうかお力添えをいただければ」
「わかりました。ではもっと詳しいことを聞きましょう。奉納ノ儀とやらは具体的にいつ行われるのですか」
「9月だと聞きました。それ以上はわかりません」
「あと2ヶ月しかじゃない!」
丸井が怒鳴った。葵はうなずいた。
「ならば我々もすぐに行動を起こさねばなりませんね」
「そうだな。ふん……。ところでこの時計、発信器しかないのか? 通信機能とかは」
斎藤はテーブルの上の時計をいじくりまわしながら聞く。普は首を横に振った。
「さすがにそこまでありませんよ」
「そうか。せめて連絡をとれる手段をと思ったんだが。まあそれはしょうがない。諦めよう。問題はどのように巫女を救助するかだ」
「おそらく島の連中は、本土への警戒をより一層増しているはずです。脱走も一度失敗しましたから島の警戒レベルは最大限に引き上げられています。監視の目も日に日に厳しくなりました。正直、島を出るのが1番の難関となるでしょう」
「島で信頼できる方がいるとおっしゃいましたね。それはどのような?」
「サクラ様の伯父にあたる、満という方です。その方以外は望めません」
「いっそ葵さんが島へ帰るときに便乗するという手もあるか」
「あまり目立った動きをされますと、おそらく島の連中があなた方を殺しに来ます」
「それは厄介ですな」
斎藤はさも他人事のように言った。
「しかし島の連中は、大砲はお持ちかな? 拳銃や爆弾は? 今まで人力と獣にのみ頼って島を守ってきたようですが、所詮は文明の利器には敵いやしませんよ」
「斎藤さん、それはさすがに甘く見過ぎです」
普は思わずたしなめたが、実際には斎藤と同じ意見だった。あの島に重火器があるようにはとても思えなかった。
「それにあまり過激な行動をすると、戦争の引き金になりかねません。相手はあくまで1つの国を名乗っているから、下手をすると憲法9条がどうとかって言われますよ」
「急にへっぴり腰だな、
「斎藤さんも急に乗り気ですね。私は言ってみただけですよ」
「私も言ってみただけさ」
だが、本当に過激な行動をしてもしもそこで死人がでたら、あとで国民や外国から非難の集中砲火を浴びるのは厄介だった。さすがに斎藤もそこらへんはわきまえていると、普は信じたい。
「島を抜け出すのが最も難関だとしたら、我々も密かに乗り込むべきではないでしょうか。彼らの助けをするためにも」
丸井の提案に葵はうなずいた。
「そしたら西の海からがうってつけです。あそこは断崖が広がっていて、まず脱出しようはずもありませんし、島の連中が通りがかるわけもありませんから」
「では我々は西から、葵さんは通常のルートで帰宅をすることでいいですね」
「はい」
葵の目にはようやく生気が宿ってきていた。きっと今まで散々悩んできたはずだ。絶望的だったぶん、かすかな希望が湧いてきたことの表れだろう。彼がようやく本心を見せてくれたことに普はほっと息をついた。
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