第15話 夜明け




 窓の外は白み始め、時計の針は午前五時をさしていた。


 ソファーでは、各々の寝姿で、十三人の女子高生が寝息を立てている。


 ふと目を覚ました林ひかるが、おもむろに起き上がり、周りを見回し状況を確認する。


「……そっか、凛の家だ」


 ふと見ると、薄暗がりの中、ソファーに背筋を伸ばして座っている者の姿をあった。


「えっ?誰?」


 ビックリして目を凝らすと、ぼんやりと田中ほのかの顔が浮かび上がってきた。


「ほのか……どうした?」


「まだ私の話が済んでない」


「えっ?はなし?……ああっ……怪談?……話す?」


「当たり前でしょ、みんなを起こして」


 ほのかは鋭くいって、ひかるは怯えながらうなずいた。


 *   *   *


「うちの高校の話をしよっか」


 目をこすりながら、ほのかの話に耳を傾ける部員たち。


「さくら丘高校って古いでしょ?だから、いろいろと過去にあったみたい。これは先輩から聞いた、さくら丘高校のバレー部に代々伝わる話よ」


「じゃあ、聞いたことあるかも」


 織田きいらがポツリといった。


「ないわ、たぶんね」


 ほのかに睨まれ、きいらは思わず肩をすくめる。


 ほのかはチームのエースアタッカーで、誰よりもバレーが上手く、真面目で練習熱心であった。


「……その先輩が、ある日の放課後、体育館に行くと誰かが練習している音が聞こえてきたの。けど、体育館に入ると誰もいない。ボールが床に当たる音やシューズがこすれる音なんて、外にすごく響くじゃない。でも、中に入ると、シーンと静まり返っているの。そういうこと経験したことない?」


「一度もないな」


 井上梨絵子いのうえりえこがボソッといった。


「フフフッ、それはあなたが練習に真剣に取り組んできてなかったからじゃない?」


 ほのかが意味深に微笑む。


「なっ……」


「さっきまで音のしていた体育館に入ると、誰もいないんだけど、ボールが床に転がっていたりするの。今でも道具の管理はうるさいじゃない。でも、昔はもっとうるさくて、道具が出しっぱなしだったりすると、怒られたり、時には体罰があったりしたの。だから、ボールが出しっぱなしなんてありえないの。先輩は慌ててボールを片付けようと拾い上げると、そのボールがぐっしょりと濡れているの。汗が滴ったようにね……」


「確かに、ボールって、片付けたつもりでいても、落ちているってことあるよね?それが霊の仕業だっていうの?」


 松下里緒菜まつしたりおなの問いに、ほのかは神妙にうなずく。


「部室の明かりが、消したはずなのについていたりとかも?」


 香西真利亜こうざいまりあが訊いた。


「ある、ある。あれ、消したよ?って、消したはずなのに、ついてたってこと。何度もあるよ」


 張本唯衣はりもとゆいが乗っかる。


「部室から物が無くなっていたりすることも?」


 小園蓮花こぞのれんかが訊いた。


「紛失物は多かったね。個人のモノでなく、備品がよくなくなっていた」


 土屋麗良つちやれいらがうなずいた。


「それらすべて、亡くなった女子バレーの部員の仕業だって言われているの」


 ほのかが全員を見回しながら、声を低くする。


「マジで……」


 田沼果歩たぬまかほは驚くが、ほかの部員たちはみな懐疑的な雰囲気を醸し出す。


「その人とても練習熱心で、一人で居残りとか、早出練習をしていたりしていたのよね。とても、責任感が強くて、チームのエースで、みんなから愛されていたんだ」


「ほのかみたいだね」


 と関谷百合せきやゆりが苦笑した。


「……でも、最後の大会の時、その人、大きなミスをして決勝戦でチームが負けてしまったの」


「……」


「部員たちは表面的には、その人を慰めたり、許しているように見せていたけど、陰では怒っていたり、快く思ってなかったの。

 それには理由があって、その人、自分だけバレーの名門大学に推薦を受けていて、全国大会に行けなくても大学でバレーができたから。

 でも、部員の中には高校でバレーをやめる人や、大学に推薦を受けられない人たちばかりで、そんな人からしたら全国大会に出場するかどうかは重要だったの」


 メンバーたちは互いに顔を見合わせる。


「で、ちょくちょく嫌がらせしていたり、無視されていた」


 ほのかが一同を見回す。


「ねえ、その話って、自分のこと?」


 海藤凛が確認するように訊いた。しかし、ほのかは構わずつづける。


「そして部活が終わり、三年生だけ集まっておつかれさま会を開き、部員たちはその人に対して、最後の復讐を用意していたの」


「……復讐?」


 近藤陽花里こんどうひかりが眉根を寄せた。


「その人、とても怖がりで、怖い話を聞くのが大の苦手だったの。なのに、その人を捕まえて、とびっきりの怖い話を部員全員でして回ったの」


「やっぱり、自分の話だよね?これって、なんか最後に仕掛けとかあるの?」


 凛がいったが、ほのかは答えない。


「で、結局、その人は夜通し怖い話を聞かされ、寝不足のまま家に帰る途中、車に撥ねられて帰らぬ人になったの」


「どういうことなの?」


 小声で藤田冬香ふじたふゆかが隣のひかるに訊くが、ひかるは困ったように首を傾げるだけだ。


「あなたたちは今夜、それと同じことを私にした」


「そんなつもりはないよ、そんなことない。でも、そうとられたなら謝るわ」


 里緒菜が両手を前で振って、頭を下げた。


「気づかなかった。ほのかがそんなに嫌がっているなんて、ねえ?」


 梨絵子の言葉に、頷く一同。


「うそ、あなたたちは私に恐ハラを仕掛けた」


「コワハラ?恐ハラって何?」


 きいらが周囲を見回す。


「でも、わかってる。表面的には、怒ってないって言っても、本当は許せないっていうことも。

 だって、ミスした私が大学の名門でバレー推薦を受けているのに、あなたたちは誰も推薦どころか、どこからも声さえかけられてないんだもの」


「……まあ、そうだけど、別にバレーがすべてじゃないし」


 唯衣が憮然といった。


「フッ、まあそう言うしかないよね。けど、私に対する嫉妬はずっと感じていた。だから、あのときに私がミスした後、誰もフォローしてくれなかった」


「どうしたの?おかしいよ、ほのか?」


 ひかるが心配そうに尋ねる。


「だけど、それすら跳ね返せなかったのは、すべて私の責任。わたしの力のなさ。だから、私はけじめをつけたかった」


「は?けじめ?」


 冬香が周りを見回す。


 すると、ほのかは自分の頭に手を当てて、髪の毛を下におろした。


「ええ?」


 全員が悲鳴を上げ、言葉を失う。


 髪の毛と思っていたのはカツラで、カツラを取ったほのかの頭は丸坊主であった。


 ところどころカミソリ負けが痛々しい。その頭が、朝日に照らされて輝いていた。


「これが私のけじめ」


 とほのかは言い放った。


 *   *   *


 自転車に乗った部員たち十三人が、海藤家の前の市道を三方に分かれて、帰っていく。


「ありがとね」


「またね」


「よい夏休みを……」


 凛が門柱の前に立って、部員たちに手を振る。

 全員が見えなくなって、家の中に入ろうとした凛が、ガレージの方をふと見ると、ひとりの部員が立っていた。


「……えっ、ほのか……どうした?」


 ほのかが一人、ガレージに佇んでいた。


「ない」


 ほのかがポツリとつぶやいた。


「えっ?」


「自転車が……ない」


「だって、あなた、さっき乗っていったんじゃあ……」


 凛はみんなが帰っていった方を振り返った。


「なに言ってるの?」


 ほのかが怪訝な顔をした。


「そんな……自転車に乗って帰るあなたを見たわ……えっ?あなた髪の毛は?」


 凛はほのかの髪がさっきとは違うことに気が付いた。


「髪の毛?何の話?」


「丸坊主にしたんじゃ……?」


「坊主?何言っているの、さっきから?……冗談のつもり?」


「いや、さっき、みんなの前で話をしたじゃん。反省のための坊主って……?」


「さっきの話?反省?……ぜんぜん意味わかんない。私、みんなが怖い話するから、途中で二階へ逃げて、あなたの部屋で今まで寝ていたのよ」


「えっ?」


 その瞬間、時間が止まった。



 おわり

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都立さくら丘高校の「恐ハラ」 kitajin @kitajin

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