後編:とある子供だった二人の諸事情



『さて。無事に村を出れたことだし、これからどうするかな』


『はいはーい! アタシ〝ようへー〟になりたい! 剣とか槍を振り回して、モンスターと戦うの!』


『俺らみたいなガキになれるワケないだろ? 現実見ろよ』


『むぅー! じゃあアンタは何をするつもりなのよ!?』


『苦労して親父達に隠れて読み書きを覚えたんだ。にどっかの商会の下働きから始めて……』


『うっわぁ……! アンタみたいの何て言うかアタシ知ってるよ。枯れてるわアンタ……』


『勝手について来たクセにうるせぇな!? 命のやり取りばっかの傭兵なんてゴメンだし、そんなになりたきゃ一人で行けよ!!』


『ひっどーい!? こんな女の子を捨ててく気なの!?』


は殴り合いのケンカで男に圧勝しねーんだよ!? 痛て、やめろコラ!?』



 ハッキリと覚えている、初めての旅立ちの道中。思えばその頃から……ううん、村に居て一緒に育っていた頃からずっと、アタシ達は喧嘩ばかりしていた。





 ――――ムカつく。ホントムカつくアイツ……!


 いっつもそうなんだから! 小さい頃からちょっと頭が良いからってアレコレ指図してさ!!


 挙句の果てには『ゴリラ女』!? この完璧なプロポーションのどこがゴリラなのよ!! だいたい今になって子供の頃のことを恩着せがましく言うなんて……!!


 そりゃあ……連れてけってワガママ言ったのはアタシだし、人買いに売られずに済んだのは感謝してるけどさ。

 アイツも飲んだくれの父親と浮気者の母親に毎日暴力振るわれてたし、似た者同士ってことでもうちょっと気を使ってくれたっていいじゃん……!


 …………本当は分かってる。

 アタシは頭は悪いし、目付きは怖くて可愛げも無いし、大人になった今でも、出来ることと言えば剣を振り回して戦うことだけ。


 対してアイツは、まだ村に居た小さな頃からコツコツ勉強もしてたし、いつも両親から独立するって言ってずっと頑張ってた。

 自分の両親の本性も知らずにのほほんと可愛がられてたアタシとは、全然違う。



「よぉー、ハイシェラじゃねぇか! 珍しく一人か?」


「なんだ、ついにと別れたのかぁ? お前らいっつも喧嘩してたもんなぁ!」



 アイツに――ロージェルドにエールをぶちまけて店を飛び出し、夜中の酒場に入って飲み直していたアタシ。

 グチグチと昔のことを思い出していたら、そんなアタシに声を掛けてくるヤツらが居た。



「うるさいなぁ……! 彼氏じゃないっていつも言ってんでしょ!? アタシはあんなモヤシじゃなくて、もっとガッシリした、一緒にモンスターに突っ込んでいけるようなヤツがいいの!!」


「お、おう……? えれぇ不機嫌じゃねぇか……」


「こりゃマジでアレか……?」



 ほんっとに失礼しちゃうわ! 誰があんなオカンみたいな口煩いヤツと恋人なのよ……!

 同じ傭兵仲間のソイツら――モビィとブッチャって言ったっけ?――はなんか二人でヒソヒソ言ってるし、マジで気分悪い!!



「なあハイシェラよォ。もしかしてあのにヒデェこと言われたのか?」


「俺らで良けりゃ愚痴くらい聞くぜ? お前さんの頑張りは俺らだけじゃねぇ、仲間連中もよぉっく知ってるからなぁ」


「な、なによ……? おだてたって奢ってなんかやんないからね!? っていうか寄生野郎って……もしかしてロウのこと?」



 なんなのコイツら? ていうかロウが〝寄生〟ってどういうことよ?


 〝寄生〟っていうのは、実力も無いのに強い人について行って、その成果のお零れ目当てに雑用とかを引き受けてる人達の蔑称だ。酷いのだと有名なパーティーの一員だからって、弱いくせに一般人に威張ったりする奴も居る。


 だけどロウは……ロージェルドは別に弱くなんか……。そりゃアタシの方が強いのは間違いないけど!

 それにパーティーの手続きとか全部を引き受けてくれてるし、お金だってキッチリ分配してくれてるし……。



「おかしいと思ってたんだよなぁ。なんでハイシェラみてぇな実力者がよぉ、未だにオークやらオーガやらの中堅のモンスター共の相手をしてるんだっての」


「だよなぁ。お前さんだったらもっと強い……それこそワイバーンやらヒュドラとだってやり合えるだろ?」


「そりゃあ……ヒュドラと戦ったことはあったけど……。ちゃんと勝てたし……」



 うん、確かに勝てた。亜竜種と呼ばれる、ドラゴンの眷属であるヒュドラ――蛇の頭が複数あって再生力が高く、毒を吐いてくる厄介なヤツだ――と二人で戦って、骨折とかもしたけどちゃんと勝てた。

 なのにロウはそれ以降その同等ランクの仕事を受けるのを止めてしまって、一つ下の中堅向けの仕事ばかり取ってくる。『成果と身入りの釣り合いが取れねぇんだよ!』って、文句を言ったアタシに怒りながら。



「だよなぁ! あの野郎はきっとハイシェラについて行けなくなるから、敢えてランクの低い仕事を選んでんだよ。自分が安全に稼げるようにな!」


「知ってるぜ? お前さんギルドの手続きとか全部アイツに任せてんだろ? 報酬の分配も、仕事の受注も、なんもかんもぜーんぶよぉ?」


「それは……だってアタシ読み書きできないし……。アイツは覚えろって怒るけど、アイツ居るからいいじゃんって……」


「ハイシェラ、お前良いように使われてんだぞ?」


「ッ!!??」



 ロウは……ロージェルドは、口煩いオカンみたいな奴で、いつもアタシに文句しか言わない。

 モンスターの解体ひとつにしたってそれは違う、そうじゃないっていつも口を挟むし、アタシが気持ちよく戦っててもあーでもないこーでもないっていつも怒る。


 口を開けば将来はどうの、女らしくしろだの、嫁に行けないだのと余計なお節介ばっかり言ってくる。

 村を出た時だって、傭兵団に入団した時だって、いつも先輩風吹かせて偉そうに指図ばかりだった。



「お前さん、今日も仕事だったんだろ? 何を狩った?」


「……オークジェネラル一匹と、オークナイト二十二匹だけど? あと採取した薬草とか」


「そんで、報酬はいくらもらったよ?」



 あっ! そういえば怒って飛び出してきたせいで、お金の袋置いてきちゃった……!? だけどだいたいの袋の大きさは覚えてるしな……。



「置いてきちゃったけど……このくらい?」



 覚えてる袋の大きさを手で表現すると、何故か二人は「あちゃー」とか「マジかー」とかって溜息を吐いた。

 首を傾げていると、多分モビィってヤツが顔を手で覆って怒り出した。ブッチャってヤツも頭が痛そうにコメカミを押さえている。



「そんだけ狩って、たった二人で分けてよぉ……。報酬がそれっぱかのワケねぇじゃねぇか……!」


「そうだぜ……! ハイシェラお前さん……間違いなくヤられてんぞ?」


「や、ヤられる……?」


「横領だよバカ! あの寄生野郎……とうとうシッポ出しやがった!!」



 アタシの目の前は、真っ白になった――――





 ◇





 あれから……ロウにお酒をぶちまけて喧嘩別れしてから、二日経った。

 アタシは今、モビィとブッチャと一緒にモンスターの蔓延はびこる森深くへと入っていた。



「安心しろよハイシェラ。俺らはあの寄生野郎とは違ってちゃんと戦えるからよ」


「そうそう。俺達とお前さんが組めば怖いモンなんか無ぇよ。ヒュドラだろうがワイバーンだろうが、サクサク狩ってやろうぜ」


「う、うん……。でもこんなに急いで出発しなくても良かったんじゃない? 急だったからアタシ、大して準備もしてないし……。ロウとも会って話さなきゃいけなかったのに……」



 ロウと別れたあの晩、他の酒場で話に付き合ってくれたモビィとブッチャ。アイツの報酬の横領を自分のことみたいに怒ってくれて、そのままの流れで今回一緒に仕事をすることになった。


 二人が取ってきた仕事の内容は、〝ヒュドラの毒牙と毒袋の納品〟依頼だった。


 ヒュドラなら戦って倒したこともあるし、その時よりもアタシの実力も上がってるから承諾はしたけど、まさかこんなに早くに依頼に向かうなんて……。

 ロウとの仕事の場合は、前の仕事から一週間は休養期間を取って、その間に入念に準備をしてたのに。



「安心しろって。俺らがちゃんと必要なアイテム類は持ってるからよ」


「お前さんは気にせず、その実力を発揮してくれりゃあいいんだよ」


「わ、わかったよ……」



 そう言う割には、前にヒュドラ討伐に来た時のロウが用意した荷物に比べると、明らかに小さな背嚢なんだけど。

 まあコイツらだってそれなりの経験者だろうし、準備や買い出しも全部やってくれたみたいだから大丈夫だろうけどね。


 とりあえずそういうものとして納得して、さらに森の奥へと進んで行く。

 ヒュドラの生息域は、この前オーク達を狩った場所よりもさらに深い森の中の湿地帯だ。前の時はぬかるみや湿気に手こずったけど、二回目だし問題ない。


 アタシ達三人はもちろん警戒しながらだけど、どんどん奥深くへと足を踏み入れていった。





「まずい……! あの時と全然違う!!」


「どうしたってんだよハイシェラ!? 一回勝ってるんだろ!? 同じヒュドラじゃねぇか!!」



 バカなモビィが怒鳴り声を上げてるけど、知ったことか。

 目を離せばられる……! 目当ての獲物と対峙した直後にそう悟ったアタシは、とにかくどう逃げるかの算段をずっと考えていた。


 まさか〝八つ首〟のヒュドラだなんて……!


 ヒュドラは複数の蛇の頭を持つ、四足歩行の亜竜種だ。頭の数はそのままその個体の力の強さと生きた長さを表している。

 前に倒したヤツは三つ首だった。それでもロウは毒牙を受け、アタシは無茶をしたせいで腕の骨を折る大怪我をした。コイツはその時のヒュドラより、身体も倍近くデカい。


 あの時ですら死にそうな思いをしたのに……!


 首が八本のヒュドラなんて、アタシは見たことも聞いたこともない。多くても五本首のヤツが討伐されたって噂で聞いた程度で、ソイツだってアタシらよりだいぶ格上の、それも大人数のパーティーが必死で倒したって話だ。



「とにかく、隙を作るためには首を減らさないと……!」


「どうしたよハイシェラ!? 先にやっちまうぜ!?」


「バカッ!! ブッチャ、戻って!!」



 長剣を構えたブッチャが気勢を上げて、八つ首の巨大なヒュドラに突進していく。ブッチャに慌てて声を掛けて止めようとしたけど……ダメだった。



「ぎゃあああああああああッ!!??」


「ブッチャ!!」

「ブッチャぁああああッッ!! おいおいウソだろ!?」



 分かりきっていた結果だった。


 ロウどころかアタシよりも遅い足で、ヒュドラの攻撃を躱せるわけがない。そもそも相手の頭の数は八つ。その全てに口があり、牙があり……。それぞれに眼もあるんだから、それが八組も揃っててどうして出し抜ける?

 ブッチャのヤツは四方から襲いかかった頭の一つに身体を咥えられ、呆気なく飲み込まれてしまった。


 死角は無く、八つの口は人間など一飲みにできるほど大きく。しかもその牙は、掠めただけでたちまち動けなくなるほどの猛毒付き。


 無理に決まってんじゃん、こんなの。



「モビィ、逃げるしかない」


「ああ!? ふざけんなよハイシェラ!! 相棒が殺られたんだぞ!?」


「だから何なの!? アタシが前に倒したヒュドラとは格が違いすぎる! 八つ首のヒュドラなんて、大規模な傭兵団か軍じゃないと勝てやしない!!」



 いつものロウとのののしり合いとは違う。軽口なんかじゃなく真剣そのもので、前にも後にも行けずにヒュドラに神経を集中させる。



「……クソったれがぁッ!!」


「え――――ッ!?」



 ――――背中に鋭い熱を感じた。衝撃を受けて、思わず前方に身体が倒れ込む。


 すかさず受身を取ってヒュドラを視界に収めたままで後方を確認すると――――そこには血に濡れた戦斧を構え、血走った目で肩を上下させるモビィの姿があった。



「アンタ……なにを……ッ!?」


「うるせぇ!! とんだ誤算だクソ役立たずのメス犬がよォ!! テメェを使えば楽にヒュドラを殺せると思ったのに、なんで相棒が死ななきゃなんねぇんだッ!?」


「なん……だって……?」



 予想だにしていなかった状況と言葉。

 コイツらはアタシを心配して誘ってくれたんじゃなかったのか……? ただの駒として、アタシを見ていた……?


 背中が熱い……アタシの命が流れ出ていく。指の先から徐々に徐々に、力が抜けていき痺れが支配してくる。



「テメェを煽ててこき使って、トントン拍子でランクを上げるつもりだったってのに……! 俺らはこれからだったってのに、よくもブッチャを死なせやがってこのクソアマがッ!! せめて俺が逃げる役にくらい立ちやがれよッ!?」



 意識にもやが掛かってくる。視界が朦朧として、自分の今の姿勢も覚束おぼつかない。

 視界の端には、アタシに背を向け駆け出したモビィの後ろ姿。反対の端には、アタシ達を獲物に定めた巨大なヒュドラが突進してくる姿。


 ヒュドラが起こす地震のような足踏みの地揺れで、踏ん張っていた腕から力が抜けて地面に倒れ伏す。


 ――――ああ、今分かった。アイツが……ロージェルドがヒュドラクラスのモンスターを相手にしなくなったワケが。

 実力も、知識も足りない。同じヒュドラでも頭の数が増えるだけでこうも段違いだなんて。あの時骨折で済んだのは、本当に運が良かっただけなんだ……。


 間近にまで迫った、朧気なヒュドラの蛇のような顔。


 ああ……死ぬんだな。こんな間抜けな最後なんて、考えてもいなかった。

 故郷を飛び出して傭兵として名前を売って、ようやくそれなりに、余裕を持って暮らせるようになってきたのに。


 あの時人買いに売られてたら……今よりももっと長生きできたのかな……? もう……まぶたが……重くて――――



「――――シェラッ!!!」



 ふと、聞き慣れた声が聞こえた。

 いつも喧嘩をして言い合っていた声が。子供の頃からずっと、毎日聴いていた、聞こえないはずの声が。


 ああ……。最後の最後に、アイツにはホントに悪いことしちゃったな……。


 謝り……たいな――――





 ◇





 ――――身体が揺れているのを感じる。

 真っ暗闇で、誰かが呼んでいるような気がして……。だけど身体はまったく動かなくて……。



「――――イシェラ! 目ェ開けろハイシェラこのボケッ!!」



 おかしいな……。もう聞こえるはずのない声なのに、よく聞こえるや。

 ていうかボケって……誰がボケよ……!? 死んじゃった人間にまで悪口言うなんて、アンタくらいだよねホント……。


 まあ、でもいいか。

 せっかく声が聞こえるんだから、アタシの言葉も届くかもしれないよね? だったら今からでも謝ろ――――



「いい加減起きやがれこの脳筋女!! 今起きねぇとてめぇが十歳まで寝小便漏らしてベソかいてたこと、街のみんなに言い触らしちまうぞ!?」


「らめぇぇええええええええええッッ!!!!」



 ――――あれ?? 明るい……? 身体が動く……??


 乙女の秘密が暴露される危機感に思わず飛び起きた途端、目に飛び込んできた風景。


 ……ここは……アタシの宿の部屋……なの……?



「やっと起きやがったか、このバカタレが」


「…………え、ロウ? あれ? え、なんで……アタシはヒュドラに食べられて……アレ??」


「おーおー、混乱してやがるな。残念ながらここはヒュドラの胃袋ん中じゃねーぞ? 俺らが贔屓ひいきにしてる宿の、てめぇの部屋だ。死んじゃいねぇんだよ、てめぇはよ」


「ほぇ……??」



 ワケが分からない。アタシは森に居たのに、どうして宿で寝てるの? 死んでなくて街まで戻ったんだとしても、どうやって助かったのか、どうやって帰ってきたのかもまったく記憶にない。



「落ち着きやがれ。今から説明する」



 ロウ……? ロージェルド……?

 生きてる? ホンモノなの?


 左手を伸ばしてベッドサイドのロウに触れてみる。襟足で整えて前髪を掻き上げて固めている深い紅色の髪も、通った鼻筋も、線が細い割にガッシリとした男らしい首も……。

 全部感触があるし、肌もちゃんと温かい。生きている人間の……ロウの体温を感じる。



「落ち着いてよく聞け。お前をヒュドラから救け出して森から帰ってから、もう一週間経っている。お前はその間、ずっと昏睡状態からめなかったんだ」


「一週間も……?」



 生きているということだけは辛うじて理解出来たアタシは、ロウの頬を触っていた左手を掴まれながら、呆然とその言葉を聞く。


 ロージェルド曰く、ヒュドラに襲われ喰われそうになっているところに駆け付け、寸でのところで横からさらったらしい。そしてその時にヒュドラの毒牙が掠めて、元々手傷を負い弱っていたアタシは意識を失い、今日まで目覚めなかったんだそうだ。



「それで……その右腕なんだがな……」


「うん? 右腕?」



 その時初めて、アタシはロウの顔が険しく、苦渋に満ちていることに気付いた。

 まるで死にかけの子供に向けられているような悲しそうなその視線の先は、あたしの右半身――――



「うわっ!? え、何コレ!?」



 特に違和感なく動いてたと思っていたアタシの右腕は、白銀色に輝く金属の物体にすり替わっていた。


 え? いやマジで何コレ??



「ヒュドラの毒の回りが予想以上に早かったんだよ。背中の怪我で衰弱していたせいで、見る見るうちに毒が手先から拡がってきてな……。解毒剤も効果が弱くて、意識も無かったから俺が斬り落とした。利き腕だったのに……済まなかった」



 ……コイツ、誰だよ!?

 えぇ!? コレがあのロージェルド!? 口を開けばアタシを貶すか怒るかしかしなかった、あの!?



「……てめぇ、何か失礼なコト考えてねぇか?」


「…………イイエマッタク?」



 ていうか、言われるまでまったく気付かないくらい違和感無かったんだけど?

 ロウのジトッとした視線から逃げつつ、その白銀の腕にまじまじと見入る。


 いや、ちょっと待ってよ……? 白銀色の金属……? それってまさか……ッ!?



「〝総ミスリル聖銀製〟の義手だ。あちこちの魔法具工房を駆け回ってようやく手に入れたソイツを、お前に着けてもらった」


「そ、!!??」


「身体強化の要領で魔力を通せば、普通の腕と変わりなく動かせる代物シロモノだ。しかも素材はミスリルだから、魔力の浸透性能は抜群。ほとんど生身の腕と感覚は変わらねぇはずだ」



 呆気に取られて固まっていると、説明を求められてると思ったのか、ロウがペラペラと喋り出す。


 いや違くて! そーじゃなくてっ!!



「こんな……!? こんなモン一体どうやって手に入れたのよ!? ミスリル合金の武器でさえバカみたいに高いのに、〝総ミスリル〟!? どこからそんなお金が……ッ!?」



 そこでハタと気付いた。

 モビィとブッチャが言っていた、〝横領〟のこと……。アタシがアイツらと組んで今回の仕事をした、決め手となった疑惑のこと。



「元々こういう時のために、ギルドの口座に貯め込んでたんだよ。何事も無きゃそれで良し、ってな。使わなかった場合は傭兵を辞める時に、お前の将来のためにでも渡すつもりだった」


「なん……で……?」


「てめぇが読み書きも計算も、解体や料理すら覚えられねぇからだよ。俺はお前も知っての通り何でもできるから、引退後の生活に苦労は少ねぇだろうよ。


「だけどてめぇは……剣一筋だったてめぇは苦労するだろうと思ってな。昔から、仕事の報酬から取り分けて積み立ててたんだ。まあ今回はそれを使い切っても足が出ちまったけどな」



 右腕を左手で思い切り掴み、抱きしめる。金属製の武骨な腕は温もりなんて伝えないはずなのに、何故か痛いほど熱く、熱が込もっているように感じた。



「……悪かったよ。その腕も治してやれなかったし、その……酒場でのこともよ……」


「ううん……。アタシこそごめん。酒まみれにして、何回も死ねなんて言ってごめん……」


「三千五百回だったな」


「うぐ……っ」



 そ、そんなに死ねって言ったっけ……? お酒も入って、それで怒りの勢いで言っちゃったからあんまり覚えてない……。



「とにかく、その腕のために少なくねぇ借金も背負っちまった。早いとこ体調を整えて、自由にその腕を使いこなせるようになって稼がなきゃな。訓練くらいは付き合ってやんよ」


「うん……。アタシ、もっと強くなるから。あの八つ首のヒュドラも余裕で倒せるくらい」


「おっかねぇなオイ。あんな化け物殺せるようになったら、お前名実共に【岩砕きのハイシェラ】だよな。しかも剣じゃなくその腕でやらかしそうだわ」


「ちょ、それが女の子に言うセリフなの!?」


「普通のはよく知りもしねぇ野郎共にホイホイついて行かねーんだよ!」



 そうして、また始まってしまう口喧嘩。だけど不思議と嫌な感じはしなくて。帰ってきたのだと、これが掛け替えの無い日常なんだと思えて、また右腕の義手が温かく感じた。


 その日はそうして、隣りの部屋の客がうるさくて怒鳴り込んでくるまで、アタシとロウは言い合いを続けたのだった。





【了】





「そういえばさ、ロウ」


「あん? なんだよハイシェラ?」


「アンタ、どうやって状況を知って、アタシを助けに来たの?」


「ああ、そんなことかよ。簡単だよ。ってのは気がデカくなる奴が大半だからな。お前と喧嘩別れした後、街に奴等が吹聴して回ってたんだ。『俺達は【岩砕き】の親友だ』、『すぐにランクを上げてやるぜ!』ってな」


「……バカなのアイツら?」


「ぶはッ! そんな連中の口車に乗せられたバカに言われちゃあ、アイツらも浮かばれねぇなっ」


「うっさいよロウッ!! ……ん? ブッチャは死んだのは見てたけど……モビィも死んだの? アタシを囮にして逃げてたじゃん」


「ああ、お前らに追い付いた俺が、出会い頭に脚を片っぽへし折ってやった。遠目からお前が斬り付けられてたのもバッチリ見えてたからな。アイツ如きじゃ反応できねぇ速度で飛び蹴りカマして、膝の皿カチ割ってやったよ。あの脚じゃヒュドラからは逃げらんねぇだろ」


「こわっ!? 何コイツこっわ……ッ!?」


「他人を蹴落として生き長らえるなんざ、クズがやることだからな。それも打算ありきとはいえ同じパーティーになった奴にするなんざ、最低よりもっと最悪だ。俺は報いを受けさせただけだっての」


「なるほどね……。そっか、モビィも死んだんだ……」


「てめぇが悲しんだら、アイツら余計悔しがりそうだな」


「一言多いんだよアンタは!? ……でもそっか。それじゃアタシが怒りをぶつけられる相手って、もうあの八つ首ヒュドラしか居ないんだね」


「そうなるな」


「よーし!! もっともっと強くなって、いつかアタシが倒してやるんだからね!! もちろんロウにも手伝ってもらうよ!?」


「あ、悪り。それ無理だわ」


「へ? なんで?」


「帰還してすぐに、ギルド長に八つ首のことは報告した。俺から観た能力も含めて、生息地の状況とかどのくらい戦力が要るかとか、諸々な」


「へ……??」


「あんなのが森の浅い所に出て来たら大惨事だからな。もう一週間も経ってるし、緊急でベテランパーティー達がレイド組んで討伐に向かったはずだ」


「…………はい??」


「師匠のパーティーも参加するらしい」


「はいいいッ!? んじゃ無理じゃん!? アタシの復讐相手の命が風前の灯火ともしびじゃんッ!?」


「どっちみち三つ首で骨を折るようなヒヨっ子にはまだ早いんだよ! いいから俺らはコツコツやってくんだよ!!」


「納得いかなーーーーーいッッ!!!」


「うるせぇ脳筋!!」


「うっさい石頭!!」





【了?】




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High and Law 〜とある傭兵達の諸事情〜 テケリ・リ @teke-ri-ri

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