第2章 準備

 そこから普たちは早速行動を開始した。対策の会と接触のあった薬師椋が殺されたということは、島の人間たちはこれまで以上に本土との接触を控えるはずだ。だからしばらくのあいだは連絡を取らない方が良いだろう。事態は深刻だが焦りすぎてもいけない。何かきっかけがあればすぐにでも動けるようにと普たちはそのあいだに準備を進めていた。

 まずは今回の騒動が起きるまでの概要を振り返って整理するところから始めた。昨年の11月、母校の講演会で普は島出身を名乗る薬師椋に出会った。彼と交流していくうちに巫女を生贄に捧げる島の因習は本当にあることを知る。半年後、対策の会は視察という体で島に上陸。予め椋に渡しておいた腕時計の発信器を頼りに、そこで該当の巫女と出会う。彼女の周囲には常に人が配置されていて、島の人間でない者は気安く姿を見ることもかなわない。祭りのあいだは常に監視がつきまとっていて、祭りにさえ参加できなかった。その夜、対策の会のメンバーが泊まっている宿に椋が1人の少年を連れてやって来た。彼の名前は葵。島の人間がサクラ様と呼ぶ巫女の、傍付きをしている少年だった。彼は椋が島を裏切る行為をしたことに怒っていたが、そのときの台詞からは友人を心配する気遣いからであったので、椋を殺す根拠は薄いだろう。祭りを終え本土に戻ってから対策の会は初めて島の人間との極秘会談を提案した。島の人間たちは巫女のことを隠せなくなったと悟って、会談に出席せざるを得なかった。会談当日の朝、発信器の居所はおそらくまだ椋の手にあった。西端に置き去りとなったのは次の日の朝だった。


「もう一度会談を実現させるたら、今度はもう少し長い時間を見積もってはどうかな。さすがにこのあいだの一時間というのは短すぎた」

「そうですね」


 デスクで斎藤と向かい合わせになりながら、普は熱い紅茶を飲んだ。まもなく夏も近いため今度からはアイスで良いかもしれないと思った。その近くでは丸井がアイスコーヒーを飲んでいた。


「会談内容を録画したカメラを改めて見返してみたけど、あのとき最後に田村がした質問に葵って子は答えていないわ。それについてもっと詳しく聞きたいっていう理由で呼びだせば、相手は答えてくれるんじゃないかしら。――ちなみにどうしてあなたは、『死にたくないと言ってませんか』って質問をしたのよ」

「屋敷に単独侵入したときがあっただろう? そのときにわめき声が聞こえたんだ。子どもの癇癪みたいなものが。僕が巫女たちを見つけたときには聞こえなくなったけれど、おそらく巫女の本音だろう」

「あー、あのときね」


 丸井がため息まじりにつぶやいた。

 屋敷への単独侵入はさすがに横暴すぎると、あとになって普は斎藤からむちゃくちゃに怒られたのだ。たしかに軽率な行動だったかもしれない。あのとき巫女に付き添っていた葵少年が逃がしてくれなかったら、おそらく本土へ強制送還されていたか。最悪椋のように殺されていたことだろう。葵少年はあのとき祭りの進行を気にしていたけれど、友人を心配したり、本土の人間との接触に消極的過ぎない面から考えて島にいる人間に比べたら、まだ話のわかる人物かもしれない。椋といい、葵といい。もしかしたら島の大人連中が儀式にこだわっているだけで、子どもたちは案外それほど重要視していないのではと考える。

 問題はその葵少年が、友人を亡くしたことでどう考えるかだ。発信器を仮に持ち帰っていたとしても、「案外それはこちらを釣るための罠という線も考えられますよね」と内山が言っていた。丸井がすぐにたしなめてきたから本人は反省していたけれど、その線もあり得るかもしれないと普は思った。だがあまり疑い過ぎるのもよくないことだ。


「じゃあ今、丸井が提案した方法で接触をもう一度図ってみよう。島へは私から連絡を」

「斎藤さん!」


 斎藤が全てを言い終わらないうちに誰かが斎藤の名前を呼んだ。声のした方を普も見る。対策の会の前で、今まさにそのドアを開けようとしているのは文科省大臣の長谷川はせがわだった。傍には数人の部下を従えていた。

 斎藤は眉をひそめつつ椅子から立ち上がって、ドアを開けて入ってきた長谷川のもとへと向かった。


「これはこれは、どうかなさいましたか?」

「どうかなさいましたか、ではない。文科省の許可を得ずに島の人間と極秘会談をしたそうではないか」

「たしかにしましたが、あくまで極秘なのでお伝えしない方が良いかと思いまして。あまり事を荒立てて国民にまで知られては面倒でしたから」

「そうはいかん! 貴様、この対策の会がどこの傘下に属しているのかわかっているのか。あまり出過ぎた真似をすると任期満了の前に担当からはずすことになるぞ!」

「その場合だと不当解雇ということになりますが」

「ふんっ、そのくらいならばいくらでもこちらでもみ消せる」


 斎藤と長谷川の言葉の応酬を普と丸井は自分の席から観察していた。


「たまに来たと思ったらこれだものね。暇なのかしら」

「あまりデカい声で言うなよ? こっちにも火の粉が飛びかねないから」

「あの、先輩……。あの方は?」


 コーヒーのお代わりを持ってきた内山が小声で聞いてくる。それを聞いた丸井が目を見張った。


「知らないの? テレビにもよくでてるじゃない。文科省の大臣である長谷川さんよ」

「ああ、あの方が。どうりで見たことあるわけです」

「ある意味、僕たちの本当の雇い主ってところだね」


 この場にいた人たちは皆、各々の仕事に没頭していたが突然の来訪と怒鳴り声に思わず仕事の手をとめて、ドアの方を見つめていた。普たちも一緒になって斎藤の背中を見守る。

 話の内容を聞く限りでは、対策の会が独自に行った会談について、長谷川は相当ご立腹といった様子だった。他にも「今回の視察で新人を連れていくつもりがなかった」ことについての糾弾や普段から感じている不満をあれこれ怒鳴りつけて、長谷川は帰っていった。


「結局何しに来たの?」

「文句言いに来ただけじゃないっすか?」

「そんなの相手しているほど、こっちは暇じゃないっての」


 丸井は去り行く背中に向かって、あっかんべーをした。その子どもじみた行動に普は思わず笑ってしまった。

 それから1か月後。じめじめした梅雨が明けそうになる頃になってようやく、島の人間との2回目の会談をすることが正式に決まった。

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