High and Law 〜とある傭兵達の諸事情〜

テケリ・リ

前編:とある傭兵達の日常



『なに、お前売られんの?』


『うっさいバカ。アンタこそ顔ボコボコじゃん』


『今日はレンガでやり返してやった。ヘソクリの金もってやったし、今からココを出てくんだ』


『アタシも……! アタシも連れてって!!』


『は? ヤダよなんで俺が……? お前だって俺のことケンカで殴ったじゃん』


『お願い! 〝ようへー〟になってアンタのこと守るから! 誰にも負けないくらい強くなるから!!』


『……勝手にしろよ。足引っ張んなよ?』


『うん!!』



 そうして、俺達はガキの頃、生まれ育った村を飛び出した。





 ……昔からソリが合わないヤツって居るだろ?

 もちろん俺にだって居るさ。


 誰にだって、一人や二人はそんなヤツが居る。俺にとってはアイツだ。



「遅っそいぞロウ! こりゃ今日の晩メシもアンタの奢りだね!!」


「うるせぇハイシェラ! 俺はスロースターターなんだよ! こっから挽回してやっから見てろ!!」



 女だてらに戦士のナリをして、男勝りの剛腕で大剣を振り回す俺の幼馴染。黒髪を長く伸ばして風に遊ばせ、吊り上がったキツい目付きで敵を射抜く女戦士。

 身長も俺とどっこいどっこいで、故郷の村を一緒に飛び出してから、ずっと続いている腐れ縁。


 通称【岩砕きのハイシェラ】。



「そんなこと言っといて、この前も結局追い付けなかったじゃん! ご自慢の手数はどこに置いてきたのよ!?」


「テメェが相変わらず無闇に突っ込んで群れを散らすせいだろうが!? コッチはソイツらの足止めだってやってんだぞ!?」



 一撃必倒の戦い方を好むハイシェラに対して俺は、持ち前の器用さと俊敏性を活かし手数で追い込むタイプの軽戦士だ。

 メインウェポンは弓と双剣で、アイツが無駄に広げちまう戦域の全体をカバーして立ち回っている。


 そりゃ誰だって、モンスターだって出会い頭に一撃で仲間を殺されりゃあ、浮き足も立つし逃げたくもなるわな。

 そんな感じで今も群れのボスをられたオークナイトの集団を、逃げないようにコントロールしてるんだ。



「ケンカもいくさも先手必勝でしょ!? 一番強いヤツを先に仕留めりゃ後が楽だし、逃げる雑魚ザコなんかほっときゃいいじゃん!」


「その逃げたヤツがどっか他で悪さしない保証があるんなら俺だって逃がしてぇよ!? 黙って数減らせ脳筋女!!」


「誰が脳筋よ!? アンタこそ手ぇ動かせ石頭!!」



 コイツの言うことにも一理ある。集団戦において頭を潰すのはいくさの常道であり定石だ。

 だがそれは理性ある人同士のいくさであればの話。


 人道にもとる悪党や、そもそも人ですらないモンスター相手に『お前らのボスは死んだからもう悪さするな』と言って、ソイツらが殊勝に反省して慎ましく生きるとでも思うか?

 盗賊の残党はまたどこかで集まって人を襲うだろうし、モンスターだって生態系が崩れりゃ人里に姿を現すだろう。


 人の理屈で生きていない連中に人道を説いたところで、返ってくるのは罵声と報復くらいだ。

 ソイツらはソイツらの理屈で生きている。だから危険の芽は摘むに限るし、それが俺の糧になるのだから生きていく上で必要な行為だ。


 それを俺は、故郷の村で嫌というほど学んだんだ。



「ロウ! そっちに二匹!!」


「言われなくても気付いてんよ!!」



 ハイシェラが一匹を仕留めている隙に横をすり抜け、二匹のオークナイトが斧と棍棒を振り上げてこちらに突っ込んでくる。


 アイツよりくみしやすいとでも思ったか? 俺の方が雑魚に見えたから、俺を殺して逃げてやろうとでも? あんまナメてんじゃねぇーぞッ!?



「シィッ――――」



 指の全てを使って四本の矢を弓につがえ、こちらに向かう二匹の内一匹に狙いを定める。他人ひとより弱いがそれなりに研鑽を積んだ風魔法を矢に付与し、同時に全ての矢を解き放つ。



「プギィィイッ!!??」



 もんどり打って倒れ込む、矢を受けたオークナイト。四本の矢は風魔法で制御され、それぞれが異なる軌跡を描いて倒れたオークナイトの身体に突き立っていた。

 矢を弾こうとして振り回した棍棒は予想外の軌道を辿った矢に空振りに終わり、その手を離れて森の茂みへと飛んでいっていた。


 と、片割れがそんな醜態を晒している内にだ。



「プギャァアアアッッ!!??」



 俺は弓を手放して腰から双剣を引き抜いて、もう一方のオークナイトと対峙していた。


 鈍重なオークナイトの振るう斧を掻い潜り膝裏や肘裏、それに脇の腱を切り裂いてしまえば、突進の勢いも相まってヤツはそのまま地面を転がるしかない。

 武器を振るう腕も大地を蹴る脚も使えなくなり、無様にすっ転んだソイツにのし掛かってくびを裂き、トドメを刺した。


 あと一匹――――



「おりゃあ!!」


「プギュエッ――――」



 ………………。



「おーうロウ! こっちは終わったから助けに来てやったぞ〜!」


「てめぇコノヤロウ……! それは助けじゃなくて横取りっつーんだよ!?」



 矢を当てて転ばせたオークナイトは、トドメを刺そうと振り返ったその瞬間にハイシェラの大剣で叩き潰されていた。


 てめぇが取り逃したヤツをキッチリ足止めしてやったってのにコイツは……!



「なあなあロウ、それよりアンタ何匹狩った!? アタシ今ので十二匹っ♪」


「ぬぐっ……!?」



 俺は先程倒したオークナイトで十一匹……まさかの一匹差かよ!?

 そもそもその一匹はコイツが真っ先に突っ込んで倒した群れのボス――オークジェネラルの数を含めてだろうし、ってことは実際目の前で奪われた、この最後の一匹を含めて数で勝ってもデケェ顔できやしねぇ!?



「おやおや〜ん? 勝っちゃった? アタシまた勝っちゃったかにゃ〜ん??」


「ぬぐぐぐ……!!」


「いっやぁ〜悪いねロウ! 今夜もご馳走様っ♪」


「うるせぇチクショウ!! さっさと素材剥ぎ取って来い!!」


「むっふふぅ〜♪ はいはぁ〜いロージェルド〜♪」



 また負けた……!


 いや、負けは負けなんだがそれは戦闘スタイルの違いもあって……! アイツは何も考えずに大剣振り回してるだけだし……! 俺はそんなアイツのカバーもして、しかもそれでいて同じだけ倒して……!!


 はぁ……やめよう。今はできる限りキレイに素材を剥ぎ取って、できるだけ高い報酬を得ることに専念だ。せめてハイシェラの暴飲暴食に耐えた後に、俺の自由にできる金が残ることを祈ろう……。


 俺と俺の幼馴染のハイシェラは、その後は手早くモンスターの解体をして、拠点の街へと引き返していったのだった。





 ◇





「オークジェネラルが一匹、オークナイトが二十二匹。それと道中で採取した薬草類の査定も頼む」


「ロージェルドさんとハイシェラさんのパーティーですね。報酬の配分はどうしますか?」


「三分の一を口座に。残りはオークジェネラル以外は半分ずつだ。ジェネラルの賞金はハイシェラに」


「承りました。それではご用意しますので、しばらくお待ちください」



 日が暮れる頃になって、俺達は拠点にしている街の傭兵ギルドに訪れていた。目的はもちろん、今回の〝仕事〟の成果に対する報酬を受け取るためだ。


 故郷を飛び出してから十年。今や二十二歳となった俺とハイシェラは、傭兵ギルドに登録して荒事で稼いで日々を暮らしている。

 まあぶっちゃけた話、ハイシェラがなりたがったせいで俺もなし崩し的に登録したって話なんだがな。


 今思い出してもクソみたいな記憶だ。故郷の村で両親の暴力に耐えていたクソガキと、同じく毒のような両親に売り飛ばされそうになってたメスガキが、意を決して逃げ出したってだけの……な。


 あれからもう十年か。アイツの無茶に応えて傭兵団に見習いとして転がり込んで……独立して……それから……。



「お待たせしました、ロージェルドさん。ご確認ください」



 過ぎた日々を思い返していると、ギルドの受付嬢がトレイに金袋を載せて声を掛けてきたので、思考を中断して中身と口座に預けた預金額を確認する。



「……ん? やけに多くねぇか?」



 口座に預けた額は順調に増えている。俺達二人だけのパーティーで共通の出費がある時や、もしもの時のためにと貯めている金だ。

 こんな稼業で一生食っていけると自惚れるほど、俺は自信家じゃないもんでな。


 それとは別の、俺の取り分となる方の革製の袋の中身を確認すると、相場よりも幾らか余分に詰め込まれているようだ。

 ハイシェラの方の袋は俺のよりも一回り大きいが、オークナイトの上位種であるジェネラルを狩った賞金があるんだから当たり前だ。


 さりとて心当たりの無い俺が首を傾げていると、受付嬢はニコリと人好きのする笑顔を浮かべ、説明してくれた。



「そちらは上乗せ分ですよ。ロージェルドさんの納品する素材や薬草は、いつも綺麗に処理されてますからね。購買部門の皆さんからも謝礼をと、前々から言われてたんです」


「そりゃありがてぇな。この後が怖いから軍資金は多いに越したことはねぇし」


「あらら……。またハイシェラさんにご馳走する羽目になったんですね」


「今日は勝てると思ったんだがな……。ちくしょうめ」



 この街に拠点を構えてから……正確には師匠達の団を抜けここで独立してから、俺とハイシェラの例の〝賭け〟はそれなりに知られている。特にこうして話す機会の多いギルドの職員なんかには、毎度負ける度に『またか』と苦笑いされるのも、もう慣れたもんだ。



「ちなみに内容を聞いても?」



 馴染みの職員なんかは、この受付嬢のように勝敗の詳細を聞こうとしてくる奴も居るんだよな。

 別に金を賭ける普通のギャンブルとは違うし、俺はそれには特に嘘も吐かずに答えてやっている。



「アイツが十二匹、俺が十一匹。決め手はジェネラルだよ」


「ロージェルドさんは相変わらず律儀ですねぇ」


「ゴネるなんてダセェことしたくねぇだけだ」



 討伐達成時の俺の抱いた葛藤は、すぐさま彼女に見抜かれてしまったらしい。つい照れ臭くて誤魔化すように、受け取った報酬を乱暴に鞄に押し込め視線を逸らしてしまう。



「まあまあ。あなたのスタイルでハイシェラさんと同じだけ戦えてるだけでも充分凄いですから」


「ほんとそれな。俺頑張ってるよな? あんたらからもアイツにちょっとは慎重に戦えって言ってくれよ」


「そこは頼りになるお仲間のロージェルドさんにお任せしますね♪」



 毎度こうして多少の慰めに多少の愚痴を零して、そして笑顔で受け流されるやり取りを終えて。

 俺はギルドの建物を後にし、アイツの待つ酒場へと足を進めるのだった。





 ギルドで報告と報酬の受け取りを済ませた俺の前には、ご機嫌でエールを飲みながら、テーブルいっぱいの料理に顔を綻ばせるアイツ――ハイシェラが居た。



「うん? ロウ食べないの?」


「いや、食うけどよ。普通その前に報酬の分配とか仕事の反省とかしないか?」



 まるで手品のように消えていく皿の中身に戦慄を覚えながら、それでも俺の好物であるソーセージのグリルと鶏肉のステーキはなんとか確保しつつ、盛大に溜息を漏らす。



「アンタの反省会は長いし退屈なのよ。しかも毎回言うことは決まってるしっ」


「毎回同じことを言われるようなてめぇの行動を改めようとは思わねえのかよ……!」


「そこはホラ、頼れる相棒が居るし?」


「俺はてめぇのデカいケツを拭くために故郷を飛び出したワケじゃねぇ……!」


「ヒドッ!? おっきくないもん! フツーだもんッ!!」


「いやそっちに反応すんのかよ!?」



 そしてお前の尻も胸も明らかに標準よりはデカいからな!? 身長が男の俺ほどの長身だからそこまで際立っては見えないが、それでも男から見たら整った顔も相まって手を出したくなるくらいには……って、そうじゃねぇ!?


 俺が!? コイツに!? ありえねぇありえねぇ!!

 俺はもっとおしとやかで、身長も俺の胸くらいの可愛らしい女性とお付き合いをしたい……って、そうでもねぇ!!



「とにかく! コイツが今回のお前の取り分な。ジェネラルの賞金も一緒に入ってる」


「あー誤魔化したぁ! ほんっとにロウは女の子への気遣いが足りないよねー!」


「知ってるか? 大剣一振りでオークジェネラルを斬り殺すヤツはとは言わねぇんだぜ? そういうのはゴリラ女って言うんだ」


「お・ん・な・の・こ・なのーーっ!!」



 プンプンと頬を膨らめて大声で抗議するハイシェラ。ここが個室で良かったわ。こんな大声で騒いでたら他のヤツらと普通に喧嘩になっちまうし。

 ……まあ、毎度こうして口喧嘩になっちまうせいで他の店には入れないから、いつもこの店のこの個室なんだけどな。


 ていうか女の子アピールがうぜぇ! 他の傭兵連中にチヤホヤされてっけど、お前今のそれと戦闘中のハイなお前のギャップで普通に引かれるからな!?



「もう! 信じらんない!! アンタのこと前からずっと口喧しくていけ好かなくてインテリぶってるやな奴だと思ってたけど、その上デリカシーまで無いなんて!!」


「ああッ!? てめぇこそ毎度毎度オカンみてぇに口酸っぱくして注意しても反省の〝は〟の字も見せねぇくせに良く言うぜ、この脳筋が!! タッパとチチとケツに記憶吸われてんじゃねーのか!?」


「はぁああッ!!?? アンタ、また言ったねぇええ!? ふざけんじゃないよアタシより弱っちいモヤシ野郎が!! 悔しかったらアンタもジェネラルくらい一撃で殺してみなよ!!」


「てめぇこそ誰がモヤシだ誰が!? ジェネラルごときで調子こいてんじゃねぇぞ!? 俺が居なきゃ読み書きも手続きもできやしねぇし、そもそも俺が居なきゃ売り飛ばされて奴隷落ちだったクセによぉ――――ぶッ!!??」



 ――――だからか。

 慣れきった店の慣れきった個室で、慣れきったいつもの状況に更に仕事終わりの開放感と、ギルドからのちょっとの労いと、ついでに酒も手伝って。


 気付いた時には、俺は正面に座るハイシェラから、店員が『いつものアレか』と苦笑しながら持ってきたお代わりのエールを顔面にぶちまけられていた。



「最ッ低……ッ!!」


「ッ!? てめ、なにしやが――――「うるさいバカ!! 五百回死ね!!!」――――なっ、おいコラッ!? ハイシェラ!!」


「三千回死ね!!!!」



 いや何回俺は死ねばいいんだよッ!!??


 そう心の中でツッコんでいる間に、アイツは――ハイシェラは賞金の入った袋も持たずに個室から飛び出していってしまった。

 後には固まってその一部始終を見ていた馴染みの店員と、エールにまみれてビショビショになった俺を残して――――




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